幻想の「革新自治体」と真の自治体革新        松江 澄
 
 今日の地方自治体は、憲法と地方自治法によって一定の民主
主義的自治を保障されながら、実際には法と財政を通じて国の
統制下におかれている。
 戦後の民主的改革の中で「地方自治」は画期的な位置を占め
ていた。戦後民主主義闘争の中で沸騰するは地方自治の闘いは
与えられた地方自治制度の枠をのりこえて発展し、しばし支配
階級の肝を冷させたが、「ドッジ・ライン」による改革以後急
速に国の統制が強まり、戦後獲得した警察の自治化、教育委員
会の公選などの諸権利も奪い返され、今日では地方自治体が自
ら決定する行政範囲と能力は限られている。すなわち、すべて
の地方自治体は不当な税配分にもとづく交付税制度によって、
国の定めた基準による一定の行政水準に平準化されながら中央
政府に統制されている。国庫支出金と地方債の制度は一層これ
を強化し、次第に増大する国の委任事務と許認可行政は、それ
に滑車をかけている。行政のうち、生活と権利にかかわる重要
な部分は、すべて国の直接支配の下に置かれ、地方自治体の行
政領域は「ゆりかごから墓場まで」とはいいながら実は地域的
な住民の生活、環境など一部にすぎず、民主主義的自治の保障
は、現在の支配秩序を破壊しない範囲に限定されている。
 しかし、近代化が進み住民生活が多様に発展するなかで、そ
の行政範囲は必然的に拡大し、一見地域住民の「世話役」とも
見える役割りを演じている。こうした現状は、日本共産党がい
うように、あたかも地方自治体には国の地方支配の側面と住民
生活を守る機能との二面があるよう見えるが、それは幻覚であ
る。それは、最大の利益を追求する独占資本主義の発展が必要
とする労働力の維持とその移動・再配置が不可避的に伴う生活
・環境問題の拡大である。地方自治体の最大の「善政」と見ら
れている福祉行政も、その根本は国の定めた「福祉六法」にし
ばりつけて独自な措置は厳重に禁止されている。現行制度のも
とにおける地方自治は、地域住民を「生かさず」支配するため
の官僚的支配機構の重要な一部分を構成している。
 しかし、今までの経験は、革新的だといわれる首長が選ばれ
た場合、行政の重要な側面においていくつかの積極的な前進を
勝ち取ることができることを示している。釧路市等が行った工
場誘致条例反対や土地開発の規制、また東京都の公害防止条例
、朝鮮人大学校の認可、横浜市の米軍戦車輸送反対、鎌倉市等
の自衛隊員募集業務の廃止、あるいは革新首長会による在日朝
鮮人登録認可等がそれである。こうした事例は、今日の制度の
もとでも、首長の決意と大衆の支持があれば事実上政府行政指
導を拒否して、一定の限度内で独自の措置をとり得ることを教
えている。
 だが見逃すことができない重要なことは、地方自治制度とい
う今日の地方自治体運営の根本については、指一本ふれること
ができず、どんな首長のもとでも、予算編成の根本的な点等で
は変りばえしないということである。また独自の措置をとる場
合にも、法律と通達の民主的な側面の解釈と運用による上から
の行政措置として行なわれる場合が多い。したがって事実以上
に「革新」首長の役割が膨大に評価され、住民のなかに「革新
」首長への期待と依存を生み出す傾向が強いが、所詮「善政主
義」の範囲を出ない。ましてこうした「革新」首長の存在を理
由に「革新自治体」と規定するならば、それは全く誤っている
ばかりか、ありもしない幻想を与えることによって住民による
下からの闘い、自治体労働者による内から闘いを圧迫する結果
となる。美濃部都政やみながわ府政の様に、「革新自治体」擁
護のために労働者として権利と賃金を闘う職員労働者の闘争や
、「革新自治体」のもとでも容赦なく発展する住民の闘いを抑
えることで、階級と人民にたいする重要な裏切りを行なう場合
がそれである。イタリアの自治体改革闘争等のように、戦前か
らの闘争が深く刻印している憲法のもとで、労働者階級の闘い
の発展に依拠して構造的な改革の一環を形成している場合と異
なり、憲法上の一般民主主義的な規定にもかかわらず、事実上
法律と制度でがんじがらめにされている日本の地方自治のもと
で、首長個人の性格と直結して機構としての自治体を「革新自
治体」と規定することは、人と機構を混同し政策と制度をすり
替える結果となる。みながわが退陣すれば「革新自治体」が崩
壊して敵となり、美濃部に替わる「革新」首長が出現すれば「
革新都政」が引き続き栄えるほど官僚機構は単純で弱弱しくは
ない。
 「革新」首長の持つ重要な意義は、その選出を目指してた闘
う地域的統一戦線のともに闘う経験を通じて、引き続き地域的
な共同闘争を一層強化することにあり「革新」首長がその共同
闘争の重要な結節点として固く節操を守ることである。そうし
て階級的もしくは人民的立場に立つ首長の任務は、あらゆる機
会を捉えて国の支配介入に抵抗し、たとえわずかであっても独
自の追求を行なうとともに、現在の地方行財政を根本的に改革
する必要性と必然性を公然と提起し、地域における労働者・住
民の大衆的な闘いの実践の中でのみ試される。反独占統一戦線
を目指す労働者階級の指導的な闘いを中心とした各階層の広範
な運動に発展によってこそ自治体改革は前進する。
 
「住民自治」の闘いと労働者階級の任務
 
 
自治体改革の闘いは、地方交付税制度など地方行財政運営の根
本的な改革をめざす闘いを避けては前進出来ない。それはまた
日本における地方自治そのものの闘いである。
 戦前来殆んど名ばかりであった「地方自治」制度は、戦後画
期的な発展をとげたが、それを裏ずける共同体的自治の歴史的
な伝統の弱さは、結局地方自治を中央集権的官僚機構にたいす
る、民主的な制約としての中央権限の地方移譲と、その権限を
監視・監督する地方議会の地位の強化に限定した。したがって
それは、国と地方自治体との関係、地方自治体と地方議会との
関係にとどまり「地方自治」の拡大はそのままでは住民自治権
の拡大に直接結びつかない。そこで重要なことは、獲得された
地方自治を住民自らの自治権として闘いとるための大衆的な住
民闘争である。こうした闘いを通じてこそ地方自治の内容は決
定され、こうした闘いを土台としてこそ「地方自治」の擁護と
拡大ははじめて重要な意義を持つことが出来る。またこのよう
な闘いによってこそ今日すでに体制内の避けられない内部矛盾
となっている地方自治の矛盾も首長の性格に如何を問わず政府
に対する闘いの一翼を担うことが出来る。ここに「住民自治」
をめざす闘いの重要な意義と役割がある。
 「住民自治」をめざす闘いは、広範な住民要求を大衆闘争に
発展させて一方的な行政の執行を拒否し、住民の生活と環境に
関するどんな新しい行政計画や行政措置も地域住民の同意がな
ければ実施させないという事実上の事前協議権の確立を闘いと
ることが土台となる。それは消して「住民自治」ではないが、
行政の一方的な管理と執行を許さないという点で「住民自治」
を目指す闘いの第一歩である。今日までも、しばしば住民闘争
の発展は、部分的一時的にはこうした権利を闘いとることが出
来た。しかし、たとえ固い行政のとりでの一面を崩しても、直
ちにあらゆる手段をつくして失地回復をはかる自治体に対して
、大衆闘争の持続的な追求を通じて体得した橋頭堡を点から線
へ、線から面へと拡大発展させてこそこの権利を定着させるこ
とが出来る。
 こうした闘争の中で、自治体労働者の占める役割は、きわめ
て重要である。労働者としての権利と賃金を闘いつつ、困難で
あっても自らがたずさわる行政を階級闘争的立場から見直し再
追求することによって行政の内部革新へと闘いを前進させてこ
そ、外からの住民闘争と結合して行政改革の闘いに発展させる
ことが出来る。日共の「全体奉仕者」論はこうした困難な闘い
を回避し、自治体労働者を昔の「役人」に還元させて階級闘争
を放棄させ、住民におもねることで集票をたくらむ議会主義と
日和見主義以外の何者でもない。
 住民の闘いとこうした労働者の闘いは、しばしば不均等に発
展し多くの場合直接被害を受ける住民の闘いが先行し労働者と
の間に矛盾と対立を生むことがある。しかし、矛盾を恐れず闘
うなかでこそ先進的な労働者の闘いと結合し、地域ぐるみの闘
争に発展ことで労働者と住民の闘う同盟を組織できることは、
豊北反原発闘争の実例が示すとこである。この場合、激発的で
あっても一時的になり易い住民闘争を、自らの闘いで指導しつ
つ恒常的な発展させることが出来るのは、地域における労働者
階級の系統的な追及である。
 住民自治を目指す闘いにとって地方議会における真に革新的
な議員の闘いと結合することは重要である。今日多くの地方議
会では、議長を中心とした保守的多数派が執行部と癒着し、発
展する住民闘争を圧迫しあるいは懐柔することに躍起となって
いる。また多くの議員は、政党政派の如何を問わず野党性と革
新性を喪失し、肥大する予算に寄生して再選のための選挙活動
に終始している。こうした状況のなかで孤立を恐れず、圧迫に
負けず断固として労働者住民の立場に立ち、大胆な暴露と追求
を進める闘いは、住民自治の闘いと相まって自治体と地方議会
の革新を闘いとる前衛である。とくに地方議会での革新的闘い
は、議会外大衆闘争と結合して、「住民自治」の闘いを地方自
治の闘いとつなぐ結節点でもある。従って階級的な立場に立つ
議員はあらゆる機会をとらえて自らの独自な見解と主張を明確
に公表するとともに、特に今日の政治と行政の反階級的、人民
的な役割を徹底的に暴露し追及しなければならない。さらにま
た重要なことは議会の議席をただ暴露の演壇とするだけでなく
、大衆的な住民闘争を発展させるために援護する有利で有効な
砦にすることである。
 「住民自治」の闘いを土台とした自治体闘争も議会革新の闘
いも労働者階級の真剣な取り組みと追求のなかでこそ全国的な
闘いの拠点として重要な役割を果たすことが出来る。独占と政
府はいくつかの地方の突出した陣地にたいしてはあらゆる力を
つくして圧迫を加えあるいは上から吸い上げることによって行
政の「平準化」を防衛しようとしているからである。その意味
で日本における自治体改革の前進と撤退はそれぞれの地域の部
分にとどまらず、全国的な規模での独占=政府と反独占戦線と
の力関係によってきまる。従って拠点における先進的な闘いに
学びつつ一層多くの突出した陣地を闘い取りながらその勝ち取
った成果を横に拡げることこそ重要な任務である。そのために
は労働者階級が日本の変革のなかで占める自治体闘争と自治体
改革の果たす重要な役割を認識し、自らの闘いとして全国的の
も地域的にも積極的に取り組まなければならない。「革新自治
体」論はこの闘いを「革新」首長の選挙と「革新自治体」の数
にすりかえることで重要な誤りを犯している。
重要なことは首長の如何にかかわらず下からの労働者、住民の
闘いそのものである。
 自治体改革の過度的要求を明らか困難な条件のもとで闘って
いる全国各地の多様な自治体闘争を階級的な追及で結合し、変
革を迫る闘いの重要な一環とすることこそ社会主義をめざして
闘う労働者階級の任務である。
 
「地方自治体」の民主的変革をめざして    『労働者』1978年10月10日 第44号から 一部再録