「労働運動研究」誌読者だより                           2008年4月18日更新

労働運動研究復刊19号(通巻403号) 2008.4発行

読者便り

梨の花は、可憐ですね 梨の花は、蕎麦の花みたいに、ピンク色か他の色はないのかなあ… ところで、労働運動研究の本、パラパラと読ませて頂きました。(まだ途中です が) まず、最初に室崎さんの書評と、先の本庄重男氏が書評された『インフルエンザ ・ワクチンは打たないで』とを読ませてもらったのですが、改めて考えさせられ る事があり、とても勉強になりました! それにしても、 世の中に氾濫する情報の中から自分が何が正いかを選び、考えながら行動してい かないと“ゾッと”する危険が…。 本当!怖い世の中ですね 未だ…。 (橋)

 今日は雨で関西の桜もおしまいのようです。

労働運動研究403号ありがとうございました。

ちょうど岩波新書の『中国激流―13億のゆくえ』を読んでいたところでしたので王珠恵氏の「中国における労働法制の根本問題」はとりわけ興味をひかれました。慈済大学というのは台湾の大学なのですね。

くれぐれもご自愛ください。

48日 千本英史

 

労働運動研究復刊15号 2006.12発行

読者便り

 「投書」

  

拝啓 大分寒さが増して参りましたが、先日は電話で元気なお声を聞き安心致しました。待望の労研誌15号を拝受、多彩な論文の数々、今号でも改めて柴山さん始め編集の皆様方の御努力と才能に脱帽いたしました。さてどれから読み始めようか?と考えながら標題を見、頁を繰るのも誠に楽しいことです。今号は先ず気楽に読めそうな『ヌーベル・オプセルバトール』の論評の福田氏の訳稿を読みました。安倍だけでなく、その取り巻き連中にも視点を据えた、見事な批判だとお思いました。とにかく、安倍政権批判の特集とされたことは的確な編集でした。次に大野論文、柴山恵美子さんの論文を読むつもりです。もちろん貴稿もじっくり読ませて頂きます。書評も面白く有益ですね。年末諸事ご多忙と存じます。くれぐれもお体御大切に、佳い年をお迎えくださるように。右取急ぎ御礼まで。

             東京 本庄重男(バイオハザード予防市民センター代表)

 

師走も半ばを過ぎました。気忙しいことです。その中『労働運動研究』5部お送りいただき有難うございました。拙文を掲載いただき感謝です。早速、本庄重男君から電話があり、「なかなかよい」と誉めてくれました。なんとなく気をよくしています。そこで岩波書店気付けで島本慈子さんに雑誌を1冊送って下さいませんか。「書評掲載」としていただけたら、岩波で広告の一つも出してくれるのではないでしょうか。また安倍政権批判の特集に感心しました。教育基本法改革問題で南原繁研究会が反対の立場を明らかにしています。その事務局をしている東京大学出版会の竹中英俊氏にも1冊送っていただけたらと存じます。小林正弥氏とじっこんの間柄でもあります。(中略)フランスの週刊誌の「安倍晋三、恐ろしい男」も面白く読みました。ブルノ・ビロリ記者とは日本在住の人ですか。ずいぶん詳しい人です.ね。それにしても、日教組の無気力はどうしたものでしょう。戦後の歩みについて、自己批判をこめて検証したら如何と思います。良い書き手はいないものですかね

                   東京  石井和夫(東京大学出版会名誉顧問)

 

 労働運動NO.15の紹介書評を拝見しました。私としては明治的な知識人が・官僚のリベラル派の長短を書きたかったのですが。自由民権の先輩に接しながら、官途につく姿に、明治人・国家への功労者の真の姿があるように思います。個人的には人権を尊重しながら家長権をふるう、しかし一族の生活まで面倒を見る姿をも書きたかったのですが。とにかく未整理の文で皆さんをまどわしたようです。野村さんに謝意を伝えてください。

                      東京  中岡三益(元上智大学教授)

 

今度は『労働運動研究』復刊第15号を18日にありがたく、うれしく拝受いたします。心から厚くお礼申し上げます。目次を見てすばらしい企画にうれしくなりました。まず『焦点 北との対決で駆け登る安倍政権』を読み編集後記、続いて先生の「安倍改憲政権における侵略性の研究」、ついで「安倍政権に抗する救憲運動を」、続いて「戦争責任・戦後責任論をめぐって」()を読み終えたところです。どの論文もずっしりと重く、読みこたえがあり、同感、共声、連帯の意を強くしました。   

                    石川県 ジャーナリスト 道善兵一朗

 

このたびは「「労働運動研究」15号を拝受いたしました。いつも御配慮頂きまして、ありがたく、厚く御礼申し上げます。大兄の論文「安倍改憲政権における侵略性の研究」を拝読致しました。年齢を感じさせない論旨には敬服致しました。若いとは言いながら小生とそんなに変わらぬ年齢の筈ですが、新年に裏付けられた論文で感服しております。

                            東京 S.T生

 



労働運動研究復刊
13号 2006.4.発行

読者だより

 

柴山先生

拝啓 春たけなわです。花だよりも聞かれますが、シベリア風の吹く能登路の桜は、まだツボミ。
 先生にはますます御健勝でご活躍のご様子、心からうれしくお慶び申し上げます。そして今度、「労働運動研究」を御恵贈賜り心から厚くお礼を申し上げます。
 特集、「目次」を見てビックリ。読みたい意欲にかられ宮地さんの「党大会決議中央委報告の分析」を初め、まずはほとんど読了いたしました。特に柴山先生、福田先生、栗栖先生を存じ上げており、また、藤井先生や佐藤一先生 大畑先生の御尊名もずっと以前から存知上げている関係から親しみやすく楽しみながら読ませていただき、勉強させていただきました。
 一方、岡田裕之先生の「わが反戦思想の原点」を興味深く読みました。と、申しますのは現「わだつみの会」理事長の石井茂さんとは、三十余年前からのお交際があるからです。
 また、文中の「青山学院」を懐かしく拝読させていただきました。私の娘(二女)が青山学院卒なんです。その昔、評論家の角間隆さんと車に同乗、たまたま青山学院の話が出て角間さんの事務所が学院前にある―という事でした。予断ですいません。
 栗栖先生は今でも御指導を受けており、藤井先生は隣県(富山大)の教授時代からの反スターリン論文を読み、机上には「ロシア革命史」(トロツキー著)があります。井上さんの「満州事変から現代まで―」は、私は少年時代ソ満国境の衛「東寧」に暮らしたこともあり“満州”は懐かしい文字です。   そんなこんなで、素晴らしい編集で 読む機会を与えて下さった柴山先生に改めて感謝申し上げます。
 同封したのは、私のうれしいい感謝の気持です故。ご笑納の程を。
先生の益々のご健勝と「労働運動研究所」の御発達を心からお祈り申し上げます。
この度は本当にありがとうございました。

敬具

2006.4.11

                                      D.H

 

柴山健太郎様

復刊第13号、宮地論文のなかの「新社会党委員長栗原君子は、『生ましめんかな』詩人栗原貞子の娘で、親子とも、一貫して核廃絶運動をしてきた活動家である」(P4)との記述は正しくないのではないでしょうか。
 栗原貞子は夫の唯一(故人、元社会党広島県議)とともに戦前から運動を行い、戦後も占領下で『中国文化』誌に原爆特集号を発行するなどいち早く反核運動に取り組んだ人です。私の知る限りでは、唯一・貞子夫妻には娘が一人おり、名前は真理子といいます。君子が貞子と家族ないし婚姻関係にあるというのは間違いであると思います。
 上記論文はデータごとを独立させて、それぞれ肉付けして展開したら今後に向けて有効な問題提起になると思います(特にデータ1,2)。

                                一読者

柴山健太郎様

拝啓 「労研」(復刊一三号)をいただきました。まことにありがとうございます。
 早速拝読、内容充実に感服、むしろ恥を覚えます。
 特に、日共史の研究家として著名な東海の宮地健一氏が公式に登場され、優れた実証研究を示され、たいへん学びました。
 また、藤井一行教授も登場していただき、これも歓迎いたします。
さらに、植村邦氏が武健一、脇田憲一両氏著につき紹介をされたのもありがとうごいます。
 それと申しますのも、いいだもも、生田あいの「協同・未来」のティ―ムが、この武、脇田の著作の出版を契機とし、またこれを活用して労働運動の活性化のために努力したいという目的で、三月、岡山、五月二〇日大阪で研究集会を開催する運動を推進しております。
 東京では六月に実施したい(同じ六月、水戸、七月、北海道の企画)と努力中です。つきましては、この六月集会に貴兄はじめ労研の方々にぜひ参加していただきたい。そのため私(栗栖)から勧誘してほしいと要請がありました。
 私は、いいだももとは古い交際で、貴兄が常東時代、いいだは常総同盟、さらに茨城県委員会常任でした。
 そのため、読んでもらうために武・脇田著作を柴山氏に送らねばなるまい、と申しましたら、早速二冊送付してまいりました。すでに植村氏はじめ労研の主要メンバーは当該書は読了されたと存じます。それなら蜂谷氏、山中氏等の研究家にお廻して下さって結構です。
 先般の由井格兄妹の水野津太さん出版記念会でも労研からは貴兄、福田氏、一柳夫人が出席して下さいました。
 六月東京集会の細部が定まりましたら改めて御連絡いたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。
右取り急ぎお礼並びにお願いまで。

敬具

2006年4月9日

                                     栗栖宗孝

(PS)詳細は省きましたが、武健一氏の関西生コン支部は、現在日本で本格的に闘っている唯一といってもよい労組です。
 武・脇田著作の思い出「告発し、逮捕劇の暴露―生コン中小企業運動の戦闘的な挑戦」(安田浩(著)は、三十年以上にわたる関西生コン支部の闘争を書きとめた著作です。つまり、それは、中小、というが実際は小、零細、家内企業であるコンクリート・ミキサー業をいわば労組指導でカルテルを作り、大セメント企業独占資本に対抗しようとしてきた特別な、それ以外はなかった闘争形態でした。
 それだけ大資本とその国家権力としては、上からの協同(生産)組合ではなく、労組がヘゲモニーを握る生産・経営協同組合組織を弾圧する必要があったのです。この大企業(と御用組合)−下に位置する小零細企業―それらの従業員(主として運転手)の組合という重層構造における労働運動という難課題を武健一はほとんど独力で推進し(ついでに     !!)共産党員三百人の細胞を築きつつ除名されたという経歴の持主です。ぜひ、ご理解ご支援下さい。

 

柴山健太郎様

 労働運動研究・復刊13号、ただいま頂き、84−86頁を読みました。有り難うございます。
 私の方からは、雑文、雑資料しか送れず、すみません。情報として何かの役に立ててください。
元下関大学学長下山房雄(
06/04/06

 

労研会員S・T

春暖の候、お元気でお過ごしのことと存じます。

 私は、3月22日に老人ホームに入所し、半月が経過しました。「労働運動研究」誌の原稿を書き上げた翌日から本日まで半月、その間読書できず怠けています。もとはと言えば、家内が持病のウツ病が発症し、3月21日入院したためです。平常から私は糖尿傾向であるのに禁酒することができず、妻の強い請求により入院にいたったものです。当施設は恒久的な老人管理施設であり、高齢者の同室者は退院を予定している。

 

新社会党本部 塚元健

拝啓

春といえ、寒い日がときどきやってまいりますが、大兄には御清祥と拝察いたします。このたびは、「労働運動研究’064月号」恵贈賜り、誠にありがとうございました。おもしろいテーマの論文がたくさん並んでいるので、早速よんでみようと思いました。よく、こんなおもしろいテーマの論文を編集できたなと感心しました。

 

バイオハザード予防市民センター代表幹事 本庄重男

拝啓 桜も散り始め、あっと言う間の人生を感じます。昨日は、労研4月号を御恵贈下まして、誠に有り難うございました。魅力的な論文の数々で何から読み始めようかと一考。岡田裕之氏の「わが反戦思想の原点」を先ず読みました。小生より一年年長の方で、とても共感を覚える文章でした。B29米兵捕虜の話は感心一入、岡田さんのヒューマニズムの芯の強さを知りました。「共産党大会の真相データ」「コミンテルンと天皇制」も興味深く読みました。
 いずれにせよ、読み応えのある論稿を、かくも沢山集められる大兄の才覚と人柄の素晴らしさに感服いたします。どうかますますのご活躍を!!
 右御取り急ぎ御礼まで。
 くれぐれも大事になさって下さい。

敬具


 若い理論家登場せよ

 

労度運動研究1984年6月 No.176

 

 春闘や大会シーズンになると組合の集会に招かれる。各来賓挨拶の今年の特徴。まず社会党、「景気が上向いてるから頑張ればとれる」。次いで共産党、労働者にストライキをアジるような過激なことはしない。もっぱら「唯一の革新」を強調。わが方はいつも三番目、「資本主義の経済的危機は深刻。もはや脱出口はない!」。三者三様の主張に聞いてる組合員も面喰らう。

 あとで活動家たちが私に話す。「もう社会主義しかないと思うが、それにしても頼りになる党がないから」。「革命といっても、ソ連にも中国にも行ってみましたが現実の社会主義はどうも…‥」。耳の痛い話。労研三月号の長各川論文、四月号の遊上論文、五月号の松江論文などをもう一歩発展させ、実践的展望を確立してくれと彼らは要求する。それもそうだが、この論文を執筆された方々いずれも老理論家。一日も早く若く奔放な新しい理論家の登場を切望してやまない。(広島 広兼主生)

 

 

 島田論文に故服

 

 労研の健在に心から敬意を表します。四月号の島田博明氏の「戦後日本の労働運動と生産力主義」には、労働運動の現状打開のための鋭い切り込みがうかがわれ、深く肝銘しました。

「人間にとって本当に必J要なものを見きわめ、生態系にも十分配慮することによって、生産体系と生活様式をつくりあげよう」というエコロジーの基本主張も、それが具体的な資本主義生産様式批判まで前進するためには、労働現場で労働者の意識を資本主義生産様式に統合している最大のイデオロギー・生産力主義批判が不可欠であり、その客観的構造を明らかにし、その構造をつきくずす運動を構築することが、労働運動自体に今つきつけられている課題であろうという島田氏の指摘は、説教調のたてまえ論とはおよそ無縁の、みごとなマルクス主義的分析の展開につうじていると思いました。「生産力主義」の概念もふくめ、引きつづき島田氏の成果の発表を期待します。

     (東京 新藤新一)

 

 西村桜東洋女史のこと

 

 本誌に故西村板東洋女史の「獄中記」が連載されている。

私が初めて西村さんに会ったのは一九二八年の四月だから五十六年も昔のことだ。同年三月頃私は上京、仕事もなくぶらぶらしていたが、友人の紹介で新党準備会の機関紙の発送を手伝うことになった。

 事務所は内幸町の裏露路のどん詰りにあった。事務所といっても普通のしもたやで一坪位いの土間があって、畳敷きの部屋が三つか四つあった。上村進弁護士の貸家ではなかったかと思う。

 玄関のすぐ左隣りの四畳半に机が二つあって、私のはかに二人の青年が機関紙の帯封の宛名書きをした。機関紙は週刊で、帯封は三千枚位あった。毎号”発禁”が予想されたので発送はアジトを転々とした。しかも一まとめにして出すと差押えられる心配があるので、三人で手わけして、街頭のなるべく目立たない裏通りのポストに五部、一〇部と投函した。芝から浅草、新宿方面と五、六`の道をポストを探がすようにして歩きまわるのが普通だった。

 朝九時頃、事務所に出かけると、私と同年輩位の女性が割烹着に姉さんかぶりをしてバタバタと掃除をしているのによく出合った。美人とはいえなかったが、眼のくるくるつとしたどことなく純朴な親しみのもてる婦人で、事務所にいる人たちは、みんな”おとよさん”と呼び、人気者だった。

 私は二カ月ばかりで新党準備会をやめたので、「おとよさん」と直接話したこともなく、どういう経歴の女性かも知らずじまいだった。

 五年前、山本菊代女史の心配で、私はソ連旅行のツアーに加わり、出発直前、松戸の山本さんの宅に二晩ご厄介になった。そのとき山本女史から西村女史を紹介された。それでも西村女史が新党準備会の「おとよさん」とは気がつかなかった。山本女史が「おとよさん」を連発するので、どこかで聞いた名前だと思いながら、夜寝床のなかで旅行のことなどいろいろ考えているうちに、ふと新党準備金時代の「おとよさん」を思い出し、翌朝、山本女史に尋ねると、同一人物であることがわかった。

 ソ連旅行中も西村さんとはあまり話す機会もなく、もちろん彼女の経歴など知るよしもなかった。私が西村女史の経歴を知ったのは、彼女が昨年八月、福岡市の農民会館で亡くなり、その告別式に列席して、彼女の闘争史「怒りの席田」(単行本)の記録を読んでからのことである。   (広島 久保田敏

 

 事実を正確に

 

 西村桜東洋氏の自伝、運動史の一級資料としてたいへん貴重なものでした。それだけに事実は正確であってほしいと思います。昔のことですから筆者の思い違いもあるでしょうし、編集部の注記があればと二、三感じた個所があります。五月号の「労働農民党のころ」でいうと、「秋笹政之助氏」は「秋笹政之輔氏」「千葉県の醤油屋の息子」は「埼玉県の」醤油もみそも酒も造っていた土豪の息子。二月号の「私の獄中記(4)」で、三・一五事件で逮捕された是枝恭二氏が結核で保釈になり、郷里の鹿児島に帰って数年後死亡したとなっているが、事実は是枝氏は三二年保釈を取消され、その後下獄して獄死している。

      (東京 杉山保)

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