|
目の前の謎のモビルスーツ‐ゾゴック‐が、明らかにグフより上であることは、素人であるリーンにもすぐわかった。 そもそも、ビリーのグフとて、本来なら生易しい相手ではないことを、リーンとて重々承知していた。 そしてそのグフを一蹴せしめたのも、機体の性能差に理由があることも、リーンにも次第にわかり始めていた。 応答速度が、天と地ほど違うのである。 ジオンがその技術の粋を集めて作り出した最新兵器、モビルスーツ。 およそ人間ができる宇動きを全てトレースし、そしてその速度も、十分に実戦に耐えうるだけもものを備えてはいる。 とはいえ、所詮は機械、それも人が乗って、動かす機械であれば、パイロットの思惑と期待の動作との間にはどうしてもタイムラグというものが発生する。 実戦で使い物になる、とはいっても、そこに機械的な仲介が入れば、その動きはどこまでも人間に近い、とは言っても、人そのものの動きには及ばないものである。 が、だ。 今リーンの乗るガンダムはそうではなかった。 その動きは、ほぼ、人そのもの、といっても良かった。 更に付け加えるなら、リーンの意識と、動きの間には、タイムラグがないようにも、思えた。 だから、戦えている。 そう感じるリーンの意識は正しい。 が、まだ、リーンはそこに感じる異常さを、感じ取ってはいなかった。 機体の性能そのものが異常というわけではない。 技術というものは日々進んでいくものであるし、現実に、後年マグネットコーティングやムーバブルフレームといった類のものが実用レベルになった後の、第二、第三世代のモビルスーツならこれぐらいの動き自体は可能であったし、インターフェースも改革されれば、脳波コントロールすら行えるようにもなりはした。 後年の技術、とは言っても、それらは今の蓄積である。 なら、今の時代にその基礎となるべき部分があったとしても、それは何らおかしいことではない。 問題は、それを、リーンが今、使いこなしているということである。 それが持つ意味を、リーンは、気付いていない。 −交錯の大地− 「なんだ?」 結局、本意ではない接近戦、もっと言えば殴り合いの中でシャリフはそこにわずかな違和感を感じていた。 なるほど、言うだけあってガンダムの動きは鋭い。 決して、ビリーの腕がないだけでも、油断したわけでもないことは、拳を交わしてみて、すぐに分かった。 馬鹿にはしたものの、彼のゾゴックの、伸縮自在の腕は、以外にも使えるものであった。 伸び縮みする腕は、相手に間合いを計らせない、これがボクシングなら、確かにこれはこの上なく有効であろう。 もっとこれは戦争であってスポーツではない、相手もまた、格闘戦に特化された機体であるから、いい勝負になっているのだということも、シャリフは十分に自覚していた。 が、そんなトリッキーな動きのバンチを、相手はことごとくかわしていた。 プロの軍人であれば、殴り合いとて素人に負けることはない。 そして間合い、足運び、そう言ったものは、例えモビルスーツ同士であったとしても、さして変わるものではない。 そうであれば、シャリフには十分に勝算があった。 動きそのものはいいが、その動きが、明らかに戦闘の素人のものであると、それをすぐに見抜いたからである。 それは、リーンがビームサーベルを抜かないことだけを見ても、はっきりと分かることであった。 だから、ガンダムの放つパンチを、彼はことごとくかわしてもみせた。 だが、同時に彼の放つパンチも、ことごとくかわされてる。 それも、信じられないかわし方で、だ。 明らかに素人と思えるその動きを見れば、相手が自分の足運びや予備動作を見て、パンチを見切っているものではないように思えた。 いや明らかに、こちらがパンチを打つのを見てから、かわしているのだ。 もちろん、それが機体の性能差に依存することであることはシャリフにも分かる。 が、機体はそうであっても、そのような動きから発生する急制動は、少なくとも素人に耐え切れるものではないはずである。 そのアンバランスさが、シャリフには第一に気にかかった。 そしてもう一つ。 こちらがパンチを打ってからでもかわせるというのが分かっていれば、シャリフとて馬鹿の一つ覚えのようにストレートだけを打ちはしない。 だからフェイント、フック、その他ありとあらゆる思いつく限りの技を、シャリフは試しても見た。 それでも、当たらないのだ。 それは、反応速度の速さだけでは、説明できない動きであった。 まるで、パンチがそこに打たれることが"あらかじめわかっている"かのような・・・ 「ニュータイプとでも!そう言うつもりか!!」 それは、シャリフの心の叫びでも、あった。 「ニュー、タイプ?」 その"声"は突如として、リーンの耳に飛び込んできた。 回線が開かれているわけでもない、機体が、接触していたわけでもない、だが、はっきりと、その言葉はリーンの耳に届いた。 そして同時に、どす黒い、禍々しい気が、リーンの意識の中に流れ込んでくる。 全てを憎み、全てを排除し、己のみがのし上がろうとする、そんな意識の塊。 「なんなんだ、この人・・・」 戦うことだけしか知らない、戦いだけがすべて、そして、それこそが喜びである、それは、そんな男の意識であった。 そこに、リーンは軽い嫌悪感を覚える。 が、ふと、その憎しみの奔流の中に、リーンは別の感情を見いたように感じた。 しかし、それがなんであるか、確認するまもなく、"それ"は再び憎しみの中へと埋もれていった。 そのことで、リーンとて油断したわけではないのだろうが、一瞬、隙を見せてしまったことは確かであった。 その隙を突いたのは、だが、目の前で戦っているシャリフではない。 ゾゴックのパンチを紙一重でかわし、踏み込もうとしたガンダムの動きが突如、止まる。 何かが、突き出したガンダムの右腕に絡みついていた。 「僕がいるってこと、忘れてたんないだろうねえ。」 それが、ビリーのグフのヒートロットであることに、リーンはすぐに気付いた。 咄嗟にヒートロッドを払いのけるが、その間に、グフはガンダムの背後に回りこむと、ガンダムを羽交い絞めにしてみせる。 二度にわたる戦いが余りにもあっけなく終わってしまっていたからリーンは知らなかったが、こういう戦い方こそ、ビリーがもっとも得意とするものであった。 後方を映すカメラがあるとは言っても、所詮動かすのが人間であれば"背後を突く"という先方は、モビルスーツなどというものが出現しても変わることはない。 もっともガンダムは周囲全てがモニターであるから、他の機体に比べ背後に対する視界というものは、格段の違いがあるのだが、逆に、モニターいっぱいに映るグフの姿は、リーンを激しく動揺させた。 そして、シャリフはその隙を見逃すような男ではなかった。 「ニュータイプなどと・・・そんなものがあるから戦いが始まる、そんなものがあるから戦いは終わらない。なにも、かも!!」 羽交い絞めにされたガンダムの腹部、そこにコクピットがあるということを知ってかしらずか、シャリフはそこに何発ものパンチを打ち込んだ。 明らかに、シャリフは苛立っていた。 人間であれば、腹部に渾身の一撃を食らえば、それは即、止めともなる。 もちろん、モビルスーツ同士の戦いにおいても、それは十分に有効だとはなりうるのだが、ガンダムの厚い装甲のおかげか、四発、五発と拳を打ち込んでも、ガンダムの動きを止めるまでにはまだ、至っていない。 が、彼を苛立たせているのはそんなことではなかった。 冷徹な男、ゆえに、常に沈着冷静でもある。 それが、クロスたちが見ていたシャリフという男であり、また、当の本人もそう認識していた。 実際、ビリーを焚き付けてガンダムをおびき寄せるまでは、自らガンダムと戦うまでは、確かにそうであった。 だが、明らかに今の彼は、平時の冷静さを失っていた。 そのことが、迫りつつある新たな影を、彼をして見落とさせた。 なぜ、こうも激昂するのか、その理由を彼自身、よく分かっている。 わかってはいるが、それを認められない、だから、苛立つのだ。 そして、 「ニュータイプだとかなんだとか、そんなわけのわからない事なんか僕は知らない!僕は、俺はレナを守りたいだけなんだ。」 コクピットを襲う衝撃の中、リーンは必死にそう叫び声を上げた。 それだけが、今のリーンにできることであった。 そのリーンの言葉はさらにシャリフを苛立たせる。 苛立ちの原因は、青臭いリーンの言葉そのものではない。 むしろ、シャリフ自身の心の中に、その原因はあった。 「俺は・・・!」 シャリフの叫びに呼応してか、渾身の力をこめ、ゾゴックはガンダムのコクピットを打ち抜こうとした。 だが、 次の瞬間、突如、その腕は轟音とともに砕け散る。 「なに!?」 突然のその状況に、シャリフ、リーン、ビリーの視線が、一点に注がれる。 「連邦のモビルスーツ、だと?」 「隊長、どうやら戦闘のようです。」 それは、デビットにとっても、少々予想外の出来事であった。 多少、行き当たりばったりの面があったことはもちろん否めない。 とりあえずモビルスーツで乗り込み、揺さぶりの一つをかけてみるか、程度の思惑しか、そのときのデビットにはなかったはずである。 もちろん揺さぶり、といっても直接市街地を攻撃するようなまねはしない。 ただ、それでジオンを刺激できれば、結果としてそれでガンダムを引っ張り出せるかもしれない、その程度の話であった。 だが、現実は、彼の想像の範疇を超えていた。 いや、この事態を予測で来たものなど、おそらく当のシャリフ以外にはいないであろう。 一機のモビルスーツをおびき寄せる為に、自らの占領地を破壊して回る、暴挙など。 だが、デビットもさすがに一流の軍人であった。 予想外の自体ではあるが、ひとまず、こうなるに至った経緯を考えることはやめ、目の前の事態に、対処することにしたのである。 彼にとっても、この事態はある意味、好機であるのだから。 そして案の定、ガンダムは、そこにいた。 グフと、謎の新型モビルスーツを、相手にして。 「なんだあの一つ目のバケモンは?」 冷静に考えればジオンのMSなどはすべて単眼であるのだが、確かに目の前にいる機体はそう形容するのに相応しかった。 「デビット隊長、どうしますか?」 幾分かの心配を含んだ声で、そうシェアラが尋ねた。 「あのガンダムには恩もあるからな、助けるぞ!!」 言うが早いか、デビットの愛機の左腕に装備されたガトリングガンが、火を噴いた。 そして、今まさにガンダムに止めをささんとした"一つ目のバケモノ"の右腕を粉砕してみせる。 それを合図に、サントスのジムの肩に備え付けられたキャノンが、ガンダムを羽交い絞めにしていたグフに向けて火を放つ。 砲弾がグフのシールドに当たり、グフは大きくバランスを崩す。 そして戒めを解かれたガンダムが、後方に大きく飛びのいたのを見て、デビットは愛機を突進させた。 「なんて戦い方だ。どこの小隊のものだ?」 ギブソンのジムからの援護を受けながら、ガンダムから引き離すかのようにゾゴックを誘いつつ、デビットはそうガンダムに向けて呼びかけた。 もちろん連邦の周波数に乗せて、であり、その通信が届かない可能性は、もちろん彼の考慮の中にもあった。 果たして、その声はリーンの元にも届いていた。 通信関係のセッティングにまで手が回らなかったからなのか、それとも他に要因があるのか、それは定かではなかったが。 「僕は、軍人じゃありません。」 その声に、リーンはそう答えを返す。 それはある意味、デビットにとっても予想された答えであった。 が、その奥に込められたリーンの想いまでは、さすがにデビットも見抜くことは出来なかった。 軍人、自分の欲望を満たすためだけに戦うような、そんな人間なんかじゃない、と。 それは、シャリフとの戦いの中で感じた、彼の一方的な想いである。 だが、もしその言葉を投げかけられて、デビットにはその言葉を果たして否定できただろうか? ジオンでも連邦でもない、それはデビットにも予想できたが、返ってきた声の若さには、多少驚かされた。 「子供、なのか?・・・それで、あの時も敵を撃退できたとはな・・・」 驚きつつもだが、そこで隙を見せることがないのは、さすがにデビットも軍人であった。 それを感じたのか、シャリフは反撃しようともせず、即座に撤退する道を選んだ。 数の不利もある。 それに、横を見ればビリーはキャノン砲をしょった連邦のモビルスーツを相手に、かなり苦戦を強いられてもいた。 「格闘戦はともかく、射撃戦は苦手、か。意外と使えんな。」 吐き捨てるかのようにそう言うと、ゾゴックは上りかけた太陽を横目に南へとその姿を消した。 そしてビリーのグフもまた、慌ててそれに続く。 「敵モビルスーツ、撤退しました。」 戦闘区域から二機のモビルスーツが完全に消えたことを確認すると、シェアラはそう言って一つ、息をついた。 「よし、我々も戻るか。ガンダムの坊主。おまえも一緒に来るんだ。」 穏やかではあるが、それは有無を言わせない口調であった。 そしてその声は、少なくとも先のジオンのパイロットよりは、はるかに信じられるように、リーンには感じられた。 だからだろうか、リーンは、おとなしくその言葉に従うことにした。 自分でも不思議なほど、素直に。 |