Philip Glass





以下の2枚のディスクでは、フィリップ・グラスの作品がパイプオルガンで演
奏されている。原曲はオペラなどシアターピースの一部や、エレクトリック・
オルガンなどで演奏されていたもの。同じフレーズの繰り返しであるにもかか
わらず、パイプオルガン特有の演奏技法によって音量や音色の推移が生み出さ
れるこれらの演奏は、グラスの他の演奏で体験される感覚と比較して特異な位
置にある。



Philip Glass Organ Work
Donald Joyce (org)
(Catalyst,1993)09026-61825-2

"Dance 2&4 for Organ"/"Mad Rush"
"Contrary Motion"/"Satyagraha" 収録

cover

グラスの、特に初期の器楽作品では、連続するフレーズがライヒの
ようなズレを伴うこともなくまさに「並置」されることで、全く同
じとも言える響きの連続が、リスナーの時間感覚を日常と異化させ
るという効果を持っていたものが多いようだ。それらの作品がパイ
プオルガンで演奏されるこのドナルド・ジョイスによるディスクで
は、音量の漸進的な増加が際立っている。これはもう脱近代のミニ
マル・ミュージックというよりも、クライマックスへと向かう期待
感というような、あのまさにオーソドクスな音楽の快楽である。

音楽の構造自体とは裏腹に並置ではなく堆積される響きの厚みが、
曲の終わり近くで圧倒的な『ダンス4』。 音の厚みを増していくこ
とと、オルガン特有のストップの操作などによる音色の変化が、こ
れらの作品から新たな聴き方を引き出していて魅力的だ。同様に
『サチャグラハ』の第3幕アリアも、原曲や同曲のアレンジャーで
もあるマイケル・リーズマンの弾くピアノヴァージョンなどに比べ、
はるかに濃密となり、そして重量感が増している。

対照的に『コントラリー・モーション』は「変化しない」ことがミ
ニマルの魅力であることをリスナーに思い出させるかのような、無
窮動的スピード感とクールネスを貫いている。この作品はタイトル
通り反行する音型が平行し続ける音楽だが、その細かな音の動きを
捉えるために残響を抑えられたタイトな演奏によって、この作品の
特質を完全に示し切っている。

演奏者のドナルド・ジョイスはミニマリズムという現代性とパイプ
オルガンの持つバロック的爛熟、あるいはロマンティシズムの双方
をどこまで融合させ、またそれぞれを際立たせるかというかつて提
示されたことさえなかった課題を、その回答と共に聴かせてくれて
いる。





Philip Glass etc.
Christopher Bowers-Broadbent (org)
(ECM,1992)ECM 1431

cover

"Dance4"、"Satyagraha"の他にグラス以外のオルガンのために書
かれた現代曲も収録したディスク。

ジョイスと同じ作品を演奏しているだけに、演奏効果の違いが際立
つ。ジョイスよりも速いテンポで弾いているために、パターンを構
成するひとつひとつの音がつながり、くぐもった音塊として聴こえ
ることが第一の特徴だ。その音のざわめきは、整然とした姿の音符
のつらなりを持つ楽譜から生まれた音楽とは思えないほどに、カオ
ティックである。それが一定のリズムの中で起こっている音の運動
であるところが、ミニマルの人工美とアコースティック楽器(それ
も最も巨大な)の持つ不確定性の融合であるところが素晴しいと思
う。

オルガンの操作による音色の変化は、ジョイスよりもさらに大胆だ。
どちらの曲も後半のある瞬間、劇的に音色が変わる。雲間から突然
に差し込むサンバーストのように感動的で、驚くべき一瞬。
繰り返されるパターンの素早い変化がミニマル・ミュージックの美
点の一つだけれど、こうした音色での変化もまた素晴しい。それが
作曲家によってあらかじめなされた指示ではなく、演奏家の創意に
よるところを見ても、これらは新たに可能性を引き出されたグラス
の音楽、であるということに間違いない。





・h o m e・ ・minimal・