|
恋人の死、それを現実のものとして捉えられないまま、それでも時がゆけば体の傷も癒え、そして再び、ユウは戦場へと向かうこととなった。 決して認めようとはしない自分と、それをどこかで客観的に見つめている自分。 いつしかユウの心の中はそんな二つの感情に分離し、悲しみではなく、ただただ空虚さだけが、その胸を埋めつつあった。 こんな状況でも、その身が癒えれば戦場に立たねばならない、それゆえの、感情の分離でもある。 兵士一人の感傷などが、戦況に影響を与えるはずもない。 そう、そのはずであった・・・ 想いだけでは、何も動かない、と・・・ ![]() Phase-2 月光 ‐Encounter‐ 所詮、兵士などは駒でしかない。 戦争をやっている上層部の、というより、戦争という状況そのものの、駒である。 だから、個々の一時の感傷などで状況は何も変わりはしない。 次は自分の番かも知れない、そんな思いを抱えながらも、ただ機械的に、同じようなやりきれない思いを、生みつづけていくだけである。 理解も納得も、そこには必要ない。 疑問を差し挟む余地すらない。 それが戦争というものだ。 『圧倒的な力の前に、人の想いなどあまりに無力だ。』 どこか絶望にも似た感覚を抱きながら、ユウは次の戦場へと向かうこととなった。 そう言い聞かせなければ、次は自分が散ることになる、だから・・・ しかし、そう、それでもなお、人の想いがそこにあることもまた、事実なのだ。 そう思い聞かせるのは、それでもどこかで、まだ彼が人の想いを信じているからなのかもしれない。 そんな感傷に浸っていては、次に死ぬのは自分だと思いながらも、それを止められないのも、あるいはどこかで、それを望んでいるのも、そうすれば、もう一度彼女に会えるかもしれない、そんな淡い想いも、それを消し去ることは誰にも出来はしない。 空虚さの中に、それでもわずかに残るものがあったとすればそんな整理しきれない想いの数々である。 そんな想いは、本当は敵味方、ナチュラルとコーディネーターなどという括りなどと関係なく、全ての者たちがきっと同じように抱いているはずであった。 それでも、それでもなお。 互いの、今抱えている痛みを、互いによく知っているはず、それでもなお、戦わなければならない。 そんな想いに、敵も味方もないはずである。 けれど同時に、だからこそ戦わなければならないと、そう思うものたちもいた。 それは失ったものたちの復讐の為。 そこには、敵もまた同じ想いを抱いているという、そんな思いは微塵もない。 同じ痛み、同じ人間であるはずなのに、分かり合えない、分かり合おうとしない。 それが戦争という状況の特異性なのだろう。 そしてその只中に、彼はいるのだ。 眼前には、蒼い大地が広がっていた。 しかしその蒼は、ユウが愛した空の蒼ではない。 もっと冷たく、悲しい蒼。 それはここで散ったものたちの命が、そう見せているのか。 それとも・・・ 窓の外から目を離し、ユウは天井を見上げながらふっとひとつ、息を吐いた。 所詮、それは彼自身の心のうちの問題なのだ。 そう、ユウは結論付ける。 元よりここは、彼のよく知る空ではない。 漆黒の宇宙、眼下には蒼い"月の"大地。 それを冷たい、と感じるのは、結局今の、彼自身の心がそう見せているだけなのだ、と。 「月・・・そら・・・宇宙、か・・・」 もう一度、窓、月の大地の上を行くシャトルの窓から、ユウは外を見やった。 遥かに広がる蒼い大地の上には、巨大なクレーターが姿をあらわしている。 その中には、明らかに人口と思われる建造物の姿もあった。 その建造物、すなわち彼が今向かっている地球軍の月面基地から目をそらすかのように、ユウは月の平原の彼方、彼の後方にある、蒼い輝きに視線を移した。 この距離ではもう、大地の細かなディティールなどはわかりはしない。 たとえ見えたとしても、今の時間、彼のいる、すなわち月のある方角から見えるのは太平洋の中央あたりで、アラスカもパナマもその円の端に捕らえられるかどうか、というところであった。 宇宙に上がって、パナマの大地に眠る彼女から遠く離れてしまったのか、それとも、彼女の魂のある天に、少しでも近づいたのか。 地球の蒼は、やはりユウにそんなことばかりを思い起こさせる。 地球の蒼は、月の蒼よりどこか、暖かく見える、それゆえに・・・ それもまた、彼の心の中の、問題なのだろうか・・・ やさしいその蒼は、だが時として欺瞞であるかもしれなかった。 空から見た地球は、蒼いその輝きは、そこに争い事が存在することを微塵も感じさせない。 が、事実はそうではない。 ユウが思いをはせるその大地では、醜い、としか形容できない争いが今まさに繰り広げられていた。 つい先頃にも、ちょうど今見えている太平洋、赤道付近で新たな戦闘があったばかりでもある。 パナマを失い、宇宙へと上がる術を失った地球連合が、新たな宇宙への"道"を求めたが故の、ナチュラル同士の、不条理な争い。 いや、地球連合軍による、一方的な侵攻、と正確には言うべきかも知れない。 中立という理想を掲げ、ナチュラルもコーディネーターも隔てなく受け入れてきたひとつの国。 そうであるがゆえに、味方でない、ただそれだけの理由で、"敵"として連合はその国に攻め入った。 同朋同士が血を流し合う、それはアラスカの崩壊も、パナマも惨劇もかすむほどに、醜いとしかいえない争いである。 グリーンランドで静養を続けていたユウにとって、だがそれらは伝え聞く情報以上の意味は持ち得ない。 結局、かの国は陥落しながらも、宇宙への"道"もまた国とともに炎の中に姿を消し、最後まで連合に屈することはなかった。 そんな事柄も、結果としての事実以上の意味は、今のユウにはなかった。 考える余裕も、なかった。 そしてさらに連合軍は、アラスカとパナマの事実のみを取り上げ、ザフトの非道ぶりだけを声高に叫び、世界を扇動しようとしていた。 そこには、やはり"蒼"を冠した名を持つ、組織の姿も見え隠れしている。 "彼ら"の考えはユウにはわかりようもない。 そして同時に、ユウの想いもまた、"彼ら"には分かりえないことであろう。 それはつまり、この戦争がユウが願うような形で終わらないことを、示してもいた。 連合とて、手をこまねいていたわけではない。 一つの作戦が失敗した程度で、戦略のすべてが狂うようであれば、それは組織として末期的である。 もっとも、そんな意味合いは別として、既に地球軍は末期的であったかもしれないのだが。 同時に行われていたビクトリア基地攻略戦は連合側の勝利に終わり、彼らは再び宇宙への道を手に入れていた。 そしてアラスカで疲弊し、パナマで勝利したとはいえ得るもののなかったザフトにとって、予想外にビクトリア基地を失った影響は大きかった。 カーペンタリア、そしてジブラルタルと、まだ健在な拠点はいくつか存在してはいたものの、開戦以来、おそらく初めてといっていいほどの完全なる敗戦、という意味も、この戦いにはあったからである。 ザフトの専売特許であった人型兵器、モビルスーツを連合が正式に戦線に投入したのはパナマがはじめてのことであった。 そのパナマでは、戦術の不慣れさと、そしてザフト軍の急襲による混乱などがあいまって確たる戦果を上げられず、宇宙への道、すなわちマスドライバーをも失う羽目となったのだが、続くこのビクトリアでは、連合のモビルスーツ部隊はザフトに対して互角以上の戦いを見せ、かの地にあったマスドライバーも、ザフト軍に破壊させる間も与えずに、ほぼ無傷で奪取せしめていた。 それは、両軍にとって極めて、戦略的に大きな意味を持っていた。 連合は勢いづき、ザフト側は連合の攻勢が本国、すなわち宇宙に浮かぶ彼らの大地、プラントに及ぶあろうことを予見した。 開戦以来徐々に地球に押し込められ、長く地球になっていた主戦場が、宇宙へと移る、そんな予兆が両軍に間に漂い始めてきていた。 そんな中、傷癒えたユウが、奪い取ったばかりのビクトリアから宇宙に上がることとなったのは、ある種自然の流れであったのである。 『月に上がり、新たに編成されるモビルスーツ部隊に合流せよ。』 ユウに下された命令は、それだけであった。 もちろんただの一兵士に過ぎない彼に、拒否する権限も、異論をはさむ余地もありはしない。 「今からモビルスーツの操縦なんて・・・」 はじめて上がる宇宙への不安と同時に、彼の中にあったのはそんな思いである。 モビルスーツ。 それはザフトが開発した、人型の機動兵器である。 ユウたちの属する地球連合でも、ザフトから遅れること一年余りもたってようやくモビルスーツが開発され、パナマ、そしてビクトリアで実戦に投入された。 その性能は連合に戦前から配備されていたモビルアーマーをはるかに凌駕していた。 所詮戦闘機の延長線上のものでしかないモビルアーマーとモビルスーツでは、その根本からして異なっていた為である。 そしてその性能は、元々連合傘下のコロニー群でしかなく、物量で圧倒的に劣るザフトをして、当初の戦局を有利に運ばせることとなる。 無論、その圧倒的なまでの威力を目の当たりにして、連合とて手をこまねいていたわけではない。 だが、技術的側面もさることながら、もう一つの理由が連合のモビルスーツの配備を遅らせていた。 機体はともかく、それを扱えるものがいなかったのである。 そしてモビルスーツは、そんな『生まれながらに優秀な遺伝子をもつ』コーディネーターにしか、扱えなかったのである。もちろん、今ではその問題もクリアされてはいる。 ナチュラルでも扱えるモビルスーツが完成したからこそ、正式に配備がなされているのである。 それは、ユウにもわかっている。 とはいえやはり、戦闘機しか扱ったことのない彼にしてみれば、モビルスーツはおろか、モビルアーマーとて手に余る代物であるように思えた。 ただの、極めて普通のナチュラルである、彼にとっては。 それを、はじめていく宇宙で動かしてみろ、というのだ。 命令とはいえ、無茶なものだと正直思う。 そしてその不安は宇宙に上がってから、ますます強くなることにった。 辞令を受けて、心の準備もままならぬうちに、まるで括り付けられるかのようにシャトルのシートに放り込まれ、考える間もなく宇宙に放り出された。 そして強烈な大気圏脱出のGが過ぎ去ってやってきた、厄介な無重力状態にユウは多少、面食らった。 無論一応は、軍人の端くれ、腐ってもパイロット、である。 そうであれば、宇宙酔いにこそなりはしなかったが、それでも、シートベルトをはずし、初めて無重力というものがどういうものであるか、その身をもって体感してみれば、それは違和感、などという生易しいものでないことはわかった。 泳げない人間が、"人間は元々水の中で暮らすようには出来ていないんだ"などと悪態をつくことがあるが、言ってしまえばそれと同じであろう。 結局人間は宇宙で、重力のないところで生きていけるようにはなっていないのだと、そう思ってみたりもする。 だから、こんな有り様であるから、そういう面も含めて初めから宇宙というものに対応されているコーディネーターと、戦いにならないというのはわかる話でもあるのだ。 そして同時に環境が新しくなるのなら、人もまた、それにあわせて変わっていかなければ、生きてなどいけないとも思うのだ。 「結局、できることと出来ないことを認められるかどうか、なんだろうな。」 一つため息をつくと、ユウは静かに、もう一度シートへと戻った。 そして、彼の視界に、やがて蒼い大地が飛び込んでくることとなる。 その蒼い大地、ユウが視線をそらした連合の基地に、その光景とは似つかわしくない、一人の少女の姿があった。 美しく輝く藍色の髪、だが、その美しさに反して、その髪は無造作に切り落とされており、それが、十代後半と思しきその少女の印象に、違和感を与えている。 そしてさらに、その瞳が奇異な印象に拍車をかける。 紅く輝くその瞳は、何も移っていないのではないか、と思わせるほど、空虚さを漂わせていた。 ふと、その瞳にわずかな光がともる。 それは、憧憬と、思慕と、そして、一抹の憎悪を含んだ、そんな光であった。 が、それも刹那のことで、それに気づくものなどはいない。 もっとも、黒い壁で仕切られたこの部屋には、元より彼女以外に動くものの姿はなかったのだが。 漆黒の向こう側、ほんの一瞬、彼女が視線を向けたその先にはユウの乗るシャトルが、そして、さらに遥かその先には巨大な砂時計もあった。 それはコーディネーターたちの大地、プラント・・・ そして、そこには・・・ 「姉・・・さん?」 まったく感情のこもらないその言葉、その言葉の意味は誰にも、そう、当の彼女自身にもわからない。 今の彼女には・・・ |