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「馬鹿やろう、ちゃんと整備しないからだ。」 そんなクロスの怒号が基地内にこだまする。 もっとも、それはエティシアに対して、というよりは自分に対しての怒りだったかもしれない。 だから、 「まあまあ、たいした事はなかったとはいえ、嬢ちゃんも怪我してんだから、ちっとは落ち着けや。」 「だいたい、ティスよりも、無茶ばっかしてる中佐の方に、問題はあるんじゃないですか?」 そんなルグスやシュリーアの言葉に、珍しく反論も出来ず黙りこくるクロス。 幸いにも、キャノン砲の爆発にもエティシアは軽いやけどをおっただけで、事なきを得ていた。 原因はクロスの言うように確かに整備ミス。 そもそもミデア墜落の落下で、キャノン砲にもわずかながら損傷を負っていたのを、腕の修理に気をとられたせいで、キャノン砲までエティシアの気が回らなかったのが元である。 そんな状況で派手にぶっ放し、挙句雪崩に巻き込まれた時の衝撃で、それは頂点に達し、ついには耐え切れなくなった、というわけである。 損傷を見逃したのも、派手にキャノン砲をぶっ放したのも、雪崩を起こさせたのも、全部エティシアではある。 だからといって全面的にエティシアが悪い、というのは、だが、酷であろう。 というか、それらはそもそもクロスの無茶から出た話であり、エティシアはある意味被害者といってもいい。 さすがにそれは、クロスにもわかってはいた。 が、 「理不尽な話だとは思うがな、だがな、嬢ちゃん。嬢ちゃんにも整備の重要性って奴が、よく分かっただろう?」 無論、エティシアがことさらに整備というものを軽視していたわけではないことは、ルグスとて分かっている。 ただ、クロスの過去を知っていれば、クロスを多少なりとて擁護できるのは、彼しかいない。 そうであれば、おせっかいであろうとも、そういいたくなるのが人情なのである。 「こいつはな、かつて自分の整備ミスで、大事な人を亡くしているからな。」 ふと、口をついた言葉に、クロスが何か反論しようとしたが、ルグスの視線がそれを制した。 −戦いの合間に− 「ついでに言うと、その亡くした人ってのは、嬢ちゃんよく似てたな。」 「お、おやっさん、何もそこまで・・・」 それでもクロスが強く反論できないのは、過去へのトラウマと、そして、"彼女"とよく似たエティシアを、また自分のミスで失いかけたことへの、後ろめたさからであろう。 「なるほど・・・しかし中佐にもそんな相手がいたんですねえ。てっきり私は中佐の興味の対象はMSだけだと思ってましたけど。」 少々場違いな軽口をシュリーアが叩いてみせる。 もっともそれは、多少なりともこの場の雰囲気を、そしてクロスの気持ちを和らげようと思ってのことである。 「ま、もっとも状況が状況だからな。整備ミス、というには少々酷ではあるが・・・。」 シュリーアのそんな気遣いに、優しげな視線を投げかけながら、ルグスはそう続けようとしたが、 「そう、ですね・・・。応急処置だけで強引に再出撃した・・・そう、聞いてます。私も。」 そうルグスの言葉を続けたのは、以外にもエティシアであった。 「新米・・・なんでそのことを・・・」 「中佐もルグスさんも・・・私の名前、わかってます?」 少し、あきれたような口調で、だが、悲しげな笑みを浮かべながらエティシアがそう問いかけた。 「エティシア・・・草薙・・・あ・・・」 そこでようやく、クロスとルグスは何かに気付いたような表情を見せた。 「中佐のかつての恋人・・・レイディア・草薙は・・・私の真ん中の、姉です。」 「なるほど、似てるわけだ・・・」 うかつだった、とルグスが呟く。 「だいたい普段から"新米"、だの"嬢ちゃん"だなんて呼びかたしてるから、そんな簡単なことにも気付かないんですよ。」 間の抜けた二人に、シュリーアがそう突っ込む。 「そういう中尉こそ、新米の名前を知っていながら気付いてなかっただろうが。」 「・・・そもそも私は中佐の恋人のことも、ティスのお姉さんのことも知りません。」 そんなシュリーアとクロスのやり取りを横目に、ふと、エティシアはあることに気付いた。 「そういえば、中佐、戦闘中に私のことティスって呼んでくれませんでした?」 「気、気のせいだ気のせい!」 宇宙世紀〇〇七九、一月十五日。 サイド5(ルウム)宙域においてレビル艦隊を中心とした連邦軍残存艦隊と、ジオン艦隊による史上初にして最大の宇宙艦隊戦が行われた。 世に言う、ルウム戦役である。 数で優る連邦軍は、ジオンの新兵器MSの前に成すすべもなく、連邦軍艦隊司令のレビル将軍が捕虜となるなど、完全なる敗北を喫することになる。 だが、それは物事のある一面でしかない。 この戦いの結果だけを見れば、確かにジオンの大勝であった。 しかし、ジオン側も損害がなかったわけではない。 いや、数に勝る連邦と、真正面から切り結んだのだ、いかにMSが画期的な兵器だったからとて、多大な損害を被ることは、避けられないことであった。 この戦いでジオン側も多くの人員を失い、予定されていた第二次コロニー落としの実行も、結局頓挫してしまう。 思えば、このとき既にジオンの敗北は始まっていたのかもしれない。 そしてクロスもまた、当然この戦いに参加していた。 彼の所属していたエリニュース中隊は、ドズル・ザビの子飼いで、常に最前線にて、華々しい活躍を上げてもいた。 無論、あのころも、そして今も、クロスは戦争を肯定しているわけではない。 だからといって連邦の愚行を黙って見逃せるわけでもないし、一人の武人として、ドズルを尊敬もしていれば、戦場に出ることに躊躇いはなかった。 相手も銃を取り、立ち向かってくるのだ。 正統な"戦い"であれば、それは彼にも望むところである。 ムサイ級巡洋艦"メガエラ"の艦長という職を与えられながら、彼はドズルの元で嬉々としてMS"ザクU"を駆り、戦場を駆け巡った。 メガエラ・・・その名もまた、今のクロスにとっては心に痛い。 かつて、彼の恋人であった女性は、この艦を見てこう言ったものだ。 『メガエラって・・・確か三人の女神の次女なのよね・・・。三姉妹の真ん中、私と同じね・・・。そういえば私の妹、愛称が"ティス"って言うのよ・・・。これの三女も確かティシフォネ、つまりティス・・・ま、偶然だけどね。』 その言葉は、妙に彼の頭の中に残っていた。 だからだろう、彼は自分の艦を、このメガエラを、彼女のパーソナルカラーでもあった蒼に、染め上げた。 それほど思い入れがあったのだ、この艦にも、そして彼女にも。 だが、その思い入れのあるものを、結局このルウム戦役で、彼は両方とも手放すこととなってしまう。 会戦当初、珍しく彼はメガエラに留まっていた。 今となっては、それすらも運命の皮肉に感じる。 戦いが始まって1時間ほどであろうか、被弾した蒼いザクUが、メガエラに帰還してくる。 見間違えるはずもない、彼女の、レイディアのザクであった。 ザクは、片腕を失っていた。 だが、レイディアは簡単な応急修理だけで、再出撃すると彼に言った。 それが、彼女の最後の言葉であった。 それを、クロスは止めることが出来なかった。 そして彼女の愛機に生じていた異変も、彼は見つけることが出来なかった。 だいたい、片腕を吹き飛ばされるような状況で、機体の他部分にも損害がないわけはないのだ。 結局、彼女の機体は再出撃してすぐに、コクピット付近から炎を挙げ、そして、宇宙に散った。 クロスの、眼前で。 やり場のない怒りと悲しみに囚われた彼は、中隊の指揮を親友に託して、戦場へと飛び出していった。 そしてその親友もまた・・・ 彼のいない間に、中隊は連邦の奇襲を受けていた。 彼の艦メガエラは大きな損害を被ってはいなかったが、親友が乗っていた、中隊の旗艦"アレクト"は、親友がいたはずのブリッジは、跡形もなく消し飛んでいた。 恋人と親友を彼は同時に失った。 そしてクロスは、前線を退き、地球の実験部隊へと配置換えを申し出ることとなる。 思い入れのある、"メガエラ"にも別れを告げて。 あの時負った彼の心の傷は、無論、まだ癒えてはいない。 ただ、戦争という中にあって、物を付く出す仕事、ある意味彼が本当に望んだ仕事は、少しずつではあるが、彼を立ち直らせていくことになる。 そしてわずかながらに出来た心の余裕は、彼に真実と向き合わせる決意をさせた。 恋人と親友を同時に失い、けれど、彼だけは生き残ってしまった。 その意味を考えるだけの時間と余裕が、彼には生まれていた。 生き残ったものが果たすべき責任。 生きていればこそ、できることもある。 それを。 そして運命は、彼にレイディアの妹、エティシアを引き合わせた。 エティシアを守ること、それが、今の彼にできるレイディアへのはなむけなのかもしれない・・・ 十一月二十日夜、北京沖合。 ここにも一人、クロスと同じように同じように、大切なものを失った男がいた。 そして彼は、まだ、その死を乗り越えられずにいる。 それは・・・悲劇の前触れでもあった。 クロスや、リーンにとって、そして、彼自身にとっての。 連邦の攻撃により陥落した北京基地。 そこから上がる炎が男の顔を、赤く染め上げていた。 十一月二十一日、早朝。 まだ夢の中の息子を残し、七瀬忍はそっと、家を出た。 「できればこういう事はしたくなかったけれど・・・なりふり構ってられる状況じゃないものね。」 シノブとて、元はジオンの人間である。 今のジオン公国、いやザビ家のやりようは彼女にとって許しがたいことではあるが、それでもジオンは祖国−正確には彼女は地球出身であり、ジオンは夫の祖国であるが−である。 ザビ家のために自分たちがここに移ってこなければならかったとしても、だからといってジオンを裏切るようなまでは、できればしたくはなかった。 だが、残念ながらここに駐留しているジオン軍には、顔が利かない。 本国へ戻ればなんとかなるかもしれないが、本国にいられなくなったからここにいるのであって、それは本末転倒である。 そんな彼女が頼れる今頼れる人間は、一人しかいなかった。 今は亡き父の、古い友人。 それが例え、連邦の将校だとしても。 ミサキから聞いたレナのこと、それはレナの生い立ちを知る彼女にとっては、わからない話ではなかった。 レナを、そして話してはくれないがおそらくそのことで悩んでいる息子、リーンを救うためには、これしかないのだ。 「まったく、男の子って、そういうものなのかしらね・・・。ミサキちゃんには、感謝しないとね。」 鈍感な息子と違い彼女はミサキの気持ちを知っていた。 それが尚更、彼女を複雑な気持ちにさせる。 だが、残念ながら今はそのことを思いやっている余裕はない。 レナの持つ能力、そして彼女の血・・・それが、戦争や、政治に大いに利用できるものであると彼女は知っていた。 そして彼女の"父"ムラサメ博士という男の中にある、歪んだ狂気も、また、彼女は良く知っていた。 十二月二日。南米、ジャブロー。 「スリーピング・ビューティー、か。」 ジョン・コーウェンは、着々と出航準備を整えつつある一隻の白い艦を横目にしながら、ひとりごちた。 「眠り姫?いったいどういう意味ですの?」 ことさら大きな声で言ったつもりはなかったのだが、その言葉を聞き取った彼の秘書が、そう尋ねた。 「新しい任務、というところかな、"彼"への・・・」 「大変ですわね、"彼"も。休む暇もない。」 とは言うものの、戦争の真っ只中で、兵に休むなどはじめからありはしない。 ゆっくりと羽を休めることができるのは、戦争が終わった時か、あるいは自らが死ぬ時だけであろう。 そういうことは秘書とてもちろん、いやむしろ彼女の方が十二分に分かっている。 コーウェンの命を直接兵に伝え、戦場に向かわせるのが彼女の役目であれば。 たとえそれがどれほど過酷な、あるいは絶望的な任務であったとしても、彼女は眉一つ動かさず、それを実行して見せるのだ。 その相手が、最も愛する者だとしても。 「この間のジオンのジャブロー攻撃で"彼"も傷を負った、本来ならアンダーソン伍長と共に休暇でも、と言ってやりたかったのだがな・・・」 ノエル・アンダーソンの名に、秘書の眉がピクリと動く。 滅多に表情を変えなることのないその彼女のしぐさに、危険を感じたのかコーウェンは慌てて話を変える。 「彼に頼んだのは、この少年と少女、そしてこの機体の保護だよ。」 そういってコーウェンは二枚の写真を机の上に投げ出した。 それはガンダムと思しきMSの写真と、そして、仲睦まじい少年と少女が写った、一枚のスナップであった。 シノブの撮った、リーンとレナの、写真である。 「この少女が眠り姫、ですか?で、この少年は?」 「このガンダムのパイロット、といったところかな。そしてこのガンダムは・・・眠り姫のベッド、とでも言おうか・・・」 「パイロット、ですか・・・最近はこんな年端の行かない少年が、よくパイロットになるものなのですね。」 そういって秘書は、先ほどコーウェンが見つめていた白い艦を見上げる。 その艦には、おそらくこの写真の少年と同じぐらいの年頃の、少年少女たちがいるはずである。 少年と同じように"ガンダム"を駆る、一人の少年も。 「民間人の少年が、ガンダムに・・・。しかもジオン領内とは、厄介な仕事ですね。ですが・・・たかが一機のモビルスーツと民間人の少年少女を助けるために、軍が動くだなんて・・・。今の連邦に、人助けをしている余裕はないと思いますが。」 別に彼女はことさらに冷酷なわけではない、ただ、それが事実であるのだからしかたがないのだ。 ジオンとの決戦が間近な今、たかが民間人を守るために兵を割く余裕などは、ありはしないはずである。 「この少年の母親は、私の旧知でな、断れんのだよ。」 冗談めかしてコーウェンはそう言う。 だが、その表情は厳しい。 確かに、彼の言うことは一面の真実ではある。 そして彼は確かに、人情に厚い。 が、彼が動いた理由が、それだけでもないことを、その表情は物語っていた。 「政治的な意義がある、その少女にはな・・・。しかももう既に、ジャミトフも動いているようだ。」 そして一息ついて。 「残念ながら、私も軍人だけをやっているわけにはいかんのだ。戦後のことも、考えはじめる時期がきているのだ。そのためには彼女をジャミトフに渡すわけにはいかんのだよ。」 つまりそれは、ジオンとの戦いではなく、連邦軍内での派閥争いのことを意味していた。 だが積極的に年端の行かないこの少女を利用しようという考えは、コーウェンにはない。 そこが彼のいいところであり、そして、甘いところだ。 だがだからこそ、秘書は彼に仕えている。 生粋の軍人である彼としては、そういう政治向きの仕事はできれば背負い込みたいものではない。 そんな気持ちもあってか、そう悲観的に言っては見せたが、実のところこのときコーウェンはまだ、さして自分のおかれている状況に悲嘆してはいない。 なぜならこの時点でコーウェンがなさなければならないのは、政治的思惑が絡むとはいえ、それでもまだ軍人としての範疇に入る仕事だからである。 政治屋としての仕事は、レビル将軍に任せておけばいいのだから。 そう、レビル将軍が、健在であるならば・・・ 「しかし、ジャミトフ大佐が絡んでいるとなると・・・事態はもっと厄介ですね。」 「そうだな。彼が相手をしなければならないのはジオンだけではない。ことと次第によってはデビット少尉を相手にせんといかんやもしれんのだからな。」 彼、とデビットが士官学校の同期であることを知っていれば、そういう別の危惧もあった。 「できることなら、もう少し、人員を割いてやれればよかったのだがな。」 結局、先に秘書が言ったことは正しい。 今の連邦には瑣末なことに裂ける人員など、あるはずもないのだ。 「そうですね、しかも、彼の小隊は・・・」 先のジオンのジャブロー侵攻の際、壊滅的打撃を負っていた。 戦死者こそ出さなかったものの、彼以外のパイロットは当分戦線に復帰できそうもない。 そして彼自身も、軽傷とはいえ傷を負っている。 「二人だけでは、少々荷が勝ちすぎたかな。」 「二人?」 そのコーウェンの言葉を、秘書−レーチェル・ミルスティーン−は耳聡く聞き咎めた。 「まさか、ノエルも行かせたんですか!?」 「いや、サポートは必要じゃないかと、思ってな・・・」 「二人っきりで行かせるなんて、何か間違いでもあったらどうするんです!?」 「いやどうすると・・・言われても・・・」 ジャブローは、案外と、平和であった。 戦争に終わりが見えてきたことの、これが一種の表れかもしれないというのは、少々飛躍しすぎであろうか・・・ だが・・・ リーンたちの戦いは、まだ終わっていない。 いやむしろ、本当の戦いはこれから始まろうとしていたのである。 |