|
「まさか・・・ロンギヌスの、槍?」 そのマリィの言葉に、冬月やマヤたちは眉をひそめた。 飛来してくる物体は、まだ彼らが目視できる位置にはなかった。 が、ディスプレイ上に現れたその反応パターンは、確かにマリィがいうそのものを示している。 それは、マヤや冬月なら、いやでもわかることである。 だから、思わずその表情に、不安の色が浮かんだ。 そんな彼らの表情の示す意味を、ヒカリやトウジたちは、このとき、まだ知らない。 ATフィールドが人と人との絆をあらわすものであり、ロンギヌスの槍はそれを打ち消すものである。 ロンギヌスの槍、それに秘められた意味は希望を打ち消す、ということでもある。 が、それらはあくまでも象徴でしかないのも事実だ。 ATフィールドがなくなったからといってシンジとマナの間の絆が消えるわけでもないし、ましてや希望が本当に打ち消されるわけでもない。 ATフィールドを打ち消せるのだから強力な武器、であることには違いないかもしれないが、戦い様がない、というわけでもないはずである。 事実、 「碇くん。確かにあれは厄介なものかもしれない。でも、そんなものに惑わされないで。ATフィールドは単なる盾で、あれは盾を壊すぐらい強力な槍、ただそれだけのことなんだから。」 「ただそれだけって・・・」 『人事だと思って、簡単に言ってくれるわね・・・』 マリィのそんな言いように思わずあきれたシンジとマナではあったが、マリィの言うことも確かに一理ある。 ようは単なる武器と防具の性能というだけのことだ。 そしてATフィールドが絶対の防御壁でないことは、第五使徒との戦いの中で、シンジ自身が実証している。 そして・・・ 「アスカは、1人でエヴァシリーズと戦った・・・ロンギヌスの槍を、持った・・・」 そんなマヤのつぶやきが、シンジたちの耳に飛び込んできた。 正直、アスカの名を出すことはマヤにも躊躇われたが、だが、その言葉の表した意味は、大きかった。 『そうね、こんなことで弱気になってたら、アスカさんに笑われるものね。』 「うん。機体や武器の性能差が、戦力の決定的な差ではない、ともいうしね。」 『なにそれ。』 あえてアスカの名を出したマヤの意図を汲み、シンジとマナはそう笑いあう。 現実にはあの時アスカは負けている。 が、それは多勢に無勢であったことと、エヴァの電源の問題があったせいであって、内容的には互角以上であったといっても良い。 不意を討たれたということや、相手の力を良く知らなかった、ということもある。 今は違う・・・そうマヤは思った。 だが、そう考えてふと、マヤは一抹の不安を覚えた。 確かに今回は1対1の戦いであるし、S2機関搭載の初号機なら、電源うんぬんという問題はない。 敵の来襲は予想済みであったから、準備も心構えも万端である。 だが、 相手の力を、本当に自分たちはすべて知っているのだろうか? ロンギヌスの槍がどういうものか、冬月も自分も知っているつもりではある。 エヴァや、他の使徒ならともかく、アダムではその本来の力、すなわちサードインパクトを起こすことはできないということも。 けれど、本当にそうなのだろうか? よしんばそれが間違いなく本当だとしても、他に何か、隠された力などはないのだろうか? そんな不安が、徐々にマヤの中で広がっていった。 そんなマヤの不安をよそに、シンジとマナの初号機は軽快な戦い振りを継続していた。 はじめのうちこそロンギヌスの槍という隠しだまに、戸惑いと同様があったものの、それをすぐに払拭する。 はたで見ているヒカリやトウジたちにも、はっきりわかるほどに。 初号機の張るATフィールドを、アダムの槍が消し去る。 だが、そこに一瞬の間が生じることも、また確かであった。 そしてその一瞬をつくことが出きれば次の攻撃をかわすことも、反撃を入れることも可能なことである。 そして、今のシンジとマナには、それが出来た。 アダムがATフィールドを突破したそのときには、そこにすでに初号機の姿はなく、すばやくアダムの背後に回りこんだ初号機が、反対にアダムに対して鋭いけりを入れる。 そして再び間を取ると、初号機は再びATフィールドを張り直した。 「うまい!」 思わずメルキオールがそう叫んだ。 そう、確かに槍によってATフィールドは消し去られるかもしれない。 だが、引き裂かれた絆が、決していつまでもそのままではないように、ATフィールドもまた、再び張りなおすことができる。 シンジとマナの、絆がある限り、何度でも。 そんな光景は、かえってカスパーにとって皮肉であるように、メルキオールは感じていた。 そして多分、それこそがシンジたちが意図した−結果としてこうなったのは偶然かもしれないが− そのものだったのかもしれないとも。 そんなシンジたちの攻撃は、その一撃一撃はさしたるダメージを与えていないようであったが、そんな攻防が数回繰り返されていくうちに、ゆっくりとではあるが確実に、アダムがその動きを鈍らせていった。 「ま、考えてみればアダムだっていったって、所詮元は私たち人間と同じ、神になれない、神のなりそこないでしかないものね。」 だから、絶対に倒せない、倒れない相手ではない。 トライデント戦でこそ圧倒的な力を見せつけたが、所詮はこの程度だったのかと、メルキオールは安堵して、カスパーのほうを見やった。 だが、 そのカスパーの顔−仮面ごしで表情は見えないのだが−には、微塵も焦りの色は浮かんではいなかった。 「あいかわず甘いわね、それでよく作戦部長が務まっていたものだわ。」 きわめて冷静な、強がりとはとても思えない口調で、カスパーはそう言い放った。 そして・・・ 「ヤマト、遊ぶのもいいかげんにしなさい。わかっているはずよ、あなたなら、それの使い方が・・・」 そのカスパーの命令が、アダムの中のヤマトに届いたかどうかは定かではない。 いやおそらく、その命令の内容を理解できるほど、彼は自我を保てていなかっただろう。 だが、その状態でもその声だけは届いた。 この世でただ一人の、自分を愛してくれなかった、憎むべき、母の声が。 だから 「みんな、壊してやる。」 それが、槍の封印を解く、鍵だった。 ビシュ! そんな音とともに、戦闘フィールドに一筋の閃光が走った。 一瞬、司令部の面々にも、そして戦っているシンジたちにも、何が起こったか理解できなかった。 「これは・・・第5使徒と、同じ・・・力?」 戸惑いの中、マヤがつぶやく。 その戸惑いが覚めやらぬうちに、アダムは新たな攻撃を仕掛けてきた。 たまたま回避行動中だったためにその閃光は初号機を掠めただけであったが、その光をかわし、着地した初号機に、今度は光の鞭が飛ぶ。 「まさか・・・そんな!?」 エントリープラグの中で動揺を見せたシンジの一瞬の隙をつき、アダムから、いやロンギヌスの槍から放たれたその鞭が、初号機の動きを封じる。 『どうしたの!?シンジ!』 マナには、そのシンジの動揺の意味が理解できなかった。 そう、実際にあのころ、使徒と戦ったものでなければ、今のアダムの攻撃の、その意味はわからない。 そうこうするうちに、取り付いた鞭が今度はエヴァの腕に入り込もうとする。 『させない!』 それの意味するところはマナにはわからなかったが、とっさに身の危険を感じ、強引に戒めを解くと、初号機を後退させた。 『なんなの、あれ。』 「第四使徒の鞭、あるいは第拾壱使徒の能力・・・いやそうじゃない・・・あれは第拾六使徒の力だ・・・綾波を・・・」 "2人目の"綾波レイを死に至らしめた、その力。 まだ動揺は冷め切ってはいなかったが、シンジはそう、マナの問いに答えた。 『それって・・・つまり・・・』 「神に見捨てられたアダムに、槍を使うことは出来ない。でもね、その恨みから、アダムは槍を媒介に、ある力を得た。そう、槍を介することで、すべての使徒の能力を使いこなす、力をね。」 驚くメルキオールに、カスパーがそう言い放つ。 「だから、こういうことも、できる・・・」 そのカスパーの言葉とともに、アダムが掲げた槍から、漆黒の闇が、広がり始めた。 それは、ディラックの海と、そう呼ばれる、ものであった。 「あの時と、同じ・・・」 シンジの言葉に、マナまでが動揺を一瞬垣間見せた。 それが、命取りとなる。 たった一瞬、そうそのただ一瞬の隙が、致命的なミスとなる。 回避が送れた初号機の足元を、影が包み込んだ。 そして闇が、あっという間に初号機の機体を、包み込んでいく。 沈み行く初号機。 飲み込まれるその瞬間、シンジは1人の少年の姿を、そこに見た。 「カヲル・・・くん?」 シンジが見た渚カヲルのその顔は、心なしか、悲しげであった。 「なんなの?あれ・・・」 そのヒカリの問いに、答えられるものは誰もいなかった。 あれがなんであるか、知らないわけではない。 いや知っているからこそ、答えられないのである。 マヤや冬月は"あの時"のことを思い出し、マリィは、同じようにディラックの海へと消えていった、自分自身が消し去った母を、夢想した。 忘れていた、忘れようとしていた自分のもう1つの罪を思い出し、同時にマリィは恐怖した。 自分がしてしまったことの、意味に。 「マリィお姉ちゃん・・・」 参号機の中にいたハルナにだけは、そのマリィの気持ちがわかっていた。 目の前に広がるディラックの海が、ハルナに流れ込んだ参号機、あるいは四号機の記憶を、呼び覚ましたのかもしれない。 が、わかったとて、幼いハルナには、どうすることも出来ない、何も出来ない・・・そう、出来ないはず、であった。 だが、 「お兄ちゃん・・・」 決意を秘めた瞳で、ハルナは兄の袖を引っ張ると、マリィの方へと歩き出した。 「お、おい、ハルナ・・・」 「ハルナ・・・ちゃん?」 あわてるトウジのその声に、マリィは顔を上げ、そして、そこにいるハルナの顔を見た。 「・・・エヴァンゲリオンなら、何とかなる、よね?」 そのハルナの言葉の意味が、はじめマリィにはまったくわからなかった。 エヴァなら・・・たしかかつて初号機はディラックの海に飲み込まれてもそこから自力で帰ってきて見せた。 が、それはあくまでユイの助力があってのことであって、それを今のマナにいきなり期待するのは酷であろう。 「エヴァンゲリオンなら・・・あの真っ黒な影の中から、シンジお兄ちゃんやマナお姉ちゃん・・・それに・・・マリィお姉ちゃんのお母さんだって、助けられる・・・よね?」 ようやく、マリィはハルナの言いたいことが少しだけ理解できた。 あのころよりもデータの蓄積はある、確かにエヴァのATフィールドを使えば、外からディラックの海の切り裂き、初号機を救出することも可能であろう。 だが・・・初号機以外のエヴァなど・・・ そして同時に、自分の母のことを言われ、マリィは激しい動揺を見せた。 「ママは・・・もう生きてないわ・・・あの空間がつながっているとしても・・・だから・・・私の罪も・・・消えない・・・」 その独白が何を意味するか、マヤや冬月たちにはよく分かった。 分かるからこそ、彼らにかける言葉はない。 そしてヒカリにも、詳細は知らずとも、今のマリィの言葉で、マリィが自らの母親を、死に至らしめたことぐらいは理解できた。 だから、 「私は・・・マリィとお母さんの間に何があったか、知らない。どうしてマリィがそうしなければならなかったか、その事情も知らない・・・だから、マリィがしたことにとやかく言うつもりはないわ・・・」 いつも間にかハルナの肩に両手を置いて、ヒカリがその場に立っていた。 「でももし、もしもほんの少しだけ、あなたがお母さんに対して償いたいっていう気持ちがあるのなら、私たちに協力して。だって・・・このままじゃヤマトくんを、あなたと同じ目に合わせるだけだもの・・・」 それは、いろいろな意味で、ヒカリだからこそいえた言葉だったかもしれない。 ヤマトの心情は、触れ合ったヒカリにはよく分かった。 今アダムの中で、引き裂かれそうな苦しみの中にいる、幼い心が。 S2機関の暴走、ロンギヌスの槍・・・それらが生み出したディラックの海・・・だが、本当に闇を生み出したのは、それらではない。 この世から消し去りたいとまで思わせた、母への憎悪であろう。 母親だからこそ、自分を生み出してくれたはずの存在だからこそ、逆にそこまでの憎悪が生まれる。 それが、どれほど悲しいことであるか、それは語るまでもない。 「ヤマトくんはまだ、やり直しができるの・・・手遅れになる、その前に・・・」 「でも・・・私に何が・・・エヴァは、もう・・・」 そう、罪の意識と同時に、マリィはどうしようもない無力感を感じていた。 結局、どんなにえらそうにしてみても、自分にできることはほとんどないと、そう思い知らされたのである。 エヴァを動かせるようにして見せたところで、結局動かせるのはシンジやマナだけだし、大体そのエヴァとて、作り上げたのは自分ではない。 エヴァがなくては、何も出来ないのだと。 「エヴァなら、あるじゃない・・・アスカの・・・弐号機が・・・」 「でも!あれは・・・もうコアが・・・」 そういってマリィは、1つの可能性に気付いた。 「まさか・・・」 「コアなら・・・ここにあるわ。マナに出来たんだもの、私にだって。」 「ヒカリお姉ちゃん!?」 そのヒカリの言葉に、一番驚きを見せたのは、ハルナであった。 「ハルナちゃんが何を考えてるか、私にもわかった。確かに鈴原とのコンビネーションならハルナちゃんのほうがいいのかもしれない・・・私なんかより。」 そういってヒカリはトウジの方を見た。 そのヒカリに、トウジは何も言えない。 「幼いあなたを戦わせたくない、なんて奇麗事じゃない、私の、意地・・・かな。」 「お姉・・・ちゃん・・・」 その言い方は、逆にハルナを納得させた。 「洞木さん・・・あなたは、強いわね。私なんかより、ずっと・・・。そうね、あなたにならきっと、弐号機を動かすことができる。私には、何も出来ないのにね・・・」 それはくしくも、かつてヒカリが、マリィに対して抱いた気持ちと同じである。 「そんなこと、ないわ。あなたがいなければ結局エヴァは動かせない。誰だって、そう。1人じゃ、何も出来ないのよ・・・。でも、それでいいじゃない。」 「そう・・・ね。」 そういってマリィは、スッと、顔を上げた。 「でも、いいの?もしかしたら後でサルベージなんかしないで、私が鈴原くんをとっちゃうかもよ?」 「信じてるわよ、そんなこと、絶対しないって。それに、鈴原も、ね。」 自身満々にそう返したヒカリに、マリィは1つため息をついた。 「かなわないわね、まったく。」 「って・・・どうでもええんやけど・・・ワイの気持ち、は?」 当事者であるはずなのに、蚊帳の外におかれたトウジが、そう情けない声を上げる。 「あんた男でしょ!ぐずぐずいわないの。それとも、戦うのが怖いわけ?」 そんなトウジの背中を、バンッと威勢よく、コダマが叩いた。 「そんなわけ・・・ないですけど・・・」 「それとも・・・うちのお姉ちゃんじゃ不満?」 いまいち歯切れの悪いトウジに、今度はノゾミが突込みを入れる。 「いや・・・不満とか・・・そんな・・・」 ヒカリのことを言われ、赤くなるトウジ。 「「だったらうだうだいわずにとっとと行く!」」 そういって二人は、勢いよくトウジの尻を、蹴り上げた。 「お兄ちゃん、将来は大変ね。」 そんな兄の体たらくに、思わずハルナはため息をついた。 司令室に一瞬、笑い声がこだました。 |