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「うーん、良く寝た。」 その朝、いつものように惣流アスカは目覚めた。 気持ちのいい、心地よい目覚め。 台所の方からは、味噌汁のいい匂いが漂ってくる。 アスカは着替えもせず、素肌に男物のYシャツを羽織っただけの、そのままの格好で、リビングへと姿をあらわした。 「もう少し待ってね。すぐに朝ご飯にするから。」 そういうシンジの言葉が、だがアスカの気分を少々害した。 「ちょっと、アタシが起きてくるまでに、朝ご飯の用意を済ませておけっていったでしょう!まったく、いつまで立ってもボケボケーっとしてるんだから。」 「ごめん・・・」 と謝ってみせるシンジだが、さすがに内心、ムッとしてる。 「なによ、その顔は。」 思ったことがすぐ顔に出る、そのシンジの性癖は、15年の月日を経ても、変ってはいなかった。 「アンタはアタシの言うことを聞いていりゃいいの!誰が養ってやってるの思ってんのよ。」 そう言われてしまえば、シンジに返す言葉はない。 時に西暦2030年。 シンジは惣流シンジと名を変えた。 有り体に言えば、アスカの元に、婿養子に入ったのである。 サードインパクトがおき、数多の人が死んだ。 シンジとアスカは、生き残ったものの、既にお互い、身寄りはない。 したがって、戸籍をどちらに入れるかという程度の差でしかなく、婿養子といっても、シンジが窮屈な思いをする必要などはない。 養ってもらっている、という事実さえなければ。 なんやかんやと文句をつけながらも、アスカは朝食を平らげると、仕事へと出かけていった。 「夕飯は、ハンバーグね。」 と言い残して。 そういうアスカの態度も、シンジへの愛情の裏返しだと見れれば、かわいいとさえ思えるのだが、当のシンジはそうは感じられなかった。 「マナ、なんで死んじゃったんだよ。」 そういってシンジは、一枚だけ残った、愛する人の写真に目をむけた。 ![]() その言葉が、2人の生活にとって、タブーであるということは分かっていたし、だから、シンジもその言葉をアスカの前で口にしたことはない。 アスカと一緒になったことを、多少は、後悔しないでもなかったが、状況はどうあれ、今のこの生活をシンジ自身が選んだことも、また事実であった。 たとえそれが、アスカの一時の優しさに、惑わされたものだとしても。 そのアスカは、今や工学博士である。 ただの研究者の位置にとどまらず、その博識を買われ、TVなどにも出演していた。 加えて、あの美貌である。 周囲から見れば、シンジは幸せな立場にいるのかもしれないが、当のシンジ自身には、とてもそうは思えなかった。 プライド、男としての尊厳、としての問題がある。 自分が情けなくなるのだ。 なにより惣流アスカの夫、という呼ばれ方が羨望と同時にさげすみ、侮蔑の意味をこめていることをわかっているから、なおのこと、内へ内へと篭ってしまう。 アスカにして見れば、ああは言ってみても、シンジを養っている自分、というものにかなり満足しているのだが、それすらシンジには苦痛でしかない。 だが、マナを失った傷も、サードインパクトで崩壊した心も、完全に癒えているわけではない。 だから、情けなくもアスカにすがるしかない、シンジのジレンマがあった。 そしてそれは確実に、ストレスとなってシンジの中に蓄積されていく。 そんなシンジの悩みとは関係なく、時間は過ぎていき、やがて、仕事を終えたアスカが帰宅してくる。 「あーもう、お腹ペッコペコ。」 いつもの様に帰ってきたアスカだが、いつもの様に夕飯は、出来ていなかった。 別にシンジとて朝からずっと悩んでいたわけではない。 たまたま、山岸マユミが訪れてきて、話し込んでしまったため、ほんの少し、そう少しだけ夕飯の支度が遅れてしまったのであった。 が、それを正直に話して、それで納得するアスカ、ではない。 ましてやその原因が、女と話し込んでいたから、などと聞かされて、平静でいられるアスカではなかった。 それを平然と、にこやかに話すシンジにも腹が立つ。 まあ、平然と言えるということは、逆に浮気はしていないとも取れるのだが、生憎、アスカはそういうタイプではなかった。 「他の女といちゃついてて、夕飯の支度が遅れたなんて!信じられない!!」 「そ、そんな言い方しなくても。大体いちゃついてたわけじゃ・・・。ただ懐かしかったから・・・」 「あんな女が、アタシの夕飯よりも大事だってーの!?」 「そんな言い方するなよ!!」 「事実を言ったまでよ!アンタがしなきゃならないのはまずは家事、それとアタシの世話!それだけやってりゃいいのよ!!」 「別にサボったわけじゃないじゃないか!」 「遅れれば同じことよ!だいたいアンタにはこの程度の事しか出来ないんだから!」 さすがにその一言には、シンジも切れた。 「アスカにはこの程度の事だって出来ないくせに。」 「な、なによ、その言い方は。」 「そうさ、アスカは、家事だって出来ないし、全然、女らしくないし。」 「なにが言いたいのよ。」 「マナだったら・・・」 それは言ってはならない言葉。そしてアスカがもっとも聞きたくなかった言葉であった。 そう、だからアスカは焦っていたのかもしれない。 結婚して、夫婦になっても、いまだにシンジの中には霧島マナがいる。 それが分かるから、辛い。 だから、シンジにもきつく当たってしまう。 いつになったら、自分だけを見てくれるのか。そんな想いがあるから。 「忘れなさいよ。死んだ女のことなんか。」 そういったアスカの言葉は、だが彼女にしては弱々しく、勢いがなかった。 そして、その目には、確かに涙が浮かんでいた。 だがそれを、シンジは気付かなかった、 その夜、シンジとアスカは、結婚して以来初めて、別々の部屋で眠った。 アスカはその枕を、涙でぬらしながら。 翌朝。 いつもより少し遅い時間に、シンジは目覚めた。 起きはしたものの、朝食を作る気分にはならなかった。 だが、 台所から聞こえてくる物音、いや騒音というべきであろうか、その音にシンジは気付いた。 「アス、カ?」 台所で朝食の用意をしていたのは、紛れもなく彼の妻。アスカであった。 「アタシだって、料理ぐらい出来るんだから。」 マナへの対抗意識、いや、それ以上にシンジへの強い想いであろう。 「さ、とっとと食べる!片付かないでしょ!」 無造作にそういって食卓に並べる。 アスカの作った朝食は、お世辞にもおいしいとはいえないものであった。 15年前から何も進歩していない。 食べられるだけまし、という代物であった。 だが、おそらくは泣き腫らしたのであろう赤い目と、指に巻かれた10枚のバンソウコウを見れば、シンジに文句などは言えなかった。 ぶっきらぼうな態度はいつもの通りだが、そんな中にシンジへの想いが感じ取れた。 『素直じゃないな。』 と思わなくもないが、それ以上に、アスカは自分の事を愛してくれているとシンジは感じていた。 そしてふと考える。 アスカは自分を愛してくれている。では自分は、アスカをどう思っているのだろうか? そして気付いた。 マナにこだわるあまり、マナを失った辛さから逃げるあまりに、アスカへの想いを否定してきた自分に。 そして、アスカを好きだと思っている、自分に。 「ごめん、アスカ。」 唐突に謝るシンジに、思わずアスカは目を丸くする。 そして、愛しい夫の顔を見やる。 「謝るのは、アタシの方。結構大変なのよね。家事ってさ。」 「アスカ・・・」 「それに・・・その・・・言いたいのはそういうことじゃなくて・・・。」 そんなアスカの言葉に、何かを悟ったシンジ。 「好きだよ。アスカ。」 「え?」 唐突なその言葉に、しかし確かに嬉しさを感じ、アスカはシンジに抱き付いた。 「アスカ・・・」 「アタシも・・・シンジが、好き。」 結婚して早8年。 おそらくは初めて、アスカが素直に告げた、シンジへの想い。 その想いを、シンジはしっかりと受け止めた。 そしてそのまま、二人は愛し合った。 「仕事、いかないの?」 「今日はサボり。」 「でも・・・」 「仕事より、シンジの方が、大事だもの。」 サードインパクトから15年。 ようやく、本当の意味で、シンジとアスカは新しい一歩を踏み出そうとしていた。 −つづく <次回予告> 訪れる悲劇。 シンジの目の前で死んでいく、マナ、レイ。 打ちひしがれるシンジ。 「アンタには、アタシがいるじゃない。」 そんなシンジを、アスカは優しく慰める。 次回『涙、枯れて』 第3新東京市の平和は・・・誰が守るんだろ? |