Paul Bley

Paul Bley
"OPEN, TO LOVE"
(ECM,1973)




ポール・ブレイ、1972年、オスロ録音のピアノ・ソロアルバム。
ECMピアノ・ソロの傑作の一枚。まず特徴的な、次の音までの長
い沈黙。沈黙とは言ってもそれは無音ではなく、ピアノの減衰を深
く聴きながらの演奏であるという意味での。極端に音数を絞って、
離れた音と音に音楽を歌わせるというピアニズムが、随所に見つけ
られる。

本質的に打楽器あるいは打弦楽器であるピアノで、こうした限りな
く切断に近い、極限のスラーという大胆な奏法を選択することが、
ピアノでいかにメロディを歌わせるかというショパン以来の問題に
対するひとつの、それも見事なまでに意外な解答になったかのよう
だ。音符で埋め尽くすメロディの連続もあれば、残響と減衰に深く
耳を傾けることによって聴き手の意識にはじめて現われる旋律もあ
るのだ、というメッセージに、聴こえてくる。
そんな響きの形を持つこの演奏は、ピアノ線が振動する最後の瞬間
の、低くうねる金属音までをも音楽のうちに取り込ませる繊細な感
覚を、聴き手に呼び覚ます。たとえばこのような微細な空気の震え
に目を凝らす緊張感がここにはある。


ここでは旋律と、音楽言語としての「ジャズ」という素材は、ピア
ノから現われるこの張り詰めた空気を感じるための触媒でしかない
ようにさえ思える、あまりにも鋭利な「ジャズ・ピアノ」である。

旋律不在なのではない。音と音の間隙に見とれているうちにその音
高関係(=メロディ)を意識することを忘れてしまうのだ。しかし
言うまでもなく、このような演奏を可能にするには、歌わせること
を知り尽くしたピアニストでなければならないだろう。

ひとつの音を鳴らすこと。そして次を弾くまでの「あいだ」。その
一瞬の危うさ。メロディの切断、リズムの中断に見せかけた、それ
でいてひときわ鋭く立ち上がるメロディ・ラインの魅力。
それはちょうど、実際には文字通り天文学的距離を置く星々を、私
たちが線で結びつけることで星座という意味を見い出すように、ブ
レイの演奏には遠く離れた音たちを旋律として繋ぐ見えざる糸があ
る。

このアルバムは、沈黙と、音と音の距離と配置に対する、かつて聴
いたことのない美意識を持つピアニストの鋭い耳によってつなぎあ
わされ、織りあげられたテキスタイルである。

1999-2001

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