2月15日


広島で原水爆禁止運動に取り組んでこられた、松江澄さんが亡くなられた。朝日新聞に、ソンタクと並んで大きな追悼記事が出ていた。彼は、各国が核実験などをやると、必ず、平和公園の座り込みの先頭に立っておられた★彼にはじめてお会いしたのは、もうはるか35年も前のことになる。松江さんが幹部を務めていたこの国の前衛党に多くの困難が生じて、彼は中央指導部に反対する立場に立っていた。この時も、原水爆の問題がからんでいた。そして、戦前からの幹部とともに、新しい組織を作ろうとして大変な努力を払っておられた★この運動には多くの学生上がりの若者達も応援団として加わっていた。小生もその末席を汚していた。今はもう詳しく覚えていないが、小生達は松江さんの考えに、必ずしも賛成でなかったように思う。我々は、相当、ごりごりの「国際主義者」だったのだろう。彼らの、新しいものに平然と向かおうとする進取の精神についていけなかったのだろうと思う★松江さんは、ヨーロッパの先進的な考え方に惹かれておられたようで、ソ連などの評価をめぐっても随分と論議した記憶がある。こういう類の議論は、なかなか収斂することなく、いつの間にかソ連も崩壊してしまって、みんな反原発や環境問題などの「草の根運動」みたいなものに散っていってしまった★しかし、松江さんには、生涯離れることの出来ない現地に根を張った原水爆禁止運動があった。最近、原水爆禁止運動をめぐる二つの組織の再統一の話し合いが始まっているらしいが、遅ればせながら、是非、これを実現させてもらいたいものだ。(大木透の「近況雑感」より