Quick Access to 'Minimal Music' 2






▼ミニマル・ミュージック発生の背景

「ミニマル・ミュージック」について考える前に、まず芸術全般に
広汎な影響を与えてきた「ミニマリズム」について簡単に触れてお
きたい。ミニマリズムはそのまま「最小限主義」と訳されるが、
「最小限の素材(の反復)から最大限の効果を得ようとする」表現
様式を指す。もとは1960年代アメリカで興った建築・美術の一
つの形態(ミニマル・アート)で、他の芸術ジャンルへの影響も与
えることになった。例えば演劇・ダンスの分野では、限られた言葉
や動作を繰り返す「ミニマル・パフォーマンス」などが登場した。

ミニマル・ミュージックという呼称はミニマリズムからの借用概念
であり、短い旋律断片やリズムを繰り返すことを基調とした音楽と
して60年代中頃から現われた。反復することを特徴とするミニマ
ル・ミュージックは、ミニマルアートという総称の中でも特に「パ
ターン・ペインティング」と言われる美術との発想の近似が認めら
れる。「キャンベル・スープ」の缶のパッケージ・デザインや『モ
ナリザ』『最後の晩餐』といった有名な絵画作品の多数の複写に彩
色し、反復的に配置するといったアンディ・ウォーホルの作品が一
例である。

▼ミニマル・ミュージックの発想

ミニマル・ミュージックは近代までの西洋音楽、戦後の前衛音楽に
対するアンチ・テーゼとして登場したと言える。それは「作家の感
情や理論の媒介であった芸術作品を、物体や音それ自体の存在状態
を提示する匿名的な容貌へと転換しようとした」 *註1)のである。
近代ヨーロッパのロマン主義音楽に見られる感情表出やドラマ性、
物語性といった要素を排除し、純粋に音響そのもの、単純な仕掛け
の音楽の進行するプロセスそのものを体験しようとするのが、ミニ
マル・ミュージックの初期の段階の目的の一つであった *註2)

こうした、「知覚すること」を感情や文脈ではなく、音という現象
それ自体へと対象を限定したミニマル・ミュージックの初期段階で
あるが、従来の音楽との違いを端的に示すものとして、この種の音
楽の創始者の一人に数えられるアメリカの作曲家スティーヴ・ライ
ヒ(1936−)の言葉をここに引用する。

ブランコを引き、手を放す。だんだんと揺れが止まるのを観察する...
砂時計をひっくり返し、砂が落ちていくのを見る...
波打ち際に浸した足を、波と砂が埋めていくのを見て、感じて、聴く...
漸次的なプロセスを持つ音楽を演奏し、聴くことは、
こういったことに似ている *註3 )

▼ミニマル・ミュージックの音響効果

ミニマル・ミュージックはどのような音響をもたらすのだろうか。
ここでは、ライヒの初期の代表作である『ピアノ・フェイズ』
(Piano Phase, 1967) を取り上げることにする。まず第一の特徴
として、限られた種類の旋律素材とリズムの反復による眩惑的な音響
効果を持つことが挙げられる。集中的に聴き取る場合、後述するよう
に緩やかな変化が、同じ響きは2度と現われないであろうと思わせる
(万華鏡を見るような)多様な変化にある種の陶酔感を聴き手にもた
らしうる。また、論理的展開やクライマックスを持たない反復する音
楽、ライヒの言葉によれば「作曲のプロセスではなく、むしろ音楽作
品の文字どおりプロセスそのもの」 *註4 ) は、断片的な聴取をも可
能にする点が注目される。つまり、はじめから終わりまでを支配する
論理構造、例えばソナタ形式を「理解」しながらの聴取、あるいはオ
ペラやリートといった「物語性」から、聴き手を解放する音楽である。

さて、『ピアノ・フェイズ』は短い音形を2人の演奏者が2台のピア
ノを始め同時に演奏し、その後一方の演奏者がごくわずかずつテンポ
を上げていく。ずらすことによって生じる無限とも言える響きの変容
が、半ば「自動的に」次々に現われる。 *註5) その後両者にちょうど
音符一つ分のずれが生じた時に、初めに聴かれたものとは全く異なっ
た旋律が(聴覚上)現われる。

筆者がこの作品を取り上げることで強調したい点は、「ずらす」とい
う演奏から生じる様々な新しい旋律には、作曲者の感情の入り込む余
地がないということである。 *註6) そしてもう一点、ミニマル・ミュー
ジックの持つ単純さと非表現性が、音色・音響・リズムなどの音楽の
諸要素の「音」としての根源的な美しさ、興味深さを明確に表出させ
ることに成功していていることも併せて指摘したい。

従来の西洋音楽とミニマル・ミュージックの聴取体験を絵画鑑賞に例
えるなら、前者は物語性や情緒を訴えかける壮麗な宗教画、あるいは
歴史画を見る時の感動、後者は色彩や線の動きそのものの美しさを提
示した、ブリジット・ライリー等のいわゆるオプ・アートや、 *註7)
ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングから受ける美的
感覚、とでも表現できるのではないだろうか。

こうしてミニマル・ミュージックは、その発展過程の初期の段階で
「非物語性」「非意味性」「音楽の片断的聴取」という概念を、そし
て「純粋な音響そのものとしての音楽」といった新しい音楽のあり方
と聴取の形態を獲得するに至ったのである。


註1)
白石美雪 「スティーヴ・ライヒ/初期作品集」(CD、ワーナー・パイオニ
ア,1987)ライナーノーツより引用。

註2)
ミニマル・ミュージック的な創作を行ってきた作曲家には、スティーヴ・ライ
ヒ、テリー・ライリー、フィリップ・グラス、ラ・モンテ・ヤングらが第一世
代として挙げられるが、後に述べる「音楽の漸次的変化」の効果が最も明確に
現われているライヒ作品の、それも初期作品に限って見ていこうとするもので
ある。ここではミニマル音楽全体について考察しようとするものではないこと
を断わっておく。

註3)
Reich, Steve "Music as a Gradual Process" (「Drumming」他収録CD,
Deutsche Grammophon,1974 所収) より引用者が訳出した。

註4)
前掲"Music as a Gradual Process"より引用者が訳出した。このエッセイは、
ライヒの初期作品で主に用いられた「漸次的位相変移プロセス」についての論
考である。

註5)
「半ば」と断わったのは、作曲者が旋律と演奏法を指示するものの、「ずれ」
によって現われる音響の各瞬間はあらかじめ「記譜」されたものではなく、ま
さに自動的に生成されるものだからである。

註6)
渡辺裕 『聴衆の誕生』(春秋社,1989)「ミニマル・ミュージックと『環境
音楽』」を参照。

註7)
細かなパターンの連続から生じる網膜刺激を作品の重要な効果として用いたオ
プ・アートと、ライヒの生み出した音響の幻聴的効果には、強い近親性が認め
られる。すなわち、本来は描かれていない、演奏されていない色彩や響きを知
覚するという体験である。

1999.12.05 1999 shige@S.A.S.







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