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シンジやマナがそれぞれの決意を秘め、マリィが絶望と敗北感に打ちひしがれていたとき、伊吹マヤもまた、複雑な感情に見舞われていた。 自分の圧倒的な力不足からくる絶望感、叩きのめされた敗北感、それらはマリィと同じようにあった。 ただ、マヤはマリィよりも敵、カスパーと名乗ったあの女性のことをより良く知っていた。 自分では、あの人にかなわないという思いとともに。 それは、変な話だが幾分マヤの方に、無論マリィと比べて、という話ではあるが、とにもかくにも余裕のようなものを与えてはいた。 力の差というものは、もちろんマリィとてわかっていなかったわけではない。 が、実感として知っているのと、理屈として知っているのとではそこには大きな差異がある。 長い間側にいて、実際の経験として"あの人"の力量を知っているマヤにしてみれば、この敗北は必然であると受け入れることができるのだ。 「だからといって、負けっぱなしでいいわけじゃ、ないよね。」 誰に話し掛けるとなく、マヤはそう一人呟いた。 絶望感や敗北感というものは、マリィや、シンジやマナたちに比べればない。 が、ないぶんだけ他のことを考えることができるというのは、必ずしも幸せであるとは限らない。 余計なことを考えられてしまうから、逆に不安が募ることもあるのだ。 「先輩、いったいあなたは何をしたいんですか・・・」 幾度となく自問して、答えを出しかけて、けれど、それをまた否定して、それを繰り返し続けたその問い。 そんなことをするのは、どこかでその答えに、気付いていたからなのかもしれない。 マヤとて、あの頃のマヤではない。 "あの人"の身に起きたことを知っているし、それが、かつての、いや今のマヤにとっても耐えられない事実であっても、受け入れがたいことであっても、理解するぐらいのことはできる。 理解できれば、自ずと彼女がなにを考えているのか、漠然とぐらいは分かるものなのだ。 男と女の関係はロジックではない、が、理屈で答えを導き出せることもある。 そしてそれは、彼女やマヤにとって、もっとも得意とするところでもあった。 「私は・・・どうしたらいいんですか?」 理屈で導き出された答えで言うなら、マヤは、彼女を止めなければならないということになる。 だが、今のマヤでは、それはできそうにない。 冷静に出した答えが、逆に判断を鈍らせる。 止められないという思いが、もしかしたら彼女がしようとしていることが、決して悪いことではないのではないかと、そんな思いまで浮かばせる。 それが単なる現実逃避でしかないというのは、マヤとてよく分かっていた。 けれど、今の彼女に出せる"答"は、それしかないのだ。 だが、 その問いへの別な答は、意外な、それでいて予想通りの必然的なところから唐突に示された。 「まったく、相変わらずね、マヤは。」 不意にした声に、マヤは慌てて振り向いた。 「そうやって結局自分一人でなんでも抱え込んじゃうのよね。あの子と一緒。ま、それは私にも言えることか。」 振り返ったその先には仮面の女が立っていた。 だが、それがカスパー、つまりマヤの良く知るあの女性でないことは、その言葉からわかる。 「あなた、は・・・」 その女の正体に、半ば気付きながら、マヤはそう口にしていた。 「とりあえず、いろいろと話しておかなきゃなならいことがある、一緒に、来てくれないか。」 女の後ろから現れた、もう一人の仮面の人物の言葉に、マヤは静かに頷いた。 どこへ、と問わない。 まさかこの状況で彼らが、"カスパー"のもとに案内してくれるなどとは、さすがにマヤとて考えはしない。 ならば、答えは一つしかないだろう。 話さなければならないことがある、その言葉を信じるならば。 いまこの状況で、マヤのほかに真実を知っておかなければならない人間がいるとするなら、それは、彼らしかいないからだ。 「シンジくんたちのところに、案内します。」 そういってマヤは、ゆっくりと立ち上がった。 「バルタザールとメルキオール。とりあえず、そう呼んでもらおうか。」 いきなり現れた仮面の男のそんな物言いに、シンジは特に驚くでもなく、むしろクスリと笑みをもらした。 「ちょっとシンジく〜ん、なに笑ってるのよ。」 「だって、ばればれじゃないですか。」 「なにがよ。」 「正体を隠すつもりなら、シンジくん、はないんじゃないんですか?」 「うっ。」 シンジの突っ込みにメルキオールと名乗った仮面の女は思わずうろたえた。 が、その奥で、どこかシンジの成長を喜んでいるような、そんなことの言えるシンジの余裕にほっとしているような部分も、彼女の中にはあった。 かつて、"保護者"としてシンジの側にいた、あの頃のままに。 「・・・茶番なのは分かってるさ。でもな、死んだはずの人間がそうほいほいと出てくるわけにもいかんだろ?」 そんな二人のやり取りを横目に、妙に真面目な口調でバルタザールがそういう。 「そんなもの・・・ですかね。」 「それに・・・」 そこまでのやり取りが、ある意味冗談めいたものであるのはシンジも気付いていた。そこに、込められた意味も。 ”彼女”と付き合っていくために必要な、仮の姿。 そういう、ことなのだろう。 「まず、何から話すべきなのかな・・・」 「聞きたいのは・・・とりあえず例のエヴァもどきに、乗っている人間の正体、かな。」 無論、シンジにしてみれば真っ先に聞きたいのは、"彼女"の意図である。 何を望んでいるのか、何が彼女をそうさせてしまったのか。 漠然とは分かってはいる。だが、明確な答えを、彼女の傍にいる、ずっと彼女の傍にいた人間の口から、聞きたいというのはある。 が、マヤの方に目をやって、それを真嗣はためらった。 それを聞くことは、マヤにとって何より辛いことなのだから。 この状態で最後まで聞かずにいるわけにはいかない。遅かれ早かれ、いや本来なら一刻も早く知らなければならないことである。 でも、せめて幾ばくかの、心の準備をするための時間を、シンジはマヤに与えてあげたかった。 そんなシンジの意図を察してか、バルタザールが口を開く。 「彼の名は、例のエヴァもどき・・・いや、はっきりアダムというべきかな、そのパイロットの名はヤマト・・・シンジくん、君も一度は、出会っているはずだ。」 ヤマト、確かにその名は聞き覚えがあった。 その少年の名に最初に思い至ったのは、だがシンジではなくマナだった。 「あの・・・ヒカリと一緒にいた子・・・なの?」 それで、シンジもようやくその少年の姿を思い出したが、特にそこに特別な感情はない。少なくとも、この時までは。 だが、マナの方はそのバルタザールの言葉に、なにか言いようのない不安を覚えていた。 ヤマトという少年から感じたもの、それは外見上のものでもあれば、醸し出す雰囲気もある。 ヒカリにたいしてみせた、母親を求める幼子のような、そんな感じもある。 それは今のマナであるから、妙に"子供"というものに敏感になれるからこそ感じることであった。 とはいえまだそれは漠然とした、形になるようなものではなかった。 が、それがエヴァやアダムを動かしていたというなら。 "適格者"としての資格がなんであるか、マナとて知らないわけではない。 その資格がある種誰でも持ちうるのだということも。 誰でも、というのは語弊があるかもしれないが、状況さえそろえば生まれ、つまり血の絆というものはまったく関係ない。 監視者や碇の血、というのとはまったく別の問題なのだ。 だが・・・マナにはどうしてもそれらの要素が偶然からなるものだとは思えなかった。 それどころか、それらをつなぐ意図が、薄っすらと見える気さえした。 「もしかしてヤマトくんっていうのは・・・シンジの・・・」 その言葉を別段驚きもせず受けて、バルタザールはこう答えた。 「そうシンジくんの弟・・・腹違いの弟、だ。サードインパクトの直後に生まれた、ね。」 「!?」 その言葉に思わずシンジとマナは息を呑んだ。 腹違いの弟、というのはまああの女性とゲンドウとの関係があれば、マナならずともシンジやマヤでも予想ができるとこでもある。 予想できなくとも納得できる話ではあった。 問題は、その後に続いた言葉である。 実際にヤマトの姿を見ていないマヤにはよく分からなかったが、その姿を見たシンジやマナには、とても信じられない話であった。 サードインパクトの直後に生まれた、ということはせいぜい4、5歳。だがシンジたちの見たその姿は、どう見ても14、5歳ぐらいである。 「驚くのも無理はない、な。あの姿を見てりゃ。」 そうため息を吐きつつバルタザールが呟く。 「でも・・・分からない話ではない、のかな・・・」 一呼吸置いて、マナがそう呟いた。 分からない話ではない、というのは技術的な話ではない。 エヴァの中で感じた、どこか幼さの残るパイロットの印象が、妙に納得できる、ということである。 無論、技術の問題としても、レイやカヲルのような存在を"造る"技術があるなら、強引に成長を捻じ曲げてしまうことも不可能ではないだろうし、方舟にあった技術の一端を"彼女"が見ていることを考えれば十分ありえる話だとは言える。 ゲンドウへの、碇の血への復讐というのがあれば、我が子すら実験の道具に使うというのも理解できない話ではない。 分からない点があるとすればせいぜい必然性の問題だけであろう。 「14歳という年齢こそがエヴァのパイロットとして最も適性が高かった・・・それにどれほど根拠があったかどうかは知らんが、それがどこか頭の中にあったんだろうな。」 そんなマナの疑問に答えるように、バルタザールはそう口にする。 「そんな・・・そんなことのために・・・自分の子供にそんな・・・人体実験のような真似を?」 ようやくマナたちに説明され、マナたちの驚きの原因を知ったマヤであったが、その意図を理解することは今の彼女にはできなかった。 そして、シンジにも。 「母親なのに・・・そんな・・・」 母親、というその言葉はシンジにとっては大事な意味を持っていた。 シンジが抱いている母親のイメージ、というものはヒカリやユカや、何よりユイ、そしてマナのものである。 あるいはそこには、綾波レイの姿もあったのかもしれない。 父親とは確執のあったシンジであるが、反面、いやその反動からか、母親にたいする思慕の念は強い。 そのシンジにとって母親をイメージさせてくれる女性たちは、いずれも自分の身を案じ、守ってくれた人たちだった。 だから、分からないのだ。 それは赤木ナオコと渚カヲルの関係でも言えたことであったが、この場合は今の場合とは逆に、シンジはナオコとは面識がなく、正確にいえば面識がないわけではなくシンジが覚えていないだけなのだが カヲルの側とだけ深い関わり合いがあったし、そもそもナオコとカヲルの関係を知ったのがつい最近のことであるから、もう少し客観的に物事を見ることができていた。 だが、いまのこの事態は、現在進行形であり、それゆえに、どうしても感情的に切り離せない部分が出てくる。 だから、納得がいかない。 だが、 「母親だからこそ、自分の子供だからこそ、っていうのは・・・あると思うな。」 「でも・・・自分と、自分の愛した人との間にできた子よ?例えばマナちゃんだったら、シンジくんとの間にできた子に・・・レイちゃんやカヲルくんにそんな事ができる?」 ポツリと呟いたマナに、マヤがそう反論する。 「愛してたから、けれど愛されていなかったから・・・裏切られたから、そういうのって、ありますよ、やっぱり。シンジのお父さんとのことだけじゃなくって、実の母親とのことも含めて、ね。」 「最後に女であろうとした母親、それゆえに最後の最後に自分を裏切った母親、だからこそ母になりたくない自分。結局そういうものがあるのかしらね、あの子には。」 マナの言葉に続けてメルキオール、とそう名乗った女性がシンジとマヤに向かってそう呟いた。 「そしてそれと同じ思いを、ヤマトもまた、抱えている。あんなに幼いのに、な。そして幼いがゆえに、その感情を隠すことをしない。」 「それが、彼とアダムを同調させている、といっても過言ではないわ。そして、それが最後の扉を開く。」 仮面の下で表情はわからないものの、その言葉がバルタザールやメルキオールにとって苦渋に満ちたものだということは、シンジたちにも容易に理解できた。 「アダムって・・・一体なんなんです?」 第一使徒、サードインパクトを起こすための鍵、エヴァの原形、そういったものだけでなく、もっと違ったなにか、それがあるうようにシンジには感じられた。 「アダムは、神を怨んでいる。自分を生んでおきながら、自分を後継者として認めなかった、いや存在すら認めてくれなかった神を、ね。」 「それってつまり・・・」 「先輩や、ヤマトくんと同じ、そういうことなんですね・・・」 「その恨みが、世界を破滅される力を生み出した・・・。セカンドインパクトやサードインパクトなんて生易しいもんじゃない。そこには人の再生、世界の新生などと言う目的もない。あるのはただ、破壊と無。」 「あの子が・・・碇司令への恨み、あるいはユイさんへの嫉妬から何かをしようとしていたことは知ってた。口で言って分かるようなものではないから、今まで好きにさせてた・・・。まさか、ここまでのことをやるとは、思ってなかったから。」 「奴等に手を貸していたのがアダムの再生のためと言うことは分かってた。けど、アダム一体で世界を滅ぼせるとは思っていなかった。」 「まあ、シンジ君やマヤ、いえ、今生きているすべての人にとっては迷惑な話だろうけど、そうやって世界を破壊しようとすることで、あの子の気が済むなら、ね。ほんとにそれで世界が滅びるわけではないし・・・。終わった後で罪は償わせる、いえ、私たちもいっしょにその罪を償っていく、そのはずだった。」 「アダムの直接的な力で世界を滅ぼすことなどできはしない、無論彼女もそれを分かっているだろうし、その上で何かをしようとしているのだろうとは思っていた。が・・・」 「何を言っても、言い訳ね、今となっては・・・」 そんな言葉が、シンジやマナやマヤの胸に、重くのしかかる。 だが同時に、それはシンジに一つの決意もさせた。 「でも・・・。力でねじ伏せて、それで済む話だとも・・・思いません。僕たちも。それじゃ、何の意味もないから。」 そんなシンジの言葉はバルターザールとメルキオールにとって、そして何よりマヤにとって、救いの言葉であった。 「強くなりましたよね、シンジくん。やっぱり、マナちゃんが傍にいるせいでしょうか。」 シンジとマナを残し、病室を出たところでマヤがそうポツリと呟いた。 結局、事態は何一つ変わってはいない。 真実を知り、彼女の意図を知ったとて、気持ち的に何が変わったわけでもなかった。 いや、変わるはずなどはじめからありはしないのだ。 やらなければいけないことが、はじめから何一つ変わってはいないのだから。 シンジとて、何もマヤに賞賛されるようなことをしたわけではない。 ただ、前々からの決意を新たにした、只それだけのことなのだ。 けれどそれすらできないマヤにしてみれば、その差は大きく感じられる。 「マヤ・・・。そうね、確かにシンジくんは強くなったのかもしれない。でも、シンジくんだって悩んでる。シンジくんだって苦しんでる。私には、そう見えるわ。」 マヤの呟きに、メルキオールがそう優しく答えた。 その口調は、間違いなく、マヤが知る、あの頃のあの女性のものである。 「確かにマナちゃんの存在は大きいと思うわ。自分一人で悩みを抱えなくなったってことについてはね。だから・・・シンジくんは無理をしなくなった。」 「無理を・・・しない?」 そんなメルキオールの感想は、マヤには意外だった。 マヤの目には、シンジは大人たちが犯した罪のために、自分を犠牲にして戦っている、そう映っていたからだ。 「必死になって戦ってるっていえば、確かにそうね。でも、シンジくんは、自分にできることをしている、只それだけ。そしてマヤ、あなたも・・・」 「私も・・・?」 その先の言葉を、あえてメルキオールは続けなかった。 それは、自分で探さなければならないものだから。 マヤのみならず、マリィやヒカリもまた、見つけ出さなければならない、その、答えを。 |