□drone


Stephen Scott
"Minerva's Web/The Tears of Niobe"
(New Albion,1990)NA026CD



アメリカの作曲家スティーヴン・スコット(1944年生まれ)による
ボウド・ピアノ(bow:弓)のための作品集。ボウド・ピアノは釣糸
や馬毛で作られた弓で、ピアノに張られた弦(つまりピアノ線)を擦っ
て音を出すという作曲者が考案した演奏法。ピアノは右ペダルを踏ま
ない状態では音はすぐに止まり、ペダルを踏めば減衰するまでは音は
残る。しかしピアノの音高によって当然線の長さが異なるため、音高
によって必然的に減衰時間の差異が生じる。しかし弓でピアノ線をこ
するなら、音高とは関係なく持続時間をまさに<こするだけ>延ばせ
るという違いが出てくる。これはピアノの他の特殊奏法にもない特徴
であること、そしてピアノ本体が持っているほどの音域をカバーする
既存の弦楽器が存在しないことからも、ボウド・ピアノはユニークな
存在だ。

さて聴こえてくる響きは言うまでもなくドローン(持続音)の重なり
合いだ。ここでの演奏にはライナーノーツによれば10人のミュージシャ
ンが参加しており(演奏を収めた写真ではたくさんの手がまるでピア
ノ線の調整をしているようだ)、特に短2度の音程のぶつかり合いは
鋭い不協和音ではなく柔らかなうねりを伴う響きの持続に取って代わ
り、幻想的な音の波が押し寄せる。

この奏法はある意味で「ピアノによる弦楽合奏」なのだが、こう言う
とクラシカルなジャンルに聞えるかもしれないが、実際にはいくつも
のドローンが組み合わされ、厚みを増してはまた密やかに、というア
ンビエント的な音の拡がりを持っている。

ところで、ピアノ、ヴァイオリンといった楽器固有の音色が、例えば
クラシックやジャズという聴きなれたジャンルに対して持つイメージ
と重なってしまい、純粋な<おと>としては聴けないことがある。
ノン・カテゴリーで抽象度の高いアンビエントを指向して制作する際
にこんな問題が生じることがあるのだが、特殊奏法によって響きの質
を変化させるというアプローチは、アンビエントに限らず何らかの新
しい響きをアコースティック楽器によって作り出す場合に非常に有効
であることに気付かせてくれるアルバムだ。楽器を創作することに
も匹敵する、異化されたピアノの音をここで聴くことができる。



1999 shige@S.A.S.
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