万 有 引 力
― バンユウインリョク ―


ガヤガヤと遠くの波のように人声がざわめく店内。
「塩とタレ、どちらになさいます?」
にこやかなおネェちゃんの声に

「塩で」
「タレで」

……被った。


■□


「な〜んでタレなんだよ」
モモ串を咥えつつ、目の前の天蓬に言った。
「なんで塩なんですか」
そっくりな返球を投げつつ、天蓬はちまちまと串から肉を外す作業に没頭している。
「焼き鳥は塩でしょ〜?」
「タレですよ」


■□


天蓬がタレだと言って譲らないので、結局同じ種類を塩とタレで両方頼んだ。

『タレ〜?』
焼き鳥は塩で食べるもんだと言ってやろうとしたところへ
「ハイ!ナマお待ち!」
威勢良くビールが来たので、タイミングを外した。


頬杖をついたまま、ジョッキを目の高さに上げる。
無言の乾杯。
したら、天蓬の奴、それに自分のジョッキを合わせやがった。
ガチャンとガラスのぶつかる音。

『野暮。グラスは合わせないもんだぜ、こういうときは』
杯を上げたまま口を開こうとしたが、
目の前の飲みっぷりに目を奪われて、タイミングを外した。…2度目。


競うようにグイグイ呑んで、あっという間に空になるジョッキ。
通りかかった店のお兄ちゃんを呼び止めて、追加注文。

「ビール2つね」
「ビール1つお願いします」

…また被った。

しかも
「捲簾、2つも飲むんですか?」
と来やがった。

『お前の分も頼んでやったんだっつーの!』
ビシッと言ってやろうとしたが、
「ビール3つ!毎度ッ!」
と、兄ちゃんに叫ばれて、タイミングを…3度目。


チクショウ…お前が1杯呑み切る前に2杯呑み切ってやる!
悔し紛れで、意味もなくテンションが上がった。


■□


ズラッと空いたジョッキが2人の間に並ぶ。
天蓬の倍ほど呑んだことになるが、ビールくらいで酔ったりしない。
酔ったりしないが…腹が…焼き鳥が来る頃には相当満腹だった。

せっかく頼んだモモ串が、満腹感で旨く感じられない。
誰のせいだ?天蓬のせいだ。
ということで、
「な〜んでタレなんだよ」
一等最初に言い損なった言葉を投げた。


そんな調子で冒頭。


■□


「地鶏だぞ?炭火だぞ?塩で食べるのが礼儀ってもんだろ?」
「なんですかその理屈?焼くのは料理人なんですよ?」
「は?」
「貴方は鳥に肩入れしてるみたいですけど、僕は調理をする人間に礼を取ります」
「回りくどい。何?」
「タレも料理のうち、ということです」

串から綺麗に肉を外し終わった天蓬が、モモ肉1個を口に運ぶ。
俺はといえば、既にモモ串は食い終わっていて、空串を空いたジョッキに放り込んだ。

「つまり"お店秘伝の味"とか、そういうこと?」
「そういうことです」
「ふぅ〜ん…でもさ」

俺は次の串に手を移す。

「塩だって"赤穂の天然塩"とか、厳選してんぜ?それも料理のうちじゃねぇの?」
手に持った皮串を天蓬の目の前でかざす。
「調理する素材が良い物なら、誰が作ってもそれなりの味がするんです」
俺の串をチラッと見て、天蓬が言う。
「良い肉、良い火、良い調味料、それだけで美味しい料理は出来ます」
最後のモモ肉を飲み込んで、
「良い料理かどうかは別です」
天蓬も皮串に手を伸ばした。

なんか…それって……

「良い天候+良い地形+良い人材?」
俺は思いつくまま、話を振る。

「イコール勝てる戦い。但し、良い作戦かどうかは別の話です」
天蓬の即答。

やっぱり。…なんでも小難しく考えやがって。軍事馬鹿。

「良い料理人=良い軍師?」
ケッと鼻で笑う。ナルシストめ。

「いくら料理人の腕が良くても、素材が揃わなければ腕の揮い様がありません」
俺の冷笑など物ともせず、天蓬が返答する。
「いくら良い策があっても貴方が居なければ動けない僕と似てますね」
鳥皮を串から外し終わった天蓬が、顔を上げてニッコリ笑った。

手に持ったままだった皮串を取り落とす。

お前…それは反則だ。

「で、でもさ!」
テーブルに転げた皮串を拾って、口に運びつつ
「タレって甘ぇじゃん?酒に合わねーよなぁ?」
並んだジョッキの端に視線を移す。

1、2、3、4、……

頭の中で意味もなくジョッキを数える。

「何に合っても合わなくても」
天蓬の声をカウントの向こうに聞きながら、

8、9…ってオイオイ!飲み過ぎだぞ〜ハハハハ〜

自分を騙して冷静を装うように、心中で笑う。

「その甘さそのものが、好きなんです」
天蓬の言葉が続く中、

あっ!でも呑んだの、ほとんど俺か!ハハハッ!

俺の心の小芝居も続く。

「凄く凄く…大好きなんです」

あーッ顔が熱ぃ!そりゃそーだ、こんだけ呑めばな!ウン!

「………」

何黙ってんだ何黙ってんだ何黙ってんだーッ!

「………」

なんか喋れよっ。…このやろー…

「チクショー!何の話だッ。この馬鹿!」
たまりかねてこちらから喋り出す。
「だから、焼き鳥の話でしょ?顔真っ赤ですよ、捲簾?」
「あーハイハイ。焼き鳥ですよ。呑み過ぎですよ。馬鹿野郎っ」
「なんですか、さっきから人のこと馬鹿馬鹿って…絡んでるんですか?」
「絡んでねーよ!とっとと食え!」
「貴方が振ってきた話ですよ?」

しれっとした顔で俺だけ悪いみたく言うな!

「分かった分かった!続きは帰ってから聞く」
目の前に並んだジョッキを脇へ退けて隙間を作ると、そこから手を伸ばす。
「帰って、2人きりのトコで聞くから…」
机の上にポツンと置かれた天蓬の手へ。
「とっとと食い終われ。バカ」
指先をギュッと握って促した。
箸を咥えた天蓬の顔がみるみる赤くなる。

俺の熱が移っただろ?ザマーミロ。

「おネーさん、会計頼むわ」
握った指先をそのままに、通りかかった店員に声を掛けた。

帰るぞ、天蓬。そんで俺の話も聞きやがれ。


■□


元々、天蓬が退屈だ退屈だと煩いので
「デートでもする?」
冗談半分でそう言った。

冗談で済まなくなって、下界へ遊びに行くことになった。
勿論、任務以外で下界に行くなんて内緒だ。

天界内ですら世間知らずの天蓬と下界でデート?
上手くいくのかちょっと不安。…かなり不安。


結果、下界デートは成功だったような失敗だったような…
やっぱ、失敗…だよなぁ。
だってこれじゃ、いつもと同じじゃん。


俺はベッドでコッソリ溜息をついた。


【END】




新名が見た夢がネタ元です。
焼き鳥が塩かタレかというのは、サラリーマンの定番話題ですよね。
かくいう、私も過去数回激論してます。
歳がいけばいくほど、塩派が多くなる気がします。


同盟参加者の方に限り版権フリー。
サイトに転載、お持ち帰りご自由にどうぞ。


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