|
蟠り、嫉妬、敗北感、絶望。 それらのさまざまな想いが何一つ取り除かれていない状況であっても、親友が意識不明の重体であると聞かされれば、放っておけるものではない。 病院へ行けばトウジもマリィもいるかもしれない、それも、二人一緒にいる、その姿を見なければいけないかもしれない。 それをわかってはいても、だからといって親友を見捨てるような真似はできないのがヒカリという少女で、それが、彼女の中に新たなジレンマを引き起こし、そして、更なる悲劇へと誘っていく。 おそらくはそれすらも、どこかで予感しながら、けれどヒカリは病院へと急いだ、 先の戦いで、深く深く傷ついた、シンジとマナのいる、その場所へ。 「偉そうなこと言って、結局僕らの力じゃ、あの人を止める事はできないのかな。」 病室の前まで来たヒカリの耳に、不意にそんなシンジの言葉が飛び込んできた。 誰を責めているというわけでもない。 あえて言うなら、自分自身を、マナを守れなかった不甲斐ない自分を、責めいているのだろう。 「ごめんなさい、私が・・・戦闘中だというのに、サポートする役目を、忘れてしまったから。」 そんなマリィの声もする。 「いいさ、あそこでマリィの助けがあったからって、それで状況が変わるとも思えないもの。」 別にそれは、マリィを責めているわけではない。 それでも、どこか突き放したような、そんな冷たい言い方になってしまうのは、やはりマナの事があるからであろう。 シンジの方は思ったより軽傷であった。 だがマナは、命こそ取り留めてはいるものの、まだ意識は戻っていない。 守る事もできず、あの場から助け出す事もできなかった。 せめて逃げる事だけでもできていたなら、もっと早くマナをあの場から連れ出せていれば、こうはならなかったろう。 そんな自責の念があるから、平時のような気配りは今のシンジにはできなかった。 そしてもう一人。 今はともかく、昔なら、こういった事態においてシンジがこういった物言いをする事はままあった。 けれどその都度、ミサトや、加持や、レイ、アスカといった人間がシンジを叱咤してきた。 そしてケンスケや、なにより、トウジも。 トウジの姿もまた、シンジとマリィとともにこの場にあった。 こんな言い方がマリィを傷つけるだけだというのはトウジにもよく分かる。 それこそいつものトウジなら、この場でシンジを殴り付けていただろう。 だが、マナをこうさせてしまった原因の一端が、紛れもなく自分に、自分の心の弱さにあると分かっていれば、今のトウジにはそんな事は出来はしない。 「あたし・・・無力、だね・・・」 そんなマリィの呟きが、ヒカリの耳に飛び込んできた。 その呟きは、ヒカリにとっても、痛い。 そんな呟きに、マリィの辛さをわかる事もできず、シンジはただ、黙るだけであった。 「とにかく、マナの側には僕がついているから、二人は、もういいよ。・・・というか・・・二人だけに、して欲しいんだ。」 それが今のシンジに言える、精一杯であった。 「そない、気にするなや、な。シンジかて、本気でマリィを責めとるわけやないんやから。ただ、今は霧島の事があるから、な。」 それはどこか、マリィにというより、自分に向かっていった言葉であったかもしれない。 そんなトウジの言葉に、マリィは小さく頷く。 そんなトウジとマリィが病室から出てきたとき、ヒカリは反射的にその身を物陰に隠していた、 優しくマリィを気遣うトウジ。 そんな光景が、ヒカリの胸を締め付ける。 そんなヒカリの気持ちなど、もちろんヒカリがいることにすら気付いていないトウジがわかるはずもなく、ましてや今はマリィの気持ちを慰める方が大切であるという認識もあるから、いつになく、そう、ヒカリの知る限りいつになく優しく、トウジはこう言葉を続けた。 「人間生きてりゃ、うまく行かへんことって結構有るもんやし、むかつくこともある、そう言う流れってのは残念ながらなかなか変えられへん。でも、そういう中でこそわいらは考える必要があるとおもうんや。自分になにができるかを、な。」 優しくかけるトウジの言葉も、だが今のマリィの心を癒しはしない。 「でも・・・私じゃあの人には勝てない・・・。私にできる事なんて、何もないわ。」 「なに言うとるんや。ハルナの事、助けてくれたんはマリィやないか。」 「鈴原・・・くん。」 ハルナを助けたのは、それはただ単に責任を感じてのことである。 だが大切なのはなぜそれをしたかではない。 経緯はともかくとして、マリィには確かにできることがある、それがトウジの、そしてヒカリの中にある思いである。 そしてそれは、ヒカリにとっては決定的な差であるのだ。 「シンジ・・・」 「マナ!?気付いたの!?」 意識を取り戻したマナに、シンジは嬉しそうな声を上げた。 だが、そんなシンジにマナはひどく冷静な声で話し掛けた。 「ああいう言い方は、いけないと思うな。」 「マナ・・・気付いて、たんだ。」 それが、マリィにたいする言葉のこととだというのはさすがにすぐに気付いた。 「ごめん、ずいぶん前から意識は戻ってたんだけど、ね。」 体の調子がどこか思わしくないのか、だからマナは今の今まで言葉を口にすることができなかった。 体の調子が思わしくないのは、怪我のせいだけではない。 「マリィだって、辛いんだから。もしかすると、私たち、以上に。そういうのも、わかってあげないと、駄目だよ。」 「うん・・・」 どこか諭すようなマナの言葉を、反発することなく素直に聞き入れられたのは、その後に続く言葉を、どこかで予測していたからなのだろうか。 「お父さんに、なるんだから、さ。」 「お父さん、か・・・」 その事自体には、不思議と驚きはなかった。 むしろ、トライデントの中で自分たちの守ってくれたものの正体、そしてヤマトを苛立たせたものの正体が、それでわかった気がした。 「レイとカヲルが、私たちを守ってくれたんだね。情けない親よね、子供に守ってもらうなんて。」 だからそんなマナの言葉に、シンジは微笑みを浮かべて静かに頷いた。 けれど、父という単語そのものには、多少複雑な想いがシンジの中にはあった。 シンジにとっての父親。 そのイメージは無論、碇ゲンドウである。 幼い頃は、父に愛されていないと感じていた。 第三新東京市に来てからも、その思いは変わることはなかった。 父は、常にシンジにたいし厳しく、冷たかった。 けれどそんな父の態度が、本当は自分にどう接したらいいか戸惑ってのことだと、自分を傷つけてしまうことへの怖れからだと、何より自分を愛していてくれていたからだと、そう知った。 知ったのは、父が死んだ後のことである。 結局、分かり合えなかった。父を、"理解してあげる"事ができなかった。 それは、シンジの胸に今も深く突き刺さっている。 父親とすれ違うことしかできなかった自分、そんな自分が、ましてやまだ生まれてもいない子供たちに守られるような、そんな情けない自分が、果して父親などになれるのだろうか? そんな不安も、沸き上がってくる。 そんな思いを浮かべ、シンジはふと、どこかで同じ思いを感じた事があるような気がした。 正確に言えば、それはシンジ自身の記憶ではない。 それはシンジの父、碇ゲンドウが、二十年近くまえ、そう、つまりシンジが生まれるときに感じた、その思いであった。 そんな父の記憶を、さながら既視感のようにシンジは今、感じていたのである。 「父親、か。」 誰にともなく、ゲンドウはそう呟いた。 冬月に対しては、子供ができたと、多少自慢げに、どこか皮肉を込めて言っては見せたが、実のところ、その内心は不安でいっぱいであった。 正直、それはゲンドウにとっても意外であった。 実のところ、この時すでにゲンドウには、赤木ナオコとの間にもう一人の子供ができていた。 後に渚カヲルと呼ばれる、子供である。 が、ゲンドウにしてみれば今一番大切なのは自分の血を残していくなどという、ちっぽけなことではない。 人類全体がやり直していくための計画。 なにを犠牲にしてでも、そう、たとえ自分の血を分けた我が子でさえも利用する、そんな覚悟もあった。 事実、その後カヲルはE計画のための人柱として、使徒の細胞を植え付けられることとなる。 それに対して、感傷などは微塵もなかった。 ただ、まったく罪悪感がなかったというわけでもない。 が、罪を罪として意識して、それをすべて引き受ける覚悟があれば、感傷などに捕らわれてはいけないという思いもある。 それはそれで、辛いものなのであろう。 その辛さが分かるから、赤木ナオコもまた、我が子を黙って差し出しもした。 お互いに不義の仲であるということもあるから、文句を言えるような立場でもない。 が、だ。 ユイとの間にできた子に対しては愛情を見せ、自分との間にできた子には目もくれることはない。 あまりに露骨すぎるその態度の差は、ナオコの神経を逆なでした。 ただそれでも、かつてアスカがそうしたように、あるいは今彼女の娘がそうしようとしているようには、彼女にはできなかった。 ゲンドウを愛し、ゲンドウの子を宿し、けれど、彼女にはまだ、もう一つの拠り所があったのだから。 夫との間に愛情などはとうになかった。 けれどその夫との間にできた一人娘には、不思議と愛情を注ぐことができた。 どこか自分に似ているから、どこか、自分の後を追いかけてくるような、同じ道を歩むような、そんな予感があったからなのかもしれない。 そんな娘の存在、娘への罪の意識は、彼女にとって頼るべきところとなりながら、同時にそれはジレンマのもともなっていた。 たとえ後で後悔するとしても、感情のままに行動できる方が、幸せなこともあるのだ。 ようやく彼女が彼女の思う侭に行動できるようになったのは、娘が独り立ちし、そして何より、ユイがもう、この世からいなくなった、その後のことであった。 そのタイミングの遅さは、新たなる悲劇の幕開けでしかない。 碇シンジと言う人間がこの世に生を受けたこと、それ自体は罪ではない。 シンジ自体に何か罪があるわけでもない。 けれど、悲劇の引き金の一つであったことも、また確かである。 病室でマナの手を取りながら、唐突にシンジはそれを悟った。 それは、ゲンドウとユイの血がそうさせたことなのかもしれない。 そして同時に、自らの中の不安をかき消そうとするかのように、小声で、けれど強い口調でこう呟いた。 「同じ想いを、この子たちに繰り返させちゃいけない。この子達にも、そして僕たち自身も。」 それが、ゲンドウがずっと心の奥底に秘めていた、そして結局かなえられなかった願いだと、どこかで気付きながら。 そしてマナも、その時一つの決意を固めていた。 くしくもそれは、かつて碇ユイが誓った決意と、まったく同じ物であった。 シンジがゲンドウと同じ考えを抱いたその時に、マナがユイと同じ決意を固める。 それは、単なる偶然なのだろうか。 それとも、時は、また同じ過ちを、繰り返させるだろうか。 その答えはまだ誰も、知らない。 |