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ヤマト。 いまこの時点で、彼がいったい何者であるのか、誰もその疑問を思い浮かべるものはいなかった。 ヒカリはともかくとしても、本来なら真っ先にその疑問にぶち当たるはずのシンジやマナでさえ、今そこに気をまわす余裕はない。 碇シンジに似た面影を持つ少年。 どこか渚カヲルに通じる雰囲気を持つ少年。 どこか、幼い子供のような雰囲気を持つ少年。 その少年のことを、だが今はまだ、誰も知らない。 そしてそれは、悲劇の引き金となる。 少年少女たちの母親への想い。 母のいないものたちの母親を慕う強い気持ち。 それが”チルドレン”としての資格であるなら、ヤマトには確かにそれはあった。 実の母が目の前にいながらも。 けれど、 「アダムを制御できるかどうかは…賭けね。」 誰に聞かせるでなく、”カスパー”は一人、そう呟いた。 サードインパクトの前、アダムが碇ゲンドウとともにあったということを知るものは数少ない。 今ここにいる彼女のほかには、おそらく冬月コウゾウぐらいであろう。 確かにゲンドウはアダムを自らに取り込み、疑似サードインパクトを起こそうとし、その目論見は半ば成功しかけていた。 失敗したのは、結局綾波レイの中のシンジへの想いが、思いのほかに大きくなりすぎてしまったことに気付けなかったからである。 ただ、結局のところそのシンジとレイによって世界が破滅から救われたことを考えれば、もしかしたらこれすらゲンドウの思惑の通りであったのかもしれない。 結局知らず知らずのうちに、シンジは父の意志を受け継いでいたようなもの、なのだ。 自分の、それも知る限り只一人だけ惜しみない愛情を注いだ息子が自分の遺志を継いだのなら、少なくともゲンドウに後悔はなかったろう。 アダムとゲンドウのことに思いを馳せ、ふとそんなことが頭を過ぎって”カスパー”は仮面の裏で苦々しい表情を浮かべる。 その事実こそが、自分に敗北感を与え、今自分をこうさせているその要因なのだから。 だがすぐに彼女は頭を切り替えた。 「確かに碇司令はアダムを押え込んではいた、けれど、その力のすべてを使いこなしていたのか、本当の意味で制御していたのかどうかは疑問ね…」 その彼女の疑問はもっともである。 あの時ゲンドウが必要としていたのはアダムの”鍵”としての存在そのものであって、その力ではない。 それどころかもしかしたらそこに秘められた力の存在すら、知らなかったかもしれない。 だが、それはあの時の彼にとっては何ら必要もないことであって、知らずとも何も支障はなかった。 だが、今の彼女にとっては違う。 ”その力”こそ今の彼女が欲しているものなのだから。 ゲンドウにできたことなら、その血を受け継ぐヤマトにもできるはず。 そう思いたいのが彼女の気持ちであったとするなら、それを根底から覆すような考えは、やはり面白いものではない。 いや、本当に面白くないのはその先にあった。 もし、ゲンドウやヤマトにできなくて、けれど、アダムの力を真に引き出せる人間がいたとするなら、その資格を持つものはいったいいかなるものであろうか? 答えは、もう出ている。 「碇の血を受け継ぐもの…か。」 どこまでいってもその血は彼女の前に立ちふさがる。そんな気がした。 そこでカスパーは頭を振る。 「いえ、その碇の血に勝つために、碇の血を、その血が生み出したこの世界を消し去るために。何としてもやらなければならないのよ。私は…私は…」 「碇の血、か…」 呟くカスパーを、冷ややかな目で、けれどどこか慈しみを込めた目で、女は見下ろしていた。 「碇の血を継ぐものでなければアダムを真に覚醒させることはできない。なんて憶測に世界の命運を託すわけにはいかんか…」 後ろからかけられたそんな声に、思わず女は振り向いた。 「なにか、わかった?」 驚きもせず女はそう尋ねた。 「ああ、とんでもないことがな。」 ・ ・ ・ ・ ・ 「ま、考えてみりゃ別に驚くようなものでもないと思うがな。他の使徒やエヴァの力を考えたら、むしろこれぐらいのことはできないほうがおかしいのかもしれない。」 「ちょっち、甘かったかもね。」 冗談めいて、そういう女の、だがその表情は言葉に反して重い。 そんな女の顔を見ずに、といっても元より仮面の下の表情であるが、男は静かに呟いた。 「彼女の失敗待ち、と言うのはあまりに無責任だな。」 「動くしかない、かしらね。」 「ああ、碇の血をひいていないとはいえ、チルドレンとしての素養は有りそうだからな、彼にも。」 「母親が目の前にいるのに、皮肉な話よね。6thチルドレン、いえ、ラストチルドレンとでも呼ぶべきかしら。」 「しかも血の問題があるからシンジくんやレイほどではないにせよ、アスカや鈴原くんよりはむしろ、彼らに近い。正確に言えばフィフスに近いというべきか…」 そこまでいって男は、フィフスチルドレンが赤木ナオコの実子であったことを思い出した。 「人は、同じ過ちを繰り返す、か。」 最後の適格者が、みずからの居場所に収まろうとしていたその時、四番目の適格者と、その周囲は、皮肉にも男の言うところの”同じ過ち”を繰り返そうとしていた。 もちろん、男がいった赤木ナオコと、その娘の話とはまったく別問題のことである。 世界の存亡とかそういうことではなく、所詮痴話げんかなのであって、いっしょにされるべき問題ではないのだが、それでも、当事者たちにしてみればそれは見過ごせる問題ではないのだ。 トウジと、そしてヒカリとも気まずい別れ方をしたその翌日、 「とりあえず、私が鈴原くんと話をしてみるわ。」 トライデントの整備の行われているその横で、マリィとハルナとともにいるトウジの姿を見つけ、マナはシンジにそう言った。 「でも…」 こういう時は男同士のほうが、と思わないでもないシンジであったがいかんせんこういう事態についてはマナのほうが長けているという思いもある。 だいたい今でこそこうしているものの、根本的にシンジはあまり人付き合いが得意なほうではない。 ようやく人並みになれたのは、ミサトやレイやアスカ、トウジやケンスケ、そして何よりマナがいたからである。 だから、情けないという思いを片隅に抱きながらも、シンジは親友のことを妻に託した。 「鈴原、くん?」 シンジには自信たっぷりに言ったものの、やはりどこか恐る恐る、と言った感じでマナはトウジに話し掛けた。 「なんや、霧島か。」 「…なんやって。それにねえ、私はもう霧島じゃないんだけど。」 「済まん済まん。でもなあ、こっちのほうがやっぱなれとるさかい。急に碇さん、とは呼べへんやろ。」 そんなトウジの一見いつもどおりの切り替えしに、マナはほっと胸をなで下ろした。 「まあ、それは今はどうでもいいわ。あの、さ、昨日のこと、なんだけど…」 結局昨日は話を聞いてすらもらえなかった。 が、逆に言えばだから事態が混迷化しているわけで、きちんと話をすれば分かってもらえると、そうマナは考えていた。 「昨日のことは、もおええ。」 だが、トウジはそう、一言で切って捨てた。 気にしていない、と言う感じではない。 ほんとのところ、トウジ自身、なぜと思うほど気にはなっていた。 それがある種嫉妬であると、どこかでは感じてもいたかもしれない。 けれど。 「別に、わいがとやかく言う話でもないやろ。」 それは、マナにというより自分を納得させるための言葉であった。 「?なにがあったの?」 怪訝そうな顔でハルナが尋ねる。 「さあ、でも…私たちが口をはさんじゃ、いけないんじゃない?」 そうハルナをマリィが諭す。 が、そういいながらも、マリィは何があったかまでは分からずとも、それがトウジとヒカリに関わる事だと言うのは直感できた。 二人のすれ違い、その原因の一端は自分にもある。 そしてそれに心を痛めながらも、けれどどこかそれを望んでいるような部分もある。 マリィの胸中も、やはり複雑であった。 そんなマリィには目をやることもなく、マナはトウジに向かって言葉を続ける。 「と、とにかくほら、鈴原くんの誤解だと思うのよ、ね。ヒカリだってそういうつもりがあったわけじゃなくって、なんていうかなあ、その。」 だがここが、難しいところであった。 マナの感覚として、直感として確かに誤解であるというのはわかるし、それは正しいのだが、それをトウジに伝えて、理解させるのいうのは難しいことであった。 実は前夜、シンジには説明をし、そして一応の理解は得られたのだが、それは相手がシンジだからだった、ということをマナは失念していた。 今の二人の関係において、シンジがマナを疑うようなことはない。 それが嘘なのかどうか、お互いに分かる部分もあるからそもそも嘘をつくようなこともない。 別にマナが嘘をついているとトウジとて思っているわけではない。 が、嘘をついていなくとも、根拠がなければマナの勝手な思い込みでしかない場合もある。 シンジが理解を示したのは、逆にこの点があるからだろう。 たとえ思い込みであっても、”マナがそう言うなら”ということで納得できてしまう部分がある。 付け加えるなら、”なんとなく”と言うニュアンスが、やっぱり”なんとなく”シンジに伝わる部分もある。 だから、お互いにその根拠が説明できないのだが、その同じ論拠を共有できるのだ。 けれど、それをトウジにわからせるというのは、非常に難しい話であろう。 トウジとシンジ、あるいはトウジとマナという見方でもいい。 それは険悪な関係でなく、きわめて友好な、親友と呼べる関係である。 そうであればある程度意識の共有と言うのは行えなくもないのだが、ことがこういうことであると、やはりそれは難しいだろう。 もし、トウジに対して”それ”ができるものがいたとするならば、おそらくそれはヒカリだけだろうとマナもわかってはいた。 が、そのヒカリに対して、今トウジは心を閉ざしている。 ならば・・・ だがこの時マナは、”それ”ができるもう一人の人物が、意外にもすぐ間近にいることに、まったく気付いていなかった。 だから、焦りがあり、焦るから、こういう言い方しかできない。 「んーまあ、わかりやすく言えば・・・私とシンジみたいなもの、よ。ほら、カヲルとかレイが未来から来て、いろいろあったじゃない。あんな感じ・・・」 ほんの少し苦い思い出とともに、マナはそう言葉を紡ぎ出した。 客観的に見れば、そのマナの意見は非常に正しい。 確かにその通りなのだ。 ただしそれはあくまで客観論である。 今のトウジに、自分とヒカリの関係を客観的に見つめることは出来はしない。 そこにマナのミスがある。 もっと正確に言うなら、それは”今の”トウジに限ったことではない。 その点を、マナは見過ごしているのである。 大体、あの時のことで言えば、自分たちだっておよそ客観的になど自分たちのことを見れてなどいなかった。 結果として、トウジやヒカリに心配をかけ、レイを泣かせ、綾波レイに諭されもした。 いまだからこうしていえる話なのである。 明らかに、トウジとヒカリの関係に比べシンジとマナの関係のほうが成熟していたにもかかわらず、だ。 なら、今をもってなお、恋人とも呼べないような関係の二人が、そこまで自分たちのことを見れるはずはないのである。 だからトウジも、こういう見方、そして言い方しかできない。 「根本的に違うやろ、おまえらとは。霧島とシンジは周りから見てもうらやましいくらい、仲のええカップルや。でも、わいとヒカリはそうやない。ヒカリは、わいの彼女でもなんでもないんやから。」 「それは・・・」 端から見れば、どう見ても恋人同士でしかない。 があくまでそれは端から見た場合であって、本人たちにその自覚はない。 仮に恋人であるという自覚があったとて、シンジのように”自分に相手を束縛する権利などない”と思うものもいる。 なら、恋人でもない女性を束縛する、と言うのは傲慢以外の何者でもないと思うものもいるだろう。 そして間違いなく、トウジはそう言うタイプの人間であった。 そういう意味では、トウジはシンジに似ているのかもしれない。 それはトウジにせよ、シンジにせよ、彼らの優しさが言わせていることである。 その優しさを、身を持って知っているマナに、そんなトウジに反論することはできなかった。 が、 「本気で、言ってるの?」 そんな声が、意外なところから上がる。 「ハルナ?」 いきなりのその妹の言葉の意味を、トウジが確かめようとしたその時、 「お兄ちゃんのバカッ!」 パシッという音ともに、ハルナの平手がトウジの頬に飛んだ。 そしてそのまま、ハルナはトウジたちのところから走り去った。 その姿は、どこか、マナに彼女の娘のことを、連想させた。 そんな、走り去るハルナの後ろ姿を見つめながら、『ああ、そうなんだ。』とマリィは一人、自分の中で納得していた。 そして、 「なんなんや、いったい。」 頬をおさえ呟いたトウジに、 「さあ、ね。」 そう言ってどこかいたずらっぽい、笑みを浮かべた。 |