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十一月十五日。 ガンダムがその姿を消して、早くも半月もの時間が過ぎようとしてた。 だが、連邦もジオンも、いまだその痕跡すら、つかめずにいた。 不気味なくらい、平穏な時が流れている。 それが嵐の前の静けさであると、誰も気付く者はいない。 いや、正確には一人だけいた。 そう、リーンである。 あの日以降リーンは、表向きは普段と変わらぬ表情で、学校に顔を出していた。 ただ、時折窓の外を見つめ物思いにふけるような姿を見れば、周りの者が彼の異変に気付くのにさほどの時間はかからなかったが。 しかし、 「レナちゃんがおらへんと寂しいやろ。」 友人の一人がそうリーンに耳打ちする。 友人たちはそのリーンの妙な態度が、なかなか戻ってこないレナにあると、そう感じていた。 「まあね。」 その勘違いは、リーンには正直、少々ありがたかった。 無論、レナのことも気にかかっていなかったわけではないのだが、それよりも、あのモビルスーツのことの方が、リーンの中では大きかった。 モビルスーツそのもののこと、そして、その存在がもたらすであろう、影響のことが。 そこにレナのことも関わってくることを考えるなら、結局レナのことで思い悩んでいるというのもあながち間違いではないのだが。 そんな内心を誤魔化すかように、リーンは友人に気のない返事を返した。 「・・・。そうやろそうやろ、寂しいんやろなあ・・・夜は特に。」 そんなリーンの態度が面白くなかったのか、友人が追い討ちを欠ける。 「な!?」 その言葉の意味を悟り、さすがにリーンも何か言おうとしたが、そのリーンよりも一瞬早く、誰かがその友人の耳を引っ張った。 「スズハラ!なに朝っぱからから馬鹿なこと言ってんの!大体あんた今日当番でしょ!」 「い、いいんちょ、痛いがな、」 なんだかどこかで見たことあるような光景が、リーンの目の前で繰り広げられる。 「ほんと、毎日毎日飽きないわよね、あの二人も。」 そういって笑みを浮かべるのは、リーンの隣の関にいる少女、ミサキである。 いつもと同じ光景…だが、その言葉に、リーンの心にのしかかってくる、何かがあった。 いつもどおりの生活、それは、果たしていつまで続けることが出来るのだろうか? 日常が壊れていくその兆候、それは、確かにリーンの目の前に、あった。 −白い勇者− 「ぜんぜんみつからねえなあ・・・」 「大体さ、どんな機体かもわからないのに、探せって言うのは無茶だと思うんだよな。」 二人の青年が、そう文句を言いながら蕎麦をすすっていた。 リーンたちの学校の程近く、善光寺付近の一軒の蕎麦屋での一シーンである。 コロニー落としやジオンの侵攻作戦の傷跡も比較的少ないこの地域は、旧世紀からのたたずまいをほぼ残していた。 旧長野駅に至っては戦争がはじまるまでは普通に使われていた駅舎も線路もそのままである。 もちろんその上を走る列車の姿は、もう今は見られないのだが。 蕎麦をすする二人の青年は、サントス伍長と、ギブソン伍長という。 その階級が示すとおり、軍属であった。 ただし、この地に駐留しているジオン軍ではなく、連邦軍の、であるが。 彼らの所属は連邦地球軍、第十三独立特務小隊。 あのデビット少尉の、部下であった。 二人ともどこかまだあどけなさを残す顔立ちであり、言われなければ、彼らが連邦のパイロットであることなど、わからないかもしれない。 そして当の本人たちもまた、あまり軍人としての自覚が、なかった。 実戦の経験がないわけではない。 モビルスーツ"ジム"を駆り、赫々たる戦果もあげている。 もっとも、それはあくまで彼らの主観でしかなかったのだが。 実戦経験といっても配属されていきなり駆り出された輸送機の撃墜任務でしかないし、その任務とて、輸送機に致命的と思われる損害を与えはしたものの、結局撃墜を確認するまでにはいたっていない。 今彼らが探している機体は、その輸送機の積荷であったわけだから、その意味では、彼らがこの任務に借り出されるのは当然とも言えるのだが、彼らにはその自覚もなかった。 「はいはいはい、文句いわないの。」 そんな二人を、一人の女性がたしなめる。 シェアラ・リスニント曹長。 彼女もまた、連邦軍のパイロットである。 が、実のところ彼女は十三小隊の人員ではない。 「…だいたい、何で曹長までくっついてきたんだ?これはうちの小隊の任務だろ?」 「暇だったんだろ、あそこの基地じゃやることもなさそうだもんな。それとあとはうちの隊長に…ってとこじゃん?」 「なにか言った?」 小声でささやきあったつもりであったが、しっかりとそのささやきはシェアラの耳に入っていた。 「い、いえ、」 「な、何でもありません!」 二人の方をに睨みつけたシェアラではあったが、実際のところ、その二人の言葉が正しいことは、他ならぬシェアラ自身がよく知っている。 階級だけではなく、実戦の経験という意味でも、このひよっこ二人に比べれば上手のシェアラではあったが、彼女を取り巻く状況は、しばらく彼女を実戦から遠ざけていた。 彼女の所属は日本海に面した新潟にある連邦の基地である。 と言っても、本来はこの極東地区でも重要ポイントとなるはずであった"東京"守備隊の所属であったのだが、コロニー落としの余波で東京を含めた太平洋沿岸の拠点が軒並み壊滅、防衛戦どころか戦う前に避難するのに精一杯のありさまで、何とか新潟まで逃れて、そのままそこに留め置きになっている、と言うのが正しいのだが。 そんな状態であるから、ジオンの地球侵攻作戦に満足に抵抗することもままならず、ほとんど何もしないまま東日本はジオンの手に落ちた。 しかも、ジオン側にしても東日本を制圧はしたものの、本来重要ポイントとなるはずだった拠点が壊滅したこともあって、既にこの地方に対する重要度と言うのはさほど高いものではなくなっていた。 そもそも旧世紀より経済と重工業で成り立っていた地域であり、資源があるわけでも地理的重要度があるわけでもない。 旧世紀であればアジアへの橋頭堡と言う見方もあったろうが、宇宙世紀の今であれば、そんなものにさしたる意味はないのである。 まあ中部地方あたりに残った旧世紀からの研究施設ぐらいは、相応の利用価値はあったのだが。 だから、ジオンはそこに実験部隊だけを配備し、比較的余力を残していた西日本の連邦軍も、混乱の中何とか生き残った新潟基地にも手を出すことをやめた。 西日本の連邦軍がアジア戦線のほうに気を配らなければならない状況もあって、ここに奇妙なバランスの末、ほとんど停戦状態のような状況が出来上がってしまうこととなる。 そんな中でシェアラたちの新潟基地は、完全に忘れ去られた格好になった。 実験部隊と入ってもモビルスーツぐらいは配備されていたし、北日本の防衛のための駐留部隊の存在もあったから、こちらから打って出るのはむざむざと全滅しに行くだけでしかないために、どうにも、動くことすら出来ない状況になってしまったのである。 どのみち開戦時のごたごたで愛機"フライマンタ"を失ったシェアラには、出撃しようにも乗る機体すらなかったのだが。 そんな"忘れ去られた基地"の存在は、だが、極秘任務によって動いているデビットたちにとっては非常に都合がよかったのである。 デビットたちの来訪に、シェアラは少しだけ、期待を抱いた。 ことさら好戦的なわけではないが、女性の身でありながら自ら進んで軍にその身を投じたような性格である。 今の自分が置かれている状況は、彼女にとってはあまりに不本意であった。 無論、戦争を全面的に肯定しているわけではない。 平和であることに越したことはない、とも思う。 が、本当に平和だから暇であるというならまだしも、ジオンとの戦争の真っ只中で、各地で激戦が繰り広げられていると言うのに自分たちだけが取り残されている、と言うのは確かに釈然としないだろう。 デビット少尉たちがやって来たその日、遠く離れたヨーロッパのオデッサでは、ついに大規模な反攻作戦が始まったと言うのに。 そういう気持ちがあったからか、彼女はデビット小隊の潜入任務に半ば強引に参加を申し出た。 もっとも土地鑑がある、と言うもっともらしい理由をつけて志願したその裏には、小隊長であるデビットその人の存在も、ほんの少しあったのだが。 が、そんなシェアラの思惑とは裏腹に、当のデビット少尉の姿は、今ここにはない。 「だいたい隊長も隊長だよな。自分だってくりゃいいのに。」 「そうそう、俺らに押し付けてくれちゃってさ。」 シェアラの裏側の真意はせておき、デビットは彼女の意を汲み、臨時に小隊に加えると、潜入部隊の指揮を任せた。 デビットにしてもこの任務の裏側を探りたいと感じていたから、そういう意味ではシェアラの申し出はありがたかったのである。 もっともこのデビットの指示は、指揮する側、される側の三人それぞれにとって、少々不本意ではあったのだが。 「あんたたちねぇ・・・、そんなことばっか言ってるとデビット少尉に言いつけるわよ!」 あきれたように二人をたしなめるそんな言葉は、だがある意味自分自身を奮い立たせるものであったかもしれない。 何とか久しぶりに任務らしい任務を得たと思いきや、いざ潜入してみればこのありさま。 秘密兵器を追って敵陣へ潜入、と言えば聞こえはいいがその秘密兵器とやらがどんな代物かすらまだわからない。 結果時間だけが無駄に過ぎ、こんなところででのんきに蕎麦などをすすっている。 二人とは別の意味で、ため息をつきたくなるシェアラであった。 そんな想いが、一瞬、彼女にここが敵陣の只中だと言うことを、忘れさせた。 それが、油断を生む。 カチリ、と言う音がすぐ後ろで聞こえた気がして、とっさに意識を集中させると、身を翻し、身構えた。 長く実戦から離れていたとはいえ、撃鉄を起こす音を聞き逃さなかったのは、やはり経験の賜物であろう。 だが同時に、あまりに自分が油断しすぎていたことも、シェアラは悟った。 振り返ったその位置に、銃を構えた一人の女が立っていた。 「勇敢と言うか、無謀と言うか、それともただの馬鹿なのか・・・」 そう言ったシュリーア中尉の口調は、どこかあきれている。 その言い方に、シェアラは少し、カチンときた。 あるいはシュリーアの声質そのものに、何か癇に障るものがあったのかもしれない。 「ば、馬鹿とはなによ馬鹿とは!」 「・・・あんた、自分の置かれてる状況って、わかってる?」 反射的に怒鳴り返した目の前の女性に、シュリーアはさらにあきれ果てたように、そう返した。 だが、そんなやり取りが、シュリーア自身にも隙を生んでいたことに、彼女は気付いていない。 「わかってる、わよ!」 その隙を見逃さず、シェアラはシュリーアの拳銃を蹴り上げた。 「しまった。」 シュリーアがそう叫んだときには、既にシェアラは彼女の横を駆け抜けていた。 「逃げるわよ!」 「ま、待ってください曹長!」 「ま、待ちなさい。」 慌てて銃を拾い上げ、後を追おうとするシュリーア。 だが、そのシュリーアの肩にポン、と誰かが手を置いた。 「え?」 少し驚いて、後ろを振り返るシュリーア。 そこには、小柄な老女の姿があった。 「今出てった連中の食事代、払っていってくれんかの?中尉さん。」 「まったく、何で私が連邦の連中の食事代なんて払わなくちゃいけないのよ。しかもあの連中のせいでお昼ご飯も食べ損ねるし・・・」 蕎麦屋の主人は顔見知りでもある。 無視するわけにも行かず律儀に食事代を支払ったシュリーアは、結局シェアラたちの姿を見失ってしまっていた。 たまには基地内の食堂ではなく外で昼食を、なんて妙な考えを起こしたのがいけなかったのかしら、と妙な思案をめぐらせながら、シュリーアは基地に連絡を入れる。 まあ、そもそも本当に食事のためだけにわざわざ松代からでてきたわけではないのだが。 「大体なんなのよこの量は、もりそば六枚に天丼大盛り、カツ丼大盛り、親子丼特盛りって・・・敵陣に潜入してのんきにこんな食事してるんだから、ある意味大物よね・・・。あ、こちらアリュー中尉です、」 ちなみにその食事の大半はシェアラの胃に収まったものだったのだが、当然そんなことをシュリーアが知る由もない。 「食い逃げ犯、じゃなかった連邦のスパイを発見。場所は善光寺付近、見失いましたがどうやら長野駅方面に向かった模様。至急、手配をお願いします。」 「市街地方面に逃走、か・・・」 そう連絡を受け、クロス中佐は表情を曇らせた。 「人ごみにまぎれられたら、厄介、だなぁ」。」 中佐の後ろで、少し太めの士官がそうつぶやいた。 この松代実験基地基地司令、グラハム・タブチ少佐である。 なぜ階級が下のはずの少佐が基地司令なのか、それは単に中佐が好き勝手をやりたいために司令などという堅苦しい地位を嫌ったからだというまことしやかな噂があったが、中佐の普段の言動を見る限り、それはあたらずとも遠からずであろうと、エティシアやシュリーアなどはそう考えていた。 だいたいタブチ少佐が司令として適任であるならともかく、いまいち緊張感に欠けている部分が見受けられれば、なおさらそんな勘繰りをしたくもなろう。 今の言動などが、その良い例であろう。 言っていることは間違いではない。 戦争によって総人口の半分が死に至らしめられた、といっても地球圏のありとあらゆる地方で公平に人口が半分になったわけではない。 この地方のように比較的被害が少なかった地域というものもある。 無論、全地球的規模の戦いであれば、まったく被害がなかったといえば嘘であるが、少なくとも、戦争前に匹敵するぐらいの活況と喧騒が、いまだここにはあった。 そうであるなら確かにそれなりの人間はいるだろうし、人ごみにまぎれられると厄介だという懸念も正しいといえなくもない。 が、中佐が懸念しているのはそういうことではなかった。 「市街地では、あんまり派手なことは出来んでしょう。住民感情というものがある。だが・・・」 そういいながら、クロス中佐は言葉を濁した。 人ごみにまぎれられたら、派手な行動が出来ないから、だから捜索に苦労するというのは道理だし、おそらく"敵"の意図もそうなのだろうとも思う。 けれど、クロス中佐にとってはそうではないのだ。 さらに厄介なものが、身内にあったのである。 そしてそれを、基地司令であるタブチは気付いていない。 けっして無能でも、悪い奴でもないのだが、いささか思慮遠謀に欠ける、そしてなによりいまいち自分の部下のことを把握しきっていない。 それは基地司令としては少々問題であった。 もっとも、そう思うのであればクロス中佐がリーダーシップを取ればいいはずなのだが・・・ そんな部隊の構造的欠陥はさておき、肝心なことに気付かないタブチにため息混じりにクロスはこう告げた。 「とにかく厄介だというのは確かだが、その厄介さを考えてくれんやつが身内にいることの方が、もっと厄介だと思うんですがね。」 そう告げたその直後、クロス中佐はその自分の警告が既に遅かったことを知る。 「し、司令!クレンシー中尉が!」 オペレーターのグレン・ヤスダ伍長のその報告に、中佐はそのことを悟った。 「あの馬鹿!また勝手に・・・」 クロス中佐が馬鹿と読んだその人物。 その名をビリー・クレンシー中尉といった。 小柄ではあるがパイロットとしてはなかなか優秀な男である。 が、その優秀さに加え、生来の気の荒さと短さが仇になっているような男でもあった。 そんな男が、だ、後方の実験部隊などという環境に、とてもではないが満足などできようはずもない。 その結果、独断専行、命令違反も甚だしく、クロス中佐すらもほとほと手を焼いていたのだ。 そしてそんな彼が、敵の潜入などと聞きつければ、命令など待たずに飛び出していくのは火を見るより明らかであろう。 そしてさらに、そんな性格であれば、街中だからといって自重などしないということも、また明白であった。 それを中佐は予測し、危惧を抱いていたのである。 だが、事態はさらに、クロス中佐の予想の範疇を越えていた。 「いったい何があったんですか?」 そこに、どこか呑気な口調で、そう言ってエティシアがその姿を見せる。 そんな言い方が妙に癇に障ったのか、クロス中佐は一言も言わず、今入ってきたばかりのエティシアを押しのけて、外へと飛び出した。 「ちゅ、中佐!?」 突き飛ばされたような格好になり、エティシアは抗議の声をあげようとしたが、そのときはもう、クロスの姿はない。 「いったい、何があったんです?ファットマン司令。」 そう言って、エティシアはタブチの方を向いた。 ちなみに"ファットマン"とはその体型から彼につけられたニックネームであり、"彼自身"を除いた基地の人間全てが知る名である。 そして新米であるエティシアは、それが彼のニックネームであるということを、知らなかった。 タブチとエティシアを除く司令室の面々は、その彼女の言動に一瞬驚き、そして、笑いをかみ殺した。 「私の名はグラハム・タブチだ。ファットマンなどという名ではない。」 憮然としたタブチの返答の声だけがして、しばし、司令室内を奇妙な静寂が、覆った。 これが、今のこの基地の現状である。 タブチだけではない、全般的に、どこか緊張感が欠けているのだ。 それは、中佐自身にも言えた。 彼の癇に障ったのはタブチの言動でもエティシアの言葉でもなく、その事実に気づいてしまったことである。 いや、正確に言えばそれも違うかもしれない。 緊張感が欠けたままで居られれば、それは平和であるということでもある。 そうであるなら、むしろその方がいい。 もともと、こんな風貌ではあるが、彼は戦争というものが好きではない。 一対一で正々堂々と拳を交える、というのなら望むところであるが、同じ戦いといっても、"戦争"というものはその対極に位置するといっても良い。 そこには個人の主義も主張も、正義も、ありはしない。 だから、彼は戦争というものが嫌いだった。 けれど、それでも彼は軍人なのだ。 そんなことを、不意に思い出したからなのかもしれない。 「いいかげん、勘を取り戻さんといかんな。」 そう一人つぶやくと、中佐は格納庫の方へと足を向けた。 そのつぶやきは、どこか寂しげであった。 「モ、モビルスーツ?」 中佐がビリーを止めるべく格納庫へと向かい始めたころ、当のビリーは既に街にその姿をあらわしていた。 正確には彼自身ではなく、彼の駆る愛機が、であるが。 その愛機の名はMS-07B。 "グフ"と呼ばれる"モビルスーツ"である。 「たかがスパイを捕らえるのにモビルスーツで出てくるなんて、なに考えてるの!?」 真っ先にそんな驚きの声をあげたのは、意外にもシュリーアであった。 無論、いきなり現れたモビルスーツの姿にシェアラたちとて驚いていないわけではないのだが、まがいなりにも敵地に潜入しているという緊張感があれば、多少の心の準備というものもできる。 もっとも、つい先ほどまでその"心の準備"とやらをすっかりどこかに置き忘れてしまっていたのも事実なののだが。 「こうなると、怪獣映画かはたまた昔のロボットアニメか、って感じよね。」 うまく身を隠しながら、そうシェアラがつぶやく。 かえって敵の行動が常軌を逸しすぎて、妙に落ち着いてしまっていたのかもしれない。 「なら我々はさしずめウルトラマンかマジンガーZかってとこですかね。」 それはサントスとギブスンも同様であるらしかった。 「だと、いいけどね。」 そう言ってシェアラは苦笑いを浮かべる。 味方である、いや味方だからこそ動揺を隠せないシュリーアを意に介すこともなく、ビリーのグフはビルをなぎ倒しつつ、"スパイのいぶりだし"を行ない始めていた。 確かに、その建物を壊しつつ向かってくる単眼の巨人の姿は、まさに伝説に謳われるサイクロプスか、あるいはそれこそゴジラか機械獣のようにも見えなくもない。 ただ、それは同時にシェアラたちの主観がたぶんに入っていることも確かであった。 ジオンの人間からすれば、連邦のモビルスーツ−もっともこの時点でビリーなどは連邦のモビルスーツなど見たこともなかったのだが−こそ、彼らの行く手を阻む悪魔に見えるであろう。 客観的に見た場合、としても、これが戦争という状況の中にあるなら、正義の味方(に見えるもの)が勝つと言う保証もない。 そもそも、クロス中佐が忌み嫌ったように、戦争などというものは、どちら側にも正義などありはしないのだから。 「モビルスーツ!?」 時を同じくして、シュリーアと同じように驚きを上げている少女の姿があった。 その少女の名を、ミサキ・バートウェルという。 リーンの隣で微笑んでいた、あの少女である。 表には出してはいなかったが、彼女もまた、リーンの異変に気付いていた。 いや、もしかすると彼女だけが、リーンの本当の異変の気付いていたのかもしれない。 彼のいつもと違う態度が、ただ単にレナがいないということに起因するものではないということに。 それがわかるのは、彼女の中に、複雑な思いがあるからに他ならない。 それは・・・ 「ミ、ミサキ・・・なんでこんなところに・・・」 こんなところ・・・そう確かにこんなところであろう。 彼らが今いるのは、深い山の中であった。 以下に彼らの住む土地が緑豊かだとはいえ、ハイスクールの学生が、学校を抜け出して一人で来る場所ではない。 なぜ、こんなところに。 それはリーンの驚きであると同時に、ミサキのリーンへの疑問でもある。 授業中に学校を抜け出してしまうような学生は、いつの時代でもいる。 まして直接戦火にあってはいないとはいえ紛れなく戦時下というこの状況下では、授業も中止がちになることも多かったし、必然的に規律が乱れていくこともある。 が、リーンはどちらかといえばそういうタイプではなかった。 だから、授業を抜け出したリーンが気になってついてきたのか、といえば、ミサキの胸中はそうではない。 明らかにリーンの様子がおかしいということに気付いていればこそ、である。 何かに導かれるかのように、あるいは夢遊病のように、どこか所在なさげのリーンの後をつけてきて、そして彼女は見たのである。 深い森の奥に隠された、白い、巨人の姿を。 「何!?何でこんなものが。何でリーンが!?」 半ば錯乱するかのように、そうたずねるミサキに対して、だがリーンにしても明確な回答を返せるはずもなかった。 彼自身、これが何であるか、どうしてこんなものを持ってきてしまったのか、わからないのだから。 「なんかさ、レナの声が聞こえたような気がして・・・気がついたらこいつを動かしてたんだ。」 そう、説明になっていない説明を返すのがやっとであった。 が、その意味不明の説明は、リーンにとって予想外のことにミサキに正気を取り戻させることになる。 「レナ、レナ、レナ。ほんとにあの子のことしか頭にないのね。リーンは。」 その名は、確かに彼女を正気に戻すのに、十分な響きがあった。 「悪いかよ。」 いつものようにからかわれているのだと思い、反射的にリーンはそう返す。 そんなリーンの返答は、だが、彼がミサキの思いをわかっていない証でもあった。 「悪いわよ。」 だからだろう、思わずミサキはその言葉に対し、そんな返答を返す。 が、 「なんで?」 それでもやはり、リーンは気付くことはない。 「なんでって・・・それは・・・」 レナのことがある、ということもあるがそんな悪態をつくことが、彼女にとっての精一杯の意思表示であることもまた、事実であった。 だから、思わずそう問い返されて、ミサキは口篭もる。 レナしか目に入っていないからなのか、それとも単純に鈍いのか、あるいはそのどちらもなのか、そんなリーンの性格が、さすがにミサキにも恨めしくなった。 「だから、それは・・・」 わずかな沈黙の後、ミサキが口を開こうとした、そのとき、 ガッ、という何かの駆動音が二人の耳にいきなり飛び込んできた。 「なに?」 とっさにミサキが周りを見渡す。 だが、それらしい音を発するものは周囲には見当たらない、そして何かに思い至ったかのように、ミサキは上を見上げた。 そこにあるのは、リーンが持ち出してきた白い巨人の顔がある。 そしてその目は、今赤々とした光を放ち始めていた。 「何なの・・・このモビルスーツ!?」 反射的にミサキは恐怖を覚える。 「あの時も・・・そうだったんだ。レナの声が聞こえて・・・そして、こいつは動き出した・・・勝手に・・・」 だが、今はレナの声は聞き取ることはできない。 それどころか、あの時以来、リーンはこの巨人からレナの声を聞き取ることは一度もなかった。 あのときのことが、夢か幻ではなかったのかと、そう思うようにもなっていた。 本当に、レナに会えない寂しさが、幻聴を引き起こしたのかもしれないと。 だが・・・ 別に、本当にそうだとしてもそれはそれでかまわないとは思う。 少々情けなく、気恥ずかしさもあるが、自分の中にあるレナへの想いは本当であるわけだし、その想いが自分が思っている以上に強かったというだけのことだと片付ければそれはそれで納得はできる。 けれど、どこか心の片隅で、何か引っかかるものを、同時にリーンはずっと感じつづけていた。 何か、とても大切なことを、見落としているような・・・ だから、リーンは暇を見つけてはここへと足を運んでいたのである。 もう一度、レナの声が聞きたくて。 もう一度、レナの声が聞こえれば、何かがわかる気がして・・・ けれど、レナの声は聞こえない。 けれど・・・ 今、白い巨人はあの時と同じように、自ら起動して見せた。 正確にいえば、あの時はリーンの見ている前で起動したわけではない。 そうであれば事情があって墜落の前に誰かが灯を入れたのかもしれないし、墜落の衝撃の弾みか何かで、スイッチが入ってしまったのかもしれない、という風にも考えられる。 いや、普通ならそう考えるだろう。 だが、リーンにはそうは思えなかった。 レナの声を発するモビルスーツが、自分を呼び寄せ、自ら起動して見せた。 そう考えたほうが、彼にとってはなぜか自然に思えたからである。 そして、再び、今度は間違いなく、彼の目の前で、この機体は自らのエンジンを、起動させて見せた。 それは、何かの予兆。 少なくともリーンには、そう確信できた。 「何だよ、あれ・・・」 コクピットに収まったリーンの目に飛び込んできたのは、望遠カメラに映し出された、街中を暴れまわる一機のモビルスーツの姿であった。 「あれって・・・あのジオンの基地にあるやつだよね・・・ザクとかいう・・・」 いつのまにかコクピットに乗り込んでいたミサキがそういいながらモニターを覗き込む。 「ザク、とは違うみたいだけど・・・でも。」 さすがにことこういう事に関しては少年のほうが鋭い。 モビルスーツなどという兵器に興味のない少女のとっては、ザクもグフも同じようなものだが、リーンはそのモビルスーツがザクではないということを、しっかり見抜いていた。 無論、リーンとて"グフ"というモビルスーツのことは知らなかったが、そのラインは間違いなくザクに通ずる、つまりジオンのものであることはすぐに見て取れる。 そうであれば例の基地に関係している機体であることも、容易に想像がついた。 もっとも、各地でジオンが劣勢である現状を、もっと詳しく知っていれば別の考えも浮かんだかもしれないが。 が、今重要なのはそこではない。 駐留している軍のモビルスーツが、その領内で暴れまわっている。 その意図が、リーンには図りかねた。 けれど・・・ 「もしかしてこいつを探してるのか?」 ふと、リーンはそう思い至った。 シェアラ立ちの存在など、当然リーンが知る由もなく、そうであれば今の彼に思い至る理由は、これぐらいしかない。 リーンとミサキが今乗るこの機体を、おびき寄せようとしている。 それが今の彼が思いつく精一杯であった。 冷静に考えれば、それが辻褄が合わないことであるのがすぐわかるのだが、モビルスーツのコクピットの中などという特異な状況下で、およそ現実とは思えない光景を目の当たりにすれば、リーンだけで出なく、ミサキも、冷静でいられるわけがない。 だから、彼らの思考はそれで停止した。 「この機体を探してるっていうなら・・・素直に返せばいいんじゃない?もともとジオンの人たちのものなんだし・・・」 連邦のモビルスーツ、などという発想はミサキはもとよりリーンにもない。 そうであれば、冷静さを欠きながらも、ミサキのその意見は妥当だといえる。 が、リーンにとってそれはこの機体を目にしたあのときから、わかっている話でもある。 わかっていながら、持ってきてしまったのだ。 だから、そうすることが一番正しいとだと、頭でわかっていても、今のリーンにはそうすることはできなかった。 「そう、なんだけど、ね・・・」 その言葉にも、ありありとリーンの躊躇いが見て取れる。 だが、事態はリーンに考える間を、与えてはくれなかった。 「見て、リーン!」 ミサキの叫びに、リーンははっと我に返る。 「学校が・・・。」 見るとモビルスーツは何かを捜すようなしぐさをしながら、長野駅から、リーンたちの学校のほうへと、向かい始めていた。 付近の建物を、左腕に装備されているマシンガンで破壊しながら。 そして、学校にはまだ、リーンの友人たちが、いるはずであった。 「駄目だ!そっちにいっちゃ。」 反射的に、リーンはそう叫ぶと、ガンダムを発進させた。 それが、戻れない運命への引き金だと、どこかで気づきながら。 |