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「とは言うものの・・・」 リビングで夕食を取りながら、ふう、と一つ、マナはため息を吐いた。 「このままでいいわけは、ないわよねえ。」 そんなマナのため息の意味に、対面にいるシンジは、もちろん、分からなかった。 「余計なお節介だっていうのは・・・私にもわかってるんだけど・・・」 そういって切り出したマナの言葉を、だが誰も非難する事はなかった。 それどころか、 「ようするに、うちのお兄ちゃんがみんな悪いのよね。」 すまなそうな顔で、ハルナがそう謝る。 本当に、どちらが保護者なのだか分かったものではない、と、その場にいた残る二人、コダマとノゾミは密かにそう思った。 「悪い、って言うわけじゃ、ないとは思うんだけど、ね。」 そうマナは言ってみたものの、原因がトウジにある、ということは確かであった。 「まあ、ね。でも、何でトウジ君、いきなりマリィちゃんに告白なんかしたんだろ?」 ここにいたる経緯の詳細を、マナから聞かされたとき、ふと、コダマはそんな疑問を抱いていた。 なんだかんだいっても姉妹である。 コダマやノゾミにすれば、ヒカリに幸せになって欲しいという気持ちはあるし、ヒカリの気持ちも当然、よくわかっているからどこかヒカリを擁護するような部分はある。 ただ、その部分を差し引いて考えても、ヒカリとトウジは十分お似合いであると感じられたし、旧知とはいえ、ぽっと出の感があるマリィに、いきなりトウジがくら替えする、というのが、彼女たちにはどうもふに落ちないところがあった。 「そう、よねえ。ヒカリお姉ちゃんの方が、うちのお兄ちゃんにはあってるって私も思うもん。マリィさんだって悪い人じゃないけど、お兄ちゃんって"お母さん"って感じの人に弱いところがあるし。」 そのハルナの言葉こそ、ある意味ヒカリとトウジの関係のすべてであったといってもよい。 ヒカリにしてみれば、"母親代わり"ぐらいにしか思われていない、ということに悩むところもあるのだろうが、トウジの側にしてみればそういう女性こそがある種理想なわけであって、それはそれで本来丸く収まる話なのだ。 だいたい、男はどこか母親の影を求めるものだし、反対に女の子は父親を求めるものである。 ましてやトウジは、それはあのころあの場にいたほとんどの少年少女がそうであったのだが、幼い頃母親を亡くしていれば、明確な母のイメージなどはない。 シンジのようにまがいなりにも母の思い出があれば、母によく似たマナやレイに心をひかれるのだが、そうでなければ、もっと漠然とした、"母親"のイメージを持つ少女にひかれていく部分というものはある。 そして、ヒカリという少女は、間違いなくその素養を持っていた。 それは、ヒカリを母親代わりにしてきたコダマやノゾミが、一番分かっていることである。 「確かに、マリィって・・・母親、って言うイメージは、ないよね。」 母親へ反発の所為もあるだろうが、確かにマリィは、ある種ヒカリとは正反対の位置にいた。 そのスタンスは、むしろ赤木リツコに近い。 リツコの方が、それでも母親を尊敬できていた分、まだ、幾分ましであったとすら言える。 なんにせよ、ヤマトの件を例に挙げるまでもなく、どちらにせよ"母親"に向いているとはあまり言えなかった。 「ま、私が偉そうに、言えることじゃないかもしれないけどね。」 お腹をさすりながら、マナは一人、そう呟いた。 「私にだって、言われなくたってそんな事は分かってるわよ。」 マリィのところを訪れたマナに、まずはじめに返ってきた返事はそれであった。 とにもかくにも、まずそれとなく当事者の様子を見る、ということになったとき、ハルナがトウジに、ノゾミやコダマがヒカリにつくのが当然であれば、これまた当然の如く、マリィのところにいくのはマナということになる。 ある意味、一番やり辛い役回りなのだが、そもそも言い出しっぺがマナである手前もあって、そうも言ってはいられない。 そんなわけで、マリィのことを、はじめは物陰から様子を見守っていたマナであったが、 「さっきからそんなところで何やってるの、あなた。」 すぐに見つかってしまったのである。 とても、元軍のスパイとは思えない。 もっとも、実際マリィの置かれている立場は微妙にトウジとヒカリとは違い、自体というものは第3者であるマナたちと同様ぐらいに見えていることがあれば、誰かがこうして動くことぐらいが、マリィにしても予測できる面があった、ということもあったためではあるのだが。 そして逆に、マナにしてもマリィには、おそらくトウジやヒカリより、むしろ直接腹を割って話した方がいいのではないかという、そんな考えもあった。 物陰から見守る、というよりも、話し掛けるきっかけをつかめずにいた、というのが、正しいところなのかもしれない。 だから、見つかったのをきっかけに、一気にマナは、こう切り出してみた。 「鈴原くんのことで、ちょっと話が、ね。」 正直、マリィの側にしてみれば、そんなマナの言葉がありがたいところもあった。 マリィにしても、色々と引っかかるところがあれば、誰かに相談したいこともあった。 なにかを、誰かに話したかった。 そしてこの場合の誰か、一番適任なのは、マナであったかもしれない。 「ようするに、さ。今の鈴原くんの中には、誰にもわからない、なにかがある、そんな気がするのよね。」 それがなんであるのか、さっぱり見当もつかないが、それが、マリィに告白した遠因であることは確かなのだろう。 言い換えれば、そういう理由がなければ、こういうことにはなってはいない。 マリィにとってそれが分かるというのは、トウジに対して淡い想いを抱いているだけに、辛い。 「そういうのがわかってて、キスなんてしたんだ。」 そんなマナの言葉は、皮肉のように見えて、どこか、同情している風な響きがあった、 が、むしろ、そんな言い方の方が、今のマリィにはありがたかった。 だから、 「キスなんて、欧米じゃ挨拶代わりよ。」 そんな強がりも言えた。 「欧米では、でしょ。ここは日本よ。」 マリィの複雑な心情を知ってか、苦笑混じりにマナはそんな返し方をした。 「あら、あなただって碇くんと、ほとんど挨拶代わりにしてるじゃない。」 「わ、私とシンジのことは、今は関係ないじゃない。」 別にやましいところがある訳でもないはずなのだが、不意に自分たちのことに話しを振られて、少しマナは吃った。 吃ってみせた、というべきかもしれない。 どこかそれが、うらやむ心があるからだと分かるから、そして、次のマリィの言葉が、どこかで予想できていたからかもしれない。 「そう、私と鈴原くんは、あなたたちみたいにはなれないものね。・・・だから、さ。ちょっとぐらいは大目に見てよ。私なりの節目、私なりの、別れの挨拶、みたいなものなんだから。 そういってマリィは、寂しげな笑みを浮かべた。 「別れ、ね。」 「勘違いでも、何かの間違いでも、・・・それでも、正直少し嬉しかった。でも、駄目なのよ。それじゃあ、ね。だから・・・」 「だから?」 「いってやったわ、言う相手が違うわよ、って。」 そういうマリィの目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。 目に見えている立場だけ見れば、今のマリィの置かれている立場は、あの頃のマナに近い。 そしてヒカリ自身も自覚しているように、彼女の立場はアスカに近い。 が、実情はまったく逆である。 今のマリィの言葉など、方舟攻防戦のときに、アスカがシンジに言った、あの時の言葉、そのものである。 「私だってわかってる、自分の立場ぐらい、ね。いまのこの状況なら、私が鈴原くんをあきらめるのが一番いいんだってことも。どうせ私なんてぽっと出だからね、洞木さんほど、未練も拘りもないし。」 そんな言葉が嘘である事は、マナには痛い程よく分かった。 表層的な感じは、無論あの時のアスカと今のマリィではぜんぜん違って見えるかもしれない。 が、根幹にあるものは、まったく同じなのである。 それが分かるのは、そう、おそらく本人たちでさえ分からないであろうそんな奥底の気持ちが見える者がいるとすれば、"今の"マナとアスカだけであろう。 無論、アスカは、今ここにはいない。 「なんか結局、私が見んな背負い込むのかしら。」 「え?」 ため息と共に不意にマナの口から出たそんな言葉に、少々マリィが戸惑う。 そんなマリィの戸惑いを無視して、マナはマリィにこう言って見せた。 「ごめんね、マリィ。そのうちさ、私が、鈴原くんなんかよりもっといい男を、紹介してあげるから。」 唐突なそんな物言いに、マリィは一瞬驚いたような顔を浮かべたが、すぐにちょっと意地悪な笑みを浮かべて、 「いい男って言われてもねえ。あなたの言ういい男の基準て・・・碇くん、でしょう?あんまり当てにはならないわね、」 「なによそれ、ずいぶんじゃない。」 マリィのその言葉に、マナは頬を膨らませる。 が、すぐにその顔が笑みに変わり、二人の女性は、互いに顔を見合わせて、笑みを交わした。 「でも結局、私を言いくるめても、何も解決にはなってないのよ。」 不意に笑みを止めると、マリィは少々真面目な顔で、マナにそう言った。 この時マナはまだ、気付いていなかったのだがマリィはなにか、妙な胸騒ぎがしていた。 だいたい、言われたマリィでさえ、疑問を感じざるを得ないトウジの告白なのである。 そもそも、トウジなどという男は元来が単純であるから、感情のままに行動する、というのはよくある話ではあるが、それが分からないというようなことはない。 シンジを殴って、殴り返せてといったかつてのあの事件など、その典型とも言える。 『恥ずかしいやつ。』とその時ケンスケは言ったものだったが、実際のところ、そんなトウジの気持ちがケンスケにも分からなかったわけではない。 当時のシンジには、その時のトウジの気持ちはよくわからなかったが、それとて、シンジがトウジという人間のことを知らなかったから、ということと、シンジ自身が他人のことに関心を寄せなかったという理由があるからであって、今のシンジなら、あの頃のトウジの気持ちは分かるはずである。 そうであるなら、トウジのことをよく知り、且つ、人の心に敏感な少女たちがこれほどそろっていながら、鈴原トウジという男の内情がまったく読み切れないというのは、やはりおかしい話なのだ。 恋は盲目、という言葉があるから、ヒカリが、ことトウジのことについて冷静になれない、ということはあるかもしれないが、最もトウジに近く、最も幼いがゆえに、最も敏感なハルナにさえ、まったく見当がつかないというのは、いわれてみれば確かにおかしい。 もちろん、いかにトウジが単純だからといって、他人の心、たとえ親子、兄弟や恋人、夫婦であっても、の心の中を完全に見透かすことなどできはしないし、例えばマナにしても、『何考えてるんだか・。』とシンジのことでため息を吐くようなこともある。 とはいっても、その場合の分からない、というのは、ある種"理解できない"という意味であって、まったく見当もつかない、ということではない。 「母親、か・・・」 ふと、先のハルナの言葉を思い出して、マナがそう呟いた。 「え?」 「ハルナちゃんが言ってたのよ。鈴原くんって、"お母さん"って感じの人に弱いって。結局そこが、引っかかってるのよね、皆。」 なにかそこに、理由があるように、不意にマナには思われた。 根本的に、"母親を感じさせる女性にトウジが弱い"という周囲の今までの認識が間違っている可能性ということもある。 あるいは、今まではそうだったとしても、トウジの好みが単純に変わった可能性、というのもある。 だがなぜか、それらの可能性を、誰もが考えることもなかった。 トウジが単純であるという認識を曲げたくないのか、あるいは、トウジぐらいなら考えていることぐらい見通せると思っていた、今までの自分たちの認識が過ちだったと認めたくないのか。 おそらく、そうではない。 今までの認識は間違ってはいないし、そしてこれからもおそらく、そう変わりようはない。 根拠はないのだが、間違いなくそう、誰もが感じられていた。 間違いなく、彼らの知る"鈴原トウジ"という人間は、そんな人間だったのだ。 トウジが、"別の人間にでもならない限り"そんなことはありえないという自信が、マナやマリィを含めた全員に、確かにあった。 「まさか、ね。」 呟いてマナは、自分の中に浮かんだ妙な考えを振り払おうとした。 だが、 「なに?」 そう問い返したマリィに、「馬鹿馬鹿しい考えなんだけどさ、」と前置きをして説明をしているうちに、その妙な考えは、マナの、そしてマリィの中で、次第に大きくなっていった。 「・・・別人、というのは考えずぎとしても、別人のようになってしまうようななにかがあったって言うのは、十分考えられる話よね。」 故意に論点を少しずらしながら、マリィは言葉を選んでそう言った。 そうしなければ、もっと悪い考えを、口にしてしまいそうだったからである。 人生観を変えるような何か、といえば、それはないという方がおかしいくらい、いろいろなことがあった。 そして、トウジに関して言えば、あの参号機事件がある。 3号機、性格にはアダムだが、を目にしたときの当時の様子から考えれば、トラウマというのはもちろんあるのだが、結局そこが、引っかかるのである。 あの事件と、マリィにすがり付くというその行為との間に、なにか見えない線のようなものがある。 マリィがずっと引っかかっていたのは、まさにそこであった。 「恐くって、思わず子供にかえって、すがり付くのはお母さん、よねえ。」 マナのそんな物言いは、暗にマリィがそういうイメージではないと、そう言っていた。 それは、マリィにもよく分かっている。 だから、引っかかるのだ。 「私を・・・私みたいなタイプを、お母さんだと感じてしまうような何か・・・そんなのは・・・ないよねえ。」 苦笑混じりにそう言ったマリィであったが、その言葉に、不意にマナがなにかに思い当たる。 「でも、母親とか、そういうイメージって、育った環境とか、生まれた場所とか、そういうのによるよね。」 「だから、そこがさ、まさに鈴原くんが私よりも洞木さんみたいなタイプをお母さんだと感じる要因じゃないの。」 当然とばかりにそう返したマリィの言葉を無視して、マナは続けた。 「かつて、綾波さんの住んでいた部屋が、あまりに殺風景な部屋だったと聞いたことがあるわ。病室のような、何かの実験室のような。そしてそれは、綾波さんが生まれた場所に、起因しているってことも。」 「それは・・・彼女は・・・」 言いかけて、マリィは自分があまりに大きなことを忘れていたことに思い付いた。 綾波レイ、その正体が第弐使徒、リリスであることは既に知っている。 だが、その器とも言うべき肉体は、どのように作られたか。 そして、誰によって作られたか。 レイにはそういう意識はなかったかもしれないが、言い方によってはその人物こそ、レイや、あるいは同じ様に生み出された渚カヲルにとって、母親、もちろんその人物が男であれば父親となるかもしれないのだろうが、といっても過言ではないかもしれない。 無論カヲルの場合、カヲルをそうさせてしまったのが実の母親である赤木ナオコであるから、例としては適当ではないかもしれないが。 「そう言えば、綾波さんはあの人を怨んでいたんじゃないかって、そんな話を聞いたことがあるわ。 命をもてあそぶような真似をしたからだとか、シンジのお父さんのことがあったからとか、皆そういう風に思ってたみたいだけど・・・」 「母親だからこそ、恨みも深い・・・分からない話じゃないわね。」 思わず自分のこととダブらせながら、マリィはそう呟いた。 そしてゆっくりと、マリィは頭を上げた。 レイやカヲルの肉体を作り上げたあの技術を応用したとしても、無論死んだ人間を甦らせることはできないかもしれない。けれど・・・ 「もちろんこれは、可能性の問題でしかないけれど・・・」 「確証はない・・・けれど・・・可能性もないとは言えない・・・」 その先を、マナもマリィも、口にすることはできなかった。 |