6月13日(金)秋葉原事件


6月8日、秋葉原で悲惨な事件が起きた。誰もがありえないと思う事件。
被害者の方のことを思うと、胸が苦しくなる。
このところ続いている無差別殺人。「誰でもよかった」「死刑になりたかった」...
なんなんだ、これは。

今回の秋葉原での犯人は克明に携帯の掲示板サイトに書き込みをしている。
これだけ犯行に至る過程がネットから判明する事件も珍しい。ある意味、現代型か。
テレビや新聞などでもかなり取り上げられている。そこから読み取れることは。。。
・彼女ができない。
・リストラになる。
・友達ができない。
・両親への反発。

以下、青字は他のサイトで紹介されていた犯人の書き込み。

教育熱心だったとされる両親。
「親が書いた作文で賞を取り、親が書いた絵で賞を取り、親に無理矢理勉強させら
たから勉強は完ぺき」

子供を育てるって難しいことだと思うけど、「小さいころから『いい子』を演じさせられ
ていた」犯人と演じさせていた両親、やはりこれは間違いだよね。教育ではない。
子供の宿題に親が手を出すというのは、よくある話。でも私はかなり反発したなぁ。
家庭科の宿題とかも、絶対手を出させなかった。母親に負けたくないみたいな反抗心
があったなぁ。母親は頼られなくて寂しかったかもしれないけれど、その頃の経験が
今に生きて、料理したり、洋服作ったりしてる。
子育てって、なにが吉とでるか難しいね。


犯行の数日前に作業着がなくなってヤケになった書き込みは、テレビでも盛んに紹介
されていた。しかし、その後の書き込みに...
「それでも、人が足りないから来いと電話がくる/俺(おれ)が必要だから、じゃなくて、
人が足りないから/誰が行くかよ/誰でもできる簡単な仕事だよ 」

仕事って誰にとっても難しい。会社で私でなければ、オレでなければ、と求められる
仕事がそうそうあるもんでもない。あったとしても、自分が辞めても会社は回る。社会は
なにごともなかったように動いていく。そういうもんだ、仕事って。


「彼女がいれば、仕事を辞めることも、車を無くすことも、夜逃げすることも、携帯依存
になることもなかった/希望がある奴(やつ)にはわかるまい/で、また俺は人のせい
にしてると言われるのか/いつも悪いのは全部俺 」

この犯人、中学の時は優等生だったらしい。頭はいいんだと思う。いろいろ不満を持つ
自分、それを人のせいにしてると批判される自分。。。ある意味、わかってる、けれど
考え方を変える術をわからなかったのか。


今回の凶器となったナイフを買った店で感想。
「店員さん、いい人だった/人間と話すのって、いいね 」
人間と話すこと、コミュニケーションをとることの楽しさみたいな感覚を、この時点でも持っ
てることに驚かされる。裏返せば、それだけ孤独だってことかもしれないけど。


「死ぬ気になればなんでもできるだろ」/死ぬ気にならなくてもなんでもできちゃう人の
セリフですね

う〜ん。。。こう言われちゃうとなんだかなぁ。
死ぬ気になって頑張って成功する人も世の中にはいると思うけど。じゃあ、私は死ぬ気
になって頑張ってるのかと言われればねぇ。。。(~_~;;)
ただ、ひとつ言えるのは、とりあえずやってみる、その結果、できたり、できなかったりの
人生なんだけど。
とりあえずやってみるという姿勢そのものが、プラス思考だものなぁ。そういう発想の転換
ができるか、できないかってことなのかもしれないね。
犯人のように、これだけ、自分を思い詰めちゃうと、そこから抜け出すのは、かなり大変
そうだ。閉塞感を持つ若者が、そこから飛び出す、気持ちを切り替えるには、どうしたら
いいんだろうか。

この事件は、あってはならいことだし、犯人は絶対許せない。
しかし、犯人がネットに吐露していた心情を読んで、なんだかいろいろ考えさせられて
しまった。
最後に、亡くなられた方に、心からお悔やみ申し上げます。

By Toshiko