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リーンたちが京都へと辿り着いた頃、戦局は既に大きな転換期を迎えつつあった。 シャリフたちの襲撃により新潟を陥落せしめはしたものの、元々戦略的に重要な拠点ではない。 むしろ、北京、マドラスが陥落し、ジオンの主力が徐々に東南アジアからオーストラリアの方に追いやられていった結果、日本駐留のジオン軍は取り残されたような形となり、そしてその包囲も徐々に狭められつつあった。 シャリフが思うほどに松代の面々とて無能ではない。 彼のいわば暴走を諌める事もしなかったのは、別に彼に敬意、あるいは畏怖を感じてではなく、迫りつつある現状に対処することで精一杯になりつつあったためでもある。 中部日本を支配下におき、西日本へその侵攻の足を向ける、己にとってあまりに都合の良すぎる戦略を立ててみたシャリフでも、それがわかるほどに現状は困難になりつつあった。 十二月十日、三沢が連邦の手に落ちたためである。 憎しみの旋律 松代と並ぶ日本のジオンの二大拠点、とはいってみても戦略的にさして価値がない極東の島国のことである。 配備されている部隊もたかが知れてはいた。 それでももはや大戦も末期であるこの時期まで何とか持ちこたえてきたのは、ただ単に連邦の目が北京、あるいは台湾や香港に向いていたためでしかない。 関東、東海、近畿に配備されていた部隊のほとんどが壊滅した連邦にとって、わずかに残った京都の戦力と北九州の戦力だけでは、現状を維持するのがやっとであって、ようは、互いに攻め込めるだけの体力がないことで、バランスを取り合っていたに過ぎないのである。 とはいえ、所詮実験部隊に過ぎない松代よりは、三沢の部隊はまだ真っ当であったわけで、その三沢が落ちたとなれば、先行きは推して知るべし、であろう。 そんな状況は当然、ジオン、連邦双方ともに理解していることであり、リーンたちが京都に辿り着いた頃には松代に対して幾度かの降伏勧告さえ為された後であった。 元々京都には文化遺産が、松代には旧世紀からの実験施設があれば、出来うるなら戦闘は極力避けたいという思いもある。 あるいは旧世紀から脈々と受け継がれる、ともすれば平和ボケとすら言える、この地方、島国ゆえに培われた思考も影響したのかもしれない。 が、そんな風潮と、真っ向から対立している一派の姿も、またあった。 多少なりともクロスのような人物の人となりを知っていれば、無益な戦いはしないだろうという思いもリーンにはあるのだが、かの一つ目のモビルスーツや例のグフのパイロットのような存在もあれば、安穏とは出来ないという思いもある。 それでもかのパイロット、シャリフとレナがつながるとなどとは、さすがにリーンも夢にも思ってはいない。 それは幸福であったのか、それとも不幸とであったのか・・・ まるでリーンの危惧を具現化したかのように、クロスは思い悩んでいた。 無益な戦いなどはしたくはない、しかし、彼もまた、リーン同様、いやリーン以上に安穏とはしていられなかった。 シャリフやビリーを糾弾している余裕もない理由が、そこにはある。 降伏か、徹底抗戦か、それをクロス自身決めかねていた。 そんな心情など知らず、当然のようにシャリフたちは徹底抗戦を唱えている。 それに反発し、降伏を声高に叫ぶか、といえば、事はそう単純ではない。 もしそうであれば、むしろシャリフやビリーの糾弾と合わせ、独断専行をとがめたて、抗戦派を押さえ込むという手もあり、それはそれで、ある意味すべてのことにかたがつく。 後にして思えば、このときその決断が出来ていれば、この後のことはなかったに違いない。 しかし、しかしである。 彼とて、ジオンの軍人であるのだ。 無益で無意味な戦いなど、もちろん彼の望むところではないのだが、宇宙ではまだ、敬愛するドズルもその身を削って戦ってもいる。 その状況でおめおめと降伏するわけには行かない。 それが軍人として、というより武人として、の彼の覚悟でもあった。 だが事態は、思わぬところから別の動きを見せ始めた。 「あなたは!?」 それは十二月十五日の早朝のことであった。 さすがにこの状況にあっては、松代の面々も安穏とばかりはしておらず、松代周辺は厳重な警戒態勢が敷かれ、エティシアもシュリーアとともにパトロールに駆り出されていた。 肌寒い冬の夜明け前の空気のせいか、それともまがいなりにも幾度かの実戦を経験したせいか、その表情は幾分、引き締まって見えた。 そんな横顔を、どこか頼もしく、同時に一抹の寂しさのようなものも感じながらシュリーアが見つめていたときである。 彼女たちの前に、あまりに意外な人物が、その姿をあらわしたのは。 それはおそらく、僥倖であったのだろう。 この場であった、双方の者たちにとって・・・ 「戦うのか、そうでないかは、僕にとやかく言える問題ではないと思っています。」 シュリーアたちが出会ったもの、それは密かに松代に潜入を企てていた、リーンたちであった。 リーンやデビットともに、そこにシェアラの姿があったことは、そして出会ったのがシュリーアであったことは、互いにとってこれ以上なく幸福なことであったろう。 敵とはいえ、長野駅でのあの一件、どこか互いにとってほほえましさも残ったあの邂逅があれば、信頼に近い、何か通ずるものが二人の間には生まれていたのかもしれない。 少なくともシュリーアにとっては、どこか間の抜けたこの連邦の女性仕官のほうが、シャリフなどよりはよほど信頼できるものに思えた。 そして彼女は、リーンたちを迷わず、クロスの元に案内した。 「もうまもなくドンパチがはじまろうって時に、敵である俺たちをわざわざ招きいれてくれるっとは、どうかとは思うけどね。」 そんなデビットの軽口にも、だがシュリーアは気を悪くする様子も見せない。 そんな彼女の仕種、そして案内された薄暗い一室で待っていた一人の男に、デビットはすべてを理解した。 「覚悟は出来てるってわけだ、いろんな意味での、な・・・」 「そう・・・だな。もっとも、肝心の戦う覚悟だけは、まだ出来ていないんだがな。」 そういって苦笑いを浮かべたクロスを、デビットは信じられると直感した。 「戦うな、とは言いません。」 そのクロスの言葉に、リーンがそう返した。 「でも、関係ない人を・・・僕の、母や友人たちを・・・何より、僕の一番大切な人を、戦いに巻き込まないでほしい・・・わがままだって言うのは、わかっていますけど・・・」 遠慮がちにそういいながら、だが、その目はしっかりとクロスを見据えていた。 それほどよく知っていたわけではない、だが、この少年が、これほど強かったとは、クロスも予想だにしていなかった。 幾度かの戦いで、彼も鍛えられたのだろうか・・・いや違う、これはおそらく、彼なもとから持っていた、強さなのだろう。 だからこそ、目の前にいるこの連邦の士官も協力する気になった、ふとクロスはそう考えた。 そしてその憶測は、正しい。 自分の周りの者たちだけでも守りたい・・・それは、ともすると偽善とも取れなくもない。 自分たちさえよければ、後はどうでもいいのか、そう責めるものもいるかもしれない。 けれどしかし、それは純粋で、強い想いでもある。 自分にとって大切な人を守りたいという願い、それを、否定することもまた、出来るものではない。 そしてそれを、誤解を恐れずに口にし、実行できるものは、やはり強いのだろうと思う。 所詮人は、己の知ることしか知らない。 己に出来ることしか出来ない。 その上で、自分の出来ること、自分の願うこと。 それを今口にしているのが、目の前にいる少年なのだと、クロスは知った。 「そうだな・・・確かに坊主・・・いや、君の、言うとおりだ・・・」 わざわざ言い直したことが、クロスなりの最大の敬意などだと、リーンもまた悟る。 「民間人には危害は加えさせんよ。そのための時間ぐらいは・・・くれるな?」 そういって、クロスはリーンの後ろにいるデビットとシェアラに、微笑みかけた。 「リーン、いったい今までどこに・・・」 母の元に戻ったリーンを出迎えたのは、ミサキのそんな一言だった。 しかし当の母は、まるでわかっていたかのように、そんなリーンを出迎える。 そんなシノブの態度に、リーンもミサキも、戸惑いを見せながらも、続くシノブの言葉を待った。 「いろいろと、知ったみたいね。レナちゃんのこととも・・・。」 それは、すべてを知っているかのような口調であった。 考えてみれば、元より母はレナの母とも旧知であったのだ。 加えて夫、つまりリーンの父は、ダイクン派の人間でもあった。 それ故にザビ家によるダイクン派の粛清の末に命を落とし、だから、リーンたちが地球に移り住まなければならなかった、ということはリーンも知ってはいた。 もしかするとサスロ・ザビともつながりがあったのかもしれない。 しかも、だ。 元々サイド3の良家の娘であったレナの母、ミオと違い、シノブはサイド3の出身ですらない。 それどころか、シノブの父は・・・ 「連邦の方も一緒、ということはコーウェンのおじ様がちゃんと手を回してくれたようね。」 不意に、シノブはリーンの後ろにいたシェアラにそう微笑みかける。 「コーウェン・・・って・・・コーウェン准将とお知り合い・・・なのですか?」 その言葉にシェアラが、そして准将、というその肩書きにリーンとミサキが驚きの表情を見せる。 「今は亡き父の、古い友人なのよ。」 それでシェアラは、シノブという女性を悟った。 コーウェンの友人、ということは、いずれ連邦政府か連邦軍なりのそれなりの人間であったのだろう。 そんな生まれの"ご令嬢"がサイド3でダイクン派の人間の元にいる・・・つまりそういう、行動的、というべきか、あるいはじゃじゃ馬とでも言うべきか、そういう女性だったのだろう、と。 いや、過去形で言うのも、もしかすると失礼なのかもしれない。 「私のことは心配しないで、リーン。あなたの足手まといにはならないつもりよ。ちゃんと、ミサキちゃんたちと一緒に避難するから。」 状況がよく飲み込めていない息子を尻目に、シノブはさらに続ける。 「あなたは、あなたのなすべきことを・・・」 不意に、悲しげな目でミサキを見やり。 「レナちゃんを、助けに行きなさい。それが、今のあなたが一番にしなければならないことよ。」 「う、うん。」 その視線の意味に気づくこともなく、それでも、リーンは母にそう答えた。 そんなリーンを、やはり寂しげな目で、ミサキが見つめる。 「レナちゃんだけじゃないわ。あなただって、ニュータイプなんだから・・・きっと、ね。」 「強い人ね、あなたのお母さん。」 "段取り"を済ませたデビットと合流すると、リーンたちはレナのいる、皆上山へと向かう。 ハンドルを握りながら、シェアラはそうリーンに話し掛けた。 「はあ。」 どこか気の抜けたような返事を返すリーン。 無理もない。 レナと母を助けるため、勇んで戻ってきてみれば、何のことはない、当の母のほうが、よく状況を把握していた。 ジオン公国から地球へと逃れ、女で一つでリーンを・・・ある意味リーンとレナの二人を育ててくれた母である。 強い母である、とは思ってはいたものの、先に見せた"強さ"は予想していた"強さ"とはまた違うものであった。 別にそれにショックを受けた、というわけではないのだろう。 ただ少し、まだリーンは気持ちの整理がついていないだけであった。 が、母の最後の言葉を思い出し、リーンは平静に戻ろうと努める。 母の心配がなくなったのなら尚更、今リーンが為さなければならないことは一つだけ、そう、一つだけなのだから。 そんなリーンの決意をよそに、それがシェアラなりの配慮だったのか、それとも単なるおせっかいだったのか、 「それにしてもリーンくん、もてるのね。」 「え?」 唐突なその言葉に、リーンは目を丸くして聞き返す。 「ほら、あのお母さんと一緒にいた・・・」 言いかけてシェアラの言葉が止まる。 「察知されたか?だが、なぜ?」 そんなデビットの言葉を待つまでもなく、シェアラは強引にハンドルを切り返した。 が、それは一瞬遅く、方向を変えると同時に銃弾が彼らの車に浴びせられた。 待ち伏せである。 "はめられた"という風にはデビットもシェアラも、そしてリーンも考えはしなかった。 少なくともクロスやシュリーアが、こういうことをするようには思えなかったし、事実、それは正しい。 独断専行を行っている一派の存在は、もはや確信が持てていたし、そうであれば"敵"も決して一枚岩でないことはわかる。 クロスたちが協力してくれている、とはいってもだからといって敵地に潜入している、という現状に対して、一切の危険が取り払われているわけではない。 それはもちろんわかっていたし、油断していたわけでもないのだが、クロスたちとの幸運すぎる邂逅で、考えが甘くなっていた面は否めなかったかもしれない。 「読まれていた、か。」 「となると・・・長居は出来ませんか、ね。」 舌打ちをしながらそう交わされるデビットとシェアラの会話を、リーンはただ、歯噛みする思いでただ聞くのみであった。 幸いなことにクロスの段取りの方はうまく行ったらしく、母やミサキ、友人たちと再び合流したリーンたちは松代を無事に脱出することだけは出来た。 レナのことは大事である、といっても連邦の総攻撃が迫る今、ここに長居をすることが出来ない以上、今の彼らにはそれしか道はなかった。 あとは、クロスたちを信じるしかない。 「だが・・・」 いつに泣く不安な表情で、デビットが重い口を開く。 「動きが読まれていた・・・俺たちの目的が皆上山にあるって事を知っていたって事は・・・あそこに何があるか、奴も知っている、って事になるな・・・」 それはリーンも抱えている不安であった。 そして彼らはまだ、シャリフという男のことを知らない。 得体の知れなさが、更に不安を増徴させる。 もっとも、シャリフの正体と、その真意を知っていたとしても、その不安に変わりはないのだが。 いやむしろ、その不安は更に増していたかもしれない。 レナにまつわる真実をシャリフもまた知っていると、そう知ったなら・・・ シャリフがリーンたちの潜入に気付いたのは、皆上山のレナの身に異変が起きたからであった。 異変、といってもレナにつながれた計測機器に、過剰な反応が出ただけ、であるのだが、真相を知るシャリフにしてみれば、それがなんであるか、容易に想像はついた。 それがニュータイプというものの持つ力、拡大した認識力、他者との意識の共有、つまり、求める心なのだということを、悲しいことにシャリフは知っていた。 もっとも、知りはしても、今のシャリフにとって、それは決して受け入れられないことでもあったのだが。 民間人の避難は順調に進んではいた。 誤算があったとすれば、皆上山をシャリフ一派に制圧されたことである。 それは、致命的な誤算でもあった。 もちろん、今はまだ、シャリフたちも表立って"敵"となったわけではない。 徹底抗戦を唱える一派を纏め上げ、皆上山の研究施設を仮の拠点と定めただけのことで、もちろん、それを反乱行為と断ずることも出来なくもないのだが、連邦の攻撃が目の前に迫っている以上、むやみに敵を増やすことは得策ではなかった。 結局容認するしかないのである。 もっとも、容認してしまえば結局は味方である以上、皆上山にシュリーアたちが出入りすることも自由になるわけで、とりあえずのレナの身の安全も図れるし、皆上山で起きたことを容易に知ることも出来るという側面もあるのだが。 レナの身に起きた"異変"は、つまりクロスの想像が正しかったことの証明でもあるのだが、それが、当のリーンを近づけさせない原因となったのだから、皮肉な話ではある。 そしてシャリフがレナの存在を知ってしまったこと、そしてシャリフが果たして、"どこまで知っている"のか、デビットたち同様、クロスもまた、そこに言い様の知れない不安を覚えていた。 そして更に、この事実はクロスにとって更に大きな懸案を生むことともなる。 レナを無事リーンの手に届けるまでは、連邦の手に落ちるわけには行かなくなった、ということである。 もちろん戦う以上、いかにあの連邦の士官と、想いを同じくできる面があったからといって、手を抜こう、などと思っていたわけではない。 が、戦局もかんがみるなら、ことさらに無理をするつもりもなかった。 しかし、戦わなければならない理由が生まれてしまった。 一人の少女を守るために、その少女を取り返そうとする、その少女が戻るべき場所である少年と戦わなければならないという、矛盾をはらんだ理由。 それを知りつつも、クロスは決意しなければならなかった。 そのクロスの決意は、不幸の始まりであったかもしれない。 だがそれは、果たして誰にとっての不幸なのであろうか・・・ |