経済政策の基礎的な討論のために

何を破壊し、何を建設するか

労働運動研究所 植村邦

 

労働運動研究2001.9

 

 小論は労働運動研究所公開研究会

(八月四日)で報告された文書をい

くらか加除した内容である。当日は

雑誌『世界』等に載った幾つかの論

文の抜き書きを用意し、口頭で若干

の評言をした。私の文書はこれらの

論文の個々の点に応えることはしな

いが、問題意識として受け止めこれ

に対する私見を述べている。抜き書

きには次の論文などが含まれる。

 

内橋克人「小泉構造改革は私たち

をどこへ導くか」、『世界』01/7

金子勝、山口二郎、柴田徳太郎、藤

原帰一「構造改革って何だ?」、同上

金子勝、山口義行、沼尾波子、伊

春志、「"小泉構造改革"への対抗提

案」、『世界』01/8

椎橋勝信、前田浩智、山口二郎「問

われる存在意義民主党の研究」、同

 

 小泉フィーバーや参院選の結果に

関しては私の文書は言及していな

い。私としてはもっと根本的な問題

を提起したいと考える。ただ上記論

文に関連して、一点だけ意見を述べ

ておきたい。小泉フィーバーに、日

本社会に特有な「熱狂的等質化現象」

を見る見解、「いまだ個としての自立

を十分に果たしているとはいえず、

したがって市民社会も未成熟なまま

の日本…自分の信条や情熱まで

も他の人と等質化させることに懸命

になる」(内橋、上記)という見解に

は賛成でない。むしろ、「高度に成熟

した資本主義社会」(内橋)日本の社

会的・経済的関係及び政治的・文化

的関係のなかでの「個としての自立」

の在り方の問題なのではなかろう

か。

 この視点から、参院選における各

党の得票の消長は十分分析し評価し

なければならないであろう。私はお

およそ次のように分析する。全体と

しての投票率が低下しているなかで

一人区における自民党の圧勝などか

ら見ると、支配政党としての同党に

対する「イデオロギi的な」支持者

層が存在する。この社会的な層は、

一時的には自民党を離れても同党が

いくらかもっともらしい政策を提唱

すれば復帰する。自己の社会的生存

にかかわる利害関係で結ばれたある

種の組織に属する人々は旧来、まさ

にこの利益の観点から自民党に投票

していたが、今回はかなりの人々が

「構造改革」という政策に反対して

投票せず棄権したと見られる。

 民主党は小泉政権よりもっと明瞭

(少なくも代表とが幹事長の周辺

では)「構造改革」を掲げたが、自民

党にははるかに及ぼなかった。同党

の組織票である労働組合員の投票

は、組織の大きさから見ると全体的

には低調である。「構造改革」に反対

を明確にした共産党及び社民党の得

票は伸びていないから、右の組合員

の反対の意志は棄権となったのであ

ろう。共産党と社民党とはそれぞれ

「消費税の引き下げ」と「憲法擁護」

とを主要な政策として提唱したが、

両者とも前回よりも後退した。この

点の評価が最も重要である。

 両党は政権党並びに諸野党が構造

「改革」を第一の問題としている(

の内容の明確さの程度はあるが)

き、「改革」のポジティブな内容を問

題として提示することがなかった。

 これが私の問題意識である。以下は

研究会当日の本文である。紙幅の関

係で省略がある。

 

日本型福祉国家の危機の認識

 

○、基本的な政策立地点

a 人々の労働は社会の繁栄の主要

な要因である。人々に労働の権利を

 

保障すること、すなわち、それを欲

する人々に労働を確保することは、

公的な経済政策の主要な目的に数え

なければならない。

b 八○年代以来、特に、八九年以

降、経済のネオリベラルな世界化に

伴い、諸国民のあいだの、諸国民の

内部の不平等が進行している。同時

に地球環境の危機がいよいよ明らか

になっている。

c この現代、量的並びに質的に「熟

考」された経済成長の政策が必要で

ある。その課題の実現は、世界的に

支配的である、資本の論理(その現

代版がネオリベラルな市場主義、私

営主義)に依拠する社会的勢力だけ

によっては達成できない。政治的な

水準においても、社会的な水準にお

いても、企業の水準においても、政

策の決定過程に対して労働者、直接

生産者(自営の労働者)、利用者(

)の「参加」(必ずしも「共同決定」

とは限らない統制、協約、協議など

の形式)が必要である。

 

 以上の主張について二・三の注釈

を加える。

*民主主義の原理において、種々

の領域・水準での「参加」の適合し

た形式を具体的に研究しなければな

らない。ここでは特に「経済的民主

主義」のテーマがある。種々の経験

は、「共同決定」、「経営参加」、「全国

的あるいは地域的協定」から「自己

経営」、「NPO」、「地域通貨("信濃"

の例)」などにいたる。これらは関係

者のあいだの「協約」としても、国

(あるいは国家グループ)の法制

化としても実行される。ネオリベラ

ルな市場主義、私営主義に対して、

特定の国家的規制()は不可欠で

ある。この「私営」という言葉は「私

有」より広い意味で用いる。「私有」

していない資産を「私的に経営して

私的利益をあげる」事業がある!

*上記の問題に関連して、八○年

代にスウェーデンで進められた「労

働者ファンド」創設の運動(スウェー

デン社民党マイトナー計画)の実績

を研究すべきであろう。同計画は、

特に、大企業(株式会社形式)を「民

主化」し、労働者全体(従業員では

ない)の福祉を向上させる目的で、

企業利潤の一部分を労働者が買い取

り、「労働者ファンド」を創設する。

「労働者ファンド」は株主としての

権利を行使して、企業経営に代表を

指名するとともに、配当を受け取る。

よく似た計画がデンマーク社民党に

もあった。

 同様に、七〇年代後半にフランス

で再発明され、ヨーロッパ諸国で取

り組まれた各種の「アソシアション」

(非国営、非市場的な経済活動、総

称して「第三のセクター」、「社会的

な経済」とか呼ばれる)の実績も研

究すべきである。

* 「労働者、直接生産者、利用者」

と言うときそれらはいずれも、社会

的に階層化あるいは分化している。

特に国家の水準(政治社会と市民社

)における規制(法と運動)にお

いては、社会的諸勢力の利害の「媒

介」の機能が重要であり、これは主

として政党の機能である。政党の歴

史において「統治される民主主義」

後の「統治する民主主義」の局面は

まだ完遂されていない。この局面で

は「経済的民主主義」の具体的形式

の創出が不可欠である。

 

1、日本型福祉国家

1、ーコーポラティズムという言

葉の歴史的背景[1](省略)

1、2 日本の福祉国家の特性

形成された日本の「福祉国家」政

策は、日本型のコーポラティズムと

して(コーポラティズム思想と、国

家機構あるいは準国家機構としての

コーポを通じて)実践された。

@各種のコーポ

これは、イ団体そのもの、ロ「業」

(の障壁)、ハ資格が法(または政

令、省令、通達)による許認可で設

立される。

a業界団体、ある種の協同組合

b資格者団体

c企業共同体(経営者、従業員、系

列からなる)

d大企業経営者団体、中小企業経営

者団体

e労働組合全国組織(企業組合の連

)

f特殊法人、公益法人

g学術団体

h国家機関そのものがコルポ化(

あって国なし、局あって省なし)

A国家とコーポとの関係

各種コーポは国家機関を通じてコー

ポラティブな利益を得ようとする。

国家機関(官僚機構)は、イ明文化

された監督、ロ事実上の監督、ハ事

実上の代表性承認を行うことでコー

ポを従属させる。

Bコーポの内部組織

「企業文化(日本的な企業一家主

)」の形式に則って構成員のあいだ

の序列形成、下層は事実上コーポか

らはずされる(小企業、小企業労働

者、独立勤労者)

 コーポの執行機関(行政区に応じた

各水準の代表機関)の選出は形式的

民主主義を保って入るが、実体はプ

レビサイト形式(「異議なし」)。コー

ポの執行機関は支配政党(一般に族

議員)の社会的基盤を提供し、引き

替えにコーポラティブな利益を得

る。

Cトライアングルの形成

うえのAとBとによって、

国家機構(官僚)、支配政党(族議員)

コーポ(「業」「学」の執行機関)

トライアングルが形成される。

イ 行政区別の国家予算その他の公

的資金、ポストの山分け、汚職。

ロ 国家(及び地方公共団体)の予

算の不効率な膨張、負債の拡大、運

営の硬直化、税・保険の混合。

ハ 産業活動及び労働市場の細分

化・硬直化。

 

13日本型福祉国家の機能活動

@表の面(よく議論される)

イ 国民に一定の福祉水準を保証し

た。ただし、序列が下位になるにつ

れて不十分。

ロ 企業間の競争を緩和し、雇用効

果があった。イとロとが日本的「社

会的協約」。

ハ 特に大企業での終身雇用、年功

序列、企業年金など(日本型企業モ

デル)を可能にした。

二 以上の要素は、ある場合には国

際的競争力の向上に活用された。

A裏の面(余り議論されない)

イ 階級的な水準の社会的運動(

に労働者の運動)を分解させ、コー

ポの水準に落とし、社会的運動の機

能を解消させた(コーポの中の、コー

ポを通じる圧力・陳情)

ロ あらゆる社会的・政治的勢力が

「社会全体」の視界を失う。社会的

対抗力(社会的緊張)が消滅し、同

時に、政党システムと民主主義制度

そのものとが衰退する。社会的連帯

の心情が衰微し、「公」を欠いた個人

主義が増長する。

ハ 公共的サービスの運営が利用者

(国民)のためではなく、トライア

ングル(サービスの資源の供給者)

の利益のためになされる。

二 政治と行政との混交、法律の裁

量的執行、公私の混合、監査の形式

性、天下り、談合、「なれ合い」が横

行する。決定・実行の過程及び責任

の所在が「不透明」である。

ホ一部分は法制的に一部分は事実的

に、日本型市場経済は実質的には「割

り当て(配給)経済」であった。「不

透明な」市場、「市場のシェアーの安

定化」(実は市場の欠如)は効率の観

念の低下、「進取の気象」の希薄化を

生み、特にソフト面の投資・生産性

が低下した。

 

14左翼運動の立場における「構

造改革」

イ 日本資本主義社会の特徴として

の「福祉国家」の認識。

ロ この「福祉国家」の何をいかに

改造するか。破壊と同時に建設の問

題。

2、九〇年代の危機

21 バブルの成長と崩壊[2]

(省略)

22 危機の現象(省略)

23日本の支配的集団の戦略

@九〇年代の経済・金融政策の動揺

(省略)

A支配的な議論の転換

小泉政権の登場とともに議論は一転

する。本間正明教授(諮問会議委員)

は、「学界の定説」として、不良債権

の処理・金融システムの健全化を成

し遂げ、同時に産業の「構造改革」

を達成しなければならないと主張す

る。

 かくして次々に方針が設定される。

・特殊法人改革「中間とりまとめ」

・経済財政・構造改革の基本方針

・総合規制改革会議「中間とりま

とめ」

 これらの方針の本質を要約すれば、

"供給者のための、供給者による、

供給者の供給計画"であると言うこ

とができる。これが「サプライサイ

ド」説の帰結である。

24左翼勢力のオルタナティブ

左翼の経済政策=利用者(

)の充足されない欲求を需要(

マンド)に転化させる公共的な方針。

需要の政策がなければ成長はない。

具体的に、左翼勢力の今日の中心的

政策は、「量(エコノミi)+(

コロジー)の成長」である。

民主主義的変革の展望(経済的民

主主義の実現・発展)で生産者とし

ての労働者の重要な役割の一つは、

社会の諸階層とともに、この方針の

作成に参画し企業においてその実現

を図る。規制の「撤廃」あるいは「強

化」の政策の判断も、この方針に即

してなされなければならない。

世界金融化のなかで

 

3、左翼運動の経済政策のために

31日本型福祉国家の改革の方

 日本型福祉国家の裏の面をポジ

ティブに改革する。これは表の面の

改革をも伴う。コーポラティズムの

レジームを一挙には解体できない。

「創造」を伴わねばならない。

 コーポ内部の生活の民・王化と同時

に、コーポのあいだの外的関係を意

識的な「社会的協定」に改革する。

社会的勢力の自治の発展に基づく民

主主義の革新をめざす。

 「社会的協約」の主要な提唱者は(

なくも現在の段階では)政党である。

政党がどのような社会的勢力を代表

して主張するか、政党のあいだの「対

(コンフリクト)的民主主義」の

関係を築く。

32金融世界化あるいは金融資

本の新しい局面の評価

 

 資本主義の現局面、中期的展望、

長期的展望の理論はいくつかある。

実践的には短期・中期の展望が重要

である。(仮説)このとき問題は「世

界化」よりは「金融化(金融資本化)

にある。

 金融資本の絶対的な量の増大は、

工業資本・商業資本から生産され流

通を経て実現される利潤から「レン

(利子・利息)」として抜き取る部

分を増加させる。このことによって、

新たな産業投資を抑制する、つまり、

雇用を減少させる効果を持つ。有価

証券の値上がり益が、結局は「レン

ト」に由来することは、アメリカの

株式市場で証明されている(企業が

リストラを発表すると株価が上が

る。企業が減益見込みと発表すると

株価が下がる)。この仮説からの帰

結、

a「国民総株主」は労働の機会を

減少させる。

b 同様に年金などの「資本化(

ピタリゼーション)」は労働の機会を

減少させる。

c 中小企業は(協同組合も)利潤

を実現することがいよいよ困難にな

る。

d 失業者が存在する反面、生計費

のかなりの部分を(大部分の人は除

いて)「レント」で生活する階層が現

れている。これから予算の社会的支

出、税制面の(いわゆる「中間的な

諸階級」の問題など、よく分析され

)政策が必要とされる。

 

31の課題は、この客観的な根

拠をいかに堀崩すかにかかってお

り、極めて困難な課題である。真に

左翼の英知を結集しなければならな

いであろう。漸進的に、検証を加え

つつ道を切り開かねばならない。ま

ず第一は「成長」の政策である。

ヨーロッパで雇用形態が大きく変

化したのは、企業の「収益性が、と

りわけ株主の圧力のためにいよいよ

強く求められる経済的状況のなか、

付加価値にしめる労働者の取り分が

顕著に圧縮された経済的状況のなか

で」起こったこと.が認められている。

市場の傾向に「事後的に」追随す

るだけでは、例えば、スウェーデン

のように失業率の低い国も含めて、

諸国で家計の貧富の開きの拡大が世

代間の貧富の格差(七〇年代から九

〇年代にかっけて)として現れてい

る。

われわれは問題意識を持って、諸

国の現実を分析し、教訓を得ること

が必要である。政策だけを安易に模

倣することはできない。

(以下省略)

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経済政策の基礎的な討論のために何を破壊し、何を建設するか 
植村 邦

労働運動研究2001.9