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「命令無視、市街地での発砲行為、条約違反、その上味方や民間人にまで銃を向けた。戦時下でなければ即銃殺もんだぞ。」 厳密に言えば戦時下でも間違いなく銃殺刑に値する代物である。 だが、クロス中佐はそういって、ひとまずビリーを独房に押し込めると、一ヶ月の謹慎を言い渡し、この件についてのケリをつけた。 幸か不幸か死者はなく、けが人も少なかったとはいえ、それはあまりにも甘い処分である。 戦時下で、ジオンの占領下という事をうやむやにしやすい状況でなければ、民衆から抗議が殺到しても不思議ではない。 事実、クロスに対して面と向かって抗議の声をあげたものもいた。 「彼は危険すぎます!謹慎一ヶ月なんて、そんな処分じゃ・・・。」 「なら、中尉はあいつを銃殺にしたほうがいいとでもいうのか?」 シュリーアのその抗議に、クロスはそうやんわりと返した。 「そ、それは・・・」 理屈からいえば、この場合銃殺刑という処分は至極妥当である。 が、面と向かって"銃殺"という言葉を口にされ、シュリーアは少々たじろいだ。 結局、この基地は戦争という中にあって、それでも"人殺し"という行為をどこかで忌避しているような者たちの集まりなのである。 そしてその傾向がもっとも強いのが、ある意味クロス本人であったかもしれない。 「あいつが危険なのは分かってるがな、今この基地は、いやジオン軍全体といってもいい、優秀なパイロットは一人でも惜しいんだよ。多少問題があるやつでも、な。」 それはたぶんに、彼自身の甘さと、その甘さへの言い訳を含んだ言葉であった。 だが、そこには一面の真実もある。 自分たちの置かれている状況が、決して楽観できるものではないと、そう理解していれば尚更に。 『例のガンダムが姿をあらわし、連邦もガンダムを巡って動き始めた・・・来るべき時が来た、ということか・・・』 −宿命を纏いし者たち− 「うっ・・・ん・・・」 ミサキがその意識を取り戻したとき、すでに辺りは闇に包まれようとしていた。 山の稜線に、夕日はもうその姿を消しかけ、その反対側には血のように赤い、赤い月がその顔を覗かせていた。 月が赤く見えるのは、大気が汚れているからだと、人は言う。 ジオンによるコロニー落しの影響で、大気中には膨大な量の塵が舞ったままであれば、それは無理からぬことなのかもしれない。 だが、ミサキにはその色は、戦争で散っていった者たちのその血の色のように思えた。 それもまた、あながち間違っているとはいえない。 そしてその血の色は、また新たなる血を呼ぼうとしている。 「リーン?」 ふと気付いて、そして今日のことを思い出して、ミサキは周りを見渡した。 すでにコクピットにリーンの姿はなくハッチが開け放たれ、11月の冷たい空気が風になって、ミサキの髪を揺らした。 頬に冷気が当たったが、これまでのことで幾分興奮していたせいか、寒さは感じず、逆にその冷たさが心地よく感じられる。 そして、その冷たさは彼女の幾分の冷静さをも取り戻させた。 コクピットから身を乗り出すと、彼女はリーンの姿を探した。 ジオンのモビルスーツに銃口を突きつけられて、そしてそこで、彼女の記憶は途絶えている。 戦闘中の衝撃か何かで気を失ったのだろうとは想像できた。 今ここにこうして生きているということは、あの状況を何とか回避したのだろうということも。 ジオンの基地ではなく、元いた山の中にいるということを考えるとあのジオンのモビルスーツを撃退したのかもしれない。 だが、どうやって? 勝つことはもとより、あの状況では逃げることもままならなかったはずである。 もっとも、実のところあの状況をどう切り抜けたかなどということは、彼女にとってはさして興味はなかった。 それでも、リーンを見つけ、確かめなければならないと感じたのは、ただ、もっと別の、彼女の心に引っかかっているわずかな違和感の、その真実へと至る道であるという直感が、どこかにあったからである。 レナの気配。 明確にではないが、彼女もまた、それを感じていた。 同じ想いを、抱くものとして。 「レナが呼んでる・・・助けを求めている。それは、確かなのかもしれない。」 一人、ミサキはそう呟いてみる。 それが、どこから出てきた考えなのか、彼女自身にもわからない。 けれど、心のどこかに、それが正しいという確信もある。 それがわかるのは、別段彼女が特別な・・・そう、たとえばレナが持つような・・・力をもっていたから、ではない。 同じ女性だから、同じ人を好きになったから。 だから、助けなくちゃいけない。 レナは、ライバルである。 けれど同時に、レナは彼女にとっても、かけがえのない友人である。 だから。 レナがいなくなればリーンが振り向いてくれる、そんな考えは、彼女の中にはない。 それが、ミサキという少女であった。 済んだ空気がリーンの頬を優しくなでた。 気を失ったミサキを残し、彼はコクピットから出て、一人、夜の森の中に立ってみた。 その冷たさが、ようやくリーンにも冷静さを取り戻させる。 そして、冷静になったその頭で、先程の出来事を思い返してみた。 いったい自分が何をしたのか、それを自覚している。 だが、なぜあんなことができたのかは、自分にも分からない。 自分の意思は明確に知覚できていた。 自分で、自分の体を動かしたという感覚は、確かに彼の手に残っていた。 けれど同時に、自分以外の誰かの手も、手のぬくもりも、感じていたことも確かだった。 それが誰のものか、彼にはもう、分かっている。 「レナ・・・。」 それは、確信だった。 確信を持てた。 だが、なぜレナのぬくもりがするのか、あの記憶の奔流が何を意味しているのか、そして何よりレナが何を訴えようとしているのか、それはリーンにはわからなかった。 それはリーンの頭の中に、"レナの人格を元にしたAI"という発想があることに起因している。 所詮、システム的なもの、どこかにそういう思い込みがあった。 中途半端な知識は、時として判断を曇らせるものだ。 そういう意味では、直感だけのミサキのほうが、正しい判断を下せていたといえるかもしれない。 だが、同時に彼の心の奥底で、何かが警鐘を鳴らしている。 それに、今彼は気付きつつあった。 「リーン・・・。」 ふと、呼びかけられリーンは振り向いた。 深い山の中、夜の闇の中で木々の葉さえ、ここでは漆黒に色づいている。 ガンダムの白い機体だけが、夜の山の闇の中に浮かんでいた。 そんな中で、呼びかけた少女の顔を、窺い知ることはできない。 「レナ?」 だから、一瞬リーンは、そこにレナの姿を見出した。 が、すぐに間違いに気付く。 「ミサキ・・・か。」 いつも間にか意識を取り戻したミサキが、彼の後ろに立っていた。 リーンの呟きの、そこに込められた意味を、だがリーン自身は気付いていない。 ミサキにとっての、その呟きが意味するところを。 「まったく、状況が状況だったとはいえ、無茶しやがる。」 ヴェルサー・ルグスはそう言って、グフとドムを目の前に、大きくため息をついた。 グフのほうはもちろん、先の戦闘でガンダムにより無残にも頭部を打ち抜かれている。 クロスのドムのほうは、ことさら戦闘を行ったわけではないが、そもそも整備途中のものを無理やり持ち出したために、各部に無理を生じさせていた。 まだ"ムーバブルフレーム"だの、"ブロック構造"だのといった概念がまだない時代である。 片腕がない状態で出撃すれば、他の部分に負担がかかるのが道理であった。 その意味で言えば、この時代のMSのほうがむしろ人間に近いのかもしれない。 だからルグスが言うように、クロスのドムの使い方は、明らかに"無茶"だという認識は正しい。 がしかし、MSは兵器であり、今彼らは戦争をやっている。 戦争というものはもとより無茶を強いるものであり、兵器はその無茶に耐え得るように設計されている。 それでも耐えられない状況にしばしば陥るのが、やはり戦争である。 ルグスとて十代、二十代の若造ではない。 こういう仕事を半世紀近くも続けていれば、そんなことは誰に言われるでもなく、よく分かってはいる。 それでも、ため息をつかざるを得ないのは、整備士としての性なのかもしれない。 ましてやここは後方の実験部隊であり、最前線と違って資材には事欠かないから、やりくりに苦労させられることがない分、恵まれているとさえ言えた。 こんなことでため息をつくというのは、ある意味贅沢なのかもしれない。 それに気付いてか、ルグスはふと、苦笑いを漏らす。 その苦笑いにはこんなことを言っていられるのがあとどれくらいなのか、そんな意味も、同時に込められていた。 ため息はついているものの、実のところ、ドムは彼の管轄ではない。 この基地の整備主任であり、クロスからもおやっさんと慕われているそんな立場にあってさえ、少々の手助けをする程度で、ほとんどはクロス自身が愛機の整備を行っていたからである。 そもそもクロスは技術中佐という肩書きにある。 愛機ドムを彷彿とさせるそのガタイと、風貌、そして彼自身の性格から、ここに来る前は自ら最前線に立つことも何度かあったようであるが、本来は技術屋であり、むしろ頭を使うほうが得意ですらある。 もっとも既に周囲からはそう思われてはいないようではあったが。 が、だからといって単なる筋肉馬鹿だとも、だれも思ってはいない。 でなければ、実質的にこの基地を掌握しているような立場に、立っているはずはないのだから。 風貌に似合わぬその智謀と、裏表のない豪放さがあれば、"ドム親父"などと言われていても、部下から慕われてもいるのがクロスという男なのであった。 もっとも、それゆえに彼は多忙となり、結果として愛機の整備にかける時間がなかなか取れないというのは、彼にとって少々不幸なことではあったのだが。 それでも、ルグスのような信頼の置けるものにさえ愛機を任せようとはしない。 だから、結果として彼の愛機の修理は、どんどんと先送りされていくことになるのであった。 後に、そのことがリーンを救うことになることに、もちろん気付くものは、ない。 そして、 「何で輸送部隊の私が、MSの整備をしなきゃならないんですか!?」 「もともとティスが壊したのが悪い、ってのが中佐の言い分みたいだけどね。」 「それを言うなら中尉だって同罪じゃないですか。何で私だけ。だいたい整備班の人たちにも触らせないのに何で素人の私に修理なんかさせるんです!?」 「それは・・・ティス、中尉に気に入られたんじゃないの?」 「なんなんですかそれは!!」 なぜかまったく関係ないところで、エティシアが妙な被害をこうむっていた。 このクロスの気まぐれもまた、リーンを救う一因、だったのかも知れない。 明けて十一月十六日。 昨日の騒ぎに、街は少しだけ騒然となっていた。 ビリーのグフによって破壊された街並みは、ジオン軍自らの手によって修復が行われていたが、昨日の一連の騒ぎに対しての説明がなされることはなかった。 タブチの名で、住民に迷惑をかけたことに対しての謝罪はなされたが、真相については軍務上の秘密事項、とされたのである。 もちろん、一士官が暴走したから、などとはとても言えないというのが本当のところなのだが、結果的に、この処置は民衆の間に様々な憶測を呼ぶこととなる。 そしてグフと戦いを繰り広げたあの謎の白いMSの存在が、その憶測にさらに拍車をかけた。 リーンとミサキが登校すると、学校もまた、その話題でもちきりであった。 好奇心旺盛な年頃であることに加え、何しろその戦いの現場は彼らの鼻先だったのだから、それは無理からぬことである。 「あれはきっと連邦の秘密兵器だったんだよ。」 「連邦にMSがあるなんて、聞いたことないわ。」 そんなやり取りが二人の耳に飛び込んでくる。 その話の輪に、二人は加わろうとはしない。 出来なかった、というべきだろう。 何しろその白いMSを操っていた、当の本人なのである。 ことさら隠すことでもない、と思いながらも、けれど、どこかに話してはいけないという思いが彼ら二人の胸のうちにはあった。 知らず知らずのうちに、このことが、あの白いMSのことが、どういう意味を持つのか、それを知られてしまったらどうなってしまうのか、そのことに彼らは気付いていたのかもしれない。 だからだろうか、リーンは友人たちのその話題を避けるかのように、教室を出る。 その後姿を、ミサキの瞳だけが、切なげに、追いかけていた。 屋上に上がったリーンは、眼下の破壊された街並みを、複雑な想いで眺めていた。 あの暴れまわったMSを撃退して、この街を守ったのは自分である。 だが、ジオンの目的があの白いMSであるなら、あれを探しての行動だというのなら、結局今目の前に広がっているこの事態を招いたのも、やはり自分自身なのだともいえる。 そういう後ろめたさがある。 あのMSをジオンに返さなきゃいけない、けれど、なぜか返すことをどこかで拒否している。 そのことへの躊躇いもある。 だから、誰にも何も話すことが出来ない。 みんなにこのことを告げれば、どこでその話はジオン軍にも伝わるだろう。 そうすれば、あの"おっさん"あたりがMSを取り戻しにやってくるかもしれない。 そうしたらMSは取り合げられ、自分は罰せられるのかもしれない。 だが、その風貌に似合わず、あの"おっさん"が話のわかる人だということも、リーンは知っていた。 なら、彼が危惧するほどに、悪いことにはならないのかもしれない。 いやそれどころか、もしかしたら今の状況下ではそれが最善かもしれないとも思える。 けれど、 それでもなお、このままほおって置いたら、もしかしたらもっと悪い状況になるかもしれないということに気付いていてもなお、あのMSを手放してはいけないと思っている自分も、そこにはいる。 そんな自分自身の心の整理がついてないからこそ、今の彼は、誰にも何も言えないのだ。 たった一人の、少女を除いて。 「リーン・・・」 その言葉に振り返ったリーンの視線の先には、その少女、ミサキの姿があった。 「なんだよ、ミサキ。」 「ん、こんな状況だからね、先生が、今日は休校だって。」 そう言いながら、ミサキはリーンの横に並び立った。 風が、彼女の茶色い髪を静かに揺らす。 無論、そんなことを伝えるためだけに来たわけではないことは、リーンにも分かっている。 「連邦のMS・・・」 「え?」 「誰かが言ってた。あの白いMS、ガンダム、とか言ったっけ?あれは、連邦のMSなんじゃないかって・・・」 別に、そんなことを言いたかったわけでもない。 あのMSがジオンのものなのか連邦のものなのか、それはリーンには関係ないはずなのだから。 そう、あのMSをリーンは手放すことは出来ない。 それを、ミサキは知っていた。 そしてリーンもまた、そのことを今、確かに悟った。 レナの父親が作り出したシステム。 そうであればそれは間違いなくジオンのものである。 それが連邦のものかもしれない。 だが、それが何だというのだろう。 ジオンにも、連邦にも返す気もないというのに。 「僕は、戦わなくちゃいけないのかな。あのMSを、守るために。」 「いいえ、違うわ。」 リーンのその呟きに、力強く、けれどどこかさびしげに、そうミサキが言葉を返した。 「レナを、守るためよ。」 その言葉の答えを、まだリーンは見つけてはいなかった。 十一月十六日、夕刻。 太陽は、もうまもなく山の陰に消えようとしていた。 もっとも、昼過ぎから出始めてきた雲が、今では空に厚く垂れ込めていて、日の入りを目にすることは出来ない。 「こりゃ、雨になるかも知れんな。」 ルグスがそう呟いたその後ろで、ふぅ、という少女のため息が聞こえる。 「ご苦労さん、やっと終わったようだな、少尉。」 ルグスは振り返って、ハンガーのドムに頭をもたげているエティシアに、そう声をかけた。 昨日の無茶の分のチェックをして、長らくほったらかしになった腕をつけて、ようやくクロスのドムが元の−もっともクロス自身の幾たびもの改装の果てに、純粋な"ドム"としては既に原形を失って久しいが−姿を取り戻していた。 もちろん、エティシア一人でこれを成し遂げたわけではない。 別にクロスとてエティシアに嫌がらせをしたかったわけではないから、ルグスにも言付けてはいたし、そうでなくとも、協力してくれるメカニックは幾人もいたからである。 とはいえエティシアもまた、黙ってみていただけ、というわけでもない。 文句を言いながらも、あるいは平時はどこかのほほんとした雰囲気−それゆえに基地内の男どもに人気があったともいえるが−を持ち合わせていながらも、自分がなすべきことはきちんと果たして見せるのがエティシアという少女であった。 がんばりや、というか幾分負けず嫌いといったほうが正しいのかもしれないが。 そういう少女だからこそ、クロスに触るなと厳命されていても、メカニックたちが手を貸したくもなるのであろう。 また、本職に比べればつたないものの、MSの整備の腕前も、ルグスの目にはなかなか見込みがありそうにも見えた。 輸送部隊なのに、というのはエティシア自身の言葉であったが、別の意味でルグスはその言葉を彼女にかけてやりたかった。 が、実際のところ輸送部隊だからといって物を運んでいればいいというわけではないのも、確かである。 ことに、今のジオンであれば。 輸送部隊だろうとパイロットであろうと、もしかすると指揮官さえ、MSの整備に借り出されるようなことがないとは言い切れない。 だからエティシアにもクロスの命令がこなせたのかもしれないと思うと、ルグスは少々複雑な気持ちになった。 それが今のジオンの現状を、端的に表していると、そう感じられるから・・・ 「お、来たか、中佐殿。」 自身の考えに少々暗く沈んでいたルグスは、ハンガーにやってきたクロスの姿を見止めると、そんな考えを振り払うかのようにクロスに話し掛けた。 そんな考えを見抜いたわけではないだろうが、クロスはルグスに目で合図だけすると、自分の愛機を見上げる。 「どうだ?修理は終わったか?」 見上げつつ、軍服の上着を肩にかける。 上着を脱いだその下は、鍛えられた肉体と、赤いタンクトップが一枚。 いつもならこれに下はGパンというのが彼の定番であるのだが、さすがに昨日の今日でいろいろあったのせいか、今日は軍服を身に纏っていた。 こんな格好で寒くないのだろうかとエティシアなどは常々思っていたのだが、わざわざハンガーに入ってくるなり上着を脱ぎだしたクロスを見ている限り、暑いとか寒いとかいうより、どこか軍服を窮屈に思っている面があるのかもしれない。 戦争というものに対する、彼なりの抵抗、というのは言いすぎだろうか? もっともコロニー落しの影響により多少なりとも環境が変わったとはいえ、旧世紀からのこの地方の冬の寒さというのはあまり変わってはいない。 山のほうでは既に雪も降り始めているというこの時期に、タンクトップ一枚でいられるのだから、このおっさんが普通ではないというのもまた、純然たる事実なのであろうが。 「はい、終わりました。」 内心渦巻いているいろいろな感情を、務めて表に出さないように、エティシアはクロスの問いに答えた。 「完璧か?」 一瞬、その言葉に言葉を詰まらせるエティシア。 精一杯のことはしたつもりであるが、自分が半ば素人であることは、彼女自身が一番よくわかっている。 が、それをクロスに対して正直に言うのは、少々面白くなかった。 だから、 「完璧・・・だと思います・・・多分。」 本当なら完璧です、と啖呵を気って見せたかったところではあったが、さすがにそこまではいえない。 そんなエティシアの姿に、思わず傍で見ていたルグスが苦笑いを浮かべる。 「多分とはなんだ、多分とは。だいたいな、整備で何かミスがあったらその代償はパイロットが自分の命で支払うことになるんだぞ。完璧なんて言葉は気安く使うんじゃない。」 最初に完璧かと聞いたのは自分だろうに。 大体そういうなら自分で整備すればよかったじゃない。 とエティシアは思わないでもなかったが、さすがにそれを口にはしない。 どうせ、中佐は自分をからかっているだけなのだから、本気で抗議をあげたなら、鼻先であしらわれてしまうのがオチである。 それが分かるようになっただけ、エティシアもクロスの扱い方が、少しわかってきたのかもしれない。 もっともそれが彼女にとって幸福かどうなのかは分からないが。 ただ、ルグスにだけは、そのクロスの言葉がいつもと同じおちゃらけだけではないことを、知っていた。 かつて、その言葉をクロスに教えた女性のことを、知っていたからである。 「じゃ、いくか。」 「は?」 エティシアが乗ってこなかったのが面白くなかったのか、クロスはそう唐突に切り出した。 「行くって、どこへです?」 「修理が終わったんだろ?試運転するに決まってるじゃないか。」 「今から・・・ですか?」 気がつくともう、日は完全に落ち、辺りは闇に覆われている。 その上、雨も降り始めてきていた。 もしかすると夜半から、雪に変わるかもしれない。 そんな状況で試運転も何も、あったもんじゃないと思うエティシアであったが。 「こいつは兵器で、我々は戦争をやっているんだ。敵が、時間や状況を選んでくれると思うか?」 「時間や状況は・・・選ぶんじゃないでしょうか・・・作戦を遂行しやすいように・・・」 「阿呆、それはつまりこっちにとって都合の悪い時間と状況っていうことだろうが。そういうことを想定してテストしなければ、意味がないだろう。」 「そ、それはそうですが・・・」 一見、クロスの言っていることは正しい・・・ように見えなくもない。 が、それはただ単に今すぐ動かしてみたいクロスの、とって付けた言い訳でしかなかった。 それを見抜くこともできず、またそんな強引な屁理屈に丸め込まれてしまうエティシアは、やっぱりまだまだ修行が足りないのかもしれない。 「はぁ、わかりました。どうぞ御勝手になさってください。」 「よし、分かったか。じゃあ行くぞ。」 「はいはい・・・って私も行くんですか!?」 「おまえはこいつのガンナーだからな。」 「な、なんでわたしが!?」 「射撃の腕には自信があるんだろ?新米。」 「い、いつ決まったんですか、そんなこと。」 「今だ。」 平然とそういってのけるクロス。 何を言っても聞きそうにないことだけは、嫌というほどエティシアにも理解できた。 「行きますよ、行けばいいんでしょう?」 試運転に砲撃手が何で要るのか、そう思わないでもなかったが・・・言っても無駄であることもまた、エティシアにはよく分かってしまっていた。 「よし、では行くぞ。」 実はビリーの後始末のおかげでたまったストレスを発散するための出撃だったことなんては・・・エティシアは永遠に知る由もなかった。 なぜなら・・・ |