「奥会津」の論文募集-入選作品1


タイトル:南会津が生んだ私の夢
執筆者 :シュルツ・ジョン・ケネス

 

私がここ南会津の地と出会って、早や一〇年が経ちました。私の三人の愛娘の成長記録と共に私と南会津との想い出も私のアルバムの中にぎっしり詰まっています。我が愛する南会津は私の遊園地であり、私の大好きなおもちゃで一杯のトーイボックスでもあります。そのおもちゃ箱を皆さんにも是非ここで紹介したいと思います。

私の大好きなスポーツは、ロードバイキングとテレマークスキーです。そしてここ会津はこれらのスポーツに最適の場なのです。

今年も何時ものように雪が降り始め、あっという間に私達スキーヤーの季節がやってきました。一九八〇年代の後半から、私は毎冬この季節、バックカントリースキーを会津駒が岳で楽しむために、南会津に通いつめ始めました。一週間の東京での仕事を終え、金曜日の晩からいよいよおもちゃ箱を開き始めるのです。まず、檜枝岐までその晩車を走らせ、そこのパーキングで夜を明かし、土曜日の早朝から会津駒が岳に登ります。一六〇〇〜一八〇〇メートルの地点までスキーアップしたところで、土曜日の晩はキャンプです。そしてそこは、白銀の世界のほか何一つ存在しない、私だけの世界と化しているのです。次の日、日曜の早朝、駒が岳のピークまで登り、なだらかなスロープでのスキーを楽しみ、昼までには檜枝岐の駐車場に戻ります。しかし、一月、二月、三月はこれだけではなく、一年の内で一番エキサイティングなシーズンとなるのです。この時期このあたりはひどい雪嵐となり、スキーダウンして戻ってくる時は進路を見極めるのが非常に困難になります。と言うより、もう恐怖に近いものを感じます。しかし、初心者の冒険者にとっては適当なトレーニングになるかもしれません。

その後、私はテレマークスキーを始め、三日間の尾瀬ヶ原トリップをやるようになりました。この辺はバックカントリースキーヤーの穴場スポットなようで、いつも一六〇〇〜一八〇〇メートル辺りで一つ二つのテントを見かけます。ここは、とにかく素晴らしいのです。雪質は最高で、私の知っている限りでは、マッキンレー山脈の麓にあるアラスカのルースグラシャーにも劣らないと感心してしまいました。
さて、尾瀬での当初の目的は至仏山のスロープをエンジョイする事です。
一日目は、戸蔵入り口でスキーを付け、鳩待峠までの道路を登り、そして尾瀬ヶ原にあるロッジ付近まで滑り降ります。
二日目は至仏山の低い坂に沿って上り下りしてスキーを楽しみます。この付近の雪質は、とても深く、私の知る限りでは日本で一番ソフトなパウダースノウだと思います。
そして三日目、尾瀬ヶ原を後にしながら鳩待峠までの坂を登ります。鳩待からは、今度は下り坂になり、殆ど問題なくスキーダウンできます。もちろん、車を止めてあるところまでは油断は出来ませんが。冬季の尾瀬は、とてもチャレンジがいのある、バックカントリースキーヤーにとっては、魅力あるスポットだと思います。
しかし、そこは美しいがゆえに危険をも伴います。電話もラジオ電波もいっさい通じません。そして、三日間の長い道のりであるということを忘れずに、最低限の必需品を備えることを忘れないように。ちなみに私の必需品は、ウィスキーとウォークマンですが。

今は、只見に家を持ち、その周りが私の遊び場となっているので、主に浅草岳から叶津ルートを楽しんでいます。夏、秋は、ハイキングコースとしても楽しめます。十一月頃からは雪が積もり始め、一月までにはあたり一面絶好のスキー場に化けます。ただしこの時期、地形は夏期のころと大分異なっており、スキーのスロープは長く、西の方には断崖ができ、大きな石があったりもします。しかし、そこは私の庭のような所ですので充分に気をつけながらも、長浜の我が家までまっしぐらです。

また、もう一つの私の趣味であるサイクリング、ロードバイキングですが、多分多くの方は、あの細いタイヤがこの雪深い只見の道を走るなんて、とお思いだと想像しますが。それが、ここ只見の道は私達にとって正にパラダイスなのです。きっとマウンテンバイキングならまだしもと、おっしゃるかもしれません。しかし、冬期にはテレマークスキーヤーになる私としましては、ロードバイキング(道路サイクリストとでも申しましょうか。)が持つ、ただひたすら長い道のりを自由に走り続けるだけ、という事に魅力を感じるのです。
只見は、とにかく何処からも遠いところに位置します。ですから、何処を走ってもただひたすらに走れるのです。私達の姿を道路で見かけた会津の地元の方達も多いと思います。いつも走っている時に感謝しているのですが、地元のドライバーの方たちは、私達がフラフラと長い道を走っていると、きまって気持ちよくスペースをくれるのです。これは、簡単なようでなかなか他の場所では出会えない、ドライバーとサイクリストの暖かい光景なのです。

ここで一つ私の大好きなサイクリングルートをお教えしたいと思います。
まず春、只見から駒止峠にある旧峠の茶屋までの往復75kmのコースです。山口まで走り、旧道に入る前に田島方向に上り峠の茶屋まで走ります。ご存知のように、この峠の茶屋は閉鎖してしまいました。私はここでの上り着いた後の一杯のビールの味が未だに忘れられません。またいつかきっと再開して欲しいものです。
他にも私の好きな長距離コースが幾つかあります。只見から博士峠を回り会津本郷への一一〇〇メートルコース、檜枝岐を抜け中沼峠への一七五〇メートル、そして中沼峠旧道から会津高原への一二〇〇メートルコース。とにかく南会津は、私にとって魅力あるおもちゃで溢れているのです。

さて、このように私の南会津に対する想いは、いつしかたくさんの夢をも募らせました。
もちろんその一つは、テレマークの普及でもあります。テレマークセンターを叶津に設け、谷間になる国道二八九号のポイントにスキーロッジを建て、冬期はクロスカントリースキーヤーに、夏秋はハイカーや観光客に提供したいのです。そしてまた、忘れてはならないのが、ここ地元のヤングスター達の力です。彼らがもっともっとクロスカントリーに興味を持ち、この南会津がレクリエーションの宝庫であることに気付き、この恵まれた美しい地にもっと誇りを持って我らの南会津の未来を一緒に考えていってくれたらと願います。

さて、私のもう一つの南会津での夢がこの秋実現しました。福島県内では五番目、南会津郡内では初めての地ビール工場。この夢はもともとここ南会津に住みたいという強い思いから生まれたものです。さきほども申しましたように、一〇年前にこの会津に魅せられ、サイクリング、スキー、キャンプと時間の許す限り毎月通いました。そして、七年前に縁あって「たもかく」さんと知り合い、只見に別荘を買いました。私の家族が申しますには私の本宅だそうです。もちろんそれからというものは、各週または毎週末のように、ここ只見に単身赴任しています。現在、東京では外資系の証券会社に勤めておりますが、週末はブルーイングのマイスターになります。
七、八年前より、日本全国、私の生まれ故郷のアメリカ各地はもとより、イギリス、オランダ、ベルギー、ドイツ、チェコなどのブルーワリー(ビール工場)を回り研究しました。五年前に日本での地ビール解禁と共に、私の夢はここ南会津に本場のビールを、という思いに馳せられました。それからは、地元只見の人々、アメリカ人のスキー仲間、カナダ人の友人、東京の山岳仲間、大阪の友人、千葉のサイクリング仲間、家族、とにかく多くの人々のご支援をたくさん戴き、やっと、本当にやっと、この秋初出荷にこぎつける事が出来ました。私の最愛の地南会津に、私の夢の一つが実現したのです。

会津の遅い春には、私の大好きな枝垂桜が咲き乱れ、五月だというのに尾瀬ヶ原にはまだ残雪が見られ、水芭蕉がその中に恥ずかしそうに顔をのぞかせます。只見の我が家の周りにはやっと葺きのとうが芽をだします。そしてあっという間に暑い夏が訪れ、去って行きます。短い秋もこの時とばかりに紅葉の万華鏡を私達の目にやきつけ、そして長い粉雪の季節の始まりとなるのです。地元会津の人々は、この自然と共に長年育まれてきた伝統を守りながら生活しています。私も時には頑固に何かを守っていきたいと思っていました。
この何かが私にとっては、地ビールだったのです。本物の伝統的なものを求めていきたいのです。我ら南会津ブルーイングカンパニーは、皆さんになぜか懐かしい、伝統的な味を感じて欲しいと願っております。トルーブルーラガーを口にして、南会津ならぬ南ドイツのチロル地方の味を感じ、ペールエールを飲み、英国のちょっと薄暗いけれど、歴史のありそうな古めかしいパブ。そこで口にしたような懐かしい味、を感じていただけたらと思います。そして、いつか南ドイツ、英国を訪れた時、このトルーブルーラガーやペールエールの味と、浅草岳に沈む黄金色の夕陽を思い出して戴けたら最高です。

そしてまた、地元只見の人々に支えられ、私の夢はまだまだ膨らみそうです。
例えば、私はこのブルーイングビジネスと、先ほどお話致しましたスキーとサイクリングのアトラクションをインターネットウェブに載せて、日本中、いえ世界中のサイクリスト、スキーヤーに知らせたいのです。事実、アメリカ人の友人でもあるプロのテレマークスキーヤーは、私と何度もここで滑っており、彼はこの南会津を非常に賛美してくれました。
もしこれが只見のビジネスになれば、地元の旅館、温泉、食堂、そして我らのTrue Blue Lager,Pale Aleも忙しくなるではありませんか。そして、地元のヤングスター達はインストラクター、ガイドとなってくれるでしょう。彼らの力と英知もまた、ここ南会津の宝であり未来だと信じます。

何処からも遠い、南会津の只見だからこそ、未来があり、恵み一杯の自然があると思います。私は南会津と出会い本当に幸せです。
私の愛する家族がいつも言うように、私は世界一幸せなアメリカ人の『おやじ』でしょう。

「奥会津」の作品募集〜入選作品第1校〜


2000.2.10作成