□melody





Roger Eno
Voices
(Editions EG,1985)EEGCD 42

cover

「旋律系アンビエント」ととりあえず呼んでおきたいジャンルがあ
ることはあると思うのだけれど、明確な旋律(それもメロディアス
な)を持ったアンビエント的アルバムは、安易な<癒し>のメッセー
ジになりがちであるだけに、安っぽくないものを探すのは難しい。

兄ブライアンとの合作によるロジャー・イーノのこのアルバムは、
まさに美しい旋律に溢れている。左手は<バス音→和音>の繰り返
し、つまりエリック・サティ『ジムノペディ』『グノシェンヌ』で
聴かれるのと同質のものが多い。その他は縦に積み重なる和音では
なく、ごく緩やかなアルペジオが、音数の少ない代わりに十分に伸
ばされるメロディを控えめに色づける。そのゆるやかなピアノのア
タックとエフェクトを通した長い響きの持続が、このアルバムの本
質かもしれない。管楽器のように響き続けるピアノ。

ブライアン・イーノはハロルド・バッドとのコラボレーションでの
仕事と同様、背景に満たされる粒子のような淡い音の動きと、ピア
ノの音のエフェクトを担当している。このアルバムがアンビエント
的である要因は、つまり兄の参加であるようだ。この点もバッドの
ケースと同じだけれど、ブライアンのエフェクトを取り去って聴い
てみることを想像すると、ロジャー・イーノの音楽はアンビエント
というよりも、ピアノ曲そのものになる。彼のその後のリリース作
品では、エフェクトよりもストリングスや管楽器とピアノのアンサン
ブル、あるいはヴォーカルへの指向が強いことから考えても、この
ことは確かであると思う。

これは、優しいけれども人間的なドラマとはかけ離れたドライな響
きで、それだけに個人的な風景を音楽のなかに持ち込むことを許し
てくれそうな音楽である。曲名もどこか無人を思わせる風景に読み
取れるものが多く、そして寂しく美しい。これは一種の、リスナー
に用意された<余白>だと思いたくもなる*。

エリック・サティにも似た乾いた叙情と(両)イーノの空間性が、
実に美しく融合している。

*Track Listing;
Through the Blue・A Paler Sky・Evening Tango・Recalling Winter・
Voices・The Old Dance・Reflections on I.K.B.・A Place in the Wilderness・
The Day After・At the Water's Edge・Grey Promenade




Roger Eno
Between Tides
(Opal,1988)

cover

ソロ第2作のこのアルバムでは、ピアノとストリングスが主体の、
エフェクトを控えたかなり自然な録音になっている。ここでのポイ
ントは、音の加工よりも曲の構成にありそうだ。それぞれの曲が持
つテーマとなるメロディをほぼそのままの形で繰り返し提示して、
大きく劇的な展開を経ることなく、曲が終わる。その旋律はとても
叙情的で、このアルバムを聴いて泣くこともできる。しかし前作同
様、ドラマティックではない。それぞれ3分ほどの音楽は、一種の
ミニマル・ミュージックのように繰り返されるほぼ均質な音の波だ。
だからどれほど歌謡的なメロディに満ちてはいても、終わりまで聴
かせるという押し付けとは無縁だ。情感は音楽自体が持っているの
ではなく、リスナーのその時々の聴取の集中度や気分によって、選
択的に見い出される可能性を持たせておくだけに抑えられている。
ある時は聞き流し、あるときは単に心地よく、そしてじっくり鑑賞
するなら、感傷と音楽美とに没入することも可能である。

一聴した響きはどこまでもリリカルであるけれど、実はそぎ落とさ
れた裸の響きであるというクールネス。聴いたり聴かなかったりで
きる、これはひとつのアンビエント。
響きが、ではなく、音楽の構造と聴き方の可能性が。



Roger Eno
Harmonia Ensemble
"IN A ROOM"
(Materiali Sonori,1993)MASO CD 90051



「家具の音楽」というものは20世紀初頭すでにエリック・サティ
によって書かれている。繰り返されるフレーズは複雑な綾を織るこ
ともなく、ただ並置される。床から天井へと、壁の端から端へと眺
めても変化することも互いの線が折り重なることもない壁紙模様の
音楽* 。

*サティ『県知事の私室の壁紙』

ロジャー・イーノがそんな音楽の姿を引き継ぎ、真っ当な室内楽編
成でフレーズを繰り返すようになったのは、"Between Tides" か
らだった。クラリネット、チェロ、ピアノを中心とするアンサンブ
ルは、始まりと終わりの明確ではない、ちょうど壁紙やカーテンの
見本帖のように切り取られた音楽を紡ぐ。その非完結的でもあり、
終わりを見届けたくなる求心力を持たないそれぞれのトラックは、
BGMと言いながら実際には従前のようにサビもあれば終止もある
「名曲ストリングス・アレンジ」アルバムとは質的に、違うもので
ある。

それぞれの曲はもちろんテーマを持っているものの、ただ繰り返す
ことをベースにしていることで発展性を抑えている点で前作同様で
あり、「音楽」という強い存在感を後退させることに成功している。
このディスクは、BGMというものが耳に心地よい音色操作によっ
てのみ生まれるものではなく、音楽のフォルムによってこそ成立す
るのではないかと、改めて気付かせてくれる。

叙情的で美しい旋律を持ちながらも展開を経る前に消えて去ってい
く、そんなどこまでも乾いた音楽を、ここでもロジャー・イーノは
書いている。


1999-2000 shige@S.A.S.



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