タイトル:奥会津賛歌
執筆者 :大塚士郎
一 白地図の世界
「奥会津九町村」。日本中を随分と歩き回ってきた私であるが、今回の応募がご縁で訪れるまで、まだ一度も足を踏み入れたことのない地域であった。会津若松や猪苗代、裏磐梯、喜多方などには何度か訪れる機会があったし、尾瀬も探訪した。
尾瀬の北半分は奥会津に属するが、群馬県の鳩待峠から入り、三平峠から帰ったので、奥会津に行ったとは言いがたい。「遥かなる尾瀬」というフレーズの通り、尾瀬は美しく素晴らしかったが、たしかに遠い山の中であった。そのまた奥に、桧枝岐という山里があり、北から回ればそこからも尾瀬に入れるということを、その時に初めて知った。約二〇年前だった。「どんな所だろうか?」と思いつつも、今日まで訪れる機会がなかった。
「奥会津」というと直ちに思い浮かぶのは、その尾瀬、只見の電源開発、JR只見線くらいであった。それだけに、「奥会津」と聞いた時の第一印象は実に漠然としたものであった。白地図という海岸線以外に何も書いていない地図があるが、私にとって「奥会津九町村」は白地図以上に輪郭のない、逍遥とした「霧の中の白い世界」であった。
「そこは、会津の中でもひときわ山深く、森と急斜面と渓流が多く、人里の少ない地域だろう。長い間、中央との交流が少なく、独自の文化を継承している地域ではなかろうか?」という程度であった。
二 奥会津を行く
「白地図」のままでは何も始まらないので、地図を読み、資料を集め、駆け足ではあるがノート片手に現地を歩き、人々の話を聞き、この「白地図」を埋めることにした。この地域が本当に個性を見せるのは積雪期だと思い、その様子も思い描いたが、想像以上に厳しい実態だろう。道路は良く整備されているが、路肩に立つ赤白のポールが雪の深さを忍ばせた。
奥会津を訪れて感じたことの一つは、人々がいわゆる「観光地ズレ」のない素朴さを持ちながら、私の勝手な想像よりも、はるかに洗練されていたことである。概して、最初は口が重かったが、話せば気安かった。意識的に多くの人と言葉を交わしたが、不快に感ずる人は全くいなかった。方言は、秋田の山地や千葉の漁港などよりも、私にとっては遥かにわかりやすかった。
今回は昭和村まで行けなかったが、昭和村出身の主婦が、懐かしさをこめて、ほのぼのと話してくれた。「昭和村の人は暖かいよ!」と言っていたのが、ひどく印象的だった。別の民宿兼食堂の主婦は、客が来たのが珍しいという感じで、親しくいろいろと話してくれ、観光タクシーの営業所まで案内してくれた。行き交う小中学生のほとんどが、見知らぬ私に挨拶してくれる町があった。学校の指導だろうか。町の習慣だろうか。
家は概して裕福に見えた。その外観には、都市生活者には羨ましい程の悠然とした余裕があった。
三 「地域まるごとテーマパーク」の提案
奥会津では「連携を通じて地域づくりに取り組もう!」としているようであるが、まずマクロ的な将来ビジョンの構築が必須である。地域の将来像についての合意なしに「連携」は成立しないし、国・県をはじめ、例えばJRやNTTなどの外部機関の助力を望むことも難しい。逆に外からの力が、内部の統一・啓蒙のために有効な場合もある。一国の政治・経済の運営と全く同じである。
コンセプトの不明確なままでも、現状改善の積み上げや地域文化の自己主張的PRは、地域への貢献にそれなりの効果は期待できるが、グローバルな視点からの評価を得ることが難しく、結果的に泡沫的努力に終わることが多い。
そこで、今回、「地域まるごとテーマパーク」という壮大な提案をしたい。そのテーマは、「地球環境と共存する生活」である。人間の自然に対する傲慢さの反省である。二一世紀の社会にとって最も重要なテーマであるが、奥会津こそ、このテーマをナマのままで示唆し、人々に感動を与えることのできる最適地であると考えるに至った。
ところで、「テーマパーク」とは何だろうか?
最初に思い浮かぶのは、東京ディズニーランド、長崎ハウステンボス、宮崎のシーガイア...など、多くの人々が集まってくる施設である。「テーマパーク」に確たる定義はないが」、特定のテーマにもとづいて施設全体を構成・演出するゾーンとでも言えるだろうか。来場者に何となくテーマを納得してもらうことに存在意義がある。「非日常性」「知的な刺激」「遊びながら学べる」「子供の教育になる」等々が、キーワードになっている。したがって、知的好奇心満足型から、テーマが裏に回った開放感満足型まで幅が広い。
「明治村」「網走刑務所」「交通博物館」のように「博物館」としての位置づけを持ったテーマパーク的なものもあるし、逆に「都市型テーマパーク」と呼ばれる娯楽施設的なものもある。場所的にも、広い敷地の施設から一つのビルでできているものもある。東京・台場のように「地域一体型テーマパーク」と呼ばれるものもある。要は訪れる人の感性次第であり、その境界線はしだいに不明確になってくる。
奥会津の「地域まるごとテーマパーク」とは、地域の自然、歴史、社会基盤、生活、文化等々のすべてである。これは、この地域が厳しい自然と共生しつつ二一世紀を迎えようとする「地域まるごと」の実態が、そのまま今後の日本のあり方に大きな示唆を与える「テーマパーク」になると考えるからである。
この場合、誤解を招いては困ることが二つある。
第一に、全域をそのまま壮大なテーマパークにしようということであり、地域内のどこかに大きなテーマパークを建設するとか大規模イベントを誘致することではない。これらは二〇世紀的発想であり、「やってはならないこと」として後述する通り、その時点でコンセプトは総崩れとなり単なる従来型観光地と化す。一時的に活性化しても、荒らされるだけ荒らされて、飽きられて見捨てられて終わりである。
第二に、地域の特色を残すために、地域住民は不便性や非経済性に耐えるべきである等ということではない。地域の自然との調和の中で、利便性や経済性の追求を続けている人達の創造的活動そのものがテーマである。テーマは、ある時点での静態ではなく、変わり行く姿を動態的に捉えるべきである。
したがって、地域に根を下ろして生活している人達の生き様が、テーマパークの「まるごと展示物?」ということになる。そこを訪れる地域外の人達が、それらに触れ、それらに感動し、それらが自分の生き方にまで重なって見える時、初めて従来の観光とは次元の違った「交流」という名に値するものとなる。
「まるごと展示物」という言葉は、地域住民を見せ物的な立場に置くような誤解を受けかねないが、「テーマパーク」の考え方を分かりやすくするための表現であり、具体的に言えば、域外の人々に人間の生き方を考え直させる先生であり「お手本」である。
別の見方をすれば、地域住民にとっては、自分達一人一人の人生をかけた壮大な実験となる。しかも、その地域の自然・歴史・文化...を前提とし、政治・経済・社会のすべてを巻き込んだ壮大な実験である。従って、域外者地域に対して要求すべきことではなく、自発的・内発的な課題であり理念である。域外者は、それを見せていただき、考えさせていただくこととなる。もちろん、お手伝いはできるししなければならない。
また、地域住民の生き方に関わる壮大な実験であるだけに、地域の人々全体のコンセンサスが必要である。その上で、この地域に大きい影響を及ぼす機関のコンセンサスも必須である。当初は少数の人々の自覚から芽生えたとしても、それが大きなウエーブとならなければ、途中でのボタンの掛け違いが大崩壊につながることになる。コンセプトの大崩壊がもたらす混乱は、地域住民一人一人の人生設計や価値観に大きな歪みをもたらすだけでなく、大袈裟に言えば、人類にとって「環境との共生のチャンス」をまた一つ潰すことになるだろう。
単に頭で考えるのではなく、実際に自然と共生してきた地域が現存し、そこへ世界一の人口密集地である首都圏から僅かの時間で行くことができるのは、実にすばらしいことである。だからこそ、「地域まるごとテーマパーク」が有意義である。
四 テーマパーク化推進のために、やってはいけないこと
「地域まるごとテーマパーク」の推進に当たって、「やってはいけないこと」がある。「環境との共生」をテーマとする以上、今の奥会津にとって、何をやるかの選択以上に「やってはいけないこと」をやらないことの方が重要である。それは、テーマと真っ向から矛盾し、理念そのものを崩壊させるからである。
(巨大プロジェクトの建設)
もちろん、「いかなる巨大プロジェクトも拒否する」といった地域エゴは許されるべきではない。例えば、かつてこの地域が奥只見電源開発に徹底反対したらどうなったか?
重要なことは、何が「地域まるごとテーマパーク」の理念に反するか、反しないのかのホンモノの識別である。二〇世紀的プロジェクトの中には、その建設ブームとオープン時の賑わいが過ぎると、地元にとっては荒廃だけが残る場合も多かった。加えて、時代の潮流が変わり、経済的発展が曲がり角に来ている今、ホンモノ以外は、そのプロジェクトの寿命が極端に短くなる傾向が強いだろう。
(通過型アクセスの導入)
通過型アクセスとは、域内に駅・インターチェンジ等を設けるか否かにかかわらず、域内に直接の用がない車等が多数通過する道路・鉄道である。通過型アクセスは地域繁栄に大きな寄与をしないだけでなく、マイナス面の方が多いため、避けた方が賢明である。
磐越自動車道はよい例である。現時点での磐越自動車道は通過道路の見本である。東北の産物を車で関西方面へ運ぶのに、従来は東京経由が一般的であった。ところが、磐越自動車道開通後は、郡山から新潟に出て北陸道を通過する方が、東京経由より五時間も短縮でき、通行料金は三〇〇〇円安い。日本の産業にとっては素晴らしいことであるが、沿線の土地価格はそれほど上がらず、企業誘致も成功していないようである。
新しいアクセス導入に関しては、域内だけを見るのでなく開通後の国全体の流れを見極める必要があるが、奥会津としては、むしろ域内交通の整備を優先にすべきである。
(巨大イベントの導入)
冬季オリンピック、冬季国体、何かの博覧会等の巨大イベントを避けるべきである。特に、福島県全域で行うイベントの一部会場を奥会津に導入する案等は、反対しにくいし、地元の政治家・有力者が乗りやすい案件であるから、警戒を要する。
たとえその巨大イベントのテーマが、今回の「地域まるごとテーマパーク」のテーマと同じでも、本質が異なり似て非なるものである。巨大イベントは一時的・静態的なものであり、テーマパークは半永久的・動態的なものである。
巨大イベントの副作用や後遺症は、地域まるごとテーマパークにとってガンになる。すなわち、交通渋滞・排ガス・自然破壊・テーマを理解していない観光客の大量流入...等々が起こって自己増殖を始める。それらは、テーマに反する現象であるが、いったん始まったらもう誰にも止められなくなる。
従来は、ここに記した「やってはいけないこと」のような企画をいかに多く取り込むかが、地元出身の政治家の腕として評価され、地元民も熱烈に歓迎した。事実、高度成長期には、その直接効果だけでなく乗数効果も含めて、地元への経済効果が大きかった。反面、環境に対する悪影響も大きく、今日の反省になっているわけである。したがって、環境との共生をめざす動態的なテーマパークが、一時的活性化策として巨大イベント等を導入するのは、愚策というよりも完全な妨害である。
それを防ぐためには、内部のコンセプトを統一する一貫した施策が必要になる。そのコンセンサスに反する人材は、少なくとも首長選挙では有権者の支持を得られない程の域内世論の盛り上がりが必要である。
五 テーマパークの具体化に向けたアクセスの整備
「環境と共生した人間らしい生活」に感動できる地域としてのテーマパーク化が進むに連れ、興味を持った人々が次第に多くこの地域を訪れる。当然、最低限のアクセスが必要になるが、基本的には今ある鉄道・道路の効率化に重点を置くのがよい。
鉄道に関しては、新幹線のある郡山と浦佐との直結による効率化に絞り込む。JR只見線を中軸とするこの鉄道は、前記の「通過アクセス」には当たらない。会津若松と東京を結ぶ私鉄路線の効率化も有効である。
道路に関しては、新潟方面との直結は地形的に見てコストが高い上、「通過アクセス」となる可能性も高い。南側は、尾瀬の保全のために、首都圏との直結を考えない方がよい。東側は、駒止・中山両トンネルを通る田島方面との交流が、地域住民にとって重要であり、テーマパーク訪問者の重要な出入口ともなる。
宿泊設備はアクセスと連動して考える。あまり粗末な民宿は、「環境との共生」に失望を抱かせる。簡素でよいが、清潔な寝具、清潔な浴室、冬場はしっかり暖房を備えた宿泊設備が必要になる。その中で地域の生活が感じられたら最高である。
以下に、これらの実現に向けた具体的方策を例示してみた。
(例一 JR只見線のクルージングトレイン)
現在JRが力を入れている五能線「しらかみ」の山岳版である。只見線そのものが観光資源であり、乗っているだけでライン下りの舟のように楽しい。自然の中を走る列車の姿も、美しい動画である。
このような資源を活かしながら、沿線の駅に地域の生活を体験できる施設を設ける。只見線の運行状況から見れば、一定時間の停車は可能だろう。あとは、アイディア次第。停車場所とイベント企画を変えれば、リピート客も呼べる。冬季には、素晴らしい雪見列車にもなろう。
(例二 車と列車の乗り継ぎ駅)
「車乗り継ぎ駅」とは、車から列車、または列車から車に簡単に乗り継ぎできる駅である。
積雪期にも使用可能な広い駐車場を駅と直結して設け、駅レンタカー、郵便局、金融機関のATM、コンビニ、JRの「フォルクローロ」タイプ(長期滞在型)の宿泊施設等を集めて、例三の「道の駅」も兼ねる。クルージングトレインも、この駅に停車させる。現在の駅所在地にこだわらず、周辺に比較的広い土地を確保でき、かつ南部の五ヶ村への道路付けの良い場所がよい。この駅の新設にともなって、域内の既存駅の一部廃止も思い切る。
さらに、鉄道の活性化と環境の保全を目指し、この駅には国・県などの公用車も常置し、域内に用のある公務員にもここまでは鉄道で来てもらう。現在、滋賀県庁では、同様の目的から、九〇〇台の公用車のうち三〇台余りを彦根、近江八幡等の駅付近に常置している。
(例三 道の駅)
「道の駅」を、テーマに沿った有効施設として新設する。道路沿いに大型車も駐車できる駐車場、GS、レストラン、入浴施設、宿泊施設等を集めて、域外から来た人の拠点とする。
ここから巡回バスを出し、域外車の国道・県道以外への進入禁止等の厳しい措置についても検討する。季節・時間帯をよく検討すれば、テーマに沿った有効なシステムであり、厳しい措置が却って話題を呼び、テーマパークらしさを演出する。
巡回バスは、地域住民にも開放し、通学・通院・交流バスを兼ねる。運転時間や運転経路に一工夫いるが、有効である。
(例四 ヘリコプターの常備とヘリポートの設置)
積雪期の緊急対策として、財政の許す限りヘリコプターの常備が必要である。その場合のヘリポートは、域内だけではなく、県との連携のもとに域外の必要な場所にも設置しないと効果が期待できない。地域住民のために、是非お願いしたい施策である。
六 テーマパークの具体化に向けたフィールドの整備
奥会津の場合、尾瀬、沼沢湖、JR只見線、奥只見電源施設等は、運営方法とPR次第で、「環境との共生」を訴求するに充分な資源となる。それぞれの意味の位置づけ次第では、そのジャンルで日本一になる可能性が大きい。
しかし、本当の意味での「環境との共生」を来場者に体感してもらうためには、地域の生活こそ最高の展示テーマとなる。そのためには、交流の場が必要となる。相当の時間をかけないと誤解を生むもとにもなるが、真の意味での交流も来場者が地域住民の生活を知ることから始まると思う。
このような場としてのフィールドづくりが必要であるが、私自身も「奥会津」に接して日が浅いので、この点は地元の方々に最も智恵を絞っていただきたい一面である。現地から頂いた各種資料によると、各町村で種々の試みが続けられているようで、大変頼もしい。「継続は力なり」の格言通り、粘り強い継続によってホンモノが生き残っていくと思う。なお、以下に私なりの案を列挙してみた。
(ミニ・パビリオン)
パビリオンと言っても、「展示館」の既成概念にあまりこだわる必要はない。テーマに沿った物語があれば、すべてパビリオンになり得る。下記は、ほんの一例である。
★舘岩村の曲り家集落
生活上のどんな必要性からこのような曲り家ができあがったのか。大火があって、その後どんな経緯で今の集落ができあがったのか。
★只見墓地公園
ダムの湖底に沈んだ集落の人達は、今どうしているのか。出身者が墓地公園に毎年集まって先祖の供養をしているとのことである。
★柳津町の地熱発電所
「環境との共生」のお手本のような施設である。
★檜枝岐村の温泉のある家々
総ての家々に温泉があるということは、ユートピアである。
(実際の生活の場)
テーマに対する語りかけがあれば、これも立派な展示施設である。ただし、現時点では一般的とは言い難い面もあり、研究課題になる。
★環境と共生しながらの仕事の場
各町村にいろいろあると思う。各種の工芸が地域に根ざしている様子を見るだけでなく、体験できれば素晴らしい。
★のびのびと学ぶ山の中学校
一定の規制範囲で見学させてもらえれば、見学者にとっても地域を理解できる機会になるし、見学者があることは生徒の意識にも良い影響があると思う。
時期を定めて都会の生徒との交流を行うことが望ましいが、宿泊施設等の基盤整備が課題になると思う。
★老人施設
当地域は、現時点で既に日本の将来予測を遙かに上回る高齢者比率となっている。老人施設は、どのように運営されているのか。一定の規制範囲で見学できれば良いと思うが、難しい一面もあるかもしれない。
(イベント)
★既存のイベント
各町村のいろいろなイベントを、町村自身のための慰安と、外からの参加を積極的に呼びかけるものとに選別した方がよいかもしれない。ただし、前者にも「環境との共生」によくマッチした価値の高いものがあるかもしれない。
★新企画のイベント
ラリー、写真撮影会、今回のような作品募集、懇談会、ファンクラブ、会誌等、種々の企画がたてられる。
★子供の集い
私の子供(現在三〇歳代)が小学生の頃の夏休みに、ある旅行者の主催で信州の民宿を拠点にした野外生活の集いがあった。比較的安い費用で、昆虫採集、魚取り、屋外バーベキュー、キャンプファイヤー等、都会育ちの子供がなかなか味わえない素晴らしい体験ができたようである。都市の子供達が自然に接する機会の少なさは、当時の比ではないと思う。この地域でも既にそのようなイベントが行われているかもしれないが、できるだけ多くの子供達にそういう機会が与えられるよう期待したい。
★テーマキャンペーン
地域のコンセンサスが得られ、ある程度の基盤ができ上がった段階で、テーマキャンペーンを行う。
(新しい胎動)
新しい時代に向かって、新しい価値観を生み出すための仄かな胎動も見逃してはいけない。胎動は文字通り「胎動」であって、今すぐ目に見えるものではない。
したがって、テーマパークの一般的な「展示テーマ」というわけにはいかないが、「地域まるごとテーマパーク」は地域の創造活動そのものがテーマであり、そのプロセスを動態的に捉えるべきである。その「胎動」を捉えることができるのは、一部の先見性のある人だけかもしれないが、彼らのセンサーは極めて重要である。
★情報基盤の確立
二一世紀は、ある意味では「情報+通信」の時代である。そして、「情報+通信」は、地理的条件に左右されないだけでなく、地理的格差を埋めることもできる。雪に閉ざされた山荘でも、大都会のビルの一室でも、基盤が整えば全く互角である。むしろ過密都市では、人との交流から派生する雑情報の洪水に悩まされ、ゆっくりとものを考える余裕の無さに悩まされるほどである。また、「情報+通信」の発達が、「環境との共生」に反する状況を作る可能性も少ない。
地理的条件の悪い場所の方が、情報洪水時代には「書斎的役割」を持つ地域になる可能性がある。今回、奥会津書房を訪問して、そのように感じた。
そのための基盤作りには、もう今から着手する必要がある。域内の学校と社会教育において、「情報」の位置づけを国内水準より高いものにした方がよい。なお、現時点で「情報」というと、コンピュータに関連した情報に重点を置かざるを得ないが、必ずしもそれだけではなく、美術的なもの、文学的なものも含めた広い意味での知的生産物と捉えた方がよい。
★新しいタイプの農林業(研究型農林業)の開発
研究型農林業は、二一世紀の地球環境問題にとって重要な役割を担うこととなろう。厳しい気候条件下にあるこの地域は、素晴らしい研究域になる可能性を秘めていると思う。この場合も、最低限の人の交流と、域内基盤としての人材(質と量)が必要になる。
★水力発電以外の水の大量利用
あの豊富なしかも美しい水が、今後大きな地域資源になるような予感がする。水力発電に使用した後でも「位置のエネルギー」が減っているだけで、水そのものの価値は全く減っていないのだから。
七 結び
地域の人々が人間らしく生き生きとした生活を送っていると自ら実感し、域外の人々が「奥会津の人々は幸せだな」と羨望する時に、ホンモノの感動が交流する。そうなってこそ、このテーマパークが、有効なエネルギーを発信し始めることになる。
その逆に、素晴らしい自然は生きているが、住民は貧しく利便性に乏しく、若い人たちは都会に出て高齢者ばかりが残るようになり、第三者から見て気の毒であるという状況であれば、「環境との共生」についての有効なエネルギーを発信することはできない。地域内に観光の目玉があってそこにどれだけ多数の観光客を集めても、域外の人達は、自然豊かな生活にミーハー的興味や一時的な憧憬を抱いたり非日常的な経験に満足するだけで、結局「やっぱり田舎は駄目!」と語り合い、心の底では「やっぱり環境との共生など、今の時代には幻影!」と実感するだろう。
また、ある調査によると、東京都民の八〇%は「東京に住み続けたい」と考えており、自然的ではないと思いつつ都市生活の利便性から脱却できないでいるわけである。したがって、「過疎=自然との共生=人間的」「過密=自然の喪失=人間性無視」と決めつける図式が成立するわけでもなく、価値観・感性の問題とは思うが、この問題の難しさである。
この提案では、この問題解決のための具体的方策呈示に欠ける不満があるが、テーマパーク化の推進によって、地域内外の強い交流が生まれ、課題解決の方向に向かうことを期待したい。
二一世紀の社会的価値観は、二〇世紀の発展をすべて否定するものでもないが、そのマイナス面の反省から生まれる新しい価値観のはずである。奥会津は、世界とも直結している首都圏から近いにもかかわらず、地理的条件の特異性と歴史的宿命による保守性に守られ、二〇世紀的開発を免れた希有の地域である。冒頭に記した通り、私自身もこれほど無垢な、しかも東京都全域を上回る広大な地域の存在に、最近まで目を向けていなかったことを恥ずかしく思う。
新しい価値観の創造が、過去の発展方式の反省の上に立つとすれば、奥会津こそが逆に最先端地域になる可能性が高いと信じる。その重要な情報発信基地となることを期待したい。