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ヒュン、ヒュンというローターの音と、ゴーというジェットエンジンの響きだけが、漆黒の闇の中にこだましていた。 「そろそろのはず…なんだけど。」 そう呟きながらエティシアは窓の外を覗き込んだ。 「こう暗くっちゃ、何も見えないんだもの。早く夜が明けないかなあ。」 いかにもつまらなそうに、エティシア・S・草薙少尉がそう呟く。 「一応、連邦の勢力圏を突っ切ってるんだから、まっ昼間に頭の上を通り抜けるわけにもいかないでしょ?向こうさんだって面白くないだろうし。」 同乗しているこの新米少尉のぼやきが、緊張感からでないことを悟ってか、パイロットのシュリーア・アリュー中尉がそんな言葉を返した。 「はあ。まあ…」 そんなシュリーアの気を知ってか知らずか、どこか間の抜けた返事を返すエティシア。 ふう、とため息をつきつつも、だがどこかでこれも仕方のないことなのかもしれないと、シュリーアは考えていた。 まがいなりにも戦場で、緊張感の保てないエティシアに問題があるのではない。 無論、それはそれで問題ではあるだが、根本的なものは、そこではない。 後方の輸送部隊、それも比較的戦火の激しくないところでの任務とはいえ、十七歳の少女が戦場に借り出されるというこの状況こそが、一番の問題なのである。 このときシュリーアは彼女自身がまだうら若い女性であるということを失念している。 それもまた、傍から見れば異常であるのだが、そのことに彼女は気づいてはいない。 いやもしかするとそれらのことすべてに気づいているからこその、先のため息であったのかもしれないが。 『ジオンは、負けるかもしれない。』 口にこそ出さないものの、彼女の胸のうちにはそんな思いが広がっていた。 現実には、連邦の反抗は始まりつつあったもののまだまだ勢力的にはジオンは互角程度の戦いを繰り広げてはいた。 だがそれは、あくまで見かけ上のことだけである。 ルウムや一週間戦争で大勝し、一時は連邦の喉元に刃を突きつけるとこまで行きながら、結局押し切れず、戦争を長期化させてしまった。 もともと三十倍ともいわれる戦力差を考えるなら、既にこの時点で負けが見えていたとすら言える。 もっともそれは第三者的に冷静に事を見ることができてはじめて導き出せる結論であって、地球圏全体に戦乱が広がってしまっていれば、あの時点でそんなものの見方ができるものなど、いようはずもなかった。 だが、開戦から十ヶ月もたった今なら、シュリーアのような人間にもそれは明確にわかるようになってきていた。 エティシアの存在が、それを端的にあらわしている。 少なくとも射撃の腕前は士官学校でもトップクラスだったというから、目先の言動ほどにエティシアも無能ではないし、むしろ幾分緊張感にかける発言を除けばそこそこ使える人材とさえ言えたものの、それでも本来なら最前線に出てくるようなものではない。 彼女自身もまさか自分が最前線にという気持ちがあるから、どこか今の現実を現実として受け入れ切れていないから、だからこそ妙に緊張感がないのだろう。 ようするに戦場にいるという実感が持てないのである。 そしてそんなエティシアのような存在が、徐々に珍しくなくなっているのが、今のジオンの実情なのだ。 つまるところ、圧倒的に人材が足りないのである。 それが実感できるほどまでになってしまっているということがどういうことか、それは言わずもがなであろう。 「とにかく、連邦圏内ってだけでも危険と背中合わせなんだから。ましてや乗ってる機体も運んでる荷物も連邦から奪ったもの、面と向かってあちらさんに喧嘩売ってるようなものなのよ、」 だから少しは緊張感を持ってよね、そうシュリーアは言いたかった。 一兵士に過ぎない彼女に、戦いの趨勢をひっくり返す様な真似も、本国に降伏を進言するような真似もできるはずもなければ、今の彼女にできることはこれぐらいしか、せめてエティシアのような少女を一人前の兵士に育てることぐらいしか、ないのだから。 だが、そう言おうとしたシュリーアの言葉が、最後まで紡がれることはなかった。 「なんでしょう?あれ…」 「え?」 エティシアの言葉に、とっさにシュリーアは彼女の指す方向に、視線を向けた。 眼下には夜の森が広がっており、そこに潜む何者をも、彼女たちの視線から隠そうとしている。 だが、ほんの一瞬だけ、その森の中で何かが動いたような感じがした。 「九時の方向、何か大きなものが、移動してます。」 戸惑いを見せるシュリーアに、エティシアが冷静にそう返した。 『なるほど、射撃が得意ってのはあながち嘘でもないみたいね、これだけの"目"があるなら…』 先の言葉とは裏腹に、エティシアには夜の森の中に潜む何かが、はっきりと見えてる。 幾分エティシアを見直しながら、シュリーアは意識を切り替えた。 「連邦の可能性もあるわね、ティス、警戒をお願い。」 「え、あ、は、はい!」 自分の名を愛称で呼ばれ、一瞬エティシアは戸惑いを見せたが、すぐにまた視線を、眼下の真っ黒な森へと落とした。 愛称で名を呼ぶということ、それがある意味エティシアという人間を認めたという意味だということを彼女が知るのは、もう少し後のことである。 宇宙世紀〇〇七九、十一月一日の朝が、間もなく明けようとしていた。 −天使の呼び声− 「隊長…あれは…」 幾分動揺を見せる部下の言葉に、デビット・ランバート少尉は勤めて冷静な声で返事を返した。 「我々だって敵の機体を奪って使ったりしてるんだ、向こうが同じことやってても、不思議はあるまい?」 現にそのデビット自身の駆る機体自体、ベースこそ純然たる連邦の機体RGM−79(G)、一般的に陸戦型ジムと呼ばれている機体ではあるものの、先の戦闘で大破した際に、間に合わせで鹵獲したジオンの機体を用いて修理されたものである。 戦争ををやっているのだから、そういうことは珍しいことではないのだ。 まあ敵の機体を用いたことで幾分性能が向上した、というのはいまいち釈然としないところではあったが。 もっともそんなデビットにも、複雑な思いがないわけでもない。 むしろそれが人情という物であろう。 彼らの目の前に姿を現したのが、戦闘用の機体ではなく、輸送機であったこともその思いに拍車をかけた。 最前線で戦う実戦部隊にすれば、補給部隊の輸送機というものは、いわば救いの女神にも等しいものなのだから。 そういう思い入れがあればモスグリーンに塗りなおされ、ジオン軍の記章をその身に纏ってはいても、彼らの前に姿をあらわしたその機体が、連邦軍の輸送機、"ミデア"であることは、彼らの目にはすぐにわかることであった。 わかるからこそ、それを今から撃ち落とすというのは、少々、躊躇われる。 だが、任務は任務である。 詳細な目的も理由も告げられず、ただ『ジオンの輸送機を撃墜すること。』とだけ告げられたその任務に、裏を感じずにはいられないデビットではあったものの、それでも、任務は任務であり、それは何があっても遂行しなければならない。 その輸送機とやらがミデアであったというのが、彼と彼の部下にとって少々意外だっただけのことである。 そうやって彼は、この戦地を生き延びてきたのだから。 「いいか、俺が敵の目をひきつけておく、その間に、一撃で決めろ。」 低い声でそうとだけ命令を下すと、彼は愛機を漆黒の森の中へと、滑り込ませた。 「十二時の方向、もう一機。」 「…おかしいわね。」 「え?」 咄嗟に、エティシアはシュリーアの言葉の意味を図りかねた。 「あ、確かに、あの動きは、戦車や他の戦闘車両では…」 シュリーアの言葉が敵の妙にすばやい動きにあると思い、エティシアはそんな感想を述べた。 もっとも、おそらくシュリーアがそういう意味で言ったわけではないこともわかっていたし、敵の妙にすばやい動きの理由も、実は既に思い至ってはいたのだが。 ただ、それをどこかで認めたくない気持ちがあったから、そんな言葉が口をついたのかもしれない。 「やっぱり、モビルスーツなんでしょうか?」 「それは間違いない、と思うんだけど…。」 短い沈黙の後、エティシアはそう呟いた。 眉一つ動かさず、シュリーアがそれに冷静に答える。 連邦にモビルスーツがあることを知らなかったわけではない。 そもそも今彼女たちが運んでいるもの自体、連邦から奪取した新型モビルスーツなのだから。 既にいくつかの戦線ではモビルスーツが実戦に投入され、赫々たる戦果をあげているという噂も、伝え聞いている。 とはいえまだすべての戦線に行き渡るまででは時間がかかるだろうし、そうであれば、彼女たちの向かっている極東の島国などにモビルスーツが配備されるのはまだまだ先のことだろうと、そう思っていた面はあった。 だから、信じたくないのだ。 こんなにも早くに連邦のモビルスーツが展開しているということは、それは即ジオンの敗北すら意味しかねないからである。 もちろんシュリーアの頭の中にもそういった考えはあったが、どちらにせよ戦局がジオン不利に傾きつつあることは悟っていたから、実のところそれはさしたる問題ではなかった。 そもそも彼女たちにとってとりあえず一番大事なのは、ジオンの勝ち負けよりも自分たちがこの場を生き延びることができるかどうかである。 その観点から見たときに、シュリーアの直感は間違いなく、警鐘を鳴らしていた。 「なぜ、仕掛けてこないの?」 それがシュリーアの中で引っかかっていた。 いつしか二機の連邦のモビルスーツは、明け始めた太陽に照らされ、シュリーアの目にもはっきりと移るようになっていた。 同じ若い女性、といっても実戦経験はシュリーアとエティシアでは天と地ほどの差がある。 だから 「それは、向こうにここまで届く武器がないからでは…」 エティシアにしてみれば、そういう感想を抱かずにいられないし、そうであったことが幸運であったという認識しかない。 確かにエティシアの言うことも一面では正しい。 今彼女たちの眼下で動き回っている二機のモビルスーツの武装はマシンガンのみであり、とてもではないがその射程では、空を飛んでいるミデアには届くものではない。 だが、敵とて馬鹿ではない。 届かない武器しか持ち合わせていないのに、わざわざ出てきたりするだろうか? 「かといってそのまま見過ごすのも悔しいから出てきたってのは…ない、ですね。」 「まあない、とは言い切れないかもしれないけど…向こうもこっちを落とせないけど、こっちが向こうを叩くこともできないわけだし。」 もしかすると自分の考えすぎで、エティシアの素直な意見が実は正しいんじゃないかと、ほんの少しだけ、シュリーアが自分の考えに疑問を抱いた、その時、 「三機目!なに、あれ…光…ビーム!?」 まっすぐに伸びた光の帯が、シュリーアたちのミデアの後方を掠めた。 「うっ。」 機体の後部から、黒い煙が上がり始める。 「やられた、最初っから連中の狙いは…」 尾翼を損傷し、バランスを失ったミデアの体制を必死に支えようとしながら、シュリーアがそううめくようにもらした。 しかし、そんなシュリーアのうめきも、エティシアの耳には届いてはいない。 「まさか…モビルスーツがビーム兵器を持っているなんて…」 そんな話は、エティシアは聞いたことはなかった。 そして、同時に、彼女は恐怖した。 もう一度あのビームに狙われたら、今度はかわす術はない。 だが、 「それは…多分大丈夫、連射ができるようならもっと早いうちから撃ってきてるはずだもの、モビルスーツのジェネレータじゃ足りないか、あるいはビーム砲そのものにまだ欠陥があるか、どっちにしろ、連射はできないはずだわ。でも…」 「でも?」 「せめてジオンの勢力圏まで逃げ込まないと、どっちにしろ連中の餌食ね。」 その言葉をシュリーアが言い終わる前に、もう一度ミデアを衝撃が襲った。 「なに、今度は?」 「高度が下がって…中尉、この高度じゃ!」 「そうか、この高度じゃマシンガンでも…後、少しなのに!」 叫びながら何とか回避行動をとろうとするシュリーア。 幸い敵の攻撃はコンテナを掠めただけで、まだエンジンは無事である。 「あの山さえ、越えれば…」 暴れ回る機体を抑えながら、シュリーアは眼前に迫ってきた山を見据えた。 この山の向こう側はもう彼女たちの向かうジオン基地の制圧圏内である。 その上山越えとなれば相手は空も飛べないモビルスーツ、味方が駆けつけてくれるまでの時間ぐらいは何とか稼げるだろう。 何とか強引に機種を持ち上げると、エンジンが悲鳴をあげんばかりに出力を上げ、シュリーアは山の頂を一直線に目指した。 そして、 「よし、」 頂上に今まさに到達せんとした、そのとき。 「中尉!エンジンが!」 尾翼で燃えていた炎がエンジンに引火したのか、それとも敵の攻撃が命中したのか、どちらにせよエンジンのひとつが激しい爆発を起こした。 大きくバランスを崩すミデア。 「駄目…か。」 シュリーアはもはや機体を立て直すことが不可能だと悟る。 幸い何とか山は越えたことだし、何とか不時着を、と試みようとするが、 「他のエンジンにも、誘爆して…」 それが、シュリーアが最後に聞いた声であった。 残りのエンジンにも火が回って、爆音とともに激しい衝撃が彼女とエティシアを襲う。 その衝撃で、彼女たちは意識を失った。 そして… コントロールを失った、失っているはずのミデアは"ゆっくりと"、"湖へと向かって"落ちていった。 『今の私の力じゃ、これぐらいしかできない…あとは…。お願い、助けてリーン…』 薄れゆく意識の中で、エティシアはそんな少女の声を、聞いたような気がした。 「レナ?」 少年は、ふと誰かに呼ばれたような気がして、振り返った。 雪交じりの早朝の山は、靄がかかりあたりを見通すことはできない。 二度、三度と周囲を見渡してみたが、彼にはそこに人影を見出すことはできなかった。 少年の名は七瀬倫、親しい友人たちは、彼のことをリーンと呼ぶ。 "誰か"に呼ばれた気がした、と言ったが、正確には不特定の誰か、ではない。 彼の耳に飛び込んできたその声は、明らかにレナという名の、彼が良く知る少女のものであった。 が、それなら尚のこと、そこに彼が期待しているような人物がいるはずはない。 そのレナは、今は遠く離れたオデッサにいるはずであったのだから。 「また、みんなにからかわれるな、こんなんじゃ。」 それを思い出してか、はたまた二つ年下の恋人の顔を思い浮かべてか、リーンは思わず苦笑いを浮かべた。 からかわかれる、といっても別にレナとの仲そのもののことではない。 もう幼い子供でもなければ、レナとの仲など、ことさらに否定するものでもないし、そうであれば、からかう方が馬鹿馬鹿しいだけである。 が、いくら仲がいいからといって、いないはずの恋人の声が幻聴として聞こえてくる、というのはいくらなんでも行きすぎであろう。 長い間離れ離れにでもなっている、というならともかく、確かに今現在は遠く離れてはいるがレナが父親の仕事の手伝いとやらでオデッサに向かったのはつい5日前のことでしかないし、数日もすれば帰ってくるのもわかっている。 その程度の状況で、寂しくって幻聴が聞こえたなどという話は、当のレナは『やっぱりあなたは私がいないと駄目なのね。』といって喜んでくれるかもしれないが、逆の立場ならまだしも、男としては少々、いやかなり、情けない。 「気のせい気のせい。」 そう言ってリーンは、"幻聴"を振り払おうとする。 が、だ。 そもそも彼がこんな朝早くから、山中をうろつきまわっているのは、妙な胸騒ぎがして目が覚めたからであり、山のほうへと足を向けたのも、半ば彼の意思ではない。 「やっぱり、呼んでいる、のか?レナが…」 ありえないと思いつつも、リーンはその声のした方へと、山道を分け入っていった。 しばらく歩くと、いきなり木々が途切れ、開けた場所へとリーンは出た。 そこには、小さな湖があった。 澄んだ水面が、夜明けの太陽に照らされて輝いている。 リーンとてこのあたりでは十年ほど暮らしてはいたのだが、こんなところにこんな湖があるというのは知らなかった。 そんな場所に、迷うことなく出られた−この場合何をもって迷ったというのかは疑問であるが−ことは少々自分でも驚きではあったが、そんな小さな疑問はすぐに吹き飛んだ。 そこに、とんでもないものの、姿を見つけてしまったからである。 「連邦の、輸送機?」 十七歳という微妙な年齢の少年としては、どこか子供っぽい概念で兵器というものに妙な憧れのようなものを抱く面と、大人として、世界の情勢にも目を配る面が同居するところもあったから、そこにあったものが連邦軍で使用されている輸送機、"ミデア"であることぐらいは、リーンにもすぐに判別がついた。 もっとも、この機体は連邦のものではなかったのだが。 「いやこのカラーリング、それに…このマーク…ジオンが鹵獲した機体、なのかな?」 よくよく機体を見渡して、リーンはそう結論づけた。 ジオンでも連邦でも、実のところリーンにはどうでもいいことだったのだが。 今現在、リーンたちの住んでいる街はジオンの支配下にある。 といっても旧世紀からの実験施設がそばにあり、それをジオン軍が使いたいがゆえに駐留しているだけの話であって、住人に影響も被害もさしてなかった。 影響があったとすれば、父親がジオンの科学者であったために、一時サイド3へと"戻って"いたレナが、その父とともにリーンの元に帰ってきた、ということぐらいであろう。 それはリーンにしてみればありがたいことですらある。 そんな状況に加えてこの地方の連邦軍の戦力が不十分であることもあって、開戦直後のジオン侵攻のとき以外戦闘らしい戦闘も起きていなければリーンならずとも戦争というものが実感できないというのが実情なのだ。 もちろんコロニー落としの余波や、戦時下での慢性的な物資不足もあり、すべて何もかも戦争前と同じ、とはいかないものの、最前線ほどの緊迫感があるわけでもなければ、連邦とジオンがどう戦って、どちらが勝とうとも、さほど住人には影響がないように思えても、仕方ないことなのかもしれない。 無論現実にはそういうわけにはいかないし、まがいなりにもジオンが駐留している以上、いつまでの今のままでもいられないのも、また事実なのだが。 そしてその兆候を、このときリーンは感じ取っていた。 「この機体…事故じゃない、撃ち落とされんだ?」 ミデアの機体の大部分を構成するコンテナ。そのコンテナの数箇所に、銃痕と思われる傷が認められた。 それも、傷の程度からして、比較的新しいものである。 それはつまり、ほんのすぐ近くで戦闘が行われたということを、そして同時に、戦争がリーンたちの済む街にも近づきつつあることを示していた。 この傷が直接の墜落原因ではないように思えたが、少なくとも敵の攻撃に遭ったことは間違いないわけで、そうであるならなんにしても戦闘により打ち落とされた、と考えるのが妥当であろう。 幸いにもジオン勢力圏に落ちたため、援軍を恐れた連邦が追撃をかけてこなかったか、あるいは連邦の勢力圏である一山越えた向こうで戦闘があって、何とかこっち側に逃れてきたのか、どちらにせよ、今時点でこの周囲に他に気配は感じられないが、多分その想像は正しいだろうと、リーンは感じていた。 もとより、洞察力に優れた少年であるのだ。 もっともそんなリーンでも、この機体の直接の墜落原因はわからなかったのだが。 焼け焦げ、大破したエンジンを見れば、エンジンの爆発が原因だろうとは思うし、燃え残り方や、尾翼の破損状況から、尾翼がやられそこから引火したのだということまではわかる。 だが、燃え残った尾翼は破壊されているというよりも、溶けかかっているという表現が正しかった。 ビーム兵器でも使わない限り、こんな壊れ方はしない。 宇宙戦艦や大型の陸戦艇ならビーム兵器を搭載しているが、大規模な作戦ならまだしも、そんなものが輸送機の撃墜などに出張ってくるわけはない。 いやそもそもそんな大型艦が行動しているのなら、その時点で大規模な作戦な実行されているわけで、そうならそうで、いくらなんでも気付くはずである。 リーン自身が気付かなくとも、少なくともジオン軍が何らかの動きを見せているはずである。 ビーム兵器を搭載した艦が単独で行動するとか、モビルスーツがビーム兵器を携帯するなんて話は、リーンの考えの範疇外であった。 そして、この後にミデアを回収しにきたジオン兵もまた、このときのリーンと同じ疑問を抱いたのである。 「それにしても…」 リーンはこの機体に、もうひとつ妙なことを感じ始めていた。 エンジンの損傷の具合に比べ、妙に機体が原形をとどめすぎていると、そう感じたのだ。 コンテナやコクピットなど、ほとんど無傷だといってもいい。 この分だと積荷やパイロットも、無傷とはいえないまでも、かなりの確率で無事だと感じられた。 エンジンが火を噴きながらも機体が炎上を免れたのは、湖にうまく突っ込んだからなのだろうが、周囲の木々の状況を見る限り、はじめっからこの機体は湖に着水しているように思われた。 機体は湖の、山側の辺に斜面に背を向ける形で着水している。 そして斜面には、背の高い針葉樹が、生い茂っていた。 この向きで不時着しているにもかかわらず、岸辺の木々に全く損傷が見られないという事は、回り込んで着水し、わざわざ着水後に向きを変えたか、ピンポイントでその場に降下したかのどちらかである。 確かにこのタイプの輸送機は、ローターを用いることで垂直離着陸を可能にはしているものの、エンジンが炎上しているような状況で、冷静にそんなことができるであろうか? 木々の高さとの対比を考えれば、それなりに高さもあったはずであり、一刻を争う状況で、そんな悠長なことをしたとは考えにくい。 もしそれができたとすれば、このパイロットは相当の腕だろうが… だが、それにしては人気を感じられない。 それほどのパイロットなら無事に生き延びているだろうし、そうであるならば、積荷をそのままにして機体を離れるとも思えない。 もし墜落の衝撃で意識を失っているとするなら、今度はこんな状況で垂直に着水させるなどという芸当など、とてもできないであろう。 「なんにせよ、生存者を確認しないと、いけない…か。」 ここではじめて、パイロットのことに思い至って、リーンはコクピットのほうへと足を向けた。 状況や真相がどのようなものだとしての、取りあえずコクピットを確認するのは、無駄ではない。 ましてや生存者が見込めるなら、ほおっておけるものでもないだろう。 だが、リーンがコクピットにたどり着く事は、永遠になかった。 コクピットに向かいかけたリーンの目に、落下の衝撃でひしゃげたコンテナの外壁が、飛び込んできたからである。 ちょうどハッチの部分であり、そのため他より強度がなかったからであろう。 そしてそのひしゃげた外壁は、コンテナの中へと通じる隙間を、生み出していた。 それがちょうど人一人ぐらいなら通り抜けられそうな大きさであったのは、果たして偶然だったのだろうか? 軍の輸送機が運んできたもの、それは少年の好奇心を刺激するのには十分すぎるものがある。 無論、好奇心だけで見ていいものではない事は、理解している。 加えてそんなことよりも、人命を優先すべき状況だということも。 だが、リーンはその気持ちを抑えきることができなかった。 正確にいえば、一度はその気持ちを抑えかけはしたのである。 だが、そんなリーンの耳に、再びあの声が、そう、レナの声が飛び込んできた。 『リーン…苦しいよ…助けて…』 その声は、コンテナの中から聞こえてきたように、リーンにはそう、感じられた。 |