「フォースチルドレンが生きていたって事だけが、唯一の救いですね・・・」
 エヴァ参号機の暴走から数日後の事、伊吹マヤは誰とはなしにそう呟いた。
 「ああ。」
 日向マコトが、気のない返事を返す。
 ネルフ司令室を、重い空気が支配していた。
 ただ。ゲンドウと冬月だけは、いつもと変わりないように見えた。
 そんな司令たちの姿が、なおさらマヤの気分を重くさせる。
 初号機を使い、脅しまがいのことをしたシンジの行為は、確かに誉められたものではない。
 とはいえ、その気持ちは、痛いほどマヤには理解できた。
 マヤだけではない、マコトも、シゲルも、そしてミサトも、どちらかといえばシンジに同情的であった。
 親友を、その手で殺しかけた。
 その心の痛みが、幾ばくのものなのか。
 それは、想像するだけで、辛い。
 だがそれを、実の父親であるゲンドウは、少なくとも表向きは、冷静に、冷徹に受け止めていた。
 それが、マヤにはあまりに悲しかった。
 あの常に平静なリツコでさえ、多少の、動揺のようなものを、見せていたというのに。
 もっとも、リツコが冷静さを欠いていた本当の理由を、この時マヤは、まだ知らなかったのだが。








 「この事は、とてもシンジくんには言えないわね。」
 いたたまれない気持ちに耐え切れず、リツコの部屋を訪れたマヤの耳に飛び込んできたのは、そんな、ため息交じりのリツコの独り言であった。
 「らしくない、わね。この程度のことで、動揺するなんて。」
 そう言ってリツコは、自嘲ぎみに笑みを浮かべた。
 シンジの名前と、今の状況を考えれば、それがフォースチルドレン、すなわち鈴原トウジに関わることなのだという想像は、マヤにもついた。
 が、今更トウジのことで、シンジに隠し通さなければならないことなど、あるのだろうか?
 先にマヤ自身が言ったように、とにもかくにもトウジは一命は取りとめている。
 残念ながら五体満足、というわけにはいかず、片足を失うことにはなってしまったが、それでも命はあるわけだし、別段植物状態になったというわけでもなければ、とりあえずの社会復帰だって出来るだろうし、それは、無論トウジやシンジにとって軽い事態ではないにしても、シンジに言えないほど、重い話となるわけでもない。
 だいたい、片足を失ったというその事実は、ミサトや加持を経由して既にシンジの耳にも届いているかもしれないのだから。
 あの事件で、シンジは第3新東京市を離れる決心を固めた。
 もう、ここには戻ってこないかもしれない。
 けれど、それがすなわち鈴原トウジと一生会わない、ということではないだろう。
 そうであれば、トウジが片足を失ったことなど、すぐに分かってしまうことであって、結局、隠し通せるようなものではない。
 むしろ、その時初めて知ってシンジが受けるショックを考えれば、おそらくミサトあたりが、そのことを既にシンジに告げていると考えた方が、よほど自然な話だ。
 「だとすれば・・・一体・・・。」
 シンジには言えないトウジに関わること。
 それがなんであるか、マヤにはまったく想像がつかなかった。
 想像など、つくはずもない。
 おそらくそれは、シンジどころか、マヤやミサトにすら、告げていないことなのであろうから。
 知るべきではない、知ることが恐い、マヤは自分にそう言い聞かせた。
 だが、それでもなお、知りたいと思うわずかばかりの好奇心を、マヤは押さえ切ることが出来なかった。
 そして、物陰からリツコの部屋を、そっとうかがい見る。
 この時マヤにとって不幸だったのは、リツコが平時の冷静さを失っていたことだったかもしれない。
 普段であるなら考えられないくらい無防備に、"それ"は、マヤが求める、そのものは、そこにあった。
 動揺のためか、誰かに覗かれるということなど考えてもいないという風に、それは、パソコンのモニターに映し出されていた。
 そしてそれを、なぜかマヤは見つけてしまった。見つけることが出来てしまった。
 それは、ある一つのコード。
 解析不能のはずの、解析不能とリツコ自身がそう言ったはずの、遺伝子のコード。
 そのコードがなんであるか、マヤは知っていた。
 その遺伝子を持つものを、その遺伝子を持つ、リツコが作り上げたものたちを。
 そしてそこには、シンジに倒された第13使徒の名とともに、鈴原トウジの名が、あった。
 それが、意味するものは・・・






 「それって、つまり・・・」
 それの意味するもの、それは、マリィはもちろん、マナにも、理解できた。
 使徒、エヴァ、ダミープラグ、そして、綾波レイと渚カヲル。
 それらに共通する、一つのコード。
 「じゃあ・・・今の、鈴原くんは・・・。」
 その先の言葉を、マナは口に出来なかった。
 そんなマヤとマリィを、悲しげな目で見つめ返すと、マヤは、重い口を開いた。
 「あの時、参号機から助け出されたあの時、本当はね、鈴原くんの心臓は、もう止まっていたのよ。」
 それは後から、マヤが調べ上げた真実である。
 「医学的には、まだ完全に死んでいたわけではなかったかもしれない、脳は、まだ機能していたかもしれない、でも、状況的には即死といっても過言ではなかった、」
 シンジの耳にあの時入ってきた、"生きている"というその報告は、ゲンドウがでっち上げたものであった。
 もっとも、そんな経緯などは今は関係ない。
 「そんな鈴原くんを助けるためには、これしかなかった。レイと、同じ様に・・・」
 具体的にどのようにしたのか、その先はリツコとゲンドウしか知らない。
 レイと同様、というのはマヤの憶測でしかない。
 どちらにせよ、シンジのためにゲンドウがさせたことは、確かであろう。
 だが、それでも、鈴原トウジの命が結果として救われたといっても、マヤが今言った、そしておそらくあの時のリツコたちが抱いていたのと同じその言葉は、言い訳にしかならない。
 厳密に言えば死んだわけはないかもしれない。だが、死と等しい、あるいはそれ以上の恐怖と、苦痛をトウジが味わった事は確かであろう。
 でなければ、あのトウジが、参号機の出現にあれほど過敏な反応を見せる事もないはずである。
 そして、今もなお、トウジにそうさせたその原因、その当の使徒の細胞が、トウジ自身の体にあると知ったなら、トウジが、シンジが、そしてヒカリが、どんな思いを抱くかは、それは想像に難くない。
 ただトウジは、明確に分からないまでもどこかで違和感を感じていたかもしれないが。
 だからこその、あの反応だといえる。
 もっとも、事の次第をまったく知らずとも、その違和感だけはヒカリは確かに感じ取ってはいたが。
 なんにせよ、
 「言えない、よね。特に、洞木さんには・・・」
 だが、マリィのその呟きは、だが、もう遅かった。
 けれど考え様によっては、それはマリィにとって幸運であったかもしれない。言えないはずのその真実は、同時にいつかは必ず、告げなければならない真実であるのだから。
 「ヒカリ・・・いつから・・・。」
 横でマナが漏らしたそんな声に、慌ててマリィは顔を上げた。
 そこには、コダマとノゾミとともに、その、ヒカリの姿が、あった。






 「でも・・・それでも、鈴原は、鈴原だから・・・」
 聞かせたくはなかった、でも、伝えなければならなかったその話を、ヒカリがどこまで聞いていたか、それはマナたちには窺い知れない。
 けれどその口調から、話を核心をヒカリが知ったことだけは、確かであった。
 それでも、それを知ってなお、あくまで気丈に、ヒカリはそう言ってみせた。
 本来ならば、その言葉はマヤが言うべきものであったかもしれない。
 使徒の細胞により体を再生させられた、とはいっても記憶も感情も自我や意識も、それは確かに鈴原トウジのものであるはずである。
 理屈の上では、肉体が、入れ物が変わっただけで、別の人間になったわけはない、はずである。
 そもそも人間だって使徒であれば、いってしまえば臓器移植のようなものであって、サイボーグや改造人間でもなければ、人間でなくなってしまったというわけでもない。
 加えて、レイやカヲルのような、ある種肯定的な前例だってある。
 が、それでも、それらすべては、科学者のいう、あくまで理論上の事でしかない。
 ヒカリのような立場にいるものなら、本来なら納得がいかなくとも不思議なことではない。
 綾波レイと親交があって、レイの存在を認めていても、それでも、である。
 それでも、ヒカリは、弱々しい声ながら、はっきりと、そう言い放ってみせた。
 それは、マヤだけではなく、マナやマリィ、あるいはコダマやノゾミにとってさえ、驚きであった。
 「お姉、ちゃん?」
 どこか恐る恐ると言った風に、ノゾミがヒカリに問い掛ける。
 「本当に・・・今本当に辛いのは、私じゃない、鈴原自身の、はずだから・・・」
 その言葉に、ノゾミはヒカリの真意を悟った。
 ノゾミだけではない、マヤも、マリィも、コダマも、そして、マナも。
 「ヒカリ・・・そう、そうだよね。ヒカリは・・・本当のヒカリは、そうだったよね。ヒカリは、みんなのお母さん、なんだから。」
 そんな、コダマの言葉が、何故か妙にマナの心に残った。
 『お母さん、か。』
 ここにいるものたちの中で、"母親"というものにもっとも深く関っているのは他ならぬマナである。
 ユカの事、お腹にいるレイやカヲルの事。
 母ユカが託していったもの、レイやカヲルに、自分が託していかなくてはいけないもの。
 ヒカリが、いつものヒカリらしさを取り戻しつつあるその横で、マナは考え始めていた。
 母親として、一人の人間として、自分に、出来る事を。
 自分が今、しなければならない、その事を。
 それは、あの時、碇ユイが抱いた決意と、同じものであったかも、知れない。





あとがき

マナ:本来一話にまとめる話を二話に分けた結果・・・短いですね、この話。
ジェイ:そう・・・かな?そんな目くじら立てるほど短くもない、と思うんだけど・・・
ヒカリ:まあ短くとも何とも、書くだけでもましですよね。うん。
マナ:そうねえ。もう一本の方(センチ)なんて完全に更新が止まってますからねえ。
ヒカリ:どうするんです?
ジェイ:どうしましょう、ねえ?
ヒカリ・マナ;こりゃ当分駄目だな。

[BACK]
[NEXT]






新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。

ご意見ご感想は下記まで
komatsu@yk.netlaputa.ne.jp