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新潟を脱出したデビットたちは、一路、日本海沿岸を伝って京都を目指していた。 松代は言うに及ばず、北もまだ三沢のジオンがにらみをきかせている。 関東はコロニー落しの余波からまだ、立ち直る気配もないとくれば、それは、必然的な選択ではあった。 もっとも、捨て置かれて堕落していた新潟と比べて、少なくとも組織としての体裁を整えている京都の極東連邦部隊が、果たして理由も聞かずにリーンをかくまってくれるのか、その事がデビットの頭を悩ませていた。 が、その彼の悩みは、二人の意外な男の来訪により、すぐに杞憂ととなる。 もっとも、そのうちの一人との"再会"は、リーンにとって幸福なものではなかったのだが・・・ −オクターブ・8番目のガンダム− 「話は既に聞いている、そのガンダムのことも、彼のことも、ね。」 月が変わって十二月もう十一日を迎えていた。 大きなトラブルもなく、ようやく京都にたどり着いたデビットは、そう言って右手を差し出してきた士官学校時代の同期生の顔を、驚きと共に見つめることしか出来なかった。 もっとも出迎えた彼、マット・ヒーリィにしても目標が既にデビットと共にあることは少々計算外のことであったのだが。 既にデビットが、ジャミトフとの決別を決意していたことを含めて。 もっともそれは、いい意味での誤算であったが。 コーウェンからの特命を受け一足早くこの京都に到着していた彼により、ガンダムと、そしてリーンを受け入れる体制が既に出来上がっていたのは、デビットよりもむしろ、リーン自身にとってありがたい話ではあった。 だが、その行きがけの駄賃とばかりにマットが拾い上げてきた一人の男が、その先のリーンたちの運命を決めることとなる。 「来る途中で一人のジオン側技術者がこちらに投降してきた。既に僕らも少し話を聞いたが・・・君たちも、特に君は・・・話を聞くべきだと思う。」 そう言ってマットはリーンのほうを見た。 それが、決してリーンにとって心穏やかな話ではないと、その目が確かに語っているようにリーンには思われた。 果たして、その想像は正しかった。 そしておそらく、マットは知っていたのだろう。 この男とリーンの、正確に言えばこの男とレナとの関係を。 「レナの・・・親父さん?」 そう目を丸くしたリーンに向かって、男は一瞥をくれただけで、すぐに視線を別のところへと見やった。 「まさかこんな形で、"オクターブ"と再会できるとは思わなかったが・・・」 そういう視線の先には、ガンダムがある。 「オクターブ?」 いぶかしむデビットの方にむきやると男はあくまで冷たい口調で、こう言い放つ。 「そうオクターブ、こいつは本来ガンダム八号機と呼ばれるはずだった、機体なのだからな。」 そして男は誰に聞かせるでもなく語り始める。 この機体の生い立ちを・・・それはあくまで技術者としての冷徹な視点だけであり、そこに微塵も動揺も何も見えない。 そう、"行方不明"であるはずの、娘に対する心配など、微塵も見えなかった。 レイジ・ムラサメ、それがこの男の名である。 実のところレナは、ムラサメの実の娘ではない。 そのことはリーンも知っていたし、義理の娘に対して、この男が余り愛情を注いでいなかったこともまた、薄々感づいてはいた。 それにしても、だ。 娘のことには一切触れず、どこか嬉々としてモビルスーツのことを語るこの男に、リーンは苛立たしさえ覚えた。 とはいえリーンとて場はわきまえている。 だからといっていきなりムラサメに向かって詰め寄るようなまねはしなかった。 おそらくは彼が、今のレナの居場所も、そして彼女が"ああなってしまった"その理由を、知っているのだろうと感じながらも、彼は口をはさまなかった。 ムラサメが、ある一言を発するまでは。 フェラリオ、Jガンダム、そしてオクターブ。 複数の名を持つこのガンダムは、その複数の名と同じだけ、複雑な生い立ちを背負っていた。 元々はデビットが調べ上げたように"単なる"次世代機のテストヘッド、しかもその失敗作でしかなかった。 だが、それが失敗作であると知りつつ、いや失敗作であったからこそ、利用しようとした者がいた。 時に、ニュータイプと呼ばれるものたちが、戦場にその姿をあらわしつつあった頃。 それすらも利用しようとしたものがいた。 後の世に良く知られる一年戦争屈指のニュータイプ、アムロ・レイ。 だが彼は、このときまだ、年端のいかぬ少年でしかない。 それを知りつつ、そんな少年を戦場に駆り立てることに心を痛めながらも、それでもそうせざるを得なかったレビル将軍らと、まったく対極に位置するものたちがいた。 その中には、ジャミトフ・ハイマンの名もあった。 EXAMという名のシステムがある。 ジオンの開発した、ニュータイプの動きを取り込み、同等の動きを可能とさせるシステムである。 クルスト・モーゼス博士の作り上げたこのシステムは、だが結果的には失敗作であった。 意図的なものであるのか、はたまた偶発的なものであったのかは今となって走る由もないがこのシステムは常に"暴走" という危険をはらんでいた。 絶大なる戦闘力と引き換えに、パイロットの命を要求する。 それをコントロールすることなど、誰にも出来ないように思われた。 しかし、ここに一つの転機が訪れる。 システムを開発するに当たって、そのデータを取得する為に、一人のニュータイプの少女‐マリオン・ウェルチ‐が 開発に参加していた。 彼女とクルスト博士の間に何があったのか、それは推し量ることも出来ないが、孤児であった彼女に対して、一時は父娘のように接していた時期もあった、とする話もある。 だがあるとき、彼女はその心を閉ざしてしまう、EXAMというシステムの、その中に。 何が彼女をそうさせたのか、それもまた、誰にも知りようもない。 が、結果として、それを契機にシステムは正常に作動するようになる。 あたかも、彼女がシステムの中から、暴走を押さえ込んだかのように。 そこまで聞いて、リーンは、いやデビットすら、一つのことに思い当たった。 もはやそれは確信である。 似ている、あまりに状況が似ていすぎるのである・・・クルスト博士とマリオンの関係と、ムラサメ博士と、レナの関係が・・・ ただ一つ、違ったとするのなら・・・ 「あなたは今の話を・・・いつ、知ったんです?」 思わずリーンはそう問いかけていた。 元をたどれば、ジオンで同じような研究をしていた者たちである。 おそらくは、同じ研究機関に属していたとも思われる。 そうであるならば、初めからムラサメはこれらの事実を知っていたのではないか。 そして知った上で・・・ 「奴は、自分の研究成果を我々に秘匿したまま、連邦に亡命しおった。」 その言葉に、一瞬リーンは救われた思いがした。 マリオン・ウェルチの件が不幸な事故であったように、レナもまた、同じように"不幸な事故"であったならばそこに多少なりとも救いがあるような、そんな気がしたからである。 しかし。 「だが、オデッサにいたわしのところに奴の助手であったローレンという男がやってきた。そこのガンダムと、オクターブの設計図と、そして、EXAMの概要を手土産に、な。」 「なん・・・だと?」 その言葉に思わずデビットが激昂する。 そしてリーンは、言葉を失った。 ガンダムと、システムと、その全てが同じタイミングでムラサメ博士の手に渡った・・・その意味するところは、つまり偶然の産物であったクルスト博士の研究を、この男は意図的に実現しようとした、ということを意味していた。 義理とはいえ、自分の娘を、使って。 そして、それを画策した本当の黒幕は、連邦の中にいる・・・いやおそらく、ジャミトフ・ハイマンが深く関わっていいると断定して間違いない。 デビットはそう、確信していた。 「それであんたは、システムに使った女の子を・・・自分の娘を・・・」 ムラサメは一言もレナのことには触れていない、だが、リーンとデビットにとって、それはもはや憶測ではなく、動かしがたい"事実"であった。 そしてそれを、ムラサメも否定しない。 「なに、心配には及ばんよ。松代の連中のことだ、殺しはしまいて。」 「あんた・・・何を言って・・・」 「研究には不必要な"抜け殻"とはいえ、死なれては研究を続けることも出来なくなるからな・・・」 その言葉には、娘に対する愛情などは、微塵もない。 その言葉に、デビットに任せ黙り込んでいたリーンが、重い口を開く。 「あんたは・・・あんたは自分の娘を見捨てて来たってのか・・・」 「あんなもの、娘などとは思っていない。単なる実験材料にしか過ぎん。だいたいあんな、ザビ家の血を引く娘など・・・」 後にマリオンという少女の心は、EXAMシステムがこの世からその存在を消すとき、解き放たれることとなる。 レナが、同じ道をたどることができるのか、それはまだ、誰も知らない。 |