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ムラサメの言葉の中に一つだけ真実が、そしてリーンを安心させることがあったとするなら、彼女の身柄が松代にある、ということだったかもしれない。 もちろんこの先松代とて連邦の反撃に晒されることもないとは言い切れない。 彼女の身柄を助け出すことがリーンにとって最優先事項となったことは事実ではあったが、それでも"あのおっさん"のいる松代であったというのは、せめてもの救いであっただろう。 そしてさらには"あのおっさん"、つまりクロス中佐は既にレナの存在を知っていた。 いやそれだけではない。 そもそもクロスとて、ドズル・ザビの腹心といってもよい男である。 それ相応にザビ家に近い位置にある男であれば、"サスロ・ザビの忘れ形見"である少女の顔を知らないということなど、あるはずもなかった。 そう、リーンとともにレナが、松代にいた、あの頃から。 もっとも、リーンも、そしてクロスもムラサメすらも知らぬ危機も、密かにレナの身に迫りつつあったのだが。 光と影 「どうして・・・どうしてそんなことをするの?もうやめて!」 「これが成功すれば、人類は新たな局面を迎えることができるのだ、なぜそれがわからん。」 落ち着いている、というよりも冷酷とでも言うべき声で、ムラサメは"娘"の方を向き直った。 時に十月の二十八日、オデッサ作戦のわずか一週間ほど前のことである。 今、レナの目の前で行われていること、それは彼女にとっては常軌を逸したものであった。 ザビ家の血を引いている、といわれても父であるサスロが暗殺という形でこの世を去ったのは彼女がまだ四歳の頃のことであり、その境遇ゆえに、その身の安全のために地球に降りた彼女にしてみれば、そんな実感などは沸いては来ない。 物心着く頃には既に父も母もなく、研究に明け暮れる養父にも構ってもらえず、ただ幼なじみであるリーンにのみ頼りきりの、そんな幼年期を過ごした少女にしてみれば、自分に愛情を注いでくれる少年との平穏な生活が望みであって、ザビ家のことも戦争のことも想像の範疇の外のことでしかない。 だから戦争や兵器というもの自体が理解しがたいものである彼女にしてみれば、確かに彼女の養父がいまやろうとしていることは、極めて異常なこと、に他ならないのだ。 "人間の側を兵器に合わせる"研究などは。 RX-78Xフェラリオ、あるいは"ガンダム"と呼ばれる白い巨人が、彼女の目の前にあった。 連邦軍から奪ってきたこの機体は、とても常人には扱えないものだと、レナも小耳に挟んでいた。 その機体に今、おそらくレナとそう歳の変わらぬ少年が、座している。 名前ではなくただ"ゼロ"と番号で呼ばれる少年の目には、既に生気、あるいは正気というものは感じられない。 その少年こそが、養父ムラサメ博士の"研究の成果"なのだ。 そんな様子は確かに、レナにとって異常以外のなにものでもない。 が、ムラサメにすれば、元々レナに理解してもらうとなどとは思ってもいない。 真に彼女が自分の娘なら、その言葉に幾ばくか心を動かされることもあったのかも知れない。 だが、所詮レナは、"あの男の"子でしかない。 ザビ家の次男という地位にありながら、ジオン・ダイクンの考えに賛同を示し、それゆえに身内に消された男。 ザビ家の人間として相応の胆力を持ちながら、だが己の持つ甘さゆえに、その命を落とした男。 もっともムラサメにとってすれば、そんなことはどうでもいいことである。 思想だの、政治だのという話ではない。 もっと世俗的な意味合い‐自らの助手であり、密かな想いを寄せていた女性がレナの実の母、ミオであった‐という事実だけが、彼にとっては重要なのである。 あげくひそやかな下心もあって母子を引き取ってみたはいいが、心労からミオがこの世を去ってしまえば娘などといってももはや彼にとっては何のかんがいも抱かせることはない。 ミオがこの世を去ったあの日に流れていた、ジオン公国の建国宣言と同じくらいに、彼にとっては忌まわしいものでしかないのかもしれない。 レナに対してと同じぐらいに、ザビ家やジオンに対する憎悪もあれば、彼の言うこと自体も、空虚である。 ジオンが唱え、レナの父サスロが信じた人の革新、あるいは彼の上司であるフラナガンが言う宇宙という環境に適した人類。 本心では、彼はそんなものを信じてなどいない。 ダイクン派の夫を持つと同時に、ミオとも親交のあったリーンの母を頼って地球に降りて来たのは、戦火を逃れると同時に、フラナガンに疎まれたという側面もある。 憎悪に駆られ、辺境に追いやられた彼にしてみれば、信じてなどいなくとも生き残る為にはそれにこだわる必要もあった。 そしてそれを、レナもまた、感じ取ってもいた。 「ニュータイプなんて、ただの幻想だって・・・どうしてそれがわからないの?」 お互いの言葉の空虚さは、よくわかっているのだが、それでもそういわざるを得ないのは、レナが、それしか語る言葉持たない、持てないからなのかもしれない。 ニュータイプが幻想であると、それを一番わかっているのは、父であろう。 もとより、人の革新だとか、ニュータイプだとかを信じているわけでもない。 ニュータイプがあって、そこから生まれたサイコミュシステムではなく、サイコミュがあって、それを動かせる人間を欲しているだけなのだ。 父が必要としているのは自分がのし上がっていくための道具でしかない。 いや、それさえも違う、結局は最後まで自分に振り向かなかった母への、亡き父への、そして自分自身へのあてつけでしかないのかもしれない。 それを分かってはいても、それを口にするということは、何より自分自身が置かれている境遇と面と向かって対峙する、ということであって、十五歳になったばかりの少女にとっては、それは辛いことであろう。 だから、こういう言い方で父を諌めるしか彼女にはやりようがないのだ。 「ニュータイプなんてお父さんが考えてるような超人類なんかじゃない。宇宙って言う環境に適応しただけ…ううん、そうですらない…きっと、元々人が持っていた力…文明だけが発達して、利便さの変わりに人が失った力でしかないのよ。」 「失った…だと?人類は何も失ってなどいない!科学の進歩は、常に新しいものを人に与えつづけてきた!」 必死に紡いだそのレナの言葉に、ムラサメは以外に激しい反応を見せた。 ニュータイプを信じていなくとも、亡きミオたちへのあてつけだとしても、それでもムラサメはまだ、科学者であり、科学者としての誇りを持ち合わせていた。 だからこその"人工ニュータイプ"でもある。 「お前なんかに、何がわかる!?」 「わかるわ・・・他人と心を通わせることができるのが、想いを伝えることができるのがニュータイプだっていうなら、私だって、立派なニュータイプよ・・・」 自分を愛するどころか憎悪さえ向ける父の心、自分を包んでくれるリーンの優しさ。 そう言った人の機微が、確かにレナはよくわかる少女であった。 それはただ単に、他人を思いやる気持ちがあるがゆえに、人の気持ちがわかるという、ただそれだけのことなのだが、満たされすぎた物質文明の中にあって、他人の心が見えない、思いやれなくなった人々から見れば、確かにそれはニュータイプ的な力と見えることもあるかもしれない。 その程度ものだと、そうレナは言いたかった。 「なん・・・だと?」 だがムラサメもまた"他人の心が見えない、思いやれなくなった"人々の一人でしかなかった。 そんなムラサメにしてみれば、時に人の心の奥を見透かすかのような、"娘"のその瞳は、確かにニュータイプのものであったかもしれない。 そういう意味では、彼は確かに、"オールドタイプ"なのかも知れなかった。 悪いタイミングというのは重なるものだ。 時を同じくして、被験体が実験に耐えうることが出来なくなり"廃棄"され、そしてEXAMの情報がムラサメの元に届けられた。 信じてはいなくとも、科学者としての興味は、確かにそこにあった。 そしてそんな彼の眼には、レナはもはや"貴重なサンプル"程度にしか映っていなかった。 助手のナミカーらの制止を振り切り研究を強行したその先に待っていたものは、マリオン・ウェルチと同様システム内に精神を封じた、レナの末路だけであった。 その意味では確かに、レナはニュータイプだったのかも知れない。 あるいは・・・ 「話は、分かったがね・・・」 丁度人間ほどの大きさのカプセルを前にして、クロスはシュリーアのほうを向き直った。 松代基地の程近く、皆上山の麓にある、ムラサメ研究所の一室に、今二人は立っている。 「あのガンダムと、ニュータイプと、か・・・」 十月の終わりに件のガンダムと、そしてあやしげなシステムとともにオデッサからこの松代にやってきた男、ムラサメ博士にクロスは当初から胡散臭いものを感じていた。 そんな男に研究所まで用意する、本国のやりようにも納得がいかない。 そしてそれで犠牲になるのが、年端も行かない少女だというのが、クロスにとってもっとも癇に障ることでもあった。 挙句に戦況が不利と見るや、データだけを持ち、ムラサメは連邦に投降する。 娘を、ここに置き去りにして、だ。 「ニュータイプ・・・ほんとにこんな少女が・・・」 自ら調べ上げたこととはいえ、いまだ信じられない表情でシュリーアはカプセルに収められたレナを見上げた。 「・・・案外、この子の言うことが真実なのかも知れんな。ニュータイプなんて、元々そんなもん、人間が元々あるべき姿で、俺達の方が何かをなくしてしまった・・・。」 ため息をつきつつ、二人は同じことをその胸に秘める。 この少女は、守り通さなければならない。 サスロの娘だから、ではない。 例えそうでなかったとしても、罪もない少女を戦いに巻き込むことなどは、クロスにとって許せるものではなかった。 ジオンの敗北が避けがたいものであることは、もはや彼らも認めざるをえない状況であったが、仮にそうであったとしても、この少女を連邦の手に渡してはならないとも思える。 連邦内のなにものかが、この件に絡んでいるという、その影を今の話の中に見出せれば、それは当然の結論でもある。 もちろんそれは、極めて困難なことでもあった。 だが、希望もある。 あのガンダムである。 考えてみればあのガンダムの奇妙な行動は、この少女があってのことなのかもしれなかった。 パイロットを拒絶したシステム、それはシステムではなく、この少女がパイロットを拒否した、この少女が心を閉ざしたからである。 だが現実として、彼女の支配下にあるはずのあのガンダムは、彼らの目の前で動き、戦って見せた。 それが意味するところ、それは今ガンダムに乗っているであろう人物が、彼女の心を開かせたということに他ならない。 「まさか・・・あの坊主、か?」 おぼろげな記憶の中に、クロスは一人の少年の顔を思い浮かべる。 にわかには信じがたい、だが、もっとも説明がつく答えでもある。 そしてもしそうであるなら、少年の元に彼女を返す、それが、今考えうる最良の策であるようにも思える。 「でもガンダムは今、連邦の手にあります。」 おそらくは、パイロットも。 不安げにそう漏らしたシュリーアに向かって、 「新潟で、シャリフがなんかやらかしたらしいじゃないか。」 どこで仕入れてきたのか、クロスがそんな情報を語った。 「そして連邦の特務部隊の連中が、あのガンダムをシャリフから逃がしたらしい。」 「?」 クロスの意図を測りかねるシュリーア。 「我々の想像が正しいとするなら、ガンダムに乗っているのはこの子の彼氏、んでもって"あの坊主"にしかガンダムは動かせない。そして、ガンダムはまだ、動いている。」 ニカッと白い歯を見せると。 「連邦にも、話せるやつがいそうだ、ってことさ。」 だが、クロスもまだ気付いてはいない。 そんなクロスたちを見つめる一つの視線があったことを。 「サスロ・ザビの娘、か。これは面白い。父娘そろってこの俺が成り上がるのに役立ってくれるのだからな。」 ふと一息つくと、声の主はこう呟いた。 「ニュータイプ・・・か。」 憎悪と、だがそれだけではない、何か別の感情が、そこには込められていた。 それは・・・ |