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司令室でのやり取りなどを知らないカスパーは、仮面の奥でほくそえんでいた。 「アダムが使う使徒たちの力。でもそれは、かつての使徒たちの力を軽く凌駕している。なぜだか分かる?」 振り返りもせずにそういったカスパーの問いに、メルキオールもバルタザールもただ黙るだけであった。 それは決して、その問いの答えが、わからなかったからではない。 いやむしろ、分かったからこそ、答えられなかったと、言うべきだろう。 「恨み・・・そう恨みが、彼らの力の根底にある。神に見捨てられたアダムの、母親に見捨てられた山との、ね。そしてその恨みこそが、力になる。すべてを生み出した母を、母なる大地を消し去るための・・・」 その言い様に、メルキオールとバルタザールは寒気を覚えた。 その為に、そんなことだけのために、ヤマトに対してああも接してきたのか、と。 冷徹なまでの作戦として、ヤマトへの扱いがあったとするなら、それは尚のこと、悲しい。 ゲンドウやユイへの恨みの裏返しだというなら、まだ人間らしいとさえ、言えるのだから。 が、そもそもその作戦を起こさせる動機が、ゲンドウへの恨みであるのだから、結局のところは一緒であるのだと、すぐに二人は気付いた。 そして、気付くと同時に、二人はカスパーを悲しくさえ感じてきた。 結局彼女もまた、ヤマトやアダムと、何も変わらないのだと・・・ 「どうやらあまり時間がなさそうね。」 弐号機の起動準備を整えながら、マリィはつぶやいた。 その視線の先には、広がりつつあるディラックの海の映像が映し出されている。 『あれが、アダムやヤマトくんの恨みそのものだとしたら・・・地球を覆うぐらいに、広がってしまうのかもしれない。』 マリィの呟きに対する、そんなヒカリの答えは、無論専門知識などない彼女の、直感でしかない。 だが得てして、このような時そういう直感、ことに悪い方の直感は、あたるものだ。 それがわかるから、マリィはヒカリの言葉に対し、何も返すことはしなかった。 「力ずくで、とめられるもんやないな。」 そういったトウジの言葉に、実は深い意味はない。 トウジにしてみれば、力押し、というもの意外策が浮かぶはずもなく、そしてその彼が思いつく唯一の策がこの相手には通用しないということは、悲しいかな紛れもない事実である。 その程度のことはさすがにトウジでも理解できるが、だからといってあまり深刻さも悲壮感も、彼の言葉の中には感じられない。 だが、その言葉からヒカリとマリィは、逆に今から自分たちがやらなければならないことの困難さを感じていた。 シンジやマナがしたように、ただ戦うだけでは何も解決しないことだと、そうわかるからである。 力押しでかなわなくとも、ただ単に相手を倒すということであるなら、策はないわけではない。 今のアダムに対しての策をこの場で即座に答えるというのは難があるとしても、考えれば策のひとつ二つぐらいは浮かぶだろう。 だが、今必要なのはそういうことではない。 今しなければならないこと、実はそれは明確である。 どうなればヒカリたちの勝ちなのか、その答えはすでに出ていた。 そう、ヤマトの心を開かせることができれば、癒してあげられれば、それでいいはずなのだ。 だがそれは、答えが見えているがゆえに、かえって難しい。 「ほんと、鈴原くんは能天気よね。」 それがわからないトウジが幾分恨めしいのか、それともどこかうらやましいのか、マリィはそんな呟きをもらす。 そしてそれに、ヒカリもため息で同調した。 そんな二人の心中を、トウジが察することはもちろんない。 だが、こんな局面であるからこそ、そのトウジの能天気さが、実は大事なことというものもある。 それを、二人はすぐに知ることとなる。 その瞬間は、いきなりやってきた。 颯爽と現れたエヴァ弐号機のその姿に、カスパーやメルキオールが驚きの声をあげる、その間もなく。 ガツンッ 乾いたその音が響き渡ったとき、カスパーたちも、そしてマリィやマヤたちのも、一瞬、いったい何が起きたのか把握できなかった。 「え?」 「お兄…ちゃん?」 間の抜けたようなマリィとハルナの声で、ようやく我に帰った一同の目に映った光景、それは… 「ぶ、ぶんなぐったぁ!?」 「な、なに考えてるのよあの馬鹿!」 別々の場所で、全く同じ瞬間にそう叫んだメルキオールとコダマの言葉が、そのすべてであった。 「男のくせになにちっぽけなことでうじうじしとんのや!その腐った根性、ワイが叩きなおしたるわ!」 『す、鈴…原?』 エヴァの中にいたヒカリにさえ、トウジのその行動は、全く予想できなかったらしい。 実際問題、今のエヴァには武器らしい武器などはない。 パレットガンではダメージを与えられないだろうし、ポジトロンライフルでは充電に時間がかかる上、多分、あたらない。 そうであるなら接近戦にもつれ込むのは必定であって、実際、シンジとマナもそう戦っていた。 だからといって出撃するや否やいきなり拳を叩き込むというのは考えなしにもほどがあるわけなのだが、それがうまく不意をついたのか、それともトウジの気合の賜物なのか、ものの見事にアダムの右頬にヒットしてしまったがゆえに、周囲に意外なほどのインパクトを与えたのである。 そしてさらに、先の言葉がある。 先ほどまでの重い空気はどこえやら、誰もが、そうカスパーたちですら、一瞬、唖然として、我を失った。 『アハ…アハハハハ。』 そんな静寂を破ったのは、ヒカリの笑い声であった。 はじめはどこかあきれ交じりの笑い声は、次第に心からの笑い声へと変わっていた。 そしてそれにつられて、マリィまでもが、思わず笑みをもらす。 「あはははは、す、鈴原君らしいわ。」 そう、トウジらしい、それが、ヒカリやマリィの思いだった。 戦いに赴くシンジたちを見送りながら、決意を秘めたマリィを見つめながら、そしていつになく強さを見せるヒカリに気圧されながら、一番情けない思いをしていたのは、誰あろうトウジだった筈である。 参号機の件の余波があって、いつものような精彩を書いていたトウジであったが、マリィやヒカリの決意を目の当たりにして、それで終わるような男でもない。 彼も彼なりに、考えていたのである。 そして彼が出した結論は、そう、ヒカリや、シンジと同じ。 自分が、自分であること。いつものように、自分らしくあること。 ただ、その一点だけであった。 そう彼はいつも通りの自分に立ち返って、いつも通りの行動をとっただけなのである。 「だからって…ちっぽけなことっていうのは…ちょっと…」 ヤマトの気持ちを思えば、それは酷な言葉ではないかと、マヤは感じていた。 だが、 『いえ、それでいいんです。』 意外なことにそんな言葉が、ヤマトの気持ちを最もよく知るはずの、ヒカリから返ってきた。 突然のことに呆然とするアダムを尻目に、トウジの不意の一撃でその歩みを止めたディラックの海を切り裂きながら、トウジとヒカリの弐号機が、モニター越しに答えた。 『確かに、ヤマトくんの境遇には同情できる面があるかもしれない…でも…』 「そうね…でもそんな思いは、ここにいる誰もが、大なり小なり味わってきた。みんな、それを忘れてたわね…」 ヒカリの言葉を、そうマリィがつなぐ。 そして、 『誰もが辛い思いを抱え、誰もが罪を犯し、そして、その罪を償うために生きてる。私たちは、ね。』 「そうだね、きっとヤマトくんは甘えたいだけなんだ、昔の、僕みたいに…。」 切り裂かれたディラックの海から、初号機が再びその姿をあらわす。 「シンジ!」 『マナ!』 甘ったれていたシンジに、その甘えを捨てさせるきっかけを作ったのは、いったい誰であっただろうか? ゲンドウ、加持、ミサト、アスカ、綾波レイ、マナ、そして、トウジ。 あの日トウジに殴られたこと、トウジを殴り返したあの日のこと、それは少なからず今のシンジに影響を及ぼしている。 だからこそ、シンジにはわかるのである。 甘えさせることと、甘やかすことは、似て非なるものだということに。 『鈴原くんに完全にしてやられちゃったわよね…全く、ナオコさんから聞いたことが、全然生かされてないわ。』 苦笑とため息交じりのマナのそのわずかな呟きは、だが、カスパーの心に大きな衝撃を与えルことになる。 そしてマナは、そのことを知っていた。 、 大本となるシステムが同じであれば、エヴァの中での会話など、カスパーたちの耳にも、筒抜けであって当然である。 おそらくはそれがわかっていながら、マナはそんな呟きをもらした。 「母さんが…あの人が、何だというの…」 そのカスパーの呟きは、マナの耳には届いてはいない。 だが、おそらくカスパーが今抱いているであろう思いを見透かして、マナは言葉を続けた。 『いろんな事情があって…ナオコさんはただの言い訳だって言うけれど、とにかくいろいろあって、ナオコさんは娘さんをかまってあげることができなかった。そんなことへの後悔がMAGIの中には、いっぱい詰まってる…』 「嘘よ…そんなのは…あの人は…私を、裏切った…最後の、最後まで…」 『何があろうと、母親は母親だもの、私には、それが、わかる…』 それは、マナにだけは言われたくない言葉だったろう。 物理的にこそ離れ離れになっていたマナとユカではあっても、ユカは娘のことを常に気にかけていた。 まがいなりにも傍にいたはずの、自分たちとはあまりにも対照的である。 そう、彼女は嫉妬していたのかもしれない。 傍にいないのに、それでも母親の愛情を感じられる、母親を信じられる、マナやシンジに。 そして何より、愛する人と寄り添いながら、母親になることができる、マナに。 それらはすべて、彼女が望んで、切望しながら、結局得られなかったもの。 だから、ユカを手にかけたのかもしれない。 少しでも自分と同じ思いを、味合わせたくて。 だが、それさえも、彼女にとっては救いになるどころか、さらに自分の惨めさを浮き立たせるだけであった。 何も言わず勝手に言ってしまったナオコとは対照的に、ユカはマナに、残していったものがある。 それは、悲しい運命であり、過酷な現実であったかもしれない。 けれど、母として娘を信じ、娘を愛していたから、娘もまた、母を想っていたからこそ、それは残されていった。 辛くとも悲しくとも、マナは、ユカのすべてを受け継いだのだ。 自分には、結局できなかったことを。 「そうかしら。」 仮面の底で悔しさに顔をゆがませるカスパーに、メルキオールが冷たく言い放つ。 「じゃあ、あんたにとって、MAGIっていったいなんだったの?」 「あんたは最後にカスパーが、ナオコさんの女としての部分が裏切ったって、そう言ったわよね。」 「そうよ、あの人は結局、最後に娘よりも、男を…碇指令を選んだのよ!」 「本当に、そうかしら?」 「何を…」 一瞬沈黙が二人の間を包み込む。 その沈黙を破って、マナの声が飛び込んでくる。 あまりにできすぎた偶然。 いやもしかすると、それははじめから仕組まれていたタイミングかもしれない。 バルタザールの表情を見る余裕があれば、そのことにカスパーも気づくことができたろう。 だが、その余裕は今の彼女にはない。 だからこそ、余計にマナの言葉は彼女の胸に突き刺さる。 『女として、別の女を愛する人とともに逝かせたくなかった、そういう思いは、多分あったんじゃないかと思う。たとえそれが、血を分けた娘でも…いいえ娘だからこそ…。でも…女であることと、母親であることが相反してるとは、私は思わない。』 その言葉に、カスパーはモニターの向こうの初号機を、にらみつけた。 『女だからこそ、愛したからこそ、ナオコさんにはシンジのお父さんの気持ちがわかった。だから…一緒に死ぬことすら許してくれないシンジのお父さんと、娘を逝かせたくもなかった…そう、知っていたのよ、あの時シンジのお父さんが何をいおうとしたのか、何をしようとしたのか…』 そのマナの言葉を、メルキオールがつないだ。 「すまない、その言葉の真意は第三者の私たちにはわかりかねるわ…でも、それがあのときの碇指令の、本心であったことには違いない。」 「ナオコさんを死なせたことへなのか、リッちゃんの苦しめたことへなのか、それとも、結局最後までユイさんしか選ぶことができなかったことへのものなのか…そういう、ことだな。」 そう、ゲンドウとナオコがあの時しようとしたことは、全く同じことだったのだ。 すまないと一言だけ言い残し、"空砲"を放ったゲンドウと、自爆を拒否したナオコと、ともに根幹にあったのは、リツコへの謝罪、そして、生きてほしいという、願い。 「嘘よ…嘘よ!」 あの時も、彼女はゲンドウに向かってそういった。『うそつき、』と。 そう、本当はあの時、既に知っていたのだ。 ゲンドウとそしてナオコの、本当の気持ちを。 そう、ナオコは、母はいつでも、彼女の傍にいて、彼女を見守ってくれていたではないか。 だが、それは認めたくなかった。 それが今の彼女の行動原理であるから、その気持ちを失ってしまったら、復讐というものが成り立たなくなるから…いや、そうではない。 単純に、女として母に負けていたのだと、そう認めなくないからである。 大体が、マリィやヤマトほどに母を憎悪していたわけではない。 母の中の"女"の部分を、嫌悪していたに過ぎないのだ。 そしてその嫌っていた"女"の部分を、実はもっとも色濃く受け継いでいて、その上、母に負けている。 それを認めてしまったら、自分が自分ではなくなると、だから… そしてだからこそ、イラつくのだ。 シンジもマナも、そしてトウジやヒカリや、あるいはミサトも加持も…確かにそれぞれ、消せない、決して消えない心の傷や、それぞれに犯した罪を背負って生きている。 けれどそれでも、それぞれに支えてくれる人がいて、支えなくてはならない大切なものがあって、だからこそ、自分が自分であることを、存在意義を見つけることができた。 無論、誰しもがはじめからそうであったわけではない。 それぞれに紆余曲折があって、ここまできたわけだし、大体、トウジやヒカリがその境地に達することができたのは、ついさっきのことでしかない。 それでもなおいらつくのは、自分には決してそれができないと悟ってしまっているから、いや、そう思い込んでしまっているからに他ならない。 けれど、 「行きなさい、あそこへ…いえ、あんたはあそこに行かなければならない…あんた自身の、答えを見つけるためにね。」 そう言い放ったメルキオールの気持ちは、親友でありながら、そういうことしかできないがゆえに、歯がゆく、辛い。 「そうね…でも私が行くのは負けを認めたからでも、負けを認めるわけでもない…決して…ね。」 メルキオールの言葉に素直に従ったわけでもないだろうが、カスパーはそうとだけ言い残して部屋を出た。 このとき既に、戦いは終わっていたのかも、知れない。 |