◇◇なぜ年間回収率重視なのか?◇◇



競馬予想方法の評価について

世の中には、たくさんの「競馬予想方法」がありますが、それらをどのように 評価すればよいのでしょうか。 重要なのは回収率 ですが、それがどの位の期間 で達成されたかが問題です。1レース?1日?1開催?でしょうか。この程度 では「まぐれ」で達成できる場合もあります。競馬のサイクルは1年ですから、やはり区切りから言っても 1年間の全36開催を対象 にすべきです。そして、 レース単位の予想結果を公開 できるかです。
この条件を満たしたものが果たしてあるでしょうか。私の知る限りありません。 「ニューロ競馬予測」以外には。(宣伝になりますが・・)

そして 「年間トータルプラス」を達成していることが、予想方法評価のベース になるべきだと思います。その上で、その内容について検討すれば良いのです。 今のように当たったレースだけを宣伝する予想会社や予想ソフトはファンにと って有害無益なものです。

全く予想屋さんの世界はひどいものです。
毎週のように「連戦連勝」だの「回収率500%」だの、「言ったもん勝ち」の世界です。
このような、誇大な言葉に慣れっ子になっていると、当サイトのように確実に勝ちを追求するのは地味に感じられることと思います。

「ニューロ競馬予測システム」では、的中レースのない日や、回収率マイナスの開催もあります。しかし、もう一度考えてみて下さい。それでも年間プラスを3年間続けていることを。これは単なる偶然なのでしょうか。むしろ、この予測システムが競馬の本質を捉えていると理解した方が合理的だと思うのです。

「競馬に勝つ=年間トータルプラス」と定義すると、「ニューロ競馬予測システム」は投資のツールとしても利用できると考えています。


競馬予想の難しさが人を狂わせるのか?

あと言っておきたいのが、いわゆる「サイン読み」とかの類についてです。これら は「レースはあらかじめ仕組まれている」という前提で成り立っています。
そして、レース結果は談合などにより決められていて、出馬表やレーシングプログ ラムなどに暗号で隠されているそうです。(笑) まあ、普通の脳みそがあれば一笑に 付すのですが、実際に信じる人がいるのが不思議です。競馬ファンはいつからこん なに低レベルになったのでしょうか。この「理論」の奇妙な所は、「誰が」「何のた めに」「誰に知らせているのか」と言う理由がさっぱりわからないことです。

また、レース結果からこじつけるのは簡単ですが、レース前にこじつけるのは色々 な方法がある(どの馬でも勝ち馬にできる)ので、一人一派と言っていいほどの異な る「サイン読み」方法があるのも笑えます。さらに「サイン読み」業界は狭いらし く「あいつは昔俺の所で働いていたが、客とトラブルをおこした」とか「あいつは 競馬の勉強が足りない」、あげくの果てに「馬券の買い方がせこい」など身内のバ トルの方がおもしろいくらいです。

また、「中央競馬会の人間は優秀」だという表現もチラチラでてきます。レース結 果を決めている側だそうなので、そういう見方になってしまうのでしょう。しかし 昨今の官僚・役人の信じがたいバカさ加減を見るまでもなく、トップの理事長が常 に退職金泥棒の天下り役人である組織が、戦略や士気の面で優秀であるわけはない のです。このお上に対する妙なコンプレックスも「サイン読み」派の特徴です。

彼らも最初は、競馬新聞などを見てお勉強して馬券を買っていたのでしょう。しか し、買い目を嘲笑うかのような結果の連続(競馬ファンなら一度は経験するが)に「こ れは何か変だ」→「自分の買い目は正しいはずだ」→「誰かが結果を操作している」 と妄想が進み、やがて「あちら側」へ行ってしまったのでしょう。

余談ですが、「サイン読み」派の妄想はフランツ・カフカの『城』という長編小説 を連想させます。小説では、城から招かれたと称する測量技師Kが、ふもとの村に 到着するところから始まります。しかし、Kは城へ行こうとしますが、村人の妨害 もあって最後まで城に行けないまま終わります。あらすじだけ言うと簡単ですが、 独特の雰囲気を持った小説です。確かに存在はするが到達できない「城」と確かに 存在はするが到達できない「的中馬券」に共通したものを感じるのです。「サイン 読み」派は「城」へ行く道を空想の中で作ってしまったわけです。カフカも精神を 病んでいたと言われていますから、この点でも両者は共通している(?)ようです。



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