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"それ"を目にしたとき、ユウは不意に現実へと引き戻された。 自分が、所詮駒でしかないと、それもナイト(騎士)ではない、ポーン(兵士)でしかないのだと、改めて思い知らされた。 自惚れていたわけではない、が、あのアラスカを生き残って、そしてモビルスーツのパイロットに任ぜられたのは、つまりその強運を買われてのことだろう、ぐらいには考えてはいた。 が、上層部にとって、そんなことは何の意味もないものであった。 もっとも、ユウ自身は気づいていないが、そもそも"あのアラスカ"を生き残ってしまったこと自体が上層部にとっては"間違い"であったのかもしれない。 ユーラシア所属のユウが、ユーラシアの艦に配属されるというのは、無論それはおかしなことではなく、むしろ自然なことであろう。 そして現状、ユーラシア連邦は、地球連合の中にあっても、極めて疲弊している状態にあった。 アラスカにおいてザフト軍とともに壊滅した部隊の大半が、ユーラシア所属であったのだから無理もない。 その結果が今ユウの眼前にある"もの"であった。 戦艦トルーマン。 立派な名を戴いてはいるが、明らかに老朽艦と言うのがふさわしい、その体であった。 ![]() Phase-3 魔剣 ‐Gladius‐ 艦が艦ならモビルスーツも同様であった。 大西洋連邦の開発した連合初の量産機"ストライクダガー"。 その技術供与を受けてユーラシア連邦が完成させた機体、そう謳われているのが彼の眼前に立つ"そのもの"であった。 CAT-01X、"ランサー"と名付けられたのがそれである。 がその実態はこうである。 元々ユーラシアも独自にもビルスーツの開発を行ってはいた。 しかし、その技術力はザフトや大西洋連邦と比較して一歩遅れていた感は否めず、それ故に、製造された機体の性能もその技術力に順ずるものでしかなかった。 技術力の問題にアラスカの一件、そして政治的問題も絡み、結局ユーラシアは独自開発の道をあきらめることとなり、開発途中であった機体に大西洋製、つまりダガー系のパーツを用いて形だけ、数を埋めるためだけにとりあえず作ったというのがこの機体の実情なのである。 名前の由来ともなった連装式貫徹弾「ランサーダート」を装備した攻盾システム「トリケロス」が装備されているのが、せめてもの慰めであろう。 どこか投げやりにそう説明してくれた艦のメカニックの態度に、装備だけでなく、人員もまた同様なのだろうと、ユウは漠然と悟った。 そしてその風潮は、この艦の艦長にもまた同様、いやむしろもっとも顕著に表れていた。 「結局、大西洋連邦にしてみりゃ、ユーラシアもコーディネーターも同じぐらい煙たいってことさ。」 挨拶に赴いたユウに対する艦長の第一声は、まるで貧乏くじを引かされたことを同情するかのようでもあった。 まあ確かに、貧乏くじなのかもしれないとは思う。 アラスカを"生き抜いた"というより"生き残ってしまった"のだという事に、いまだユウは気づいてはいないが、たしかに大西洋とユーラシアの関係を思えば、そういうこともあるかもしれない、ということはあった。 所詮はコーディネーターという共通の"敵"の存在があって共にいるというだけのことであって、元々、というより旧世紀から続く構図の中の問題がクリアされているというわけではないのだ。 大西洋連邦が"アメリカ"と呼ばれていたころと、実のところ情勢はあまり変わってはいないのである。 であれば、紆余曲折の果てにその大西洋が主導権を握った以上、ユーラシアの部隊が割を食う、という構図もわからない話ではない。 が、実のところユウが貧乏くじ、と思うに至ったのはその部分のことではない。 むしろ艦長からしてどこか投げやりな、この艦の風潮に、である。 ユウとて何も積極的に戦いに赴いてきたわけではない。 模範的な軍人、とやらを目指しているわけでも、それを演じたいわけでもない。 しかし、だ。 命を預ける以上は、やはりそれなりの規範があって欲しいとも、また思うのである。 お機楽な艦長を前に眉をひそめる総舵手を見れば、無論全員が全員こうではないのだろうとは思うものの、これでは出て早々に落とされるだけだ、と思わずにはいられなかった。 脇に立つ操舵手も、同じ思いで眉をひそめているのかもしれない。 『もっとも・・・今の僕に・・・必死になってまで生き残らなきゃいけない理由があるわけでもないか・・・』 ふと、そんな考えがよぎり、ユウはうつむく。 だから、そんなユウに艦長が一瞬だけ、視線を鋭くしたことに、彼は気づかなかった。 カシアス・ルーガー中佐。 それが、この一見お気楽にしか見えない男の、名であった。 ひとまずの着任の挨拶だけ終えると、ユウは早々にブリッジを出た。 あの艦長と長く顔を合わせていたくない、というわけでは実はない。 あきれはしたものの、人となりとしては、悪い人物でもないようにユウには思えた。 嫌いなタイプではないのだ。 たるんだ空気、といえば聞こえは悪いが、反面それは、幾ばくかのやりやすさもあるだろう。 無論、戦場でそれが大きな命取りになることもわかってはいる。 要するに結局のところ、ユウ自身、まだ気持ちの整理がついていないのだろう。 いろいろ感じては見ても、そこから一歩踏み込み、他人のことをとやかくと考えるほどの余裕は、今の彼にはない。 現実に戻っているようで、戻りきれていないのが、今のユウなのである。 それをどこかで自覚しているのか、だからユウは、とにかくまず、自分だけのことをしようと努めた。 愛機、正確にはこれから愛機となるその機体の前に立ち、その顔を見上げてみる。 自分がこれから命を預ける機体、果たして預けるだけの価値があるかわからない命ではあるが、だが自分の命綱であるべき機体であれば、ないがしろには出来ないのがパイロットとしての本能なのかもしれない。 とはいえ、一介のパイロットでしかない彼に、無論多少のメカニックの知識はありはしても、専門のメカニックたちに割って入ってできることなどはほとんどないに等しい。 ましてこれは、彼がはじめて間近に見る、『モビルスーツ』という未知の機体なのだ。 そんな彼にできること、それは、ある種の『お呪い』に近いことでしかなかった。 "それ"をしようとした彼を、先に説明してくれたメカニック−デリー・エルソンという名の壮年の、おそらくはこの艦のチーフメカニックであろう人物−は、彼の行為を目の端に捉えながら、特に咎め立てをしようという様子も見せない。 "それ"は珍しい光景ではない。 これから死地に赴くであろうパイロットたちに、わずかばかりに許された権利でもあるのだから。 「四つ葉のクローバー、か。」 「艦・・・長?」 不意に後ろから声をかけられ、驚いて振り返った自分物の姿に、ユウは二度驚いた。 ランサーの左肩、そこにユウは四つ葉のクローバーを書き入れていた。 彼はエースパイロットと呼べるほどの腕前を持っているわけではない。 そんな彼にさえ、所謂パーソナルマークといわれるものを書き入れることを、誰も咎めはしない。 それが、せめてもの気休めになるのなら、それぐらいの配慮は、軍にだってあるのだ。 「幸運を祈って、か?」 無論ルーガーのその口調も、別に非難の意味合いがあるわけではない。 「まあ、そんなところです。」 別段ルーガーを疎ましく感じたわけではないが、ユウはどこかはぐらかすかのように、そう答えた。 実のところ、はぐらかしたいのはルーガーではない、自分自身なのだろう。 かつての愛器、スピアヘッドにも描いていたこのマーク。 それは、彼にとって特別な意味が込められていた。 彼と、彼の愛した女性を結ぶ、大切な思い出なのだ。 彼女を失ってなお、それにこだわっている自分、やはりどこかでけじめをつけることが出来ない自分。 その思いを断ち切りたいのか、それとも大切に持ちつづけていたいのか、それすらも今のユウにははっきりしない。 はっきりさせなければいけない、ということに対する、はぐらかしなのだろう。 元々、ユウは優柔不断というわけではない。 迷うのは、自分の進むべき道をはっきりとさせるというそのこと自体ではない。 けじめをつけるということ、それが、彼女の死を受け入れるということに他ならないから、だから、なのだ。 受け入れられない自分、受け入れなければならないと諭す自分、結局、ユウはそこから抜け出すきっかけすら、まだつかんでいない。 ルーガーに気付かれない様にするかのように、小さく、一つため息をつくと、そんな想いを抱えながら、ユウはふと、視線を上げて見せた。 そのときその視線の先に、"それ"が写ったのは、果たしてただの偶然だったのであろうか。 "それ"が目に飛び込んできたその瞬間、しばし、ユウは己の中の鬱屈した感情を忘れた。 そこには一機の、黒いモビルスーツの姿があった。 開け放たれた艦の格納庫からは、トルーマンの横でやはり同じように物資の搬入が行われている艦の姿が見て取れた。 もっとも、同じなのは物資の搬入を受けている、という点だけで、ポンコツ寸前の老朽艦であるトルーマンと違い、向こうは大西洋連邦所属の新鋭艦であったのだが。 まるで人間の脚部のように前方に張り出した格納デッキ、その特徴的な姿は、かつてユウがアラスカで見た、白亜の巨艦を思い起こさせた。 が、それも当然のこと、アークエンジェル級四番艦"メタトロン"という名のこの艦は、各所が大きく改修され、翡翠色に彩られてはいたが、ユウがアラスカで見た白亜の巨艦"アークエンジェル"のまごうことなき同型艦であった。 その艦に今、一機のモビルスーツが搬入されようとしている。 黒一色で塗り固められたその機体は異彩を放ってはいたが、連合の量産機であるダガーシリーズであることには違いないようであった。 もっともそのユウの判断は実のところ正確ではなかったのだが、少なくとも彼にとって、それはどうでもいいことであった。 彼が目を奪われたのは、翡翠の艦でも、黒いモビルスーツでもなかったからである。 軍艦に搬入されるモビルスーツ。 その光景には似つかわしくない一人の少女。 そう、少女、と形容するにふさわしい一人の人物が、そこにはいた。 少女は、黒いモビルスーツの足元で、それを見上げている。 遠くであるために、見上げるその瞳に込められたものまでは窺い知ることは出来なかったが、この距離でも顔は、はっきりと判別することが出来た。 もっともそれは、ユウであったからこそ、だったのかもしれないが。 その少女の顔を、彼が見間違えるはずはなかった。 ただ一人愛したその女性の、その顔を。 だが、一瞬抱いた期待の後、ユウは自分でも悲しいほどに冷静に、現状を把握し、そして、その少女が誰であったかに思い至る。 そう、彼女は彼が愛した女性ではない。 そしてユウはその少女のこともまた、よく知っていた。 「サエ・・・?」 だが、彼はすぐに知ることとなる。 彼女が、彼の記憶の中にある少女と、あまりに違ってしまっていた、ということに・・・。 |
| サエ・シナノ |
藍色の髪を持つユウの恋人に良く似た少女。 年齢は18。どうやらナチュラルのようだが・・・。 イメージボイスは宮村優子。 |
| カシアス・ルーガー |
ユーラシア所属の戦艦トルーマンの艦長。 41歳。中佐。 ユーラシアの所属であるがゆえに、大西洋が主導である現在の連合では微妙な立場であるが、当人はあまり気にしていないようである。 元々そういう無気力な人物なのか、はたまた・・・ イメージボイスは藤原啓治(ケロロ軍曹のナレーション等)。 |
| デリー・エルソン |
トルーマンのメカニックチーフ。 艦の雰囲気同様、多少投げやりな面も見える。 35歳。 イメージボイスは古川登志夫。 |
| ビュイック・レパード |
トルーマンの操舵手。 だれきった艦の雰囲気や、その筆頭である艦長に眉をひそめる真面目な24歳 ナタルのような堅物の典型的軍人、ではなく今の地球軍のありように、多少なりとも疑念を抱いている。 イメージボイスは中村大樹。 |