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「駄目です、もう持ちません!」 そんな日向の悲痛な叫びが、司令室の中にこだまする。 マナの危惧は不幸にも的中してしまっていた。 エヴァ参号機の姿をしたそれに、今対抗できるものはシンジとマナの駆るトライデントだけである。 先だっての戦いでは、エヴァ四号機にたいしてシンジたちは辛くも勝利を収めた。 それは、向こう側のパイロットの未熟さと、シンジとマナの間の信頼関係がもたらした、危うい結果である。 エヴァ四号機が単なる前哨戦でしかない事は誰の目にも明らかであった。 当然、マリィやマヤもそれにたいして手をこまねいていたわけではない。 迎撃準備も整えてはいたし、トライデントの改良も進めてはいた。 それでも、万全のバックアップと、相互の信頼があってなお、ようやくエヴァに対抗できるかどうかという話である。 相手が”アダム”であるという明確な確信はなかったが、それに近いものは各人の胸の内にあっただろう。 姿はエヴァ参号機であっても、中身はまったくの別物である。 それも、言われなくともわかっている。 わかっては、いるのだ。 組み合わせとして”それ”は最悪のものであるといわざるを得ない。 エヴァ参号機の姿はシンジに精神的にダメージを与え、そして中身の戦闘力はエヴァなどを軽く凌駕している。 シンジの動揺はマナとの間のコンビネーションを崩し、それはトライデントの戦闘力の低下を意味した。 そしてさらに、 「マリィ、シンジくんたちのバックアップを!」 シンジとマナとのコンビネーションの上に成り立つシステムが、いかに危ういかは無論設計者であるマリィにもわかっている事であった。 当然、その時のために操作を補正するぐらいのシステムは組んではある。 が、それはあくまで補正のレベルでしかない。 そもそも旧トライデントに比べパワーもスピードも格段に向上した新トライデントはそうであるがゆえに一人ではとてもではないが動かせない代物なっていた。 ましてやコンピュータによるオートであるとか、遠隔操作の類では基本的な制御くらいならまだしも戦闘などはできる話ではない。 結局それが自分の未熟さ、自分の限界なのだとマリィは思い知らされていた。 無論エヴァは、”神”と呼ばれたものの作り上げたロストテクノロジーの産物であって、赤木親子や碇ユイが独力で完成させたものではない。 それでもやはり、先人たちとの差というものはマリィを愕然とさせる。 そしてさらに。 「大丈夫?鈴原くん。」 それは、お互いにとっての大きな誤算であった。 かの仮面の女の目論見はおそらくシンジに精神的苦痛を与える事であって、ここまでの事を予想していたわけではないだろう。 が、結果として”わざと”参号機の姿を模したそのアダムの姿は、鈴原トウジの心にダメージを与え、そのトウジを案ずるマリィの心にも、動揺と隙を与えていた。 参号機の姿に恐怖したトウジは、本能的にマリィの元へと走っていた。 そしてトウジをそうさせてしまったのが自分であるという負い目があれば、そんなトウジを冷たく突き放す事など彼女には出来はしない。 戦闘中にトウジの事を気にかけるという事が、シンジやマナを危険に陥れる事なのだと、わかっていても。 もちろんマリィがトライデントのバックアップを完璧にこなしたとしても、今彼らがアダムに勝利できたかといえばそれは疑問であるのだが。 「シンジくん!マナちゃん!」 マヤの悲痛な叫びに、ようやくマリィはモニターの方に目を移した。 「あ、あ・・・」 そこに映し出されていたのは、アダムによってすでに両腕と片足をもがれた、無残なトライデントの姿であった。 どの時点からか、それはもうシンジにもわからなかった。 ただ、気付くとマナの声はすでに聞こえなくなっていた。 が、不思議と、それでもマナは生きているという確信はあった。 それは単なる希望的観測でも、あるいはいつものような、マナとの心のつながり云々という話ではない。 一方的に責められ、二人ともにいつ死んでもおかしくない状況にありながら、なにかがそれを押しとどめている。 そしてそれは、参号機、いやアダムの中の"彼"に、心理的動揺を与えていた。 それはどこか先の四号機との戦いに似ていた。 だからといって今のシンジの薄れかけた意識では、アダムの中にいる者が四号機の中にいた者と同一人物である可能性には、とてもではないが行き着くものではない。 けれど、声が聞こえた。 ”みんな、死んでしまえばいいんだ。" はじめはそんな、冷酷な、けれど極めて冷静な声。 だがそれが、次第に変わっていく。 "なぜ、まだ生きている、" 深く傷つきながらも、倒れないシンジたちの姿に動揺を覚える声。 そして、 "なぜ、そんな者を守ろうとする!?" 何を見たのか、何かを知ったのか、激しく憤りを見せる、その声が。 先の戦いで、敵のパイロットとの間に会話があったわけでも、その声を聞いたわけでもない。 が、経験からくる直感は、二人のパイロットが同じ人物であるという事、そして彼がまだ、精神的にどこか幼さを残しているのだという事を感じさせていた。 そして、 「この声・・・どこかで・・・」 だが、それがヤマトの声だとわかるほどに、シンジはヤマトの事を知りはしない。 そして、その答えに行きつく前に、シンジの意識は闇の中へと落ちていった。 「そろそろ、限界かしらね。」 努めて冷静に、仮面の女はそう呟いた。 アダムの中のヤマトが冷静さを欠きつつあるという事は、すでに彼女も気付いていた。 まだ、アダムの制御が完全なものといえない現状であれば、パイロットたるヤマトが冷静さを失うという事は、すなわち彼女たちにとって引き際というものを意味する。 エヴァのように暴走してくれて、それで世界が消えてなくなれば、結果としては彼女の思うところであろう。 ただ、どれほど憎しみと恨みに駆られていようとも、悲しい事にやはり彼女は科学者なのかもしれなかった。 だから、己の理解の外で、己の手の外で事態が収束するというのが、どこか我慢ならないのだろう。 第一制御を離れたアダムが彼女の思惑通りに行くとも限らない。 「シンジくんに止めを刺せなかったのは残念だけど、まあ起動実験としては上々というところね。」 誰に聞かせるでなく、彼女はそう独り言を続ける。 そんな言葉はだが、平静を装っている彼女の、複雑な心中を如実に表していた。 シンジとマナが、トライデントの中でかろうじてその命をつなぎとめている。 それを知るすべなどは、彼女の中にいくつもあった。 そしてなにがそうさせているのか、なにがヤマトから冷静さを奪っているのか、それも彼女にはわかっていた。 「レイ・・・」 彼女の目には、確かにその少女の姿が映っていた。 それが碇レイであるのか、はたまた綾波レイであったのか、彼女たちが本質的に同じ魂を持つという事実を抜きにしても、それは彼女にとってはどうでもいい事であった。 今の彼女にとっては"レイ"という名そのものが、そしてなにより彼女たちのもつユイの面影は、苦い想いを感じさせるだけのものでしかなかったのだから。 ユイ、ユカからマナへ、そして二人のレイへ、受け継がれていく想いと血。 母と娘の絆。 それらすべてが、彼女にとっては苦痛を与えるものでしかなかった。 そして、ヤマトにとっても。 親から見離されたヤマトにとって、親を守ろうとする存在など、理解できるはずもない。 "まだ生まれていない命"にしてみれば、自分を生んでくれる存在がいなくなる事は当然自身の存在をも消滅させるという事になる。 つまり自分を守るために、自分を生んでくれるものを守っているといういわば利己的な事にもなる。 本当にそうであるなら、ヤマトにも多少は救いのようなものはある。 結局人は、自分自身以外などどうでもいいのだと、そういう答えに導いてくれるなら。 けれど、そうではないという事が、どこかでヤマトにもわかってしまうから、だから、苛立つのだ。 自分だけが、報われないそんな世界。 それを、思い知らされるだけだから。 だが、それを、おそらくそこまですべてをわかっていながら、彼女は自分の息子に温かい言葉をかける事はなかった。 レイの存在が、ユイの面影が彼女から冷静さを奪っていたからというわけではない。 元より、それが彼女の思惑なのだ。 それはユイへの、碇の血への、そしておそらくは碇ゲンドウへの複雑な思いが、そうした残酷さを感じさせる思いを、麻痺させていたからなのかもしれない。 「帰って、行く?」 不意に、先ほどまで激しく繰り返していた攻撃を止め、参号機、いや参号機の姿をしたその"もの"はゆっくりと反転すると、歩き始めた。 無論、冬月やマヤたちに仮面の女の意図や、彼女たちの内部事情などは知りえるはずもないから、そんな突然の行為に彼らはただ、呆然とするだけしかできなかった。 ただ一つわかるのは、決して自分たちがこの敵を撃退した、撤退に追い込んだわけではないという事だけである。 そんな彼らの思いなど関せずに、さしたる攻撃も受けないまま、−いや、すでに誰もが戦う意志を失いかけていたという方が正確かもしれない−参号機はやがてその姿を完全に消し去った。 モニター上、"敵"をあらわす光点が不意に消失する。 「敵影、消失・・・完全に見失いました・・・。」 力ない声でマヤはそう言うのが精一杯であった。 完敗であった。 無論、さまざまな要因はあった。 シンジたちの精神状態の事もある、戦力だってはじめからこちらの方が遥かに見劣りしているのもわかっている。 だいたい、その"戦力"とて、仮面の女の側の場合自前で用意したものでなければ、マヤやマリィの責任の範疇ではない。 それでも、敵が誰であるかわかっていて、その敵と少なからず接点があり、そして何よりいわば同じものを目指していた彼女たちにしてみれば、その衝撃はいかばかりのものであろうか。 『結局、私はあの人には勝てないの?』 そんな絶望的な思いだけが、二人の胸のうちには広がっていた。 そんな絶望的な思いを、まったく別の場所で、そしてまったく違った形で感じていた一人の人物がいた。 そんな戦いの様子を、ヒカリは一人、街中から見上げていた。 エヴァンゲリオンのような敵にヤマトが乗っている事も、その姿がマリィやシンジや、何よりトウジにどれほどの動揺を与えているかも彼女は知らない。 その事実を彼女がもし知っていたなら、もしかしたら状況は変わっていたのだろうか? それは誰にも分からない話である。 そして今の彼女にわかるのは、シンジもマナも、マリィもなによりトウジが、必死に戦っているのだろうという事だけ。 それぞれの、自分たちの居場所の中で。 そしてそこに自分の居場所はない。 自分にできる事も、ない。 何一つとして。 「やっぱり私じゃあ、駄目なの?」 それは彼女の思い込みでしかない。 目に見えて役に立ってみせる事だけが、人の存在価値ではないのだから。 けれど今の彼女にはそうは思えない。 思えないから、変な言い方だが何という事のない、今まで幾度も見てきたはずの戦いの光景に、そんな事を感じずにはいられないのだ。 それぞれがそれぞれに敗北の想いを胸に抱きながら、誰一人として勝利者とならないまま、悪夢の一日は、終わりを告げようとしていた。 |