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「ま、俺はむかしから知ってたけどね。」 司令室でのやり取りを耳に、ケンスケがそう呟く。 「知ってたなら、教えてやれば良かったじゃない。」 そういいながらも、ワカバにはケンスケがそうしなかった理由の察しはついた。 3馬鹿などと言われながら、自分だけ女性に恵まれないやっかみ・・・というのはこの場合うがった見方であろう。 無論そうした思惑がまったくなかったといえばそれも嘘であろうし、境遇的にはワカバとて同じであればケンスケの気持ちも分かる。 分かるからこそ、それだけでないということもまた、理解しているのだ。 「自分でわからなければ、意味のないことというものはあるものさ。」 そんな二人の会話に、ワカバの兄、時田シロウが相違って割り込んでくる。 実体験としてあるだけに、その言葉は重い。 リリーを含めた4人は、今このとき旧第3新東京市にいた。 むろん、MAGIを調べるため、あるいはMAGIに協力をしてもらうために。 が、それがすでに無駄であることを知る。 アダムと言う直接的な脅威を防ぐための助力ぐらいにはなるかもしれない。 あのころの、使途との戦いの折のように。 しかし結局、あのころとてエヴァなしではどうにもならなかった。 そして、今回は・・・ 「力でたたき伏せても、どうにもならない。かといってわれわれの説得になど、あの人が応じるはずもない。」 時田は、ケンスケやワカバたちと比べれば、裏にいるあの人物のことを知っている。 が、性格を知っているからそう言えるというわけではない。 「それこそまさに、自分で気づかないと、いけないことなんですよね。」 今まで押し黙っていたリリーが、ふとそうつぶやく。 その視線は、なぜかMAGIに、いや赤木ナオコに、向けられていた。 「実の母親だからこそ、何もできない。いうことを聞かせられない。それは、つらいでしょうね・・・」 そんな彼女の言葉は、赤木ナオコの気持ち、そのままであったかもしれない。 「だから結局、あの二人に任せるしかないのよね。」 戦いに赴く初号機を見つめながら、マリーはふとそうつぶやいた。 アダムを直接的に抑えることができるのは、エヴァだけである。 赤木ナオコの思いを、ナオコ以外に語ることのできる人間は、マナしかいない。 そういう思い込みが、彼女にそんな言葉を言わせていた。 だが、その思いが実は間違いであったことに、直に彼女は気づく。 "あの人"が自分で気づくために、ただそのためには誰かの、何らかの助力が必要なのは確かである。 そしてそれは、そうさせてしまった原因である、母ナオコにはできない。 今となっては、母親の言葉など、一番聞きたくない言葉であろうから。 そういう意味で言えば、ナオコの意志を受け継いだマナが適任と言うのはわかる話だが、が、実のところ別にそれはマナでなくとも良いのだ。 どこかで似た部分を持つマリィや、あるいはまったく正反対のヒカリのほうが、適任であったかもしれない。 つい今さっきまで、それぞれに深い思いを抱えていた彼女たちの言葉のほうが、重いと言う部分もあるのだから。 「そういう・・・ことだったんだ・・・」 初号機のエントリープラグに収まって、シンジはすべてを理解した。 今回のことは、前回の箱舟事件とは違う。 むろん前回のときも、マナがまったく無関係でなかったわけではないし、今回の件についても、マナよりもシンジの方が"あの人"との面識がある。 が、前回はそれこそアスカのこともあって、結局シンジがどうしても、シンジ1人でけりをつけなければならない部分があった。 レイとカヲル、娘と息子のことがあってさえ、マナが、待つ身を選んだのはそこがあったせいであろう。 が、今回はそうではない。 ユカのこともある。 母親というキーワードもある。 マナが出なければならない、というよりも、マナにしてみれば今回はマナが出張ってもかまわない、ぐらいのニュアンスがあるわけで、そうであればこの場にマナがいないというのは、よく考えればおかしな話なのである。 ことさらマナが好戦的であるというわけではない。 が、仮にも戦自で訓練を受けてきたマナにすれば、待つよりも戦いに赴く方が気が楽であるのもまた事実である。 ましてや、戦いに赴くのが愛するシンジであるというのなら、なおさらに。 以前ヒカリに対して「私も何も出来なかった。」とマナは言ったが、それは決してヒカリを慰めるためだけのものではないのである。 そうであるなら。 『わかっちゃうんだね、簡単に。』 エントリープラグの中に、そんなマナの声が木霊する。 「エヴァは、そのままじゃ動かない。そんなことは僕だって知ってる。そして、今までエヴァを支えてくれた母さんは、もういない。」 シンジの声は、あくまで静かだった。 『ちょっと考えればすぐわかる・・・か。』 そのマナの声は、エヴァの中から響いている。 エヴァンゲリオン初号機の、そのコアの中から。 『怒ってる?』 不意にマナが、そう聞き返した。 「相談ぐらいは、してくれても良かったと思うけどね。」 穏やかなその神事の声に、怒りはない。 サルベージのノウハウはもうだいぶ蓄積された。 いざとなればレイやカヲルも手を貸してくれるだろう。 ユイが取り込まれたあのときより、確かに危険は減っている。 とはいえ危険が0になったわけでもなければ、多分、相談されたとしてもシンジは強固に反対していたであろう。 それがわかるから、シンジはそうとだけ言った。 「でも、なんで?」 複雑な思いはないとはいえない。 けれど、今のシンジはマリィに冷たくあたったあのときのシンジではなかった。 レイやカヲルのせい、父親になるという自覚のためなのか、、それともエントリープラグ内に満ちた、マナのぬくもりのためなのか、それは誰にもわからない。 ただ、妙に今のシンジは落ち着いていた。 『これが、今私に出来る事だと思うから。』 「え?」 『考えて、見たの。母さんが、何を言いたかったのか、母さんが、なぜ殺されなければならなかったのか。』 「・・・」 『多分、ね。うらやましかったんじゃないかなって。私と、母さんの関係が。うぬぼれかもしれないけど、でも、離れ離れになっていても、ほっぽらかしにされてるように見えても、私たちはやっぱり母娘だって言えたし、私は、母さんの娘だって胸を張って言えた。」 そんなマナの言葉は、マリィの耳にも届いていた。 「だから、ね。それを私は目いっぱい肯定しなくちゃいけないんだって、そう思ったの。傲慢かもしれない、嫌味かもしれない、でも、それを、あの人や、ヤマトくんに見せ付けてあげなくちゃって」 「親子の、家族の絆を、だね。」 「ヒカリやハルナちゃんたちを見てて、そう思った。だから・・・だから、ね。」 「エヴァじゃなきゃ、いけなかったんだね。」 「うん。」 エヴァンゲリオンというシステムが、母性というものの上に、成り立っているのだから。 そんなマナの答えを、どこかでシンジは気付いていたのかも知れない。 この温もりの、その中にあったのなら。 そしてそれは、今シンジたちが知らしめなければならない、そのものでもある。 目の前にいる、者たちに対して。 しばしの間を置いて、ゆっくりと動き出した2体の巨人は、人々の見守る中、ようやく行動に移り始めた。 戦いという、今彼らにできる、悲しいただ1つの行動に。 だが、その戦いは、人々が予想していたものとは、だいぶ形の違うものであった。 アダムのパンチが、初号機を襲う。 それを初号気はあっさり受け流すと、返す刀でアダムに蹴りを加えようとする。 だが今度は、それをアダムが鮮やかに交わす。 空手の組み手のような、あるいはただの戦いというよりどこか形式美のようなものが、そこにはあった。 そこに凄惨さはない。 ある種の清々しささえ、感じさせるものがそこにはあった。 その理由にやがて誰もが気付いていく。 「マナが・・・あそこにいるのね。」 不意にヒカリがそうつぶやいた。 そしてその言葉で、一同は今のこの状況を、理解した。 ヤマトの側には、恨みや憎しみしかない。 そんな恨みや憎しみに、シンジとマナは決して憎しみで対抗しようとはしなかった。 そんな想いを受け止めて、諭すために戦っていた。 それはマナがいるから、シンジとマナの二人だから、できる話であろう。 その戦いが、どこか清々しさを感じさせるというなら、それは紛れもなく、シンジたちが、自分たちの戦いをしている、その証でもある。 だから、 「勝てる。」 初号機の中でシンジもそう確信しつつあった。 そしてそう思いながらも、そこには油断も奢りもない。 基本性能だけを言うなら、エヴァはリリスの、そしてアダムのコピーでしかない。 当然、その性能は原形機を超えるものではない。 ただ、エヴァにしろアダムにしろ、その"性能"の示すところは戦闘力だけのところではなく、むしろそれ以外の部分にあるといってよい。 無論、戦闘力という面においてもアダムの方がエヴァよりは上ではあるのだろうが、それは周りが思うほどに大きなものではないのだ。 そして戦いは、機体のスペックだけで決するものでもない。 ましてやATフィールドなるものがあれば、戦闘は当然のように近接戦闘になるわけで、機体の応答速度の差はあれど、パイロットの格闘センス、つまりはパイロットの技量がより重要になってくるのが接近戦というものである。 シンジがそういう戦闘技能に長けているかどうかは疑問であるが、少なくともヤマトよりも経験は積んでいることは確かだし、この場合その差は実に大きい。 「もっとも、この場合一番重要なのはそこじゃないんだろうけどね。」 モニターに写る戦いの様子を見つめ、誰とはなくマリィはそう呟いた。 そのマリィの言葉の意味は、マヤにもヒカリにもよくわかる。 絆の、信じる力の差。 それが、そこにはあるのだ。 シンジとマナと、そしてカヲルやレイの間の絆、それと、リツコとヤマトの間の絆。 それが今この状況を作り上げている、差である。 「信じあえるもの同士と、信じられないもの同士の、心の差、か・・・」 その言葉は、言ったヒカリ本人にとって重い。 マリィも、コダマもノゾミも、ハルナも、そして何よりマナが持っているその強さ。 それをまざまざと思い知らされた、ヒカリにとっては。 「最初から、信じあえる関係なんてないよ。親兄弟だってそうなんだから。だってあたしなんかいまだにお兄ちゃんって信じられない、って思うときあるもん。」 そんなヒカリの様子を見咎めてか、ハルナがそう言う。 その言葉に、ヒカリとマリィはクスリと笑みを、トウジは憮然としたような表情を浮かべた。 がすぐにトウジも真顔になり、ヒカリの方に向き直る。 「ま、徐々にそういう関係を作っていけばいいってことやな、シンジと霧島みたいに。」 ヒカリに向けて言ったそのトウジの言葉は、だが、マヤにリツコのことを思わせた。 「そう、そうですよ、先輩。まだ、先輩だって遅くないんです。ヤマトくんや、葛城さんや、加持さんを、信じることができたなら・・・」 そんなマヤの想いを、当然リツコが知り得るはずもない。 もし、それをリツコが知ることができたなら、どのような想いを抱いたのだろう? おそらくは余計なお世話だと、つっぱねたに違いない。 そんな事は、言われなくとも彼女自身が、一番よくわかっていることなのだから。 そう、絆の力の差、それのもたらす結果、それを、リツコははじめからわかっていた。 「信じあえる者たちの生み出す力、ね。でも、世の中ってそんな奇麗事だけですむものじゃないのよ。憎しみあうことで、信じあえないことで生み出される、負の力、そういうものだって、あるのだから。」 やけに余裕めいた態度のカスパーに、横にいたメルキオールとバルタザールは思わず眉をひそめた。 だが、その真意のほどが分からなければ、なにか言葉を発することもできない。 「ATフィールドは人を分かつ心の壁。人を傷付け、自分の身だけを守る武器。」 そんなカスパーの呟きに、思わずメルキオールは反論する。 「ATフィールドが、それを使うエヴァが、負の力の象徴だとでも言いたいの?違うわ、シンジくんが、マナちゃんが、マナちゃんのお腹にいる子たちが教えてくれている。ATフィールドはお互いを思いやる心の力よ。身を寄せ合うことで、傷つくことがあっても、それを怖れずに触れ合っていこうとする人の!」 そんなメルキオールの言い様に、だがカスパーは落ち着いた口調で返した。 「そうね、確かにそういう一面はあるかもしれない。心の壁が目に見えるということは、逆に言えば人が分かり合えることの証でもある。目に見えて、触ることができるなら、打ち壊せばいいのだから。」 「リツコ?」 やけに冷静なその言い方に、そしてどこか妖しげな瞳の光に、思わずメルキオールはその名を呼んでいた。 「だから、消し去るのよ。壊すのではなく、ね。そのための力を、アダムは呼び寄せてくれる。ヤマトの中の、人への不信感、絶望を使って。あの日、シンジくんがしたように。」 そういってカスパーは、漆黒の空を見上げた。 「まさか、あれを・・・」 そう呟いたバルタザールの言葉は、不意に吹きつけた突風に、かき消された。 『なに?あれ。』 初号機の中に、そんなマナの声が響いた。 「え?」 『なにか、空から飛んでくる。』 そんなマナの言葉に、シンジは視線を上へと移す。 「あれは・・・。」 その飛来する物体の姿を捉えて、シンジは、大きく瞳を見開いた。 |