ぬりつぶせ!
― ヌリツブセ ―



―― 暑い…

下界では「夏」という名の季節。
湿地帯での討伐。
季節がもたらす気温より、纏わりつく湿度で疲弊する。

討伐対象の魔獣を追って、捲簾は湿地の奥まで入り込んだ。
いつの間にか部下とも離れ、一人きり…。
「あー…あちぃ…」
捲簾は気を抜くことなく、肩で息をついた。
高すぎる湿度のせいか、呟いた自分の声すら不明瞭に聞こえる。

―― 水ん中に居るみてぇだな…

そう考えながらも、神経を研ぎ澄まして辺りの気配を探った。
物音ひとつ無い静けさの中、敵の気配もまた無い。
空を覆って伸びる大樹へ上ったか、底の見えない泥沼に潜ったか…
元々気配の無い相手だけに、まったく存在を掴めなかった。
これでは埒があかない。
単独行動に煩い奴も居ることだし、一旦退くか…
捲簾がそう考え、踵を返した途端、

ザザッ

頭上の梢から牙を剥いて魔獣が滑り降りてきた。

「ちっ」

捲簾はとっさに身を捻って攻撃を避け、体勢を崩しながらも麻酔弾を打ち込んだ。

ドス、と音を立てて魔獣が地面に降りる。そのまま捲簾の目の前で、ゆっくりと首を擡げた。
大蛇に似たその魔獣は、首を擡げて半身を起こせば、ゆうに捲簾の背を追い越す高さになる。
「シャーッ」
と威嚇音を立てながら、悠然と捲簾を見下ろして地面に伸びた尾の先を振った。

打った麻酔弾は長過ぎる胴体のどこかに着弾したらしい。
一気に攻撃に移らない様子から、それなりに効果はあったようだ。
しかし、頭上高い位置から見下ろされるという不利な形勢にあっては、気休めにもならない。
「おねんねしてよ」
捲簾は次々に麻酔弾を打った。

ザザザザッ

急に足元の茂みから何かが這い出す。
湿地に住む中型の蛇。
それは、目の前の魔獣に気を取られていた捲簾の足を這い上がった。
「っ!」
捲簾はそいつの頭を掴むと足から引き剥がす。
が、どこから集まったのか、蛇は続々と這い出して捲簾に群がった。
「くっ!てめぇかよっ!」
大量の麻酔弾を受けて尚も聳える大蛇へ向かって、捲簾は悪態をつく。
「蛇を操るなんて聞いてねぇぞ、バカ天!」
ついで、見えない副官へも悪態をつく。
「くそ!」
数が多すぎて捌き切れず、数匹が捲簾の腰元まで辿り着いた。
ひとまず発光弾でも使ってこの場は退こう、そう思ってベルトの装具に手をやった途端、
スルリ、と1匹の蛇が袖口から軍服下に入り込んだ。
「うわっ」
蛇が直接肌を這う感触に、捲簾が声を上げる。
捲簾が怯んだ隙に他の蛇が今度は胸元から進入する。
スルスルと滑るように蠢いて胸元に巻きつく蛇に、捲簾は声も無く総毛立つ。

―― 冗談じゃねぇ!

この際もう魔獣なんかどうでもいい。逃げる!
捲簾はそう決めると、来た道へ走り出した。
しかし絡みつく蛇のせいで、思うように足が進まない。
服の下に進入した蛇は、我が物顔で素肌の上を這い回って、ますます捲簾の足を重くする。
「くっ」
遂に力尽きて、捲簾は地面に膝をついた。
いつの間にか蛇はズボンの下にも入り込んだようで、脚にも滑り伝う感触がする。

―― なんだよ、これ…

地に着いた捲簾の腕が震える。
上半身にも下半身にもスルスルと這い回るそれは、蛇のくせにやけに熱くて、
捲簾から劣情を引き出した。
ふと、胸元に居た蛇が捲簾の胸の突起に歯を立てた。
「ぅあっ!」
捲簾はビクンと身を震わせて……




目が覚めた。

■□

「???」
視界に広がるのは見慣れた天井。
事態が把握出来ず、捲簾は呆然とその天井を眺めた。

「目が覚めました?」

天蓬の声。

目をやれば、人の腿の上に馬乗りになって、せっせと捲簾の胸元を撫で回している。
「凄い寝汗ですよ。何か嫌な夢でも見てたんですか?」
ベルトをはずす事に熱中しながら訊ねる天蓬の言葉で、捲簾は漸く我に返った。
「『嫌な夢見ましたか』じゃねーよ!何やってんだお前は!」
片手で外され掛けたベルトを押さえ、もう片方の手で天蓬を押しやりながら、捲簾が喚く。
「え?本も読み終わったし、貴方の寝顔も可愛いし、いただいちゃおうかな、と」
どういう論理か知らないが、さも当然という顔で天蓬が答える。

■□

― 数時間前
いつもの暇潰しで天蓬の部屋に来た捲簾は、読書に集中している天蓬に話し掛けて
お座成りな返事を貰う事に飽き、そのままソファで眠ってしまった。

見たのは、数日前の討伐の夢。
但し現実では、魔獣は梢から降りた時には麻酔弾が効いて倒れていた。
つまり、夢の後半は天蓬が捲簾の身体にいたずらしていたせいで…。

■□

「寝込み襲ってんじゃねーよっ。下りろ!」
天蓬を自分の上から退かそうと、捲簾は上半身を起こした。
「やだな。この場合『寝込み襲われてんじゃねーよ』と言うべきでしょう?」
「はぁ?」
「恋人が部屋に来て無防備にくーくー寝てたら、そりゃ何もしないほうが失礼ってもんじゃないですか?」
自分にはまったく非は無いのだと、天蓬はにこりと笑う。

それは…そうかもしれない…。そうかもしれないが、納得いかない。
あんな気色の悪い夢を見たのが天蓬のせいだと思うと、全然納得いかない。

「……気持ち悪ぃ夢見たから、ヤダ」
ぼそりと捲簾が呟く。
「はい?」
「お前のせいで夢見が悪いからヤらせねぇ」
ぷいとそっぽを向いた捲簾に、天蓬は首を傾げた。
「寝てる時に僕が触ったせいですか?…そういえばちょっと魘されてましたねぇ…」
捲簾はじろりと天蓬を睨む。
「えー?でもそんな夢の中まで僕には分からないじゃないですか…はいはい、すみませんでした」
捲簾が無言で視線を強めたので、天蓬はとりあえず謝った。
「分かりました、すみませんでした、もうしません」
馬乗りになった捲簾の腹に手をついて、ペコリと天蓬は頭を下げる。台詞は棒読みで。
「で?どんな夢を見たんですか?」
なぜかキラキラと瞳を輝かせて訊く天蓬に、捲簾は黙り込んだが、
「いいじゃないですか、それくらい教えてくれても」
言うまで絶対に引きそうも無い様子に、渋々口を開いた。

■□

「なるほど」
聞き終わって天蓬が頷く。
「分かったら、いい加減どけよ、お前は」
未だに人の腿の上に跨っている天蓬に向かって、捲簾が溜息混じりに言う。
「蛇ですか…」
捲簾の言葉を無視して、天蓬はにやりと笑う。
「知ってますか、捲簾?蛇は昔からリビドーの象徴だと言われること…」
「リビドー?…性的欲望かよ」
「そう。捲簾…」
「な、なんだよ」
「会う度あれだけ濃密にセックスしてるのに、足りてないんですか?」
「はっ?」
天蓬の言葉に捲簾は驚愕し、
「ちっ…違う違う!絶対違う!」
ぶんぶんと首を振って否定する。
「捲簾…足りないなら足りないと、素直に言ってくれれば僕は喜んで協力するんですよ?」
「だから!違うって!」
「そーですかー。いつものアレでは足りてないんですねー」
天蓬は腕を組んで、フーとわざとらしく溜息をつく。
「違うっつってんだろ!聞けよてめぇ!」
白衣の襟元を掴んで捲簾が喚き立てても、独り勝手に「そうですかそうですか」と頷く天蓬。
「では、捲簾?」
天蓬は捲簾の手首を掴んで自分の襟元から引き剥がすと、そのまま押し倒す。
「どれくらいヤれば足りるのか、実験しましょう」
「ヤダっつってんだろ!」
組み敷かれて捲簾が抵抗する。
「欲求不満のせいでまた嫌な夢を見て貴方が魘されるなんて耐えられません。改善しましょう」
「それはお前が触ったせいだから、欲求不満とか全っ然これっぽっちも関係ねーんだよ!」
「深層心理というやつでしょう。それに…」
捲簾を抑える腕に力を込めて、天蓬が瞳を眇めた。
「天蓬…?」
その瞳に何か嫌なものを感じ取って、捲簾の表情が引き攣る。
「例え夢とはいえ、貴方の肌に僕以外が触れたなんて、ちょっと…かなり許せませんから」

―― だからそれも全部お前のせいだろうが!

捲簾の叫びなんて、嫉妬に狂う元帥様には関係ないのであった。

【END】


はい!10月の天フェスとして!
つ、使い回しですけども…。
そして天蓬がヒヨッコでもなんでもないという困ったSSです。
サイトの趣旨に合ってない…大目に見て…あぁ〜。


これは6月の新刊が間に合わなくなって急遽書いた話。
急すぎて馬鹿馬鹿しさ炸裂。

元々は、そのうちサイトに上げよ〜と思っていた「黒く塗れ!」と「手に青葉」という対話があって、
それの繋ぎにしようと思ったSSがこれ。

で、現在「黒く塗れ!」と「手に青葉」はファイルが行方不明です。ガーン。
どこにいったんだろうか……。


2003/10/23
【03/06/29イベント配布ペーパーより】


同盟参加者の方に限り版権フリー。
サイトに転載、お持ち帰りご自由にどうぞ。


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