『労働運動研究』4月号(0841日発行予定)

通巻403号(復刊19号) 画像をクリクすると大きくなります。目次、焦点がpdfファイルで見れます。

 

「特集」21世紀日本の進路を問う

深まるサブプライム危機の克服に「マネー敗戦」の教訓をいかに活かすか

    −ユーロ時代に対応してアジア通貨協力の強化へ−

                    労働運動研究所 柴山健太郎

サブプライム問題と日本経済      埼玉大学名誉教授  鎌倉孝夫

日本の賃金格差と絶対的貧困化の拡大      京都大学 宇仁宏幸

東アジア共同体の形成と福田政権の東アジア外交

                     ジャーナリスト 蜂谷 隆

洞爺湖サミットに向けて世界社会フオーラムのアクション   井形

日中歴史共同研究と「田中上奏文」問題

                    富山大学名誉教授 藤井一行

南京大虐殺を心に刻む旅           ジャーナリスト 水谷 栄

 

 「新自由主義」と勤労者運動A         元日産労働者 田嶋知来

中国の開発独裁と労働法制のゆがみ

              兵庫県立大学大学院博士後期過程 王 玉恵

 イタリアの解散総選挙と中道左派の政治再編の動向

 一民主党、イタリア社会党、左翼/虹の3極に再編された中道左派―

                在ローマジヤーナリスト 茜ヶ久保徹郎

米大統領予備選挙の民主・共和両党の中盤戦の戦いから見えてきたもの

   ―ブッシュ後の米国の針路―          労研国際部

思い出すことなど−戦前の労働運動の体験から−(4)    久保田 敏

二神正明さんを悼む                              荒川仁一

 [本の紹介]

福田玲三/中村 哲著『医者、用水路を拓く―アフガンの大地から世界の虚構

に挑む一』(石風社)

大内一/大谷拓郎著『偽装雇用』、派遣ユニオン著『日雇い派遣』、

安田浩一
著『肩書きだけの管理職』(旬報社刊労働破壊シリーズ1,2,3)

荒川仁一/本庄重男著『バイオハザード原論』(緑風出版)

荒川仁一/中谷一郎著『曲がりくねった―直すぐな人生』(自費出版)

山本徳二/中村仁一著『老いと死から逃げない生き方』(講談社)

山本徳二/槌田勧著『工業社会の崩壊』(四季書房)

本庄重男/母里啓子著『インフルエンザ・ワクチンは打たないで』(双葉社)

年末カンパお礼、正誤表

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サブプライムローン危機と「マネー敗戦」の教訓  

   −ドル従属体制からユーロ・アジア通貨との多角的協力へ−

                    労働運動研究所 柴山健太郎

 

 世界最大の債務国が繁栄する奇妙なマネー循環

 

 いま世界経済にとってサブプライムローン問題とともに深刻な問題は、ドル安問題である。ドル安の原因は、いうまでもなく年々増大するアメリカの「双子の赤字」、特に経常収支の赤字の激増である。ニクソン大統領がドルと金の交換を停止した、1971年から2006年にいたる36年間のアメリカの経常収支赤字の累積額は、約6兆ドルにのぼる(第1表)。しかもこの赤字は90年代末から年々急増し、2000年以降のわずか7年間だけで約4兆ドル〈約440兆円〉の巨額に達する。こうして海外へ流出した不換ドルの大部分は、アメリカの大銀行の預金、財務省証券、大企業の株式などのドル資産としてアメリカに還流し、それをもとにアメリカが海外投資を拡大するというマネーの循環ができた。今回のサブプライムローン問題の最大の原因も、こうした世界的なドル過剰にあるといってよい。

1998年、神奈川大学の吉川元忠教授は『マネー敗戦』という著書を著し、1980年代の『日米貿易戦争』で、日本は「モノ作りでは勝ったが、マネー戦争では敗れた」と述べ、その「敗戦」の結果が日本のバブル経済発生の主原因となり、日本経済を戦後最大の危機の陥れたと主張し、大きな衝撃を与えた(1)。その後、吉川教授は一連の著作を通じて、1990年代に世界最大の債権国にのし上がった日本が深刻な経済危機に陥る一方、世界最大の債務国アメリカが長期にわたる好景気を享受するというこの奇妙なマネー循環を「新帝国循環」と規定し、06年秋に亡くなるまでこの問題を追及し続けた。以下、吉川教授の所論を中心に、当面する日本経済の危機の活路について考えてみたい。

吉川教授によると、本来の「帝国循環」は、19世紀後半から第1次世界大戦までのイギリスの「ビクトリア循環」である。これは当時のイギリスが貿易と海外投資を通じて基軸通貨のポンドを国際的に散布し回収するという資本循環の中心に位置しつつ、後発国の資金需要を賄い、世界最大の債権国となって、覇権国として世界に君臨したことをいう。

だが第2次世界大戦後、イギリスに代わって新たにマネー循環の中心軸に位置したアメリカの債権大国としての地位は長く続かず、1980年代のレーガン政権下でアメリカの経常赤字が拡大を続け、84年には対外純資産の「貯金」を使い果たし、経常赤字を埋めるための資金の流入は純債務として積み上げられ、たちまち世界最大の債務国となった。その当時、アメリカの経常赤字を埋めるために大量の資金を流入させるのに中心的役割を担ったのが巨額の貿易黒字を抱える日本だった。ここにアメリカが経常赤字を上回る資金を日本などから流入させ、その余剰分を海外に還流させるという奇妙な「帝国循環」が登場した。これが吉川教授の言う「新帝国循環」である。

ここで注目すべきことは、従来の中心的債権国は、イギリスもアメリカも自国通貨建てで資本輸出を行なっていたが、日本のみは円建てではなくドル建て、すなわち債務国側の通貨建てで資本輸出を行なったことである。「実はここに、世界最大の債権国が経済危機は陥り、その債権国に膨大な債務を負う世界最大の債務国が長期にわたる好景気を体験するという異常現象の原因があった」と、吉川教授は指摘する。

1995年のクリントン政権のルービン長官のドル高政策により、経常収支赤字は年間1500億ドル台から5000億ドル台へ膨らむが、高金利によってアメリカへのマネー流入は増大し、株式時価総額は、1988年の28000億ドルから1997年には113000億ドルと4倍に急増した。この間にアメリカのダウ平均は11770ドルから、20058月時点でも1700ドルと殆ど変わらなかった。一方、日本は1989年末のバブルピーク時には38915円をつけた日経平均は下落を続け、小泉政権下の2003年には一時7600円に急落し、その後多少戻したが12000円台で推移している。その間の10年間の日本の株式時価総額はピーク時の39000億ドルが22000億ドルに減少し、その後もしばらく低落が続くことになる〈注2〉。

 

円高不況をもたらしたクリントンの超円高攻勢

 

 吉川教授は言う。

「日本が保有する対外純資産〈対外資産残高マイナス対外債務残高〉の額は、97年末で1246000億円〈約8900億ドル〉、これはGDP〈国内総生産〉のほぼ2割に相当する。70年代、巨額の貿易黒字を背景に債権国の仲間入りを果たした日本は、たちまちその地位を高め、世界最大の債権国の座に着いた。一方、アメリカは13200億ドル〈商務省発表、97年現在〉という、これまた奇しくもGDP2割に相当する世界最大の対外純債務を抱えている。さらに言えば、日本はアメリカに対して他国よりもひときわ多額の債権を有し、アメリカは日本に対してそれに見合う債務を負っている関係にある」。

「世界最大の債権国が経済危機に陥り、その債権国に膨大な債務を負う世界最大の債務国が、長期にわたる好景気を体験する―これは少なくともこれまでの国際経済の常識から逸脱した現象である。そこには何か経済的合理性とは別個の要因が作用したとみるほかない。」

では、その要因とは何か。それが円・ドル関係の矛盾だと、吉川教授はいう。

「わが国の経済活動にとって与件となっている国際通貨システムの根本に横たわる矛盾である。つまり、ドルという通貨が、今なお事実上の基軸通貨でありながら、アメリカ一国の経済政策と分かちがたく連動し、その意向を反映した価値の変動をほしいままにしているという現実がある。」

「日本はアメリカに巨額の資産を有している。80年代の初めから、生保など機関投資家を主力とするジャパン・マネーがアメリカ国債の形で買いまくったドル―これがその資産の主要な中身である。」

「ところが、1985年以降の円高ドル安によって、それは大きく減価してしまった。日本が始めてドルの世界に足を踏み入れたといわれる80年代前半の長期国債などは、そのまま保持していれば、954月の円高のピーク時には約7割も価値を失い、95年以降の相対的ドル高の期間においてさえ、4割以上も減価している計算になる。・・・これがポスト・バブル時代の日本経済に、いかに重いデフレ圧力になったかは説明するまでもない。日本の保有するアメリカ国債こそは、ある意味で、究極の不良資産といえるのではあるまいか。」

「・・・極論すれば、アメリカが債務を負う相手国の国力を殺ごうと思えば、為替相場をドル安に誘導するだけでこと足りる。そうであればこそ、ドイツをはじめヨーロッパ諸国は『ドルからの自由』を求めてユーロを創設したのである。日本はそのことを厳しく認識することがなかった。なぜ日本はアメリカ国債を買い続け、ドルの世界に住み続けたのか。日本の金融当局が取った不可解な選択の背景を解明することは、私たちが休止した思考を再開し、バブル経済の生みの親である長期低金利政策の謎を解くことでもある。そうして始めて日本の金融市場の改革も、国際通貨システムの不合理と正面から向き合うことができるのではなかろうか。」(注4)

経済評論家の内橋克人氏は、『世界』1月号の「日本型貧困を世界的視野で読み解く」という対談の中で、次のように指摘している。

「日本社会一般でいえば、家計から企業へ、企業・国家からアメリカへ、の富の吸い上げ構造ですね。歴史的にも稀な超長期の預貯金のゼロ金利で331兆円もの『得べかりし所得』〈バブル崩壊後〉が、家計からその先の金融機関へ、そして企業へと移転された。吸い上げられた所得は最終的にどこに行ったのか。グローバル化の進展につれて、企業・富裕層は富の海外移植に熱を上げ、いまや国の外に持ち出され、積み上がった海外資産残高は5153兆円にものぼります」。

「日本は、世界一の債権大国と呼ばれるようになってすでに16年です。ところがプラザ合意当時〈1985年〉1ドル・240円だった円は、いま110円台、さらに108円台へ、と切り上がり、これだけで海外資産価値が40数%以上、削ぎ落とされた勘定です。円高になればなるほど、海外資産から一定の“アガリ”を得るのに必要な投入量は労働・資本・知財とも大きくなっていく」。

「新自由主義的グローバリゼーションの進展と日本型貧困、その両者をつなぐ文脈を明らかにすること。この構図の起源がラテン・アメリカにあるのかも知れませんが、ラテン・アメリカ型と日本型という2つのモデルの共通性と、それぞれの異質性、この両面からの対比が、先進的な研究の分野として登場しなければならないと思います」〈注5〉

 

日本経済の活路は内需拡大

 

今回のサブプライム問題に端を発する世界同時株安の中で、日本の大手金融機関は大幅減益に見舞われたが、米国や、欧州に比べればサブプライム問題の被害が比較的少なかった。たとえば、三菱UFGなど大手銀行6行の含み益は,122日現在で、合計34000億円程度で、昨年9月末より6割近く減り、122日の終値に基づく第一生命経済研究所の試算によると、四半期で ピークだった昨年6月末〈約99000億円〉よりも約7割減ったが、米国のシテイグループなどよりは財務基盤は健全で、各グループの連結自己資本比率は8%を大きく上回った。

大手生保も同様に含み益が大幅に減り、昨年九月末には日本生命など国内大手9社で計125000億円あったのが、67兆円まで激減した。だが生保の健全性の高さの指標であるソルベンシーマージン〈支払い余力〉比率は各社とも安全性基準の200%を大幅に上回っている。(注6)。

問題は、それにもかかわらず、昨年のサブプライム問題を契機とする日経平均株価の値下がりが、ニューヨーク・ダウだけでなく、上海、インド、シンガポールなどアジア市場に比べても下落幅が激しかったのはなぜかということだ(第3表)。

122日、日本をはじめ中国やインドなどアジア各国はいっせいに大幅株安になり、世界同時株安の様相を呈した。東京株式市場は、日経平均株価が今年最大の700円を超える下げ幅となり、13000円台を割り込んだ。特に東京市場で特徴的なことは、国際的にも知名度の高い企業の株が先行して急落したことである(第2表)。自動車でも大手3社がそろって急落し、トヨタ自動車株が23カ月振りに5,000円台を割り、ホンダは20066月の株式分割以来初めて3,000円を割った。ドバイの政府系フアンドの買いで昨年秋から堅調な値動きだったソニーも6.9%も下落した。これらの銘柄に共通するのは外国人持ち株比率の高さで、昨年9月時点でソニーは5割を超え、キャノン、任天堂は4割超、ホンダは3割強で、外国人の日本株の売りが今回の優良株の大幅安の原因になっている。

政府・マスコミは、さっそくこの問題を取り上げて「外人株主は参院選後の国会のねじれ現象や『構造改革』の逆行を見て逃げ出した。」「外資に見放されたらもはや日本の未来はない」「日本経済はもはや一流ではない」などという論調を展開して、野党の年金改革や医療・農業改革の要求を「バラ撒きの復活」と非難し、小泉・竹中流『構造改革』の継続を唱えている。

果たしてそうなのだろうか?確かに上述のように今回のサブプライムローン問題を契機とする世界の主要株価指数の騰落率を見ても、日本の下落率が欧米やアジア市場に比べて最も激しかったことは事実である。だが問題は、その理由である。みずほ綜合研究所の調査によると、日本経済の実質経済成長率の寄与率を見ると、1980年代から1990年台半ば頃まで実質経済成長率における個人消費の寄与率は6割前後を占め、設備投資が23割、輸出の割合は2割以下だった。ところが90年代後半から個人消費は45割に低迷し、輸出が6割前後に急進している(第4表)。小泉構造改革で国民の貧困化が急激に進む中で、個人消費の割合が急速に縮小し、日本経済の輸出依存構造が急速に強まった。これから見ても今回のサブプライムローン問題の深刻化による全世界の株価下落の中で、日本の主要株価の下落率が一段と激しかった理由は、対米・対アジア輸出の急激な悪化が懸念されたためであるといえよう。

小泉流「構造改革」の推進を主張する声が強い中で、日本経済の「円高の下での内需拡大」による経済成長を唱える声が強まっている。

24日の『日本経済新聞』の『月曜経済観測』で三国事務氏代表の三国陽夫氏は、「これからは円高で日本経済は苦しくなるのではないか」という編集部の問いに、次のように答えている。

「円高になれば内需主導の成長が期待できる。日本の総輸入金額は年70兆円ほどだ。もし20%の円高になれば、支払い代金を14兆円減らすことができ、その分回りまわって国内の購買力を高められる」。

「金利も引上げれば預金利息が消費に回る。700兆円強ある個人の預金が年3%の利息を生めば、それだけで20兆円強の購買力につながる。併せて約35兆円、GDPの7%だ。メーカーに新製品の開発を促す債権国らしい経済になる」

「・・今輸出企業の多くは国内で稼げず、海外で利益を上げている。国内の購買力が高まれば、海外の景気が低迷しても国内の利益を補える。それが本来の姿であり、円高を悪いと考えること自体が間違っている。購買力が上がれば、さまざまな問題で国際的な発言力も強くなる。」

かって大蔵省の「ミスタ―・エン」と呼ばれたほどの国際金融通の榊原英資早大教授も、最近民主党の機関紙『民主』(08215日号)紙上で次のように述べている。

「日本の経済が、輸出型から内需型に転換しなければならないと従来から言われながら、転換がいまだにうまくできていない。内需の拡大しない背景の一つには、不良債権処理の際にとられた超低金利政策にも原因がある。GDPの成長率で言うと、2002年から拡大し、少なくとも全体の経済が好調、特に企業が好調だった。・・このときに、つまり小泉・竹中のとき上げなければいけなかったのに、金利を上げさせなかった。本来は今、政策金利は、短期金利が2%ぐらいになっていなければいけない」。

「もう一つ、内需型に経済が転換しない理由の一番は、2002年から景気は企業主導で拡大しているが、賃金が上がっていないことが挙げられる。賃金が上がっていないだけでなく、年金、医療、庶民の生活の現在、未来に対して不安がどんどん増している。こういう時あまり金は使えない」。

「どうすればいいのか。当然こうした庶民の不安を解消するのは政治しかない。民主党が政権をとり、年金問題、医療問題などを本当にきちっと解決することが非常に重要だ」。

 

外資による日本の優良企業の買収攻勢

 

吉川教授によると、日本経済の体質が現在のように変化してきた原因は、1990年以降、日米当局者の間でアメリカ政府の主導で政策的に進められてきたドル防衛のための円のドルへの従属体制の進化にあるという。

特に1993年の宮沢・クリントンの日米首脳会談で発足した「日米包括経済協議」の発足以降、小泉・ブッシュの首脳会談ではその路線が一段と加速され、新たに「成長のための日米経済パートナーシップ」に格上げされた。それに伴って外資による日本企業買収の拡大を目的とした「日米投資イニシアチブ」が発足し、日本の法律・制度の規制撤廃のための広範なリストが作成され実施された。それは法務省、財務省、金融庁の緊密な連携の下に推進され、個別産業分野では、金融ビッグバン、電気通信事業の外資規制撤廃、大規模店舗法の廃止など、商法・会社法関係では、持ち株会社解禁、合併手続きの簡素化、株式交換制度、会社分割制度、民事再生法、ストックオプション、米国型コーポレート・ガバナンス、連結納税制度の導入など、会計基準・監査制度分野では連結会計や時価会計の導入などが次々と導入された。

これらの諸措置のなかで最も重大な政治的争点になったのは、郵政民営化問題である。この問題の発端は、1997年アメリカが『年次改革要望書』で「民間保険会社が提供している商品と競合する簡易保険(Kampo )を含む政府及び準公共保険制度を拡充する方針をすべて中止し、現存の制度を削減または廃止すること」の検討を、日本政府に強く要求したことにあった。このアメリカの当初の企図は、自国に次ぐ世界第2の保険大国日本の保険事業への進出にあった。この問題はすでに1993年の宮沢政権の時の日米包括経済協議で浮上し、アメリカ側の4つの優先事項の一つに保険が選ばれたことに始まる。こうしてバブル崩壊以降、株安や低金利と同時に95年の保険業法の大改正により経営破綻したAIG ,プルデンシャル、アクサ、クレデイ・スイスなどが外資系保険会社に次々と吸収された。

吉川教授は「米国にとって単なる民営化はゴールではなく、簡保・郵貯を金融庁や公取委の検査で揺さぶり、弱体化させ、最終的には分割、解体、経営破綻に追い込み、M&Aや営業譲渡などさまざまな手段を弄してその個人資産を米国系金融機関に吸収させることが最終的な狙いなのです」と、指摘する〈注7〉。

吉川教授によると、日本がバブル崩壊後の厳しい金融不安の中で、金融パニックに陥らなかったのは、郵貯に230兆円、簡保に120兆円と日本の金融資産1500兆円の4分の1に相当する350兆円があったからだが、アメリカはいまドル価値維持のために日本国民が

営々として貯めたこの個人金融資産を米国に還流させようとしているという。

2005年の通常国会で可決された新会社法により、外国企業は多額の買収資金を銀行から借り入れることなく、外国株を使った株式交換による三角合併方式で、米国の巨大企業などに比べ著しく割安な日本企業を買収することが可能になった。

2005617日の日本経済新聞は、2004年度の全国5ヵ所の証券取引所の株式保有状況調査に基づき、外国人の持ち株比率が日本の上場株式のほぼ4分の1を握り、事業法人、個人、銀行を抜き最大株主になったという衝撃的な事実を報じた。しかも外国人持ち株比率が高いのは収益の安定した優良企業に多く、オリックス、HOYA,ヤマダ電機、クレデイセゾン、キャノン、ドン・キホーテの6社では50%を超え、日東電工、メイテック、富士フイルム、ロームなどの企業でも48%になり、外国人持ち株比率が3割以上の企業はすでに100社を超えた。

 

小泉政権の巨額な為替介入のメカニズム

 

さらに吉川教授が、現在の日本の国家財政が破綻状態に陥れた最大の原因の一つとして挙げるのが、90年代以降の相次ぐ巨額な為替介入であり、次のように述べている。

「バブル経済は、80年代末期に頂点に達し、90年代に入るや瞬く間に崩壊した。こういう中で米クリントン政権による円高攻勢が日本経済の息の根を止め、『マネー敗戦』はひとつの到達点を迎えてしまう。」

90年代前半に日本は円高不況を回避するためとして総額65兆円に及ぶ財政出動を行なった。しかし実際は、いわゆる真水部分を30兆円とすると、ほぼそれに等しい対外純資産の為替差損がこの時期に発生していた。為替差損が財政出動をかき消したが、国家債務は残った。これが現在の財政破綻につながっている。」

「米国の復活はレーガノミックスが10年目に奏功したからではなく、ドル安によるモノ作り企業への追い風がうまく株高につながったことが大きい。これを支えたのが、超低金利持続による日本からの米経常赤字を大幅に上回る対米資金流入である。」

「日本の未曾有の不況は、不良債権問題や『構造改革の遅れ』が基本的原因というわけではない。過度の円高は過度の対外投資、産業空洞化を招き、国内の生産・投資活動や雇用に打撃を与えている。土地・株式といった資産価格が低落し、円の過大評価がなお残っている中で、日本は先進国中最初にデフレに突入した。日本の長引く経済低速はドルがアメリカの意向を体現した勝手気ままな運動をしてきたことに基本的原因がある」。(注8)

吉川教授は、さらに第一次小泉政権下で、財務省主導で日銀が相次いで実施した巨額の円売り・ドル買いの為替介入が、円のドル従属体制を強め、日本の国家財政の破綻と国民生活の窮乏化を激化させたと主張する。

「小泉内閣の続投を導いた20035月からの株価急騰、その裏側には巨大なマネーの流れの転機があった。引き金になったのは大規模な円売り・ドル買いの為替介入であり、それに触発されたマネーの流れが回りまわって日本の株価を仕上げたのだった。」

為替介入は財務省の「外為特会」〈外国為替資金特別会計〉によって行なわれる。これの一般的な形は、円高が経済のフアンダメンタルズ〈基礎的条件〉から乖離して進行していると判断した場合、財務省が日銀に指示して円売り・ドル買いを行なうことである。この時の介入資金は、財務省が国家予算の一部としての限度に基づいて、政府短期証券(FB)を発行して調達する。

介入目的で銀行に入った円資金は、日銀がそのまま「売りオペ」(日銀が銀行に対して手形や債権を売却すること)で回収する〈不胎化〉。ところが20034月以降はこの円資金はそのまま放置〈非不胎化〉されている。これは財務省と福井俊彦日銀総裁の下の日銀との間で締結された「為替介入の非不胎化」協定〈アコード〉に基づくもので、その目的は為替介入にかかわった外資系銀行を通じてヘッジフアンドに潤沢に円資金を供給することにあった(注9)。

為替介入と当座預金残高が「アコード」で結び付けられてしまえば、日銀は介入資金を放置せざるを得なくなる。こうして財務省は日銀総裁交代の機を捉え、まんまと日銀の金融政策を侵食することに成功した。こうしてヘッジフアンドに入った資金は、「円キャリー・トレード」〈低金利の円を借りて高金利のアメリカ債権やアメリカ株を運用すること〉により海外を中心に運用され、巨大な利益を上げた。こうしてヘッジフアンドは、低金利のジャパン・マネーの売買を通じて、巨大な利益を上げたのである。

吉川教授は言う。

2003年、巨額の為替介入はそのまま外貨準備の運用としての米国債保有となり、それだけで拡大一方のアメリカの財政、及び経常赤字の4割を賄った。・・・アメリカの享受したメリットは計り知れず、日本の為替介入がなければ金融・証券市場や金融政策も成り立たなかったに違いない」

2003年の為替介入の規模は、戦後最高だった1999年の7.9兆円の2.5倍の20.5兆円という法外な数字にのぼった。2003年の日本の経常黒字は全地域向けで約15.8兆円、そのうち対米分は約10.5兆であることを考えると、この対米黒字はそれに倍する20兆円の円資金投入によりもたらされたもので、対米輸出がいかに日本側の負担ばかり大きい、実質の伴わないものであるかを示している。

それよりももっと重大なのは、為替介入が日本のデフレ効果を促進した事実である。

政府は政府短期証券の発行で、巨大な為替介入を行なった結果、2003年末の外貨準備は8266億ドルと前年よりの1年間で3000億ドルも急増し,デフレに苦しむ日本に対する巨大なデフレ圧力としてのしかかった。

「外為特会の介入資金枠は2003年度末に79兆円だったが巨額介入で残り少なくなったため、2004年度の当初予算でも140兆円に拡充されている。一方、国の長期債務残高は2004年度末に当初予算のように548兆円と見込むと,為替介入関連の政府債務はその4分の1にまで接近する可能性がある」〈注10

 

ドル従属体制の維持か、ユーロ・アジア通貨との多角的協力か

 

今回のサブプライム危機は、現在のドル体制の危機がもはや回復不能な水準にまで達したことを示した。その中で日本は未来の日本経済の活路について重大な選択を迫られている、と吉川教授は言う。

「日本は、限界の見えたアメリカ市場か、今後の市場としての中国か、という重い選択に迫られている。アメリカにつくという選択をすればいつまでもドルを買い支えることになる。中国には13億もの人間がいることもあり、長い目で見れば中国へと転換せざるを得ないだろう。何とか中国との相互共生的、相互補完的関係を構築しなければ日本の将来はない。」

この主張の背景には、国際経済の重大な変化がある。これには次の5つの要因があると、吉川教授は言う。

第1は、欧州統合通貨ユーロの定着である。ユーロは2002年からの通貨流通によって、加盟国12カ国にとどまらず、今日では40カ国に流通するようになっている。流通圏が拡大していることに加えると、ユーロは長期的には価値の安定した通貨になることが予想される。

2は、中国の経済大国化である。中国は、WTO加盟を果たし、世界の工場として、また長期的には巨大な成長市場としての進展が予想されている。それに加えて、貿易経常黒字を背景に外貨準備増、債権国化という展望も得られる。

3は、米国の後退である。米国は経常赤字に歯止めがかからず、対外債務は増加し、さらにテロの影響もあって景気回復も非常に不透明になっていることである。

特に顕著な傾向は世界的にドル資産の積極的な買い手が減り、逆にドル資産からユーロ資産へのシフトが進んでいることである。欧州企業は90年代末まではニュー・エコノミーに乗り遅れまいとしてITベンチャー企業等へのM&A等を活発化したが、2000年代に入り、欧州からの対米投資は急停止し、逆流状態にある。その最大の原因はアメリカのニュー・エコノミーが崩壊し、それが幻想だと気づいて欧州からの直接投資やM&Aなどに急ブレーキがかかったことである。次に2001年から表面化したエンロン、ワールドコムなどの大規模な不正会計→倒産、さらに投信不正などもニューヨーク株式を下落させ、欧州からの証券投資を冷え込ませた。さらに決定的原因になったのは、1993年のブッシュ政権のイラク侵攻である。ブッシュ政権はアメリカのイラク侵攻に反対したフランス、ドイツを「古い欧州」と決め付け、両者の政治的亀裂が深まったが、これが欧州事業の対米投資を手控えさせる決定的要因になったことである。

第4は、中東、特にサウジは70年代以降アメリカとの秘密協定に基づき、巨額なオイル・マネーで米国債を購入していたが、9.11以降、ブッシュの「愛国法」に反発してオイル・マネーを引き揚げユーロにシフトさせ始めたことである。

第5に、世界第2の石油・天然ガス生産大国のロシアが、外貨準備を今のドル65%、ユーロ25%の割合を変えてユーロを増やそうとしていることである。ロシアの外貨準備は現在1000億ドルに近づいているが、いま輸出の7割がドル建て、輸入の5割がユーロ建てになっているが、ユーロを増やすことが検討されていることである。

「日本はこうした世界の変化を直視し、既成観念から一刻も早く脱却する必要がある。・・・何より転換しなければならないのは、ドル一辺倒の発想である。ユーロが登場し流通するようになって国際通貨をめぐる環境は基本的に変わっている」。

こうした分析に基づき、吉川教授は次のように主張する。

「日本の輸出で対中はすでに対米を上回っている。2003年には対中貿易が黒字に転じた。素材、機械類から海上輸送にいたるまで中国の成長が日本の輸出を支えている。・・・市場として巨大化する中国を中心にとする東アジア諸国との通貨協力をどう組み立てるかは、今後日本が内需中心に、またこの地域との共生の中に生きようとする際、大きな課題である。これは日本のためというばかりでなく、共通通貨圏が域内の安定した貿易、投資のための環境形成につながることになる。その手始めは『アジア債券市場』の創設であろう。これによってアジア地域の貯蓄をアメリカの政府、民間部門の貯蓄不足の結果である『双子の赤字』の穴埋めに使わず、この地域の膨大な資金需要に充当することが可能になる。」

「アメリカ財務省によると、米国債の保有残高は作 昨2003年には財政赤字にほぼ見合って3,775億ドルに純増した。この純増の中で日本1670億ドル、44.3%と突出し、中国も8.2%、香港2.4%で、アジア勢の比重は57.5%と6割近い。」

「アジア勢が日本と同様に『ドル安から免れるためには、さらにドル安の深みにはまる』マネー敗戦構造に陥るリスクは無視できない。こうした中で通貨・金融危機を経験したタイを始めとするアジア諸国は『アジア債券市場』への取り組みを始めている。その際の重要な課題は、ここで発行される債券がどのような通貨建てになるかということである。その目的からすれば域内貿易のドル依存を軽減するために『アジア貿易決済機構』といった機構を設立し、その決済通貨に充当することもできるだろう」。〈注11

 

2010年問題」で重大な選択に迫られる日本

 

吉川教授は1998年発刊した『マネー敗戦』以降、日米の円・ドルのマネー循環を通ずる円のドル従属の深化を告発し続けたが、遺著になった『国富消尽』〈2006年刊〉の中で、「2010年問題」を契機とする「円のドル化」の危険性を強く警告している。

2010年問題」とは何か。それは、2010年を契機に日本が1980年代から始めた30年もののアメリカ国債の償還が始まることを指している。現在のアメリカは、経常赤字が増大し、対外純債務は積みあがるばかりで事態はもはや制御不能の段階に入りつつある。これまでアメリカが天文学的な経常赤字を積み上げながらもアメリカ国債の元利払い停止の事態が避けてこられたのは、海外保有のアメリカ国債が増加し続ける限り償還期限問題は考えなくても良かったのである。ところが、2010年を境にアメリカのマネー状況が国内的にも国際的にも一変する状況が生まれた。国内状況とは、ベビ―ブーマーが定年を迎えて引退し、これが直接、あるいは401Kや投資信託を通じて間接的に保有していた株式が市場に溢れ需給が変調し、さらに消費へと向かったとき経常収支は現在よりもさらに一段と悪化することが予想されることである。

しかもイラク戦争の前途が混沌とし戦費が増大し続ける中で、日本に対する30年ものの国債の償還が始まるのである。この場合、ドル防衛を目的とする資金流入のために中国を当てにすることは出来ない。確かに2003年後半から2004年に入り、中国は大量のアメリカ国債を購入している。だがその狙いは、アメリカの元の切り上げ要求を抑える政策的意図に発したものである。すでに中国はプラザ合意以降の日本の「マネー敗戦」の教訓を学んでいるので、外貨準備をユーロなどに分散させ始めている。そうなると、現在のアメリカが考えうる唯一の方法は、「円のドル化」ということになる。つまり、日本の超低金利政策を維持させ、あるいは円・ドル交換レートを現在よりやや高めに設定することなどの方法で、日本国民が営々と築き上げた郵貯や簡保など貴重な個人金融資産を大量にアメリカに流出させる方法である。

こうした「円のドル化」こそは、アメリカ財務省の「日本の責任と負担でドルの安定化の抜本策を作れ」という年来の執拗な要求を受けて、財務省が90年代以降の常軌を逸した大量の円売り・ドル買いを通じて推進してきたもので、日本の通貨主権の放棄であり、「第2のマネー敗戦」にほかならないと、吉川教授は主張する。

21世紀の日本の明るい未来は、ドル従属体制から離脱し、ユーロやアジア共通通貨などとのバランス多角的協力の構築の中にこそあることは明らかである。

 

参考文献

 

 注1:吉川元忠著『マネー敗戦』(文春新書9810月刊)

 注2:吉川元忠・関川英之共著『国富消尽』(PHP研究所 061月刊)

 注3:前掲『国富消尽』

 注4:前掲『マネー敗戦』

 注5:内橋克人「日本型貧困を世界的視野で読み解く」〈『世界』081月号〉

 注6:『日本経済新聞』08123日号

注7;前掲『国富消尽』

注8:吉川元忠著『マネー敗戦の政治経済学』(新書館032月刊)

 注9:吉川元忠著『経済敗走』〈ちくま新書044月刊〉

 注10:前掲『経済敗走』

 注11:吉川元忠著『円がドルに呑み込まれる日』〈徳間書店052月刊〉 

 

第1表 米国の経常収支赤字 

   年

  億ドル

   年

  億ドル

  1971

  ▲14

  1990

  ▲790

   72

  ▲58 

   91

   29

   73

   71

   92

  ▲501

   74

   20

   93

  ▲848

   75

   181

   94

  ▲1,216

   76

   43

   95

  ▲1,136

 77

  ▲143 

   96

  ▲1,248

   78

  ▲151

   97

  ▲1,407

   79

  ▲ 3

   98

  ▲2,151

   80

    23

   99

  ▲3,016

   81

    50

  2000

  ▲4,174

   82

  ▲ 55

   01

  ▲3,847

   83

  ▲387

   02

  ▲4,596

   84

  ▲943

   03

  ▲6,401

   85

  ▲1,182

   04

  ▲6,401

   86

  ▲1,472

   05

  ▲7,548

   87

  ▲1,067

   06

  ▲8,115

   88

  ▲1,212

  小計

60,020

   89

  ▲995

   *

  ▲39,903

注:Bureau of Economic Analysis ,U.S.International Transaction Accounts

Data. *は、200606年の合計。

 

第2表 東証1部の時価総額上位10銘柄〈122日時点。▲は下落

           銘 柄 名

2007年末からの騰落率(%)

時価総額

〈兆円〉

連結PE

〈株価収益率〉 〈倍〉

配当利回り

〈%〉

トヨタ自動車

19.2

 17.6

 10.3

  2.9

三菱UFGフイナンシャルグループ

17.6

 9.3

 15.6

  1.6

NTT

13.2

 7.6

 14.4

  1.9

任天堂

23.8

 7.2

 26.2

  2.

NTTドコモ

18.8

 6.9

 14.5

  3.

日本たばこ産業

10.9

 5.9

 23.2

  0.7

キャノン

18.9

 5.6

 11.2

  2.6

三井フイナンシャルループ

16.4

 5.4

 9.7

  1.4

9

ホンダ

22.3

 5.3

 8.3

  3.0

10

武田薬品工業

8.7

 5.3

 13.5

  2.8

注:08123日付け『日本経済新聞』

 

   第3表 世界の主要株価指数の騰落率

  国    名

  前日比

  07年末比

  昨年来高値比

 日   本

  ▲5.7

  ▲17.

  ▲312

 中国〈香港〉

  ▲8.7

  ▲21.8 

  ▲31.9 

 中国〈上海〉

  ▲7.2

  ▲13.3

  ▲25.2

 インド

  ▲5.0. 

17.5  

  ▲19.9 

 韓   国

  ▲4.4 

  ▲15.2

  ▲22.1

 シンガポール

  ▲1.7

  ▲17.3

  ▲25.2

 米   国〈※〉

  ▲1.3

  ▲10.0

  ▲15.7

 英   国(※)

   1.9

  ▲11.9

  ▲15.5

 ドイツ(※)

  ▲0.7 

  ▲16.4  

 ▲16.8

 フランス(※)

   2.1

  ▲13.7

  ▲21.5 

注:日本経済新聞123日号による。※は日本時間123日午前零時半現在〈現地時間22日〉。▲はマイナス。 

 

 4表 実質GDP成長率への個人消費・設備投資・輸出の寄与率

 

 年  度

実質経済成長率

 (%)

主な需要項目の寄与率(%)

 個人消費

 設備投資

  輸出

 8085

   3.1

  55.3

  23.3

  16.0

 8590

   4.9

  47.4

  36.4

  5.7

 9095

   1.4

  89.5

-49.9

  19.7

 9500

   0.9

  43.7

  22.3

  56.1

 0005

   1.4

  53.4

  30.2

  58.3

注:輸出寄与率=(今年度の輸出―前年度の輸出)/(今年度のGDP−前年度のGDP )×100

 出所:みずほ総合研究所調査本部調べ

 

 表1米金融大手のサブプライム関連損失と07年業績

            

損失

総収入

最終利益

シテイグループ

286

 816

88(▼82.9)

JPモルガン・チェース

  29

 713

153( 6.3

バンク・オブ・アメリカ

79

 663

149(▼29.0

ゴールドマン・サックス※

  15

 459

115( 21.8

モルガン・スタンレー※

  108

 280

 32(▼56.0

メリルリンチ※

  225

 112

86(−)

リーマン・ブラザーズ

  15

 192

414.8

注1:単位・億ドル ※は0711月期 それ以外は0712月期。カッコ内は前年同期比 ▼は赤字かマイナス。

出所:『毎日新聞』2008124

 

表2 主な米金融機関の四半期決算(単位・億ドル、カッコ内は前年同期比)

金融機関

 最終損益

リストラなど対処策

シテイグループ

98(−)

145億ドルを増資。事業売却・人員削減の継続

メリルリンチ

98(−)

みずほコーポレート銀行などが増資に応じる。事業売却。

※モルガン・スタンレー

35(−)

中国政府系投資フアンド増資に応じる。

※ベアー・スターンズ

 ▲8(−)

経営トップがボーナス返上。

※リーマン・ブラザーズ

8(▲12

住宅ローン事業を縮小、人員削減

JPモルガン・チェース

29(▲34

証券化商品のトレーダーを削減

※ゴールドマン・サックス

 32(2)

 

バンク・オブ・アメリカ

2.8(▲94

投資銀行部門で3000人削減

ワコビア

0.5(▲97) 

 

注1:※は2007年9〜11月期、それ以外は同年1012月期。▲は赤字またはマイナス。−は比較できず。

出所:『日本経済新聞』08123

 

 表3 20071012月期の米GDP速報値

    (単位:億ドル、%、▲はマイナス)

 

 

  金     額

   増減率

 国内総生産

    116,774

    0.6

 個人消費支出

    83,427

    2.0

 民間設備投資

    14,127

    7.5

 民間住宅投資

     4,327

   ▲23.9

 民間在庫投資

     ▲34

    −

 純輸出

    ▲5,210

    −

   輸出

    14,550

     3.9

   輸入

    19,759

     0.3

 政府支出

    20,467

     2.6

 GDPデフレーター

     −

     2.5

注:金額は季節調整済み、年率2000年価格。増減率は前期比年率

出所:『日本経済新聞』08131  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表4 サブプライム問題に伴う米当局の対策

財政政策

    個人向け戻し税制(予定、081月)

    企業向け優遇税制(予定 同)

政府による借り手支援

    米連邦住宅局(FHA)の債務保証など機能を拡充(078月)

    住宅保有者向けに優遇税制検討、議会に立法を要請(同)

    借り換え促進や5年間の金利凍結を柱に差し押さえ回避。最大120万人の借り手が対象(0712月)

FRBなどの流動性支援

    公定歩合を緊急引き下げ(078月)

    公定歩合を引き下げ(079,10,12月)

    FF金利を引き下げ(079,10,12月)

    FF金利と公定歩合を緊急下げ(081月)

    金融市場への厚め資金供給を継続

    米欧など5中銀が大規模な短期資金供給で協調(0712月)

金融機関を巡る動き

    UBSにシンガポール政府系フアンドなどが115億ドル相当を出資(0712月)

    シテイグループにアブダビ投資庁が75億ドル出資(0711月)。クエート投資庁などが145億ドル出資、20億ドル公募増資(08年1月)

    モルガン・スタンレーに中国投資有限責任公司が50億ドル出資(0712月)

    メリルリンチにシンガポール政府系ファンドなど62億ドル出資(0712月)。みずほコーポレート銀などが66億ドル出資(08年1月)

出所:『日本経済新聞』08123

アメリカ大統領予備選―長期化するオバマ・クリントンの指名争い

 ―ブッシュ政権批判の空前の高まり―

                         労働運動研究所国際部 

 民主党史上まれに見る激戦

 アメリカ大統領予備選挙は、ヒラリー・クリントン上院議員〈ニューヨーク州選出〉が、34日の「大票田」テキサス、オハイオ2州およびロードアイランド州の予備選でオバマ上院議員(イリノイ州〉との接戦を制し、民主党の指名争いはさらに8月末の全国大会までもつれこむ様相を見せている。他方、共和党はジョン・マケイン上院議員〈アリゾナ州選出〉が、テキサス、オハイオ、ロードアイランド、バーモントの4州で、ミット・ロムニー前ニューヨーク州知事とマイク・ハッカビー前アーカンソー知事を制して過半数の代議員を獲得し、大統領候補者指名を確実にした。

  民主・共和両党とも、大統領候補は全国大会で代議員の過半数を獲得した候補が指名されることになっている。代議員数は党により異なるが、民主党は4049人で指名獲得に必要な代議員数は最低2025人、共和党は総数が2380人で指名獲得に必要な代議員数は最低1191人となる。

 民主党の指名争いが共和党よりもつれる原因の一つに、代議員の選出方法がある。つまり共和党は主に「総取り方式」を採用しているので、州ごとに行なわれる予備選・党員集会の勝者がその州の割り当て代議員を総取りするので票差がつきやすい。だが民主党は得票率に応じて代議員数を割り振る「比例配分方式」なので、票差がつき難く、有力候補のいずれかが圧勝することが困難な事情に加えて、上下両院議員や州知事、党全国委員会委員など全米796人からなる「特別代議員」の存在がある。この「特別代議員」は指名決定の票数に加算されるが、彼らの投票は予備選や党員集会の決定に拘束されないので、票読みが一層困難になる。終盤戦で劣勢に立たされたクリントン陣営は、「特別代議員」獲得に最後の期待をかけ、猛烈なロビー活動を展開している。だが今回は「特別代議員」の多くはマスコミの質問に答えて「選出州の結果を見たうえで判断する」と回答しており、今後の最終局面での大票田決戦の展開いかんでオバマ・クリントンのいずれにも雪崩を打つ可能性もあり、情勢をますます読み難くする原因ともなっている。

だからクリントン氏がテキサス、オハイオ州を制したといっても、これまでに獲得した代議員総数は1365人で、オバマ氏の1451人よりも86人少なく、今後さらに指名獲得に必要な2025人に達するにはあと660人獲得しなければならないので、オバマ氏有利の情勢は依然として変わらないといえる。

 本年1月以降の主要な州の予備選・党員集会の日程を示したのが第1表だが、これまでの選挙戦の中で決定的な比重を占めるのが、全米22州の代議員が決定される25日の「スーパーチューズデイ」であることが分かる。この日に民主党が決定する代議員数が約1700人、共和党が約1000人なので、従来の大統領予備選ではこの日に大勢が決するのが通例だった。だが今回は民主党では挑戦者のオバマ氏がクリントン氏を猛烈に追い上げ、他方の共和党では「穏健派」のマケイン〈彼はイラク戦争ではタカ派だ〉、保守派のロムニー、宗教右派のハッカビー候補の三つ巴の闘いが白熱して決着がつかず、3月までもつれ込む状況になった。

ヒラリー・クリントン上院議員は、当初から経験と実績を強調して、大票田の地元のニューヨーク州〈代議員281人〉やカリフオルニア州〈441人〉などを中心に闘いを進める戦術を取った。だがオバマ上院議員はこまめに小さな州も回り、「変革」を訴えて瞬く間に青年の・学生の心をつかみ、25日の「スーパーチューズデイ」以降も猛烈にクリントン氏を追い上げた。212日のワシントン、メリーランド、バージニア3州のいわゆる「首都圏決戦」まで9連勝を達成し、ついに獲得代議員数でクリントンを逆転し、続くハワイ、ウイスコンシン2州の予備選で連勝を伸ばし、リードをさらに広げた〈第2表〉。

オバマ氏がハワイ州で76%の得票率で圧勝したことは、彼が高校を卒業するまでの大半をここで過ごしたことから理解できるが、ウイスコンシン州でのオバマ氏の勝利はクリントン陣営に衝撃を与えた。それはこの州では白人層が9割を占め、黒人層はわずか8%なのに、オバマ氏が58%の得票率でクリントン氏の41%を上回ったためである。

 

頽勢挽回のクリントン戦略の誤算

 

しかも、第3表のウイスコンシン州の予備選の際の民主党員の出口調査でも明らかなように、白人男性と女性、65歳以上を除くすべての年齢層、白人と黒人、1.5万ドルから10~15万ドルまでのすべての年収階層、高卒、大卒、大学院卒のすべての学歴層、経済・イラク・医療保険などすべてのテーマにわたりオバマ支持がクリントン支持を上回っているのである〈第3表〉。この221日のハワイ、ウイスコンシン州の予備選の結果、累計代議員はオバマ1315人、クリントン1245人とリードはさらに開いた。

だが、この段階でなおクリントン陣営が頽勢挽回の希望を捨てなかった理由として“Economist”誌は、次の3つの理由を挙げた。〈”Economist”  08216日〉。 その第1は「防火壁(firewall)」−大票田テキサス、オハイオ州予備選〈34日〉、およびペンシルバニア州予備選〈422日〉−で大勝することである。第2は、時間である。つまりオバマの「変革」と「希望」の訴えがマンネリ化し、国家安全保障や経済をめぐる政策論議でオバマ氏を圧倒し、形勢を逆転させる可能性である。第3は、「特別代議員」の獲得だ、という。

 だがこうしたクリントン陣営の戦略は、次々と大きな困難にぶつかった。第1の「防火壁」もオバマ氏の燃え盛る炎のような勢いに突破される寸前になった。34日の「大票田決戦」を前に、ロイター通信が実施したテキサス州の世論調査では、オバマ氏が48%、クリントン氏が42%6ポイントもリードされた。さらについ最近までクリントン氏が20ポイント以上もリードしてきたオハイオ州でも、ロイター通信の世論調査ではクリントン氏が44%、オバマ氏が42%、ラスムッセン調査でクリントン氏の47%に対し、オバマ氏は45%と猛烈な勢いで追撃した。

 32日の『日本経済新聞』はこの「大票田決戦」を前にした現地の情勢を次のように報じた。

 「テキサス州の人口の35%を占めるヒスパニックは民主党の有力支持層。世論調査ではクリントン氏がリードする。ただメキシコ系市民団体の法律顧問を務めるニーナ・ぺラレスさんは『クリントン氏の戦略に疑問を感じる』と話す。同州ではヒスパニックが多い地方に割り振られた代議員の数が少ないためだ。ぺラレスさんは、『クリントン氏はヒスパニックの得票率で勝っても代議員で負ける可能性がある』と分析する」。

 「オハイオ州でも民主党の中核票が揺れている。経済の地盤沈下が激しい同州では雇用や景気対策が主な争点だが、労組は割れている。・・・・2001年以降オハイオは製造業などで約20万人分の雇用の場を失った。北米自由貿易協定(NAFTA)の締結だけで5万人の職が失われたとの推計もある。・・・クリーブランド大のジャステイン・ボーン助教授は『オハイオ州は本来、クリントン氏のためにある州だった』という。労組が強く、中低所得者が多いためだ。クリントン氏は遊説で失業や無保険などの『問題を解決する』とアピール。世論調査では、オバマ氏に労組票で10ポイントの差をつけている。」

「ただ労組の組織率は低下傾向にあり、得票率が弱まっているとの見方もある。組合員には雇用機会が奪われていることへの不満が強く、『組合〈中央〉組織』に候補を決める権利はない」〈州都コロンバスの看護師ロンダ・ハミルトンさん〉と反発する声も多い。左派の組合員は『イラク戦争に開戦前から反対だった』と訴えるオバマ氏を支持し始めている。」

 「クリントン氏がオバマ氏との代議員数の差を埋めるには、テキサスとオハイオの両州で大勝しなければならない。勝利のカギをにぎるのはヒスパニックや労組など中核支持層固めだが、いずれの場合でも集票組織のタガは緩み始めており、クリントン陣営には勝敗の行方に不安を募らせる声もでている」。

実際にはクリントン氏がテキサス、オハイオ両州を制したが、その理由はどこにあったか。36日の『日本経済新聞』は次のように報じた。「米大統領選で混迷の度を深める民主党候補者選びの背景には、同党の有力支持基盤である労組や女性、低所得者の動きがある。4日の『大票田決戦』でヒラリー・クリントン上院議員が主要2州の予備選に勝利したのは、これらの層を押えたことが要因だが、有権者の多くは投票日の前日か数日前に誰に投票するかをきめたとされる。多くの票がクリントン氏とオバマ上院議員との間を揺れ動く浮動票になりつつあり、両陣営の支持争奪の行方は読みきれない」

 「4日投開票の予備選の出口調査(4)からは『白人』『低所得者』の双方へのクリントン氏の浸透度合いが勝っていたことが分かる。クリントン氏はオハイオ州で、白人層の61%、年収5万ドル未満の層の53%を獲得。オハイオ州でもそれぞれの層で55%、51%でオバマ氏を上回った」

 「クリントン氏が、今回の大票田決戦で取り戻した支持を今後の予備選で維持できるかどうかは不透明だ。両陣営の勝因となる支持層が州ごとに異なるという現象が起きており、選挙戦の展開や新しい公約を見て、支持候補を変える浮動票が過去に比べて多くなっていることは間違いないようだ」

 

 イラク・サブプライムローン危機の論争は痛み分け

 

2の政策と経験におけるクリントンの優位も、これまでのオバマとの論争を見る限りでは大きな得点には結びついていない。「スーパーチューズデイ」以降、民主党だけでなく無党派までが雪崩を打ってオバマ支持に転じ、予備選・党員集会で連勝を続けられた背景には、サブプライムローン危機の激化による失業多発や生活の貧困化の進行だけでなく、ブッシュ政権のイラク戦争によって国民の間に生じた深刻な亀裂を克服し、一致して社会の変革に取り組みたいという願望がある。オバマ氏のアピールはこうした国民の心情に訴えるがゆえに大きな支持を獲得したのである。これに対して、クリントン氏は、経済や安全保障政策でオバマ氏に論戦を挑み、経験と政策面での優位を実証しようとしているが、有権者の目にはオバマ・クリントン両氏の差は殆どないと映っているため、オバマ氏の若さとバイタリティが有権者の支持を強める有力な原因になっている。

ところが終盤戦になって、クリントン陣営がネガティブ・キャンペーン作戦を強める中で、北米自由貿易協定〈NAFTA〉見直しを提唱するオバマ氏の立場を、彼のアドバイザーがカナダ政府に「これは政治的発言に過ぎない」釈明したメモが暴露されたり、イリノイ州政界のオバマ支持の元実力者が汚職で起訴される事件などが重なり、このところオバマ氏の清新なイメージを損なうような事件も浮上している。

民主党指導部も、1968年のハンフリー、72年のマクバガン、80年のカーターなど過去の大統領予備選挙の例から見ても、指名争いが党大会まで決着しない年には共和党に敗北した例が多いので、指名争いの長期化を危惧する声が高まりつつある。そこで党内にはオバマ、クリントン両氏を正副大統領候補としてコンビを組む案も出されているが、それにはまずどちらかを大統領候補に決めなければならず、早期決着の見通しは立っていない。

イラク戦争に対する政策でも両氏の政策には大差はない。オバマ、クリントン両氏ともブッシュ現政権を批判し、米軍の段階的撤退を主張している点で共通し、選挙戦ではオバマ氏は16ヵ月以内に大半の兵力を撤退すると主張し、クリントン氏は大統領就任後60日以内に段階的に撤退に着手すると述べている。ただ両氏ともブッシュ政権批判の矛先は占領の継続が他分野での外交・軍事政策の展開の障害になるという点にとどまり、イラク戦争が国連憲章を無視した無法な侵略戦争だったという認識に立っているわけではない。特にオバマ氏の主張で気になる点は,アルカイダとの闘いでは、「われわれは可能な限りどこででもテロリストに対する先制攻撃ができるし、しなければならない」と、場合によって国連憲章を無視した[単独行動主義]を容認していることだ。この点では、クリントン氏も「米国の外交政策は、単独行動主義を選択肢としながら、多国間主義を優先して導かれなければならない」と述べ、原則的に「単独行動主義」を容認している。

ブッシュ政権がアフガニスタンで強行している対テロ戦争問題では、両氏ともテロリストが生まれる土壌となる同地の貧困問題に目を向け、開発援助計画の促進を提案している点では共通している。ただ反政府勢力タリバンを掃蕩する戦争を継続する点ではブッシュ政権と同じで、北太平洋条約機構(NATO)軍がもっと積極的に関与する必要性を指摘している。核兵器問題では両氏とも積極的な発言を行なっており、包括的核実験禁止条約(CTBT)への批准に向け議会に働きかけると主張している。

サブプライムローン危機問題の論戦では、テキサス州の予備選を控えた321日のテキサス州の討論会で、クリントン氏は「私が大統領になれば5年間金利を凍結する。金利引き上げを許すと、何百万もの人々が家を失う」と主張し、金利凍結を柱とする対策の正当性を訴えた。一方、オバマ氏は319日、同じテキサス州の集会で「金利凍結は支援する必要のない富裕層を利するだけだ」として、「金利凍結により採算に敏感な金融機関がその他の金利の引き上げに動き、新たに融資を受けようとする人への打撃になる」と批判し、「金利凍結」という民間の契約の変更を迫る強硬手段ではなく、返済に苦しむ借り手への減税や住宅の買い上げを代案に挙げ、「弱者救済のためには国の強力な支援」が必要と見るクリントン氏と一線を画する。

 だがサブプライムローン危機対策でも、民主党内部ではオバマ氏が「クリントン氏の政策に95%に賛成だ」と言うように、両者の政策の差は基本的には殆どない。むしろ有権者が批判の矛先を向けるのは、共和党の最有力候補のマケイン氏の主張が減税の恒久化や歳出削減だけで全く具体性がないことである。とくにマケイン氏は最近のサブプライムローン対策の上院の議決の際には遊説を理由に欠席するなど、深刻な経済危機に対する認識の欠如が指摘されている。それだけに秋の大統領選挙戦で、マケイン氏が民主党候補との論戦でサブプライム対策の中身を問われた際にこれで対抗できるかどうか今から疑問視されている。

 しかし、オバマ氏に対しても、彼がトップ・ランナーに躍り出て「オバマ現象」が現実味を帯びるに従って、彼を見るマスコミの視線も厳しさを増し、彼の政策や経験不足に対する辛らつな批判や疑問が見られるようになった。その一例として前記の『Economist』の一節を紹介しておこう。

 「オバマ氏の上院における投票記録は、民主党の最左翼の投票の一つである。彼はこれまで決してイラク戦争に賛成票を投じたことはなかったし、彼のイラク政策は速やかな撤兵、イランとシリアを加えた平和会議の開催など最善の結果をめざすことに尽きるように思われる。第2に、彼の経済政策は比較的良く考え抜いて作成されているが、彼がしばしば市民に語るのは、市民はより多くの金が給付され、より多くの機会が与えられるに値するということだけである。もし無駄に費やされたブッシュ時代から得られた経験の一つが、不要な分断政策は良くないということだとすれば、恐らくもっと悪いのは問題解決の能力の欠如ということだろう。たとえオバマのキャンペーンが節度の点で模範的だったとしても、いまだかって重要な公的機関を管理・運営したことのない人物にはリスクが伴う。そしてオバマ現象は必ずしも有益とばかりはいえない。なぜならそれは彼に対する期待を不当な高さまでのし上げることがあるからである。」

 

  オバマ躍進の原動力−草の根からの「変革」の高まり

 

これまで主として民主党のオバマ氏とクリントン氏の動きを中心に予備選・党員選挙の状況を見てきたが、『スーパーチューズデイ』の翌26日の『ワシントン・ポスト』紙が、主要な9州〈アリゾナ、カリフオルニァ、ジョージア、イリノイ、マサチューセッツ、ミズーリ、ニュージャージー、ニューヨーク、テネシー州〉の共和・民主両党員の出口調査結果を発表しているので、全体的な動向について見てみよう〈第5表〉 

 この「出口調査」の内容は、共和・民主両党の有権者に対して異なる質問を掲げて行なわれている。共和党員の有権者には、「現在この国が直面している最も重要な問題は次のうちどれですか?」という質問で、経済、イラク戦争、不法移民、テロ対策の4つを挙げて関心の度合いと、保守派と穏健派ごとにマケイン、ロムニー、ハッカビーの3人の候補者に対する支持率のアンケート調査を行なっている。民主党員の有権者に対する質問は、「あなたが今日の投票態度を決定するに当たって最も重視する候補者の資格は次の4つのうちのどれですか?」というもので、「必要な変革の達成]」「市民への奉仕」「十分な経験」「11月の大統領選挙で確実に勝てる可能性」の4つを挙げている。

まず民主党の出口調査結果をみると、最大の特徴は、有権者の最も重視する候補者の資格が「必要な変革の達成」だということである。これはオバマ氏の選出州であるイリノイ州の63%をトップにジョージア州が62%、ついでミズーリ、ニュージャージ−、テネシー、ニューヨーク州などが50%台、カリフオルニァ、アリゾナ州が4849%といずれも他の項目よりも抜群に高い。クリントン氏の主張する「十分な経験」はアリゾナ、ニューヨーク州などが高いがいずれも25~26%で[変革]よりも著しく低く、「市民への奉仕」や「11月の大統領選挙で確実に勝てる可能性」は極めて低くなっている。

人種的な支持率の特徴が顕著に出たのが黒人で、オバマ氏は選出州の94%をトップにジョージア、アリゾナ、ニュージャージー州で80%台、カリフオルニァ、ミズーリ、テネシー州で70%台、クリントン氏の選出州のニューヨーク州が最低だがそれでも62%である。

これと対照的なのは白人の支持率の調査結果である。これによると、白人の支持率でオバマ氏がクリントン氏を上回っているのはイリノイ州の62%(クリントン氏36%)、カリフオルニァ州の49%44%〉だけで、その他の州はいずれもクリントン氏を下回っている。だがクリントン氏の地元のニューヨーク州でも58%に対し38%、アリゾナ州ではクリントン氏の54%に対し44%と極めて少差なのが特徴である。これを見ても今回のオバマ支持が人種の壁を乗り越えて白人の間でも支持率が大きく広がったことが、オバマ氏の躍進の原動力になっていることが分かる。

これと対照的なのが、共和党の出口調査である。共和党の有権者への質問の回答で最も重要な問題と回答している項目のトップが「経済」だということである。この回答ではミズーリ州の46%をトップに、マサチューセッツ州の45%、イリノイ州、ニューヨーク州がそれぞれ42%、ニュージャージー、テネシー、カリフオルニァ、アリゾナ州が30%台を占めている。これに次ぐのが「不法移民」でアリゾナ州の33%、カリフオルニァ州のその他の29%を先頭にその他の州は20%前後を占めている。「イラク戦争」はいずれも15%から20%前後、「テロ対策」も10%台で、「経済」「不法移民」に比べてかなり関心が低くなっている。

 

有権者の関心―共和党は「経済」、民主党は「変革」

 

以下、民主・共和両党の有権者の動向をより詳しく分析するために、少し長くなるが『ワシントン・ポスト』紙の「出口調査」の解説記事の抜粋を紹介しよう。

「出口調査によると、『スーパーチューズデイ』に予備選挙を行った9州の民主党員の大半は、投票で変革への欲求を表明したが、9州のうちの7州の予備選挙で共和党の有権者たちの関心は全国的な経済不況に集中した。

新しい進路を求める9州−アリゾナ、カリフオルニァ、ジョージア、イリノイ、ミズーリ、マサチュ―セッツ、ニュージャージー、ニューヨーク、テネシー州―の民主党員たちは圧倒的にバラク・オバマ上院議員〈イリノイ州選出〉を支持したが―ヒラリー・クリントン上院議員〈ニューヨーク州選出〉は、経験を重視する有権者たちの支持を獲得することで、幾つかの州で勝利した。・・・

民主党員の有権者たちは、人種によって鋭く分離し、いくつかの州では男性と女性間でも大きな差異が見られた。

オバマはアフリカ系アメリカ人の間で大きな得票差でクリントンに勝ったが、クリントンは多くの州のヒスパニックの間で優勢を保った。出口調査によると、黒人有権者の間で最大の得票差が生じたのはイリノイ州で、オバマはアフリカ系アメリカ人の94%を獲得した。クリントンは、自分の選挙区のニューヨーク州では黒人有権者のほぼ4割を獲得した。

カリフオルニァ、ニュージャージー,ニューヨーク州では、クリントンはヒスパニックの間で大きな優勢を維持した。出口調査によると、これらの有権者は、アリゾナ州ではより等分に分布している。

9州中の7州の共和党員の間では、最も重要な関心事は経済だった。ジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州選出)は、マサチューセッツ州を除くこれらすべての州の有権者の間で勝利し、または優勢を維持した。これまで行なわれた共和党のすべての予備選挙・党員集会では、経済に関心を持つ有権者の間で人気抜群の候補者がその州を制した。

だがマケインの地元の州やカリフオルニァ州では、主要な問題として経済と肩を並べたのが不法移民問題である。これら両州では、この問題の際立った重要性が、移民に関心を持つ有権の間で前マサチューセッツ州知事ミット・ロムニーを押し上げたのである。

マケインは、これまでの論戦では共和党員の主流を獲得することに失敗したが、イリノイ、ニュージャージー、ニュー―ヨーク州の熱心な党員たちの間で大きな支持を獲得した。彼は、アリゾナ、カリフオルニァ、ジョージア、ミズーリ、テネシー州の愛党心の強い共和党員の間でロムニーや前アーカンサス州知事マイク・ハッカビーと支持を3等分している。他方、無党派の間ではマケインの人気が急上昇を続けている。彼は、9州のうち5州の無党派の有権者の間で抜群の支持を獲得した。

南部では、ハッカビーは無党派の有権者を獲得するために猛烈に競っている。彼は、ジョージア州の無党派有権者の獲得ではマケインを2桁も上回り、テネシー州の無党派有権者ではマケインと対等に競っている。

ハッカビーが最高の成績を挙げたのはやはり福音派クリスチャンの間であり、昨日の彼の成果はこれらの有権者以外には殆ど拡がらなかった。彼が福音派クリスチャン以外から2桁の支持を受けたのはわずか3州だけが、このグループからの支持が20%を超えた州はなかった。

ロムニーは、これら9州の大半で自分自身を『きわめて保守的』と考える人々の間で決定的な優位を占め、この種の保守派が3割以上を占めるジョージア、ミズーリ、テネシー州では、有権者の獲得をめぐりハッカビーと猛烈に競り合っている。

マケインは、ブッシュ政権の政策に否定的な見解を持っている有権者の間で決定的な支持を得ている。退役軍人の多くは、ロムニーを強く支持しているマサチューセッツ州や、マケインとロムニーに支持が分裂しているジョージア州を除いて、マケインを支持している。穏健派は、全国的にマケイン支持の強力な源泉である。彼が遊説した9州の中で穏健派の投票者の間の支持率が40%を下回った州はひとつのなかった」。

アメリカ大統領選挙は、民主・共和両党の候補が確定するに伴い、新たな段階に入り、これから民主・共和両党の対決がはじまる。だが、ブッシュ政権後に生まれる新政権は、現政権が残した巨大な負の遺産−泥沼状態のイラク・アフガニスタン戦争、サブプライムローン危機による深刻な経済・金融危機、アメリカの国際的・経済的・政治的地位の低下など、従来と比較にならぬ困難な状況に直面しなければならない。〈083.月7日〉

1 米大統領選挙の主な日程   

注:カッコ内数字は34日以降の民主党予備選の代議員数。『日本経済新聞』より作成。       

 

 日程

  民主・共和党候補者の選出の予備選・党員選挙

2008

18

ニューハンプシャー州で予備選(民主・共和両党)

 

“ 19

サウスカロライナ州で予備選(共和党)

 

“ 26

サウスカロライナ州で予備選(民主党)

 

“ 29

フロリダ州で予備選(民主・共和両党)

 

25

「スーパーチューズデイ」(アラバマ、アラスカ、アリゾナ、アーカンサス、カリフオルニァ、コロラド、コネチカット、デラウエア、ジョージア、イリノイ、アイダホ、カンサス、マサチューセッツ、ミネソタ、ミズーリ、ニューヨーク、ニュージャージー、ニューメキシコ、ノースダコタ、オクラホマ、テネシー、ユタ計22州〈民主・共和両党〉

 

“ 12

メリーランド、バージニア、ワシントン州〈民主党〉

 

“ 19

ウイスコンシン、ハワイ州〈民主党〉

 

“ 20

ワシントン州〈共和党〉

 

34

テキサス〈228人〉、オハイオ〈162人〉、ロードアイランド(33人)、バーモント州〈23人〉〈民主・共和両党〉

 

  8

ワイオミング州〈民主・共和両党〉、(18人〉

 

 “ 11

ミシシッピ州〈民主党・共和両党〉(40人〉

 

422

ペンシルバニア州(188人)(民主党)

 

5月 6

インデイアナ州〈84人〉、ノースカロライナ州〈134人〉(民主党)

 

“ 13

ウエストバージニア州〈39人〉(民主党)

 

“ 20

ケンタッキー州〈60人〉、オレゴン州〈65人〉(民主・共和両党〉

 

 

63

モンタナ州〈24人〉、サウスダコタ州〈23人〉(民主党)

 

“ 7

プエルトリコ州〈63人〉(民主党)

 

8月25〜28日

大統領候補者指名のための民主党全国大会〈コロラド州デンバー〉

 

91~4

大統領候補者指名のための共和党全国大会〈ミネソタ州ミネアポリス、セントポール〉

 

114

大統領選挙投票日

2009

120

次期大統領の就任式

      第2表 民主党候補の最近の予備選挙の実績

獲得代議員数〈得票率%〉

     オバマ

   クリントン

 ハワイ州

    14人〈76.0%

   6人〈24.0%

 ウィスコンシン州

    38人〈58.0%

   27人〈41.0%

 新たに獲得した代議員

    52

   33

 累計獲得代議員

   1315

  1245

 うち特別代議員

    161

   234

 指名獲得に必要な代議員

            2025

 累計勝利州

     24

    13

注:08221CNN集計。特別代議員は上下両院議員、知事、党幹部など。

出所:『日本経済新聞』08221号より引用。

 第3表 ウィスコンシン州民主党の予備選挙の出口調査結果

 2008221日実施〉

 

 

    オバマ

  クリントン

性別

男性

      67

     31

〈うち白人〉

     63

     34

女性

      50

     50

〈うち白人〉

      47

     52

年齢

18~24

      73

     26

25~29

      66

     26

30~39

      63

     37

40~49

      61

     39

50~64

      55

     44

65以上

      41

     58

人種

白人

      54

     45

黒人

      91

      8

年収

1.5~3万ドル

      52

     46

~5

      56

     44

5~7.5

      57

     42

7.5~10

      64

     34

10~15

      65

     35

学歴

高卒

      51

     47

大卒

      59

     41

大学院

      61

     36

政策別

経済

      57

     41

イラク

      60

     39

医療保険

      54

     46

出所:『日本経済新聞』08221日より引用。

   第4表 オハイオ、テキサス州予備選出口調査

 

    オハイオ州

   テキサス州

  オバマ

クリントン

 オバマ

 クリントン

  男性

   52

   47

  52

   46

  女性

   45

   54

  46

   53

  白人

   38

   61

  44

   55

  黒人

   89

   11

  85

   15

ヒスパニック

   ―

   ―

  35

   63

 30歳未満

   67

   32

  60

   40

 30歳以上

   31

   67

  37

   62

 大学卒

   55

   44

  56

   43

 高卒以下

   44

   55

  44

   55

年収5万ドル未満

   46

   53

  49

   51

年収5万ドル以上

   51

   49

  52

   48

注:『日本経済新聞』0836日号

第5表 「スーパーチューズデイ」〈200825日〉で主要9州の予備選挙で投票した共和・民主党員の出口調査結果

1.共和党員の出口調査結果

質問:現在この国が直面している最も重要な問題は次のうちどれですか?

 

 

アリゾナ州

カリフオルニァ州

ジョージァ州

イリノイ州

マサチューセッツ州

ミズーリ州

ニュージャージー州

ニューヨーク州

テネシー州

意見なし     

 4%

 4%

 5%

2%

 2

 5

 2

 2%

 3

経済

30

33

 42

 42

45

 46

39

42

38

イラク戦争

 16

20

 17

 21

16

 19

21

 22

18

不法移民

 33

29

 22

19

24

17

20

16

24

テロ対策

17

14

14

16

13

13

18

18

17

保守派

 

マケイン

 36

 32

21%

 34%

21%

 25%

44

39%

22%

ロムニイ

47

 48

37%

35

69

35%

 41%

41%

28%

ハッカビー

 7

 12

 38%

22%

 4%

34%

 11

12%

38%

穏健派

マケイン

53%

48%

44%

 63%

55

48%

66%

56%

47%

ロムニイ

25%

22%

19%

24%

35%

22%

19%

27%

12%

ハッカビー

 7%

12%

30%

 5

5%

17

6%

8%

24%

 

 2.民主党員の出口調査結果

 質問:あなたが今日の投票態度を決定するに当たって最も重視する候補者の資格は次の4つのうちのどれですか?

 

アリゾナ州

カリフオルニァ州

ジョージァ州

イリノイ州

マサチューセッツ州

ミズーリ州

ニュージャージー州

ニューヨーク州

テネシー州

意見なし     

 2%

 3%

 2%

 1%

 4%

 2%

 3%

 3%

 2%

必要な変革の達成

48

49

 62%

 63%

48%

 53%

54%

50%

52%

市民への奉仕

 14%

14%

 13%

 13%

12%

18%

12%

 12%

19%

十分な経験

 26%

24%

17 %

16%

26%

20%

 

23%

25%

19%

11月大統領選挙で確実に勝てる可能性

10%

10%

 6%

 7%

10%

 7%

 8%

10%

 8%

黒人

 

クリントン

 8%

 19

11%

 5%

23%

 21%

12%  

36%

18%

オバマ

86

 78% 

88%

94

68

75%

87%

62%

78%

白人

クリントン

50%

44%

57%

 36%

53

53%

61%

58%

66%

オバマ

44%

49%

39%

62%

44%

38%

36%

38%

24%

出所:“Washington PostFebruary 6,2008 より柴山健太郎作成。