秋雨の候

平成211025

 

冷たい小雨の降る早朝、集合場所は練馬駅北口であった。一番乗りと思いきや早くも山中隊長が輸送車で待機していた。時をすぎること2分、遅れたT隊員がやってきた。よし、これで全員集合、さあ出陣だ。ドイツ車には『くりきん』と『メタボ』と『私』の三名が何故か当然のごとく乗り込んだ。我々は安全のため先頭車両とは別ルートをとった。ナビゲーターは「くりきん」だ。

 

移動中の車中で隊長から缶コーヒーが支給された。うれしい。「隊長」は最期の任地として吾らと巡り合ったのだろうか。「くりきん」は私よりだいぶ先輩だ。武道以外にも野球とゴルフをやっている。それを永年つづけているのだからすごい。「メタボ隊員」と私は同い年で誕生日も一緒だ。しかしながらこのオヤジたちの行動力には感服する。車中はすぐに打ち解けて雑談で盛り上がっていった。

 

車両が武蔵野病院を通過したころだった。突然、後部座席の「メタボ」が両手で口を覆いながら喘ぎ始めた。どうした!大丈夫か!吐血するのでは!差し出されたタオルで口を押さえるメタボ・・・。ゲロッピーだけは検便してくれ!。だがよかった。何のことはない飲んだコーヒーが気管支に入り激しくむせ込んだのだ。やはりそれなりの歳だった。一同爆笑。

 車中の雑談では『男はまめでなければならない。』しかもまめな男はやろうと思ってまめに行動するのではなく、自然体のままでまめに行動できてしまう、とのことだった。だれも反論することなく納得。そして『ビデオを持ってくればよかった。』との話に、すぐさまメタボ隊員は携帯無線で休暇中の部下に現場での記録撮影を指示したのだ。何というボスだ・・・。このような彼のポジティブな思考と行動習性がビジネスと人生を成功に導いているのかもしれない。

 

渋滞もなく予定どおりに東京武道館に到着した。しかし駐車するには大会事務局の許可証が必要だった。そこで「メタボ」と私が取りに行くことになった。機敏に行動する両隊員はすぐさまその所在を確認した。事務局に出向き道場名を告げ的確に許可証を入手するや、その後がすごい。予期せぬか、なんとメタボ隊員は皆の待つ駐車場に向かって全速力で走り始めたのだ。何という速さだ。早すぎて追いつくことができない。まさに『走れメタボロス』だ。現場で鍛え上げられた彼の作戦遂行力が最大限発揮されたのだった。

 

開会式後に出番までは時間があった。館内は思っていたより寒い。このままでは風邪を引いてしまう。用足しに行った私はその足で一階の着替え室となっている柔道場に行ってみた。参加者が順次演武の直前練習と確認作業をやっている。私はそれを観ながら足で畳の感触を確かめていた。なんだかここの方が面白い。各団体のやり方がいろいろ見させてもらえる。しばしの時間が過ぎていった。みなはどうしているだろうか。


しばらくしてやってきたロバートが前方回転受け身を始めた。そしてくりきんがロバを指南している。くりきんの巨体が宙を舞う。飛受身のすごい震動だ。一瞬周囲の視線が集中する。さらにロバートが何度も飛受身を繰り返す。つかみ掛けた彼の自信が表情に現われてきた。ここで受身の訓練をしているのは我々しかいないではないか。メタボ隊員と私も四方投げや入身を行って本番にそなえた。ばたばたやってもしょうがない。なるたけゆっくりやろうと話し合った。その後、清進隊のメンバーもここで最後の打合せを行った。現場の状況を分析した部隊長より布陣の変更が告げられた。各自は相方を確認してここで待機した。

 

いよいよ誘導員の指示に従いアリーナ入口に整列。先頭より入場する。場内の待機場所で再び開始にそなえた。そして出番の号令。部隊は前進して総員配置についた。普段自己中なやつらだ。それが集団で行動するのはなかなかむずかしい。部隊長の面にも一瞬緊張が走る。そして礼!開始だ。

 

一度始まってしまえば他の同士や周囲の状態は分からなくなってしまう。正面を見失うことだけは避けたい。最初に片手取り四方投げだ。メタボが私の手を取りに来る。間合いが詰まる。だがそのわずかな時間と距離をどうやって埋めたらよいのか分からない。取らせるまでどうすればよいのか分からない。ほんの一瞬なのに。たった今の、その瞬間々々の動きをどう繋げて行けばよいのか分からない。まるで細切れのような動作が過ぎて行った。

 

けが人もなく全員無事であった。帰途の車中で『どこかで軽く一杯やって帰る。』メタボの呟きを耳にした私は、待ってましたとばかり誘われもしないのに『俺も行く。』と発言して便乗した。このまま帰還するのでは少しさびしかったのだ。「くりきん」は部隊長のお供で直会(なおらい)に参加の役目であった。まさに適材適所である。山中隊長そっちのけで練馬駅頭に降り立った私は『みんなどうしただろうか』とメタボに問い掛けた。それが早いか否か既にメタボは『スーさん』に携帯で連絡を取っている。なんちゅー早い手回しだ。そして三名は夕闇せまる練馬の焼きトン屋に向かって歩いて行った。普段は肉を食べない私であるが今日は特別であった。串刺しの皮がおいしかった。やはり肉食系のやつらにはかなわない。

 

『ところで35周年はどうすんだろうか?』『やっぱりコンセプトが一番大事なんだよな!』『それがないとどんな風にやったらよいか分かんないんだよな。』『何のためにするのか。』『そしてなにがコアな部分なのか』『企画立案とか事務処理とかいろんな要素があるだろ。』『第一どこでやるんだよ。』『上が動かないと我々兵隊は動きようがないんだよな。』『金もかかるだろうし。』『コーディネーターや司会が必要だろ。』などと勝手な議論をつづけるメタボと私。それをを尻目に、呆れるスーさんはだいぶお疲れの様子であった。少し飲みすぎて調子に乗りすぎた。『ここいらでお開きにしよう。』何時しか外はすっかりと暗くなっていた。

 

晩秋である店を出た三名は賑わう練馬の繁華街を歩きながらふたたび夜のネオンンの中に消え去って行ったのだった。

 

 完