引き合う温度 |
園生弥月<Junk Flower> |
今日、 朝目が覚めたら天気が悪かった。 身体にじっとりとまとわりつく重たい水分。 暑いのは嫌いじゃないが、下界の熱帯雨林は動きが鈍る。 目覚めからして最悪だった。 「だーかーらぁ!ちっとは冷静になれって、な?」 インカムの通信機に向かい、捲簾は先程から何度も同じ言葉を繰り返した。 その間も天界から送られてきたばかりの指令書ファイルに急いで目を通す。 『で・す・か・ら!僕は至って冷静ですよぉ?捲簾ってば何を心配しているんですぅ〜?』 嘘吐け。 語尾が思いっきり裏返ってるじゃねーかよ。 元帥閣下は怒り心頭ってな訳ね、はぁ…。 捲簾はこめかみを指で強く押さえながら、小さく溜息を零した。 「とにかく!天蓬はソコで大人しく俺の帰還を待ってろ。唯でさえお前は悪目立ちしてるんだから、少しはほとぼりが冷めてからだなぁ〜」 『悪目立ち?貴方じゃあるまいし。僕は僕のスタンスで仕事するのを邪魔されるのが一番ムカつくんですよ。それの抗議をして何が悪いんですか〜?』 通信機越しに毒を吐く天蓬に、捲簾は頭を抱え込む。 何度言やぁ納得するんだよ、このクソガキ! 捲簾は怒鳴りつけたい言葉を必死に飲み込んで、読み終えたファイルを閉じた。 「だからな?今回の件は確かに東方軍の怠慢だ。妖獣の生息域の南北間違えて記載するなんて大バカだ。しかもその事実を寸前まで隠していた上層部はもっとバカヤローだよ。お前が頭きているのも当然だけどな?」 『何だ…分かってるんじゃないですか。ですから…』 「だけどっ!今ソッチでお前が揉め事なんか起こしたら、コッチの指揮系統が狂うんだよ!俺はさっさと任務終わらせて天界に戻りてぇんだっての!」 『…珍しいですね。貴方がそんなに帰りたがるなんて』 少し天蓬の意識が怒りから逸れたようだ。 ここで気を抜いたらくだらない押し問答の繰り返し。 捲簾はすぐに天蓬の言葉を引き取った。 「コッチさぁ〜、蒸し暑ぃし身体だりぃし、もうヤなんだよ。1ヶ月足止め喰ってんだぜ?十分だっつーの!」 『捲簾ってばそんなヒドイ目に…やはりココはビシッと報復を』 「だからっ!それだと帰還が延びるつってんだよっ!ちったぁ頭冷やせ!!」 まるで言うことを訊かない元上官―――新任の副官に、さすがの捲簾もキレかかる。 確かに天蓬なら、それはそれは恐ろしい程効果的な報復を噛ますだろう。 それも絶対自分の手を汚さずに。 捲簾だって自分がこんな状態じゃなかったら、寧ろ推奨しているところだ。 それほど今回の出征は不手際の連続だった。 部下達に負傷者が出ていないのが、せめてもの救いだ。 新たにこちらから送った実地報告書を元に天蓬が作戦を立て直し、漸く収拾がつくかという矢先なのだから。 これ以上本意ではないことで振り回されるのは沢山、というのが捲簾の本音だった。 「お前が今何かしでかしたら、確実に俺が帰還するのが1ヶ月は延びるぞ?それでもいいのか??」 『捲簾、ですが上層部にも…』 「俺はイヤだ。早くお前に会いたいしさ」 『けんれ…ん…っ』 通信機の向こうで天蓬が息を飲んだのが分かる。 今頃司令室で天蓬は不意を突かれ、赤面しているに違いない。 捲簾は口端で頬笑んだ。 「遠征の準備を入れたら1ヶ月半、お前に全然触れてないんだぞ?結構限界なんだけどなぁ」 何やらゴツッと思いっきり鈍い音が聞こえてくる。 きっと机に撃沈したのだろう。 その後直ぐに震えるような息遣いが、耳元を擽った。 『…分かりました。大人しく留守番しています』 低く、掠れた甘い声。 欲情を隠そうともしない、天蓬の真摯な声が捲簾の耳朶を舐め上げる。 渇望している震えがゾクリと背筋を戦慄かせた。 「…そうしてくれる?」 『ええ。西方軍が…捲簾が早く帰還できるよう、最善の策を立てることに僕の優秀な頭脳を集中します。この際クソバカヤローの不手際にはあえて目を瞑りましょう。その代わり…ご褒美下さい』 「ご褒美?何か下界に欲しいモノがあんの?」 『そうですよ?今、下界に居る貴方が…欲しいんです』 通信機越しに睦言を囁かれ、今度は捲簾が不意打ちを喰らって赤面する。 天蓬らしい意趣返しに額を抑えながら、捲簾は楽しそうに笑った。 「お前…それ、反則」 『何がですか?』 「勃っちまったじゃねーかよ、バァカ」 『戦場だっていうのに何を想像してるんですか?本当に貴方ってイヤらしい身体ですよねぇ』 「うっせーよ。そんな身体が欲しくてたまんねーのはドコのどいつだ」 『貴方が欲しくて…気が狂いそうです』 「天蓬…」 捲簾の喉が小さく鳴る。 『貴方の褐色の肌を思う様貪りたい、喰らい尽くしたいんです。手で、舌で全身余すとこなく確かめて。僕のモノで貴方の一番熱い場所を蕩けるまで思いっきり突き上げたい。僕の熱を貴方の身体にカラになるまで注ぎ込んで最奥までグチャグチャに汚したい』 「………。」 『捲簾?今はお仕事中ですから、一人っきりだからってオナニーしちゃダメですよぉ?』 「してねーよっ!!」 危うくファスナー下ろしそうだったけどな。 クスクスと意地の悪い笑い声が耳朶を擽る。 『捲簾もご褒美が欲しかったら、キチンと僕の指令書通りに動いて、さっさと妖獣片づけてくださいねvvv』 「おいコラ、褒美が欲しいのはてめぇだろうが!」 『捲簾は…欲しくないんですか?』 「んなモン…欲しいに決まってんだろ、バァ〜カ!」 あんな卑猥な声で、散々煽りやがって。 帰還までのオカズ決定だ、エロ元帥。 「せいぜいソコで悶えてろよ」 『貴方こそ、ね』 「イイ子でお留守番できたら、面白いモンやるよ」 『面白いモノ…ですか?』 捲簾は手元のサンプル瓶を指先で持ち上げた。 中には薬品に保存された、妖獣の組織片が入っている。 「今回の妖獣さぁ〜、すっげぇ質悪いの。お前並に」 『…どういうコトですか、それ』 すかさず不機嫌そうに天蓬が問い返す。 「種の保存つーか、防衛本能とでも言うのかねぇ〜絶倫よ絶倫」 『はぁ?』 間の抜けた返事が聞こえてきた。 予想通りの反応に、捲簾は笑いを噛み殺す。 「コイツらさぁ〜、麻酔銃ブチ込まれて生体機能止まる寸前に、必ず口から霧状の妙な液体撒き散らすんだよ」 『…東方軍の報告書には記載されていませんでしたねぇ』 またもや忘れそうになっていた怒りが込み上げてきたらしい。 天蓬の声音が恐ろしい程低く響いた。 「そりゃぁ、ねーだろ?アイツら実際には妖獣に遭遇してねーもん」 『全く以て職務怠慢ですね』 「まー、聞けよ。で、最初に妖獣追い込んだ第1小隊のヤツらが、その霧浴びちまってさ。慌てて洗浄させたんだけど、特に何も起こらなかったから安心してた訳。そしたら…」 その状況を思い出して、捲簾が突然吹き出した。 『一体何があったんですか?』 天蓬が不思議そうに問い返してくる。 捲簾の笑いの発作はなかなか治まらない。 そんなにおかしなコトがあったのだろうか? 「そっ…そしたら…夜になって…第1小隊の連中っ…全員…泣きそうな顔で俺んトコに駆け込んできてっ…ぶっ!」 とうとうガマンできなかったのか、豪快な笑い声が通信機の向こうから聞こえてきた。 「ぜっ…全員アソコおっ勃てて『大将、ちょっとその辺を見回りしてきてもいいですか』って…許可した途端、全員猛ダッシュでテント飛び出してやんのっ!ぶぶっ!!」 『捲簾…』 密かに天蓬は胸を撫で下ろした。 どうやら妖獣の吐き出したモノは催淫効果があるらしい。 第1小隊全員がそんな状態でも、理性だけは失わなかったのが幸いだ。 自軍の兵士達はもれなく捲簾に対して尊敬や崇拝、色んな意味で思慕の念を抱いている。 ヘタをすれば捲簾が姦されていた可能性もあった訳だ。 その辺の危機感が捲簾はゴッソリと欠けている。 かといって、オトコに対して貞操に気を付けなさいね、などと忠告するのも妙なカンジだ。 「で、封印する前に妖獣の組織サンプル取ったから、お前にやるよ。訳分かんねーモン弄くって調べるの、天蓬好きだろ?」 『まぁ、確かに。興味はありますね』 天蓬は素直に頷いた。 「それにしても…もしあの場にお前が居たら、真っ先に姦されてたかもよ?天蓬ってちょ〜美人だし、こんな場所に綺麗ドコロは皆無だからなぁ。まぁ、そん時は俺が助けるけど〜」 捲簾の的外れな勘違いに天蓬は呆れ返って絶句する。 この人はどこまで自分のコトが分かってないんだ? 自分が他人にどう見られてるかなんて、全然興味ないんですね。 時折そんな捲簾の無神経さが、天蓬は無性に腹立たしくなる。 『その言葉…そのままお返しして差し上げますよ』 「はぁ?何言ってんの??アイツらはみ〜んな所帯持ちか恋しいオンナが居るっての!俺みたいなデッカイ野郎を姦したい悪趣味なバカはいねーよ!」 『…悪趣味なバカで悪かったですねぇ』 不機嫌全開で天蓬がふて腐れた。 「いーんじゃねー?お前限定で大歓迎」 …ヤラれた。 本当にこの人はムカつくったら。 いつだって余裕綽々で、僕のことを試すように振り回す。 捲簾をこの腕に抱き締めて閉じこめて、散々快楽を与え続けて墜としたと思っても。 囚われてるのは僕だけだ。 自嘲の笑みを浮かべて、天蓬は緩く頭を振った。 そんなことは最初から分かってたことだ。 『あーもうっ!戯れ言は聞き飽きましたから、さっさと帰ってきて下さいよっ!僕の作戦無視してチンタラしてたら許しませんからねっ!』 「了解しましたぁ〜、元帥閣下………なぁ、そぉ〜んなに余裕ねーの?」 『…あると思ってんですか?』 捲簾の笑う気配が通信機越しに伝わってくる。 「そうだよなぁ〜。俺もいい加減ゆっくり寝てぇから、この際優等生になってやるよ」 『言っときますけど、帰ってきたら寝られないと思って覚悟して下さいね』 「あ?そりゃそうだろーよ。てめぇが寝ようとしたら咥えて勃たせてやる、そうじゃなくってだな…」 捲簾が言葉を濁して口を噤む。 何かを逡巡しているようだ。 『捲簾?どうしたんですか??』 突然黙り込んでしまった捲簾に、天蓬は首を傾げた。 「あ…いや…お前と居ると気ぃ張らなくていいからさ…何か安心して眠れるんだよ」 『けんれ…ん…っ』 天蓬の瞳が驚愕で見開かれる。 声までも震えて掠れてしまった。 「…何そんなに驚いてんだよ」 甘えるような声が聴覚から脳に浸透する。 僕だけじゃ、ないんですか? 貴方に依存しているのは。 問い返してみたいけど、きっと捲簾は素直に答えてはくれないだろう。 それでも。 『…僕が貴方の寝首を掻くとは思わないんですか?』 「ん?お前の手でイケるなら、それも悪くねーな」 天蓬は掌で瞼を覆い、俯いた。 苦しくて、心が震える。 嬉しくて、無様に泣いてしまいそうだ。 『早く、帰ってきて下さいね』 「ああ」 『遅れたりしたら…承知しませんから』 「任せろよ、その代わり」 『…その代わり?』 「帰ったら熱烈歓迎で抱き締めろよ?」 『…抱き締めてクルクル回ってあげます』 「それだけはカンベンしろっ!」 『捲簾ってば恥ずかしがり屋さんですね〜、嬉しいクセにvvv』 「バァ〜カ!」 悪態を吐きながら捲簾は通信を切った。 腕を上げると、照れくさそうに頭を掻く。 指令書のファイルを掴むと、勢いよく立ち上がった。 「さってと〜♪早くご褒美貰えるように、ちゃっちゃと片づけっかな!」 野営本部になっているテントを出ると、蒸し返すような暑さが襲ってくる。 身体にまとわりつく重い水分。 天蓬と抱き合った後のような錯覚がして、捲簾は小さく頬笑んだ。 まぁ、そんなには悪くはねーか。 待機中の部下達に作戦を伝える為に、捲簾は高らかに声を上げた。 |
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