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トウジがヒカリにたいしてようやくその想いを告げようとしていたその時、あたりに警報が鳴り響いた。 「え?なに?なに?」 「まさか、敵か!」 どこかほっとしたような口調でそういうトウジに、一瞬がくっとなるヒカリであったが、さすがに今はそんなことを口にしている場合ではなかった。 「敵も、出てくるタイミングを考えてくれればいいのに。」 むくれながらそういうハルナに対し、コダマが笑顔で答えた。 「考えてるからこのタイミングなのよ。」 そんな二人のやり取りは、これから起きる絶望的な戦いへの不安の、裏返しであったかもしれない。 「そう言えば、マナは!?」 敵の襲来で、初めてシンジはマナがいなくなっているとこを失念していたことに気付いた。 トウジとヒカリのことがあったにせよ、少々薄情だな、と思いつつも、マナと自分は分かり合えているから心配はないのだと、強引に自分を納得させる。 あるいはそれは、後でのマナへの言い訳なのかもしれない。 後と言うものが、存在するのなら。 そういう事を気にするのは、本心からそこを気に病んでいるからと言うわけではないだろう。 先のコダマやハルナ同様、どこか先の見えない、不安があるからなのかもしれない。 どんなに軽口を叩こうと、楽観的な意見を並べ立てようと、これから赴く戦いが、世界の存亡を賭けていることに違いはないのだ。 そしてその見通しは、限りなく、暗い。 「霧島さんは・・・ってもう霧島さんじゃなかったっけね・・・あなたの奥さんはね、ちゃんと、自分が成すべき事を成しているわ。だから・・・」 いつのまにかケイジに向かって走りながら、マリィがシンジにそう言った。 そして、ケイジへと繋がる扉の前で、改めてシンジの方を振り返ると、 「だからあなたも、あなたにしか出来ない、あなたになら出来る務めを、果して。」 マリィの合図とともにケイジへの扉がゆっくりと開き始める。 開いた扉のその先には・・・ 「これに乗って、ね。」 そう言ってマリィが指差したその先には、エヴァンゲリオン初号機の、その勇姿があった。 「初号機!?なぜ?」 カスパーの思惑の中では、それはもう、動くはずのないものであった。 かの方舟事件の際に初号機が帰還してきたのはある意味誤算ではあったのだが、その後、初号機の中のユイは、すべてを子供達に託して、マナに託してその姿を消した・・・そう、消したはずであった。 「まさか・・・帰って来たと言うの、彼女が。」 呟いてから、カスパーはその可能性を否定した。 それはありえない。 完全にユイは、その存在を消滅させたはずである。 ましてや子供達にすべてを託したと言うのであれば、ここでしゃしゃり出てくるのはお門違いと言うものであろう。 シンジやマナを信じるなら、たとえ出来たとしてもそれはすまい。 なら、いったいどうやって・・・ その答えは、実のところ簡単である。 別に、エヴァのコアになるのはユイである必要はない。 仮に初号機のパイロットがシンジだとして、ようはシンジに近い、親しい人物であればいい。 無論条件は単純にそれだけと言うわけではなく、母性であるとか、血の絆であるとか、そういうものもある。 が、ヤマトやカヲルが四号機や弐号機を動かしてみせたように、それは絶対のものではない。 なら、動かすための方法は、いくらでもあるはずであった。 が、いずれにしてもそれは、かなり冷酷なやり方であることに、違いはない。 それを、今のネルフの面々に出来るとは、到底カスパーには思えなかった。 冷酷なまでに冷静な判断。 ゲンドウ亡き今、そこまで出来るものが、いるなどとは。 だからこそ、先の驚きがある。 あるいはぞれは、『エヴァを動かせるのは所詮自分だけ。』と言うそんな思い込みも、彼女の中にあったからなのかもしれない。 「ヤマトくん、か・・・」 あるはずのない反撃に臆したのか、エヴァンゲリオン参号機の姿を模したアダムは、初号機を前に微動だにしない。 幼い子供がパイロットだと知っていれば、自分の理解の範疇外のことが起きて対処しきれないのではないかという想いがマヤの中にはあったが、実のところそれは正しくはない。 が、それにマヤが気付くことはない。 気付くその前に、マヤのその呟きに反応したものが、いたからである。 「ヤマトくん・・・て・・・それ、どういう事なんですか?」 そんなヒカリの言葉に、コダマやノゾミが驚いたような表情を見せた。 トウジとマリィは、黙ったままである。 そしてそんなヒカリの叫びは、マヤにとっても驚きであった。 シンジとマナの話から、ヒカリがヤマトと関わりがあることは知ってはいたものの、それがどれほどのものかは聞いてはいない。 単に見知っている、というレベルの事だと思っていたのだが、どうやらヒカリの反応を見る限り、そうではないらしい。 シンジもマナもこの場にいない以上、ヤマトについて真実を知っているのはマヤただ1人である。 必然的に、その事をヒカリに告げなければならないのはマヤということになる。 そんな状況を少々恨めしくも思ったが、だが、そんな感情を抑えてマヤはこう切り出した。 「洞木さんがあの子とどういう関わりを持っているかは知らないけれど・・・あの子は、ね・・・」 「そう、なんですか・・・母親に、見捨てられた子・・・だから・・・」 シンジの弟だということよりも、本当はまだ幼子だということよりも、ヒカリはまず真っ先に、その事を口にした。 なぜ、自分がヤマトに手を差し伸べたのか、それが全ての理由だったからである。 「やっぱり委員長は、"お母さん"なんやなあ。」 ヤマトの身を案じるヒカリの横顔を見詰めながら、トウジがそう呟いた。 トウジにしては珍しく、その言葉だけで敏感に状況を察知していた。 だが、その表現はかつて、ヒカリがもっとも嫌った表現である。 そして何より、トウジにだけは、いわれたくない言葉であった。 それがわかるから、マリィも、コダマもノゾミも、そしてハルナも、あきれたような表情を見せる。 やっぱりこの大ボケ男は、どこまでいってもこのままなのかもしれない、と。 こうなってくると先ほどの言葉を見事に遮ってくれたアダムの存在が、ひどくちっぽけな意味で恨めしい。 だが、ヒカリの気持ちは違っていた。 「そう、私はお母さん、なんだから。だから、鈴原も甘えていいのよ。」 それこそが、自分の出来ることなのだと、今のヒカリは知っているからである。 そういう部分はマリィにしてもノゾミやコダマにしてもわからないではないが、まさかヒカリにしてはあまりに大胆なそんな言葉を口にするとまでは、さすがに思いもしなかった。 だからか、一瞬、みな言葉を失う。 そしてそれはトウジもまた、同じである。 というよりそれがトウジに向けた言葉であれば、もっとも驚くのがそのトウジであることは当然のことであろう。 「い・・・いいんちょ、な、何を・・・。」 うろたえるトウジに、ヒカリはただ、笑みを返すだけであった。 ただ、今まで見せた事のないほどに、美しい笑みを。 そのヒカリの表情に、トウジは不覚にもドキリとさせられた。 見せた事のない、といったが実のところそれはトウジが今まで見ようとしなかった、気付く事のできなかった表情でしかない。 ヒカリという少女は、いや女性は、だいぶ前から今と同じ姿で、トウジの傍にいたはずなのだから。 そのことをトウジとシンジ以外の全員が、殊にマリィとハルナは良く知っていた。 そして今もってなお、トウジはこのことに気付くそぶりもない。 マリィもハルナもあきれ、それを口にしようとして、だが、やめた。 もしかするとはじめから、これで良かったのかもしれない。 ヒカリさえ、今の状況を正しく認識できたのなら、それで良かったのかもしれない。 ふと、ヒカリの表情を見てそう感じたからである。 もちろん、今回の件、いやここに至る過程でどちらに非があったかといえば、その原因はトウジの鈍感さに尽きるといってもいい。 そんな鈍感なトウジが、それをわかっていながらはっきり言えなかったヒカリにも問題がないというわけではないが、だからといってその責をヒカリが負うというのはおかしい話である。 だが、それでも、なぜかそう思うのだ。 それは、ある種のあきらめ、ではない。 「結局、お兄ちゃんってヒカリおねえちゃんみたいなタイプに本能的に逆らえないのかもね。」 そんなハルナの呟きで、マリィは納得した。 やっぱりようするに、そういう事なのだ。 母親みたいなタイプに憧れる、とか母親に近いタイプに引かれるとか、そういう話ではない。 母親だから、逆らえない。 結局これに尽きるのかもしれない。 言葉通りにとれば、あまりいい印象は受けないが無論虐げられているとか、そういった意味合いではないし、別にトウジがそれで快感を覚える変態だというわけでもない。 階級的な問題とか、押さえつけられて逆らえないというのではなく、どこか素直に言うことが聞けてしまう・・・まあトウジとヒカリの関係を見るにとてもそうは思えないのだが・・・そんな関係というものがある。 文句を言いつつも、トウジはヒカリの言う事に逆らえなかった。 それはヒカリが委員長だったからでも、トウジに弱みがあったからでもない。 そもそも文句というもの自体が、トウジの照れ隠しであったのかもしれない。 母と子、という言い方が悪ければ、あるいは長年連れ添った夫婦のような、そんな関係だったといっても良い。 往々にして、男にとって最愛のものであると同時に天敵であるのが、妻であるのだから。 そんな関係を皮肉にもトウジだけが本能的に感じ取っていた。それが、この二人の関係であったのだ。 だからといって言葉に出さないでいいというわけではないが、上っ面の告白などに意味がない事も、また事実かもしれない。 そうであれば、むしろヒカリが自分でそのことに気付く事ができたというのは、ある意味彼女にとって幸福な事だったかもしれない。 マリィに対する告白も、ヒカリにしようとした告白も、偽りではないが、本当のトウジの本心ではないのだから。 無論、これから先トウジにはそれ相応の償いをしてもらわなければならないだろうが。 「ようするにあれね、恋愛感情っていうものがない、とまではいわないけど、概念が私らと違う、と。」 「つまり・・・お子ちゃまって事?」 あきれたように、コダマとノゾミがそんな声を上げる。 「な・・・」 反論をしようと思ったが、それすらできないトウジ。 実際、その指摘こそがすべてであるのだから、仕方ない。 そんなやり取りを横目に、マヤたちは苦笑いを漏らす。 一瞬、場に和やかな空気が流れた。 そしてその笑みは、絶望的な戦いの中に、幾ばくかの余裕を与えてくれる。 それは、エヴァの中にいるシンジ"たち"にも、同様であった。 |