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「だいたいさ、あんたにだって原因はあるって、分かってる?」 いきなりそう切り出したコダマの言い様は、姉妹ならではのものであろう。 「自分はおとなしく身を引いて、好きな人の幸せを願うなんて、今時はやらないわよ。」 「そんな事・・・」 そんなコダマの物言いに、ヒカリは反論しようと試みたが、だが言葉が出てこなかった。 そんな言い方が、姉の、姉なりの優しさによるものだと、良くわかるからである。 そしてそんな言い方でなけでば、おそらく自分には分からないのだという事も。 普段はヒカリが母親代わりを勤める洞木家ではあるが、やはり、年長者であるだけの事はあると、こういうときには思い知らされる。 「コダマお姉ちゃんの言い方はさ、ちょっときついかもしれないけど・・・でもね・・・」 年長者に年長者にしか出来ない物言いがあるように、年少者にしか出来ない事もある。 コダマがきつく言う分、それをフォローする優しさがあるのが、ノゾミという少女なのかもしれない。 年上のものが下に厳しく、年下のものが上に優しいというこの構図は、どこか鈴原家と好対照であった。 もっとも鈴原家の場合、内面的にはハルナの方が"姉"というべきなのかもしれないのだが。 ただ、そのどちらにしろ、根底にあるものに変わりはない。 兄弟を思う、優しい心である。 それが、血の絆のもつ、温かさなのかもしれない。 「はやるはやらないじゃなくってさ、大切なのは、自分の気持ち、なんだとおもうよ。」 「なによノゾミ、私の意見にけちつけるつもり?」 そう言いながらも、苦笑いを浮かべるコダマの表情は、険しいものではない。 そしてそんな姉と妹の取り止めのないやり取りは、どこかヒカリをほっとさせた。 「別にコダマお姉ちゃんの言うことに反論したいわけじゃないってば。ヒカリお姉ちゃんみたいなタイプはさ、もっと自分の気持ちを表に出すべきだってこと。鈴原さんの気持ちとか、マリィさんのこととか関係なくって、自分が好きだって言う気持ち。それまで、変えることはないでしょ?」 「自分の・・・気持ち、か。」 妹にそう言われて、どこかヒカリは神妙な気持ちになった。 が、その後でノゾミはこう続ける。 「私だって、結ばれないとわかっていても、ワカバお姉様に・・・」 「あんたの妙な趣味と一緒にしないでよ!」 そんな妹たちのやり取りに、コダマはクスリと微笑んだ。 「お姉ちゃん、笑い事じゃないわよ!」 「ごめんごめん。でもさ、やっとあんたらしくなったなって。そう思ってね。」 「え?」 「自分で言うのもなんだけどさ。私やノゾミの言う事を黙って聞いてるなんて、ヒカリらしくないよ。あんたはさ、お母さん、なんだから。」 「お母さん、ね。そうやって、いつも面倒ごとを押し付けるのよね。みんな。」 そう言いながらも、コダマもヒカリも、お互いに顔を見合わせると、笑みを交わした。 「お母さん、か。そう、そうだよね。」 トウジへの気持ち、トウジの気持ち、マリィの気持ち、それに、あまりに捕らわれすぎていたのかまもしれない。 今まで通り、ヒカリはヒカリでいればいい。それが、どういう結果に繋がろうとも。 「お母さん、なんだよね。私は、さ。」 どこかで嫌っていた、どこかで避けていた母親代わりという役回り。 それをヒカリは、この時始めて、本当に受け入れたのかもしれない。 そしてそれはやがて、希望に、変わる。 だが、その前に・・・ 「仮に、仮に、だよ。私たちの立てた仮定が正しいとして・・・」 そこまでいってマリィは、口篭もってしまう。 仮定が仮定のままなら、自分たちだけがこの事を胸に仕舞い込んでおけば言い。 それがたとえ真実だったとしても。 どこかに、そういう想いがあった。 だから、その仮定をどう証明するか、その方法を考える事を、マリィは本能的に拒否していた。 それは、マナとて同じことである。 ましてやマナにしてみれば、これを証明するという事は、ある意味シンジに新しい罪を背負わせる事にもなり兼ねない。 だから、"あの時あの場所にいなかった自分たちに"それが真実であると証明するすべはない、そう、思いたかった。 だいたい、今の自分たちに必要なのは、トウジに、本当に彼に必要なのが誰なのかを分からせる事であって、過去の事件を掘り返す事ではない。 「そう、そうだよね。ようは鈴原くんとヒカリをくっつければそれでいいわけだし、ね。」 それが根本的な解決ではないと、先ほど自分で言ったばかりでありながら、あえてマナはそんな言い方をした。 「「知らない事が、いい事も、ある、よね。」」 異口同音にそういったその二人に、 「なにが、知らない方がいいの?」 後ろから、そう話し掛けてきた人物が、いた。 「マ、マヤ・・・さん。」 この状況で、おそらく一番聞かれたくない、いや、本来なら聞いてもらわなければならない人物が、そこにはいた。 「な、何でもないですよ。ねぇ、マリィ。」 明らかに慌てた風にそう言ったマナに、マリィが云々と肯く。 なんでもない、という風にはとても見えたものではない。 「何でもない、って言う風には、見えないけどねえ。」 どこか歳相応な、落ち着いた口調でそういうマヤには、大人の余裕のようなものが見えた。 だからこそ、なおさらマナやマリィには、言えない話である。 ようやく、立ち直りかけたマヤに、再び要らぬ悩み事を増やす事であると、そう感じていたからである。 そして、マヤを通して、自分たちが真実に近づく事を、避けていたのかもしれない。 「い、伊吹さん、どこから話、聞いてました。」 恐る恐る、マリィがマヤにそう尋ねた。 マヤの口調から察するに、核心の部分は聞かれていないという認識はあったが、それでもやはり、安心はできない。 「聞いてたって・・・別に盗み聞きしてたわけじゃないし・・・鈴原くんがどうとか、"かてい"がどうとかって・・・鈴原くんのうち、なにかあったの?もしかしてハルナちゃんの事?」 どうやら"仮定"を"家庭"と聞き違えている風なマヤの言葉に、ほっとする二人。 こういうあたり、やはり伊吹マヤの伊吹マヤたるゆえんなのかもしれない。 これが葛城ミサトあたりであったなら、おそらくマナたちの話などはすべて聞かれていただろうし、勘のいい人物であったから、マナたちの考えまで察してしまったかもしれない。 が、ことマヤは違う。 理屈や理論だけの話ならともかく、人の感情、ましてや色恋の絡むような話には極めて−シンジやトウジほどではないにせよ−疎い人物であるから、そこで発想が途切れてくれるのは、正直今のマナたちにはありがたいところでもあった。 が、その認識が、実は甘かった事を、彼女たちはすぐに知る。 「あ、さては・・・マリィちゃん、鈴原くんの事が、好きなんじゃないの?」 ほっとしたようなマリィの態度を見て、的外れのような、それでいてずばり核心を突いているような、そんな言葉をマヤは口にした。 「な、なにを・・・」 物事の核心としては程遠いものの、間違ってもいないその言葉に、思わずマリィは焦りを見せた。 「やっぱり、ね。でも鈴原くんには洞木さんがいるし、ってそんなところなんでしょう?」 鈍い鈍いといわれながら、実は見るところはしっかり見ているようである。 というよりも鈍いのはこと自分に関る部分だけなのかもしれない。 「自分が幸せなもんだから、よそが良く見えるのよね。ほんと。」 どこか皮肉交じりのそんなマリィの一言は、マナにも少々ちくりと来た。 「そういうのはね、一人で悩んでても駄目よ。思い切って告白してみるとか、経験豊富な人に相談するとか、ね。」 本人は善意のつもりなのだろうが、マヤにだけは言われたくない一言である。 というかおそらくマヤにしてみれば"自分に"相談してみなさいというお姉さん的心境なのだろうが・・・ 『だったら霧島さんの方がよっぽど頼りになるって。』 とマリィはもっともな感想を抱いた。 無論、それを口には出さない。 「実は、そうなんですよ。」 そんな事を考えていたマリィの横で、唐突にマナがそう切り出した。 「ちょ、ちょっと霧島さん!?」 焦るマリィをマナが制す。 『いいじゃない、別に嘘じゃないんだし。』 『そ、そりゃそうだけど、でも、だからって・・・』 『他人にいらない心配かける事ないでしょう?』 それではぐらかせる事が出来ればいい、マナは暗にそう言っていた。 もっともここで一番はぐらかしてみせたいのは、マヤではなく、もしかすると自分自身の心であったかもしれない。 どんな過酷な運命であれ、それが自分自身の事なら直視できる自身は二人にもあった。 だが、それが、自分以外の、自分の身近な人にどれだけの衝撃を与えるか、それを考えれば、今の彼女たちにはそうする事しか出来なかった。 それが、彼女たちがもっとも嫌う事だと、逃げているという事だと、そう自覚しながらも。 その事自体は、マナの心に重くのしかかってはいる。 そして、誰にも言えない以上、その重みはこの先ずっと、彼女の上に覆い被さり続ける事になる。 ただ、少なくともいまこの瞬間だけは、誤魔化せる方法を見つけた今だけは、心が軽くなれた。 そこに、ほんの少しの、油断があった。 「鈴原くんって、ほら鈍いけど思い込んだら一直線、みたいな部分があるから・・・。ヒカリの事好きだ、って認めない部分はあるけど、自分に嘘をつきとおせるタイプでもないし、そうするとやっぱり、ねえ。」 そうマナがマヤに語ってみせた当時の人物像は、間違いなく、彼女たちの良く知る鈴原トウジの、その姿である。 彼女たちが今まで、良く知っていた、はずの。 「そう、ねえ、たしかに。」 元々理屈先行型のマヤである。感情が入り込まなければ、冷静に人を見る事が出来た。 そんなマヤが感じたトウジの人となりもまた、確かに今マナが語ってみせたようなものであった。 「で、でもほら、人は、変わっていくものだって・・・確かどっかで誰かが言ってた気もするし・・・」 ここで妙な反論をしてはいけないのだという事は、マリィも分かっていなかったわけではないのだが、それでも、彼女の中に確かにトウジへの想いがあれば、思わずこう口走ってしまうのもある意味無理からぬことだったかもしれない。 「それって・・・大昔のアニメかなんかの台詞じゃなかったっけ?大体変わっていくものって言ったって、まったくの別人になれるわけじゃないんだから・・・」 マリィの言葉を受けてそう言ったマナの言葉は、明らかに不注意なものであった。 「別・・・人?」 心の中で、マナは『しまった。』とそう感じた。 そのたった一つのキーワードに、マヤは過剰な反応を見せた。 それは、マリィとマナがもっとも怖れていた、そのものでもある。 「そう言えば、確かに鈴原くん、ちょっとここんとこ妙だったかも・・・。あ、でも、妙だとか言い切れるほど、私鈴原くんの事なんて知らなかったっけ。」 努めて明るくそう言ってみせたマヤの言葉が、なおさらマナたちの不安感を募らせた。 「マヤ・・・さん?」 「なにか・・・知ってるん、ですね?」 恐る恐る、といった風な感じで、マリィが問い返した。 本当なら、問い返す事もためらわれた。 だが、こんなマヤの態度を見てしまったら、やはり聞かずにはおれないのが、人の性であろう。 問われたマヤとて、実のところ明確に何かを知っていたわけではなかった。 だからこそ、逆に言えば今の今迄、その事など頭の片隅にもなかった。 だが・・・ 「あの時、あの時ね・・・」 そう言いながらマヤは、"あの日"の事を思い返していた。 |