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新鋭艦であるメタトロンはクルーの習熟をかねて完熟航行に出る手筈となっていた。 その出向前に、ユウはサエと話す機会を得たが、それは彼にとって幸福な結末をもたらさなかった。 「あなた、だれ?」 メタトロンに乗船しようとしていた彼女に咄嗟に話し掛けた、そのユウに帰ってきた言葉は、ただ、その一言のみであった。 ![]() Phase-4 大人 ‐Kasius・Rouger‐ その言葉自体もさておき、その口調に、ユウは激しい違和感を覚えた。 明らかに、そこにいたのはユウの知る少女、サエ・シナノという名の少女であったはずである。 だが、今目の前にいるこの少女は、彼の記憶の中にあるサエとはまったく違っていた。 ユウの知るサエは、勝気で、激情家で、少なくとも、感情表現の豊かな少女であった。 だが、その言葉には感情というものを、ただの一遍足りとも感じることはできない。 良くも悪くも、喜びも、その裏に隠した憎しみも、結局隠しきれてはいなかった、そんな感情表現しか出来なかった少女。 憎しみの意味も理由も、知るがゆえに愛しいとさえ感じた少女。 そんな、ユウが知っていたはずの少女は、そこにはいなかった。 「グラディウスという魔剣を操るための、さしずめ作られた剣士、ってとこなんだろうな。」 メタトロンの前で立ちふさがるユウに、不意にそんな言葉が投げかけられた。 「艦長?」 何を言われたのか、咄嗟に理解できない。 いつのまにか艦長が後ろに立っていたということにも、そんな言葉がルーガーの口から発せられたということにも気を回すことが出来ないほどに、ユウに顔にはありありと動揺が見て取れた。 そんな動揺がわかるからか、ルーガーはあえて説明的な口調でこう言った。 「ま、こんな落ちぶれた男でも一応艦長だからな、噂ぐらいは、いろいろ入ってくるのさ。・・・あの子、お前の知り合いか?」 「ええ、まあ・・・」 何とか冷静さを取り戻そうしながら、そんなルーガーの言葉に答える。 「妹見たいな子、ってとこですかね。」 かつてその表現をサエは嫌っていた。 忌み嫌う、とさえ言ってもいい。 単に表現だけの問題、感情的な問題のみならず、それが、ある種の真実と現実を伴った言葉であったせいもあるだろう。 それももちろん、ユウとてわかっていた。 わかってはいたが、どうにもならないことでもあった。 だから、極力口にしないよう努めてきた表現でもある。 それを口にしたのは、動揺がまだ残っていたためなのか、それとも、あえて口にして見せることで現実に自分自身を引き戻そうとしたのか、その意図は、ユウにもわからない。 「そう・・・か。」 そのユウの言葉に、ルーガーは表情を曇らせた。 その顔は、最初にブリッジでユウが見た、無気力でいいかげんな男とは少し違って見えた。 「どういう経緯を経て彼女がああなったのかは俺も知らん。」 トルーマンの休憩室にユウを連れてくると、ルーガーはそう切り出した。 「が、あの感じを見る限りだと・・・な。」 そう言ってルーガーが切り出したのは、連合において極秘に進められていた、とあるプロジェクトのことであった。 "ブーステッドマン"と呼ばれる"それ"は、簡単に言えばナチュラルでもモビルスーツを操れるようにするための二つの方策のうちにひとつである。 二つの方策、その内の一つは現在配備が進められているダガーシリーズやユウに与えられたランサーがそうであるように、ナチュラルにも扱える機体を建造する、ということである。 反射神経でコーディネーターに劣るナチュラルが操るためには、無論、幾ばくか反応速度を犠牲にしてみたり、煩雑な処理をコンピュータによるオートで代用してみたりしなくてはならず、必然的に、ザフト側の機体に比べて性能は劣ることとなる。 そして今ひとつの方策とは、つまりはその逆、人間の方を、機体にあわせるのである。 それがブーステッドマンと呼ばれる、精神と肉体を強化された兵士のことであった。 もっともその"強化"というものは、"まっとうなもの"ばかりではなく、それが、プロジェクト自体が極秘に進められてきた、一つの要因でもある。 薬物による無理な強化は当然のごとく副作用を生み、戦闘に特化するために、不必要なもの-感情とか記憶と呼ばれるもの-はことごとく除去される。 それはもはや"ヒト"と呼べる代物ではなく、技術者たちは彼らのことを"生体CPU"、つまりモビルスーツの部品の一つ、として扱った。 いや、本当はそうではないのかもしれない。 たとえそうなってしまっても、やはりヒトはヒトである、その事実と、罪の意識から逃れるために、"生体CPU"などという言葉を使い、欺いているだけなのかもしれない。 自分たち自身を。 もっとも、今のユウにとってそんなことは、そしてそんなことをルーガーが知っている、ということも、どうでもいいことであった。 自分の知る少女がそんな境遇の中にいる、その理不尽さへの怒り、ただそれだけが彼の胸のうちに沸き始めていた。 「なんで、そんなことを。」 「かんたんなことさ。われわれより優れたコーディネーターと戦う、そのためだ。」 そんなユウの憤りを知ってか知らずか、ルーガーは涼しい顔でそう言って見せる。 その言い方に、ユウは怒りもさることながら、わずかばかりの引っかかりを感じた。 コーディネーターの存在が自然の摂理に反している、突き詰めてしまえば自らの劣等感を隠蔽するために持ち出したそんな倫理観が、お偉いさんの掲げたこの戦争のお題目だったはずである。 だから、倫理観などというものは結局建前に過ぎないのだということは、誰もがどこかで感じていることではあるのだが、だからといってそのコーディネーターと戦うためにさらに歪んだ存在を生み出す、というのはあまりにおかしな話であろう。 「そんな理屈は・・・おかしいでしょう・・・。」 ユウにしてみればそもそもコーディネータが、自然に反した存在である、という考え方自体納得が行くものではないが、そういう考え方もあるのだろう、ということは理解できる。 しかし、建前とはいえ自ら掲げた倫理観に矛盾した行いをする、というのは理解することも出来ない。 そして今、ユウにはもう一つ、引っかかることがあった。 「そんなことは、俺たちが考えるこちじゃない。軍人なんてのはやれといわれたことをやりゃいいだけだ。だろ?」 そう言ってのけるルーガーの言葉は、ある意味では正しい。 自らの判断で臨機応変に動く、といえば聞こえはいいが、好き勝手にやられては、軍という組織のありように影響する。 もっともだからと言って盲目的に従うだけ、というのもそれはそれで問題であるのだが。 ルーガーの言い草は、言葉尻だけを捉えれば、小難しいことなど考えずにしたがっていれば言い、そんな投げやりな態度にも見えた。 いやおそらく、今戦場で戦う多くの者たちは、もしかするとそうなのかもしれない。 そして支持するべき上のものたちの考えが前述のような、矛盾を孕んでいるものだとするのなら、それは、何かが歪んでいる、そう感じもする。 何もわからずに、世界は破滅に向かいつつあるのか、あるいはそれとも… ふと、ある考えに思い至って、顔を上げ、ユウはルーガーの顔を見た。 いや、"思い至らされた"といったほうが正しかったかもしれない。 そして視線を上げたその先にあったルーガーの表情が、それを物語っていた。 「それぞれ自分のできることをする。お前さんだってそうだる?兵士は、言われたとおり戦うのがお仕事だ。ちがうかね?」 その言葉に、ユウはひとつの確信を得る。 今、戦場にいる兵士の多くは、疑いを抱くこともなく、今ルーガーが言った考えの下に戦っているのだろう。 だが、同じ意味を持つ言葉を紡ぎながら、ルーガーの思惑は別にあるようにユウには感じられた。 「何が、おっしゃりたいんですか?」 「別に何も。ただ・・・そうさな、自分がほんとになすべきことがなんなのか、それを見極めなさいってことさ。自分がほんとに信じるべきものがなんなのか、な。」 その一言で、ユウはルーガーの無気力さの裏側に隠された本音を、垣間見た気がした。 が、実のところ、それでもまだ、言葉は言葉でしかない。 「ま、縁があって俺の部下になったわけだからな。いいかげんな男に見えるだろうが、面倒見はいい方なんだよ、なんだかお前さ、浮かない顔してたからな。」 思いはすれど、それで何かが変えられる、変えようという危害は、やはりそこにはない…もっともそれは、ユウも同じことであったが。 ただそれでも、ユウはこの男のことを、少し見誤っていたと感じ、そんな思いは、ユウの心を少しだけ軽くさせた。 もっとも、やはり軍人らしくはない、とも思ったが。 少しだけ吹っ切れたようなユウの後姿を見送りながら、ルーガーは誰にも聞こえないほどの小声で、つぶやく。 「軍、というより、大人の世界と言い換えるべきか…その大人の世界にはには色々ある。何もわからない子供が知った風な口を利くな…戦争なんだから、奇麗事だけ言ってられる状況じゃない…そう言うのは…言うだけなのは本当は簡単なのさ。何でそうなっちまったのか、どうしたらそうならないで済んだのか…奇麗事だけで世の中が運ぶなら、ほんとはそのほうがいいに決まってるのに、そのための努力もしねえで、世の中を分かれとだけいう…無責任もいいとこだ。もっとも、俺もそれを放棄した一人なら、そんな偉そうな事は言えないんだが…な。」 |