ED4




「うーん、良く寝た。」
その朝、いつものように惣流アスカは目覚めた。
気持ちのいい、心地よい目覚め。
台所の方からは、味噌汁のいい匂いが漂ってくる。
アスカは着替えもせず、素肌に男物のYシャツを羽織っただけの、そのままの格好で、リビングへと姿をあらわした。
「もう少し待ってね。すぐに朝ご飯にするから。」
そういうシンジの言葉が、だがアスカの気分を少々害した。
「ちょっと、アタシが起きてくるまでに、朝ご飯の用意を済ませておけっていったでしょう!まったく、いつまで立ってもボケボケーっとしてるんだから。」
「ごめん・・・」
と謝ってみせるシンジだが、さすがに内心、ムッとしてる。
「なによ、その顔は。」
思ったことがすぐ顔に出る、そのシンジの性癖は、15年の月日を経ても、変ってはいなかった。
「アンタはアタシの言うことを聞いていりゃいいの!誰が養ってやってるの思ってんのよ。」
そう言われてしまえば、シンジに返す言葉はない。
時に西暦2030年。
シンジは惣流シンジと名を変えた。
有り体に言えば、アスカの元に、婿養子に入ったのである。
サードインパクトがおき、数多の人が死んだ。
シンジとアスカは、生き残ったものの、既にお互い、身寄りはない。
したがって、戸籍をどちらに入れるかという程度の差でしかなく、婿養子といっても、シンジが窮屈な思いをする必要などはない。
養ってもらっている、という事実さえなければ。
なんやかんやと文句をつけながらも、アスカは朝食を平らげると、仕事へと出かけていった。
「夕飯は、ハンバーグね。」
と言い残して。
そういうアスカの態度も、シンジへの愛情の裏返しだと見れれば、かわいいとさえ思えるのだが、当のシンジはそうは感じられなかった。
「マナ、なんで死んじゃったんだよ。」
そういってシンジは、一枚だけ残った、愛する人の写真に目をむけた。







その言葉が、2人の生活にとって、タブーであるということは分かっていたし、だから、シンジもその言葉をアスカの前で口にしたことはない。
アスカと一緒になったことを、多少は、後悔しないでもなかったが、状況はどうあれ、今のこの生活をシンジ自身が選んだことも、また事実であった。
たとえそれが、アスカの一時の優しさに、惑わされたものだとしても。
そのアスカは、今や工学博士である。
ただの研究者の位置にとどまらず、その博識を買われ、TVなどにも出演していた。
加えて、あの美貌である。
周囲から見れば、シンジは幸せな立場にいるのかもしれないが、当のシンジ自身には、とてもそうは思えなかった。
プライド、男としての尊厳、としての問題がある。
自分が情けなくなるのだ。
なにより惣流アスカの夫、という呼ばれ方が羨望と同時にさげすみ、侮蔑の意味をこめていることをわかっているから、なおのこと、内へ内へと篭ってしまう。
アスカにして見れば、ああは言ってみても、シンジを養っている自分、というものにかなり満足しているのだが、それすらシンジには苦痛でしかない。
だが、マナを失った傷も、サードインパクトで崩壊した心も、完全に癒えているわけではない。
だから、情けなくもアスカにすがるしかない、シンジのジレンマがあった。
そしてそれは確実に、ストレスとなってシンジの中に蓄積されていく。






そんなシンジの悩みとは関係なく、時間は過ぎていき、やがて、仕事を終えたアスカが帰宅してくる。
「あーもう、お腹ペッコペコ。」
いつもの様に帰ってきたアスカだが、いつもの様に夕飯は、出来ていなかった。
別にシンジとて朝からずっと悩んでいたわけではない。
たまたま、山岸マユミが訪れてきて、話し込んでしまったため、ほんの少し、そう少しだけ夕飯の支度が遅れてしまったのであった。
が、それを正直に話して、それで納得するアスカ、ではない。
ましてやその原因が、女と話し込んでいたから、などと聞かされて、平静でいられるアスカではなかった。
それを平然と、にこやかに話すシンジにも腹が立つ。
まあ、平然と言えるということは、逆に浮気はしていないとも取れるのだが、生憎、アスカはそういうタイプではなかった。
「他の女といちゃついてて、夕飯の支度が遅れたなんて!信じられない!!」
「そ、そんな言い方しなくても。大体いちゃついてたわけじゃ・・・。ただ懐かしかったから・・・」
「あんな女が、アタシの夕飯よりも大事だってーの!?」
「そんな言い方するなよ!!」
「事実を言ったまでよ!アンタがしなきゃならないのはまずは家事、それとアタシの世話!それだけやってりゃいいのよ!!」
「別にサボったわけじゃないじゃないか!」
「遅れれば同じことよ!だいたいアンタにはこの程度の事しか出来ないんだから!」
さすがにその一言には、シンジも切れた。
「アスカにはこの程度の事だって出来ないくせに。」
「な、なによ、その言い方は。」
「そうさ、アスカは、家事だって出来ないし、全然、女らしくないし。」
「なにが言いたいのよ。」
「マナだったら・・・」
それは言ってはならない言葉。そしてアスカがもっとも聞きたくなかった言葉であった。
そう、だからアスカは焦っていたのかもしれない。
結婚して、夫婦になっても、いまだにシンジの中には霧島マナがいる。
それが分かるから、辛い。
だから、シンジにもきつく当たってしまう。
いつになったら、自分だけを見てくれるのか。そんな想いがあるから。
「忘れなさいよ。死んだ女のことなんか。」
そういったアスカの言葉は、だが彼女にしては弱々しく、勢いがなかった。
そして、その目には、確かに涙が浮かんでいた。
だがそれを、シンジは気付かなかった、


その夜、シンジとアスカは、結婚して以来初めて、別々の部屋で眠った。
アスカはその枕を、涙でぬらしながら。






翌朝。
いつもより少し遅い時間に、シンジは目覚めた。
起きはしたものの、朝食を作る気分にはならなかった。
だが、
台所から聞こえてくる物音、いや騒音というべきであろうか、その音にシンジは気付いた。
「アス、カ?」
台所で朝食の用意をしていたのは、紛れもなく彼の妻。アスカであった。
「アタシだって、料理ぐらい出来るんだから。」
マナへの対抗意識、いや、それ以上にシンジへの強い想いであろう。
「さ、とっとと食べる!片付かないでしょ!」
無造作にそういって食卓に並べる。
アスカの作った朝食は、お世辞にもおいしいとはいえないものであった。
15年前から何も進歩していない。
食べられるだけまし、という代物であった。
だが、おそらくは泣き腫らしたのであろう赤い目と、指に巻かれた10枚のバンソウコウを見れば、シンジに文句などは言えなかった。
ぶっきらぼうな態度はいつもの通りだが、そんな中にシンジへの想いが感じ取れた。
『素直じゃないな。』
と思わなくもないが、それ以上に、アスカは自分の事を愛してくれているとシンジは感じていた。
そしてふと考える。
アスカは自分を愛してくれている。では自分は、アスカをどう思っているのだろうか?
そして気付いた。
マナにこだわるあまり、マナを失った辛さから逃げるあまりに、アスカへの想いを否定してきた自分に。
そして、アスカを好きだと思っている、自分に。
「ごめん、アスカ。」
唐突に謝るシンジに、思わずアスカは目を丸くする。
そして、愛しい夫の顔を見やる。
「謝るのは、アタシの方。結構大変なのよね。家事ってさ。」
「アスカ・・・」
「それに・・・その・・・言いたいのはそういうことじゃなくて・・・。」
そんなアスカの言葉に、何かを悟ったシンジ。
「好きだよ。アスカ。」
「え?」
唐突なその言葉に、しかし確かに嬉しさを感じ、アスカはシンジに抱き付いた。
「アスカ・・・」
「アタシも・・・シンジが、好き。」
結婚して早8年。
おそらくは初めて、アスカが素直に告げた、シンジへの想い。
その想いを、シンジはしっかりと受け止めた。
そしてそのまま、二人は愛し合った。


「仕事、いかないの?」
「今日はサボり。」
「でも・・・」
「仕事より、シンジの方が、大事だもの。」


サードインパクトから15年。
ようやく、本当の意味で、シンジとアスカは新しい一歩を踏み出そうとしていた。




−つづく




<次回予告>
訪れる悲劇。
シンジの目の前で死んでいく、マナ、レイ。
打ちひしがれるシンジ。
「アンタには、アタシがいるじゃない。」
そんなシンジを、アスカは優しく慰める。
次回『涙、枯れて』
第3新東京市の平和は・・・誰が守るんだろ?





あとがき

マナ:オチは?ギャグは?
ジェイ:残念ながらそんなものはないのだ。
アスカ:めでたしめでたし、ってこれで終りじゃないの?
ジェイ:もうしばらく続く。
アスカ:これで終りにしようよー!
マナ:駄目です!
アスカ:あ、そうね、あんたが死ぬとこやってないもんね。
マナ:そうですよ、唐突に15年も飛ばしたんだからその間の穴埋めを、ってちがーう!
アスカ:どちらにしろ、死に逝く運命なのよ。死人に逆転はないわ!
マナ:なんだか、アスカさんの気持ちがよく分かるようになってきた。(泣)







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