映画館からの脱出

忘れもしない、高校2年の夏休み。夏季講習最終日の7月31日のことだった。
僕の家は、札幌大学の学生の下宿屋をしていた。
15人くらい学生がいて、夏休みでも実家に帰らずにいる学生さんも毎年数人いた。
合宿の夏季講習最後の日を終え、夕方家に帰りつくと、下宿人の学生さんが僕を呼びとめた。
「あ、映画の招待券が一枚あるんだけど、行かない?今日までなんだけど」

学生さん達は、僕が映画が大好きなのはすでによく知っていた。
そうだ、7月末って今日だもんなあ、あ・・しかも今からじゃ最終になっちゃう、早く行かねば・・・
何やってるんだ?「2300年未来への旅」と「ジェットローラー・コースター」?

札幌では、封切で二本立てはよくあることである。
「ボルサリーノ2」&「悪魔のいけにえ」、「パピヨン」&「ドラゴン危機一発」、「カサンドラ・クロス」&「ラスト・コンサート」とか。
「ジェットローラー・コースター」は、「大地震」に続くセンサラウンド方式によるサウンドシステムが売りだった。
狸小路1丁目にある映画館で、一階がS座、目指すは二階のロビーがガラス張りになっているT座だ。

高校生の頃、どんな映画館でも、一番前の席で観ることにしていた。
視界いっぱいにスクリーンという状態でいたかったからだ。その日も例に漏れず、一番前で観ていた。
1本目は「2300年未来への旅」。マイケル・ヨース主演のSFで、結構楽しめる作品だった。
2本目・・・なんだ?・・う〜む、むむ・・・ああ〜・・つまらんなあー
フッと気がつくと、目の前にはスクリーンではなく、カーテンがダウンライトに照らされていた。
ありゃ、映画終わってるぞ、おい・・寝ちゃったみたいだなこりゃ・・・

場内は常夜灯でうっすらと明るい。しかし・・・妙に人の気配がないぞ・・・。
時計を見ると、12時を過ぎている。反射的に後ろを向いた。誰もいない!
とっさに、入り口に走っていくと、シャッターが下りて出られなくなっていた。
そんなことがあるのか?掃除するとか客席を見回るとかしないか?普通。ええェ〜?!!
カウンターの横に、配電盤のようなものがあって、開けてみると、なにやらボタンがいくつもある。
どれかを押すとシャッターが開くかもしれない。しかし・・・ヘンなボタン押して非常ベルなんか鳴っちゃって、
消防車だのなんだの大騒ぎになったら恥ずかしいぞ。いかん、どうしても手が出せない。う〜む・・・

そうだ、非常口・・・。しかし、非常口という非常口はみなカギがかけられている。
真っ暗な通路を手探りで進んでいく。階段を降りると、よくは見えないが、ガランと広いような空間があって、
奥の方に明かりが見えた。トイレらしい。
他には出口らしいものも見当たらず、再び上のロビーまで暗がりを戻っていった。「家に電話しなきゃ」

当時、親父は単身赴任で室蘭に行っていて、家で車を使えるのはおふくろだけだった。
「もしもし、俺だけど・・・」
「どこにいるの、こんな時間に」
「映画館に閉じ込められた。T座の中にいて、全然出られない」
「え〜?ちょっと待ってな、今から行くから」
とりあえず、おふくろが来るまで一休みすることにした。今からだと車で3,40分くらいで来るはずだ。

落ちつくと、トイレに行きたくなった。
今思うと、真っ暗の映画館の、ましてやトイレなど怖くていられなさそうだが、脱出したい一心でそれどころではなかった。
ああー・・・スッキリした・・・え?あ・・窓だ。窓かあ、そうかあー!
しかし、一階も映画館なのである。二階と言えども、普通よりずっと高い。だめだ、飛び降りれない・・・。
そうだ、さっき階段を降りたらトイレがあったぞ。ここは二階だから、一階ってことだろ?よっしゃあー。

さっきたどりついた、なんとなくだだっぴろい場所の奥にあるトイレに戻っていった。
出られ・・・・ない!くっそぉ〜、窓がないってどういうことだ、こんにゃろー!
すごすごとまたロビーに戻り、おふくろを待つしかなかった。ものすごい長い時間に思えた。
車が映画館のちょうど下に到着したときは、「卒業」のダスティン・ホフマンのように、両手でガラスをたたき、
口をぱくぱくさせてシャッターが閉まっている入り口のほうを指差した。
シャッター越しの親子の会話だ。
「建物の横にトイレがあって、そこの窓からしか出られない。そっちに車つけて!」

トイレの窓から車が来るのを見ていた。
おふくろは車を降りると、おもむろにトランクをあけた。???
トランクから出したのは、シーツだった。
「これにつかまりなさい!!」
おふくろは僕に向かってシーツを投げた。(よく届いたなーしかし)
窓の横に映画館の看板が壁についていて、シーツをしばりつけることはできた。
しかし、つかまって降りろと言われても、シーツをたよりにするのはなんとも怖いものがある。
幾度と無く躊躇し、エイヤッと、ついに車のボンネットの上に飛び降りてしまった。

「な、なにするの!!車がこわれるでしょ!!!」
しかしなあ、息子のことより車の心配か、おい。
「俺がなかなか帰ってこないのは心配じゃなかったの?」
「あんたのことだから、歩いて帰って来てることもあるかなあと思って」
そんなわけないだろー!おいいい!!
もう2時半を過ぎていた。

あのとき、あのシーツは最初からトランクに入っていたものか、それともわざわざ入れて来たのかは、
いまだ聞きそびれていてわからない。


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