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「デビット隊長が、こんな無茶する人だとは思わなかったわ。」 もっと冷静で、思慮深い人物だと、シェアラは彼のことをそう考えていた。 だが、実のところ、彼はあまり物事を深く考えるタイプではない。 特務部隊という環境で、上の命令を黙々とこなしてきた。 理不尽な命令であっても、その裏を探るようなまねもせずに。 むしろその方が、よほど彼らしくない。 "彼女"なら、おそらくは、そう言ったであろう。 シェアラの知らない、そして、デビットが誰にも告げていない、"彼女"ならば・・・ シェアラの、そしてデビットの思いを込めつつ、3機のジムと、シェアラのホバートラックは、長野を目指していた。 そこに待つものを、彼らはまだ、知らない。 −赤き瞳の奥で− もはやそれは、戦争ではなかった。 軍人の成すべきことでは、なかった。 戦争が、正しいとは誰も思ってはいない。 だが、そこにはまだ、ある一定のルールというものがある。 それがたとえ、明確な意図の元のものではなかったとしても。 連邦とジオンの間にも、"南極条約"という名のルールが、確かに存在していた。 もちろん、多少の行き過ぎ、逸脱を犯すものは、どこにでもいる。 多少、というにはかなり語弊があるが、先のスパイ騒動の際のビリーの行動は、それでもまだ、軍人としての理念を、少しは残していた。 それが、彼にとって都合のいい、自分勝手な言い訳だとしても。 だが、今のビリーには、既にそれすらなかった。 戦いの言う名の衝動、ある種、人としての本能。 ただそれだけに導かれていた。 既にそれは、人の形をした、災厄でしかない。 そしてそんな災厄に見舞われるのは、いつでも同じ。 罪もない、弱い、一般市民たちである。 それだけはいつも、変わることはない。 "敵"がいったい何者で、何を目的としているか、それは定かではない。 だが少なくとも、連邦の手に"それ"がまだ渡っていないことは、シャリフには確信が持てた。 その機体がどのような性格を持つものだとしても、連邦が奪取したのであれば、いつまでもこんな敵地の真っ只中においておくはずがない。 よしんば何か密命を帯びていたとしても、クロスとの偶然の遭遇戦はともかく、ビリーの時にその姿を現すはずがない。 たとえ、目の前で罪もない人がなぶり殺しになっていたとしても。 それが、軍人というものであり、そんなところで中途半端な正義感をかざして自らの身を危険に晒すなと、軍人としてあるまじきことである。 もっとも、あえてその姿を見せることでこちらを撹乱しようとする意図もないともいえない。 が、戦略上の重要拠点であるならともかく、こんな半ば忘れ去られたかのような施設を混乱させるメリットなど、少なくともシャリフには思いつかなかった。 だから、ビリーを餌にガンダムを誘い出すことができる、そう彼は考えていた。 「勇者気取りのつもりか知らんが、それが命取りだ。」 はき捨てるようにシャリフはコクピットの中でそう呟いた。 禍禍しいまでの、嫌悪感を込めて。 そして、少なくとも、この時点でのシャリフの推測は確かに正しい。 軍人としての有り様も、含めて。 だが、人は感情で行動する動物である。 中途半端な正義感であるとわかっていても、それでも、行動せずにはいられない。 そう考える者も、この世にはいるのだという事に、彼は思い至らなかった。 いや、もしかするとわかっていて、あえてそのことから目をそむけていただけなのかもしれない。 そんな人間の存在が、"彼女"を思い起こさせるから・・・ その音を耳にしたとき、ナナセ親子はそれぞれに、複雑な想いを抱いた。 まだ、日も昇らない、十一月の冬の早朝。 藍色のその空を、その音が切り裂いた。 爆音であった。 世界は、戦争をやっている。 互いが互いを滅ぼしあう、とまでは行かないまでも、今、世界は二分されていた。 連邦政府と、独立を目指すジオン公国の戦い。 この構図だけ見れば、世界を二分、という言い方は少々言いすぎかもしれない。 が、そこには既に、このあと数百年、もしかすると数千年以上続くかもしれない、戦いの種が見え隠れしている。 スペースノイドとアースノイド、地球に住むものと、"そうでないもの"。 それが、どこか根幹にあれば、戦いは人々にとって無関係なものではない。 もっとも、そんな理屈の問題ではなく、今まさにおきている戦争の"片翼"であるところのジオンの基地が目と鼻の先にあるのだから、戦争が無関係だなどとはリーンたちも思ってはいない。 開戦以降これといって戦闘行為がなかったからといって、これからもそうだと言う保証がはどこにもないこともわかっている。 分かっていれば、この爆音が連邦の攻撃によるものかもしれないという考えもないではない。 が、だ。 にもかかわらず、リーンもシノブも、それがそう言った類のことではない事を、どこかで感じ取っていた。 それが、"ニュータイプ"と呼ばれるものの力の片鱗、というのは少々穿ちすぎだろうか? だが少なくとも、彼らの悪い予感は、不幸なことに、外れてはいなかった。 咄嗟に家を飛び出したとき、母は何も言わなかった。 ただ、何か複雑そうな表情を浮かべただけであった。 息子を心配している母親、それ以上の、何かがあるようにも思えた。 そんな母が気にならないでもなかったが、それでもリーンはガンダムの、レナの元へと急いだ。 それを、シノブはただ黙って見送る。 そこに待っているものが、運命がいかなるものなのか、それを悟ったような、瞳で。 「力を、貸してほしい。」 静かにそう呟いて、リーンはガンダムを見上げた。 その瞳には、明確に戦う意志が、見て取れる。 状況は、前回と同じ。 おそらくは自分たちをおびき寄せる為の、行動。 だが、迷いの中、咄嗟に飛び出してい舞った前回とは、リーンの心は違っていた。 戦う為に、レナを守る為に。 その決意が彼の瞳にははっきりと移っていた。 そして、ゆっくりとリーンはコクピットへと上がる。 まるでリーンを待っていたかのように、コクピットハッチが"自ら"ゆっくりと開く。 もう、それにリーンも驚くことはなかった。 静かにシートにつくと、一つ、ゆっくり息をはいて、リーンはガンダムを起動させる。 彼の周囲を覆っているモニターが、光を放ち始める。 全てのモニターがともり、あたかもリーンの身体は宙に浮いているかのような形になった。 これが、今の時点での最新鋭の技術であったことを、リーンは知らない。 そもそも、リーンはモビルスーツになど乗ったことはなかったのだから。 が、逆にだからこそ、違和感もなく戦えていたともいえる。 ガンダムと一体になったような、そんな感覚。 レナがこのガンダムとともにあると知った今、改めてリーンは、そんな感覚を感じていた。 「行くよ、レナ。」 そんなリーンの呟きに答えるかのように、ガンダムはその瞳を紅く輝かせると、軽やかに宙に舞った。 その光景は、もはや戦争とも呼べるものではなかった。 まだ暗い夜明け前の空を、炎が明るく照らし出す。 燃え盛るビル、逃げ惑う人々。 そこで繰り広げられているのは戦闘行為ではない。 ただの、蹂躙であった。 炎の照り返しによってグフの青い巨体が赤く輝く。 その姿はもはや兵器というより、災厄であった。 そんな光景が、リーンの目に最初に飛び込んで来たものであった。 怒りを抑え、無言のままリーンはガンダムをグフの眼前に下ろした。 一瞬、グフは動きを止めると、その一つ目を、明らかにガンダムの方へと向けた。 それで、リーンは悟った。 「やっぱり、僕らが目当て、ってわけか。」 敵への憤りと同時に、罪悪感のようなものもリーンの中に湧き上がってくる。 だが、そんなリーンの気持ちをなだめるかのように、彼の身体を暖かな空気が包み込む。 「そう、だねレナ。今はまず、あいつを何とかすることだけ考えなきゃね。」 余計なことを考えていて勝てる相手ではないことは、先の戦いでよく分かっている。 だからあえて、リーンは目の前の敵に集中することにした。 「行くぞ!」 掛け声とともに、リーンはガンダムを踏み込ませる。 その動きは、前回までと違い、鋭い。 リーンにして見ればいいかげん三度目の戦闘でもあるし、今回は、はじめから戦う気で来てもいる。 いいかげん、前二回よりは幾分かましに動かせてしかるべき、という思いもあった。 が、じつのところその彼の実感は正しくない。 だいたいがたかだか三回乗った程度で動かせるものはないのがモビルスーツという代物である。 さらに、これが通常の機体であったならセンスがあった、ということで片付けられないこともないかもしれない。 だが、このガンダムは"普通"ではないのだ。 しかし、それに今のリーンは疑問を抱くことはない。 そしてビリーもまた、そのことに対して、疑問など抱いてはいなかった。 ビリーにしてみれば、戦うに値する敵がいる、ただそれだけでいいのだから。 鋭い踏み込みからガンダムが拳を突き出す。 だがそれを、間一髪でグフがよける。 「やるじゃないか。そうこないとね。」 その動きは、前回遅れをとったことが、不意を突かれたからであることを示していた。 元々、その技量は確かなのだ。 はじめから"できる"相手であるという認識があれば、おのずと戦い方というものは違ってくるものである。 かわしながらグフはヒートサーベルを抜き放ち、間合いを取りつつ、その灼熱の剣を正眼に構える。 が、それでも、リーンの動きは驚異的であった。 間髪いれずビリーはグフを前進させる。 鋭い踏み込みから、素早く剣を、一直線に振り下ろした。 その動きには一切の無駄もなく、並みの相手であれば、その一撃で決まっていてもおかしくはない。 だが、ガンダムは紙一重でそれをよけると、突進してきたグフに、カウンターのパンチを入れたのである。 ブースターにより加速されたパンチは、前回と同じようにグフの頭部を捕らえた。 が、当たりが悪かったのか、それとも何か要因が足りないのか、前回は一撃でグフの頭部を粉砕したが、今回は破壊するまでには至らず、少々、頭部の形を変えただけにとどまる。 破壊はされなかったものの、グフは激しく吹き飛ばされ、背後にあったビルを崩し、その中に仰向けに倒れこんだ。 あるいはそれはビリーの方が意識的に引いてみせて、パンチの威力を受け流したのかもしれない。 リーンがもしも、もっと実戦の経験を積んでいたならば、もしかするのそのことに思い至ったかもしれない。 だが、このときリーンにそのことに思い至るだけの余裕はなかった。 余裕を、与えてもらえなかった、というべきかも知れない。 止めを刺すべく、グフに向かおうとしたガンダムの前に、別の影が、降り立ったからである。 グフの前にふさがるかのように現れた謎のモビルスーツ。 それは赤い、大きなモノアイを持つ、異形の機体であった。 リーンはすぐに頭を切り替えると、新たに現れたそのモビルスーツめがけ、殴りかかった。 「腕部にブースターをつけてパンチの威力をあげました、とでもいいたい様だが・・・実戦を知らぬ技術屋の考えそうなことだ。」 そのモビルスーツのコクピットで、その男‐シャリフ・ベルゲ‐はそう言って不敵な笑みを浮かべた。 が、ガンダムに対しそんな見下すかのような視線を投げかけたシャリフであったが、実のところ、自分が今駆っている機体とて、えらそうなことをいえた試しではない。 伸縮自在のアームパンチなどというものが装備されている自分の機体とて、似たり寄ったりである。 そもそも、そういった"パンチの威力を上げる機構"以前に、モビルスーツで殴り合いをしようという発想自体が馬鹿馬鹿しい。 だから、というわけではないだろうがシャリフは明らかに接近戦をかけてこようと突進してきたガンダムを軽やかにかわし、格闘戦なぞごめんとばかりに距離を取った。 もっとも、ビリーのグフを跳ね飛ばしたシーンを目の当たりにすれば、これが冷静な判断なのかもしれない。 本来ならばもう少し、物陰で見物しているつもりなのが、咄嗟に出てきてしまったのは、彼としても誤算だったからである。 軽やかに飛びのき、着地を極めると、シャリフはこの機体に装備されている唯一の遠距離武器であるワイドカッターを射出してみせた。 が、このワイドカッターというやつは、元々格闘戦しか想定していない機体に、連邦製MSのようにビームサーベルが使えないがために、気休め程度に装備された武器でしかなく、威力も命中率もお話にならないような代物であった。 三発ほど射出して見せたものの、一発はまったく的外れ、二発目はガンダムを掠めたものの、腕部の装甲に浅い引っかき傷を残しただけであった。 そして、ブーメラン状のこの武器は、形状がそうであってもまさか本当にブーメランのように戻ってくるなどとは考えられてはいなかったが、偶然かなんなのか、やはり一発目同様空を切った3発目のワイドカッターがパイロットの意志と反して、手元へと戻ってきた。 「使えん!」 戻ってきたワイドカッターをマニピュレーターで受け止めると、おもむろにシャリフはそのカッターを地上へと放り投げる。 やはり、どうあっても格闘戦に持ち込むしかないようであった。 もっとも、悪態をついてはみせたものの、シャリフとてプロの軍人である。 やれといわれれば、やれないことではないのだ。 そして、戦いの腕前は、ビリーより、遥に上手であった。 そのことを、リーンはすぐに、実感することとなる。 |