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時間は、しばし遡り、十一月二十七日の、朝。 クロスとあのガンダムの戦闘以降、少なくとも表向きは何事もないまま、十日が過ぎようとしていた。 しかしそれはあくまでこの松代周辺に限っては、という話であり、大局的に見れば、戦局は、大きく動こうとしていた。 事実、一週間ほど前にジオンのアジア最大の拠点、北京が連邦の手により陥落した。 先日の連邦のスパイのこともある。 この松代とて、いつまで平穏でいられるか、わかったものではない。 そんな状況を象徴してか、まだ朝も明けたばかりだというのに、冬枯れの空にミデア輸送機のローター音がこだましている。 モスグリーンに塗装されたその機体は、連邦のものではなく、ジオンに鹵獲されたものだということを示していた。 この松代に配備されている、これが、最後の一機、である。 そして当然、その機体に搭乗しているのは・・・ −狂気の牙− 相変わらずの見事な操縦で、シュリーアはミデアを基地に下ろすと、自らもコクピットを出て、滑走路に降り立った。 続いてその横にエティシアも同じように降り立つ。 そして"積荷"の管轄をルグスに引き渡すと、報告のため司令室の方へと歩き始めた。 「しかし、今日も寒いですねえ。」 早朝の冷たい風が、二人の身体に容赦なく吹き付ける。 「ほんと・・・しかしこれだけ寒いのに中佐は例によってタンクトップ一枚でその辺ほっつき歩いてるんだから・・・異常よね、あの人も。」 「そうですよねえ・・・それにしても、うちのお姉ちゃんはあの中佐のどこが良かったんだか・・・」 「あー、それは確かに謎ねえ。そう言えばティス、いつからそのこと知ってたの?」 「え、ああ、この前私物を整理してたら、お姉ちゃんからの手紙が出てきて・・・そこに写真がはさまってたんですよ・・・それで。」 「ふーん。」 「そんな写真があったなんて、全然知らなくって。」 「ま、そうよねえ。銀髪にごつい伊達めがねにあのガタイ・・・知ってたら、忘れるわけないものねえ。」 「インパクトありますからね、いろんな意味で。夢にでてきそうなぐらい。」 「でて来るんだ。夢に。ふーん。」 意味深な言い方で、シュリーアがエティシアの方を見る。 「な、なんですかそのなんか言いたげな目は。夢にでてくるって言うのはものの例えで・・・変な意味にとらないでくださいよ。」 「変な意味・・・ねえ。まあ、姉妹なんだし・・・好みが似るってことも・・・あるわよねえ・・・」 「だから・・・」 真っ赤になってエティシアが抗議をしようとしたその時、 ドン、と後ろから誰かがぶつかってくる、衝撃がした。 「あ。」 よろけそうになったエティシアを、慌てて支えながら、シュリーアはぶつかってきた男の方を睨み付けた。 だが、男の方は謝るでもなく、悪びれるでもなく、逆に二人のことをにらみ返した。 「まったく、いつからジオン軍は女子高になったのだ?」 男は、シュリーアとエティシアが運んできた、もう一つの"積荷"であった。 そしていずれ、別の意味で厄介な"荷物"となる男でもある。 「オデッサが落ち、北京も落ちたというのに、色恋の話などと、まったく平和なことだ。」 吐き捨てるようにそう、男は言った。 男は、その北京から、二人の部下と共にMSで海を渡って来た。 そして日本海沿岸に上陸したこの男たちを、シュリーアが回収に向かった、というわけなのである。 男の名を、シャリフ・ベルゲと、言った。 「シャリフ・ベルゲ少佐・・・厄介な男が来たものだ・・・」 シュリーアの報告を受け、司令室の椅子に深く腰掛けながら、珍しく深刻そうな声で、タブチがそう呟いた。 「キシリア少将の配下で、確か北京にいたはずですよね・・・名前は聞いたことがあります。」 ヤスダ伍長が振り向きざまに、タブチにそんな言葉を返した。 端正なその顔が、少しゆがんで見えたのは、続くタブチの言葉をどこかで予想していたからかもしれない。 「ついでに、あまり良くない噂も、な。」 「ギレン配下の暗殺部隊だったって・・・あれのことか?」 二人の間に、そう言ってクロスが割ってはいる。 総帥を呼び捨てにしてしまうあたり、いかにも彼らしい。 ギレンが暗殺部隊を従えていた・・・何の目的かは言わずもがなであろうが、本来極秘事項であるはずのことが、単なる噂とはいえ人の口に上る。 極秘といっても、結局そう言ったものはどこからか漏れるものだ。 そして概して、そういう場合の噂は、真実を指し示していることが多い。 「反ニュータイプ主義者だって、噂もありますね。」 どこで仕入れてきたのか、ヤスダがそんな情報を披露する。 一見、線の細い優男であるが、なかなかどうして、こういうところは目ざとい。 「ニュータイプ・・・ね。」 その言葉は、無論ジオン国民であれば、クロスも聞いたことがあった。 ジオン・ダイクンが唱えた、宇宙に上がった人間が新しい環境に適応するための、新たな人の有り様。 確か、そんな感じであったと記憶している。 うろ覚えなのは、彼がそんなお題目のために戦っているからではないからだろう。 だから、具体的にそれがどういうものであるか、彼は知らなかった。 「ニュータイプといったって、所詮概念的な話だろ?具体的にそんな人間がいるわけでもあるまい?」 だから、そんな認識もある。 同時にそんなものに反発してどうなるものでもないだろう、とも思う。 「でも、連邦の"ガンダム"のパイロットは、ニュータイプなんじゃないかって噂もありますからねえ。」 ヤスダが口にしたガンダム。 それはこの前クロスたちが相対した、あのガンダムのことではない。 もちろんそれをクロスもわかっていたのだが、咄嗟に、クロスの頭には"例の"ガンダムの方が、頭に浮かんだ。 だが、それはあながち間違いでもなかった。 シャリフ個人に対してはあまりいい感情を抱いていなかったが、彼らの乗ってきたMSには、クロスは多大な興味があった。 もっとも、当のシャリフ自身の方は、その機体に多大な不満を抱えていたのだが。 「ほほう、MSM−08、ゾゴックとか言う奴だな。・・・実物を見るのは初めてだが。実機が完成していたとはな。」 格納庫に搬入されたその機体を見上げ、あからさまに嬉しそうな声をクロスは上げる。 「こないだのガンダムといい今度のこれといい、まったく格闘戦しか出来ないような機体なんか作ってどうするんですかね、うちも連邦も。」 あきれたような声をクロスの横でエティシアが上げる。 が、なんだかんだいってこうしてクロスに付き合っているあたり、彼女もクロスに感化されつつあるのかもしれない。 件のガンダムが、地上での格闘戦に主眼をおいて作られていることを、知らず知らずのうちに見破っていることも含めて。 「拳を交えることで友情も芽生える、漢とはそういうものだ!そんなもんもわからんとは、それでも男か!?」 「女です。・・・それと・・・あの角。いくら中隊長機だからって・・・中佐のドムもそうですけど角つけたからって強くなるわけでもなきゃ大気圏突入が出きるようになるわけでもないでしょうに。」 「なんだその大気圏突入ってのは。」 「いえ・・・なんとなく・・・」 とクロスはともかくエティシアには不評であったこの機体、実は当のシャリフ自身も同じ思いを抱えていたのである。 だいたい、北京攻略戦で愛機であったMS−06Dを失ってしまい、やむなく格納庫の奥深くに合ったこいつをドサクサの中で引っ張り出してきたのだから、仕方のないことなのである。 もっとも、クロスと違い彼はMSに特別な関心などはなく、前の愛機とて、ただ単にずっと乗っていた、というだけのことしかないのだが。 ちなみに、ゾゴックとは反対に、部下たちの乗ってきた機体、MSM−04G、ジュアッグと呼ばれる機体の方は、砲撃戦しか出来なかった。 慌てて持ってきた試作型とはいえ、こういった技術部の方針はシャリフのような男にははなはだ疑問である。 が、クロスみたいな男を見れば、それもわからない話ではなかったが。 もっとも、そんなクロスのような男に対して、シャリフは一片の好感も持てるものではなかったのだが。 「ふん、何が友情だ、馬鹿馬鹿しい・・・だがあの男、ああ見えて人望だけはありそうだからな・・・。私がここの連中を掌握するには、そのガンダムとやらを捕獲でもしないことには話にならんか・・・」 物陰でクロスとエティシアのやり取りを聞いていたシャリフはそう呟いた。 その目には、怪しげな光が、宿っていた。 『RX−78X。開発名フェアリー、またはフェラリオ・・・地上での格闘戦を主眼にそれぞれ異なるチームによって設計された三機の内の一機・・・二号機はRX−78XXピクシー、三号機がRX−78XXXブラウニー。』 声には出さす、デビットは頭の中でその調査書を読み上げた。 さすがにデビットとて百戦錬磨である。 その気になればいくらでも、この程度のことは調べ上げることが出来た。 もっとも、その動きはおそらく、既にジャミトフに察知されているのかもしれないが。 「二号機は行方知れず、三号機もアフリカ戦線に運ばれたところまでしかわかっていない・・・そして一号機は・・・十月九日、ベルファストにてジオン特務部隊により奪取・・・その後オデッサで改修・・・おそらくこいつが俺たちの追っていた目標、だな。」 陸戦型ジムをベースにしたマグネットコーティングや360度全天型モニターなどの新機構のテストヘッド。 デビット自身は知らないが、やがて連邦製ニュータイプ専用機の礎となる機体である。 もっともまだ未完成のマグネットコーティング技術は、パイロットに扱いきれない反応速度という難点だけを残した、完全なる失敗作であったのだが。 これが、デビットの調べ上げた"目標"のすべてであった。 だが、ここまでは、この機体にジャミトフが執着するようなものは見受けられない。 「やはり、このジオン側で受けたという改修に鍵がありそうだが・・・。」 どちらにしろ、まだ彼の手持ちの情報は少なかった。 「一度、実物を拝む必要が、あるかもしれないな。」 このときまだ、デビッドはシェアラたちの報告を聞いていない。 もしも、知っていたら。 もしも、失敗作であるはずの"フェラリオ"の、あの異常な動きを目の当たりにしていたなら。 あるいは、もっと違う考えが、このときの彼の頭に浮かんでいただろうか。 ただ、さしたる情報を得られなかったのはいえ、明らかにこれはジャミトフにたいする背任行為である。 このとき既に、デビットは一つの決意を固めていたのかもしれない。 この一週間後、ジョン・コーウェンは彼のことで危惧を抱くことになるのだが、実のところ、それはもう、この時点で既に杞憂となっていたのである。 「ビリー・クレンシー中尉、だな。」 それは、悪魔のささやきだった。 もっとも、ビリーにとって、というより、リーンやクロスたちにとっての、であるが。 クロスの裁量によって銃殺を免れたビリーではあったが、無論、それに恩を感じたりなどはしていない。 このままいけば、おそらく戦争が終わるまで、ここにいつづけることになるのだが、もちろん、いつまでもおとなしくしているつもりもなかった。 だが、彼の予想よりもはるかに早く、助けの手は、向こうから勝手にやってきた。 わずかに開けられた鉄格子付の窓、そこから覗いた先には、音もなく崩れている警備兵の姿があった。 そして、警備兵をそのような姿にした、張本人の姿も。 「ここから、出してくれるのかい?」 男が何者なのか、何の目的でそんなことをしようとしているのか、そんなことにビリーは一切興味はない。 彼にとって大事なのは、ここを出て、もう一度ガンダムと戦うこと、ただそれだけである。 それは先の屈辱を晴らすため、ではない。 ただ、純粋に戦いたいだけ、破壊したいだけ、彼のうちにあるのは、そんな衝動だけなのである。 そんなビリーの内情を見抜いてか、シャリフは満足そうな顔で、無言のままうなずいた。 こういう男ほど、今の彼にとって都合のいいものはない。 シャリフの表情は、そう物語っていた。 「戦いを止めさせるわけにはいかないからな、まだ・・・」 そんな呟きも、ビリーの耳には届いてはいなかった。 「ガンダムが現れた?」 新潟に戻るや否や、デビットがシェアラから受けた報告は、彼を驚かせるのに十分であった。 そして、シェアラがシュリーアから聞き出した情報が、その驚きに拍車をかける。 パイロットに扱いきれない機体。 それが、まるで実戦で使い物にならないほどのレベルだということは、デビットが調べたところでもわかっていた。 そして、シェアラの話からすれば、ことその点については、ジオンでもことさらに改善されていなかったことが伺える。 だが、現実にはグフを相手にまともに戦って見せた。 それどころかグフをはるかに上回る性能を見せつけた。 戦い振りを聞けば、グフのパイロットの腕が未熟であったとも到底思えない。 それなのに、である。 「だが・・・いったいどんな奴が・・・」 仮にも一流のプロであるはずのテストパイロットたちにすら扱えなかった機体である。 それを手足のように扱うものなど、到底いるとは思えなかった。 だが、現実は現実である。 驚きと同時に、デビットはこの機体と、そしてパイロットに興味を抱き始めていた。 そして、同時に一つの危惧も。 そこには間違いなく、特別な何かがある。 それが、なんなんのかはわからない。 何に利用できるのか、それもわからない。 だが、何かに利用できる代物であることも確かであった。 そしてその何か、は、おそらくジャミトフの頭の中にはあるのだろう。 元々、上官とはいえ彼はジャミトフという男を尊敬も、信頼もしていない。 上官であり、アフリカでの借りがあるから、従っているに過ぎない。 そう、思い出したくもない、借りが。 けれど、それももう潮時なのかもしれない。 このガンダムを操るパイロット、その人となり次第によっては、デビットもまた、決断を強いられることになるかもしれない。 それは、だが彼にとって苦痛ではない。 「少し、動いてみるか・・・」 「え?」 そう言ってデビットはにやりと笑みを浮かべる。 任務と自分に言いつけて、抑えつづけてきた彼の本性が、そこには垣間見えた。 それは、もしかするとクロスと同じものであったかもしれない。 そして、同時にそれは、シェアラにエティシアと同じ労苦を背負わせるということを、示していた。 そして、喧騒と共に11月28日の朝が明ける。 いや、正確にはまだ、夜は明けていない。 「中佐、大変です、起きてください!」 モニター越しのヤスダの声で、クロスは突然叩き起こされた。 時刻はまだ、午前4時にもなっていない。 当然、窓の外は、まだ、闇に包まれている。 だが、その闇を、数条のサーチライトと、警報の音が切り裂いた。 「敵襲!?」 さすがにクロスは歴戦の軍人であった。 その光と音に、すぐさま意識を切り替え、頭をはっきりさせると、窓の外を窺い見る。 だが、それは敵の襲来を継げるものではなかった。 「クレンシー中尉が!」 先日のスパイ騒ぎの時と同様のヤスダの叫び、そして闇を切り裂く光と音を更に貫く、モビルスーツと思しきものの駆動音、スラスターの吹き上がる音に、瞬時にクロスは事態を理解した。 ともすれば、敵襲よりもたちの悪い、その状況を。 そのクロスの危惧を裏付けるかのごとく、ビリーの駆るグフが、夜明け前の闇を、市街地の方へと向けて、疾駆していた。 そして、そのグフを尾行するかのように闇の中をひそかに動く機影。 だが、グフに気をとられてか、その機影に気付くものは、誰一人としていなかった。 松代でのその騒ぎと、ほぼ同時刻。 北東にも又、闇に紛れて移動する、4つの機影があった。 3機の人型と、もう一つはホバートラックと思しき影。 役者はそろい、舞台が、整おうとしていた。 |