フィルムがない!


もう監督になって活躍しているS君の安アパートによく遊びに行っていた。
その夜は、四畳半の狭い部屋いっぱいに紙や絵の具をならべ、後輩の助監督のN君と
なにやら一心不乱に作業していた。ピンク映画の仕事をしていて、明日からの撮影のために
色々作り物をしているという。ピンク映画はスタッフが少なく、助監督さんがほとんど何でもやるのだ。

「クイズ番組っちゅー設定があってよー、背景用の幕つくんなきゃなんない」
「スイマセン、あゆみの箱ってどんなんですかね・・・」と後輩のN君。
「何?コノヤロー、そんなもん、日々街歩いてて自分で研究しとくもんだろうよ、え?演出部ってのはよー」
「おい、これは?」
手前に、一万円札が何枚もコピーしてあるものが大量にあった。
「歩道橋から札束まくシーンがあるんだよ。現金じゃそんなの用意できないしな」
「だってよ、コレ犯罪になるんじゃねーのか?」
そうは言っても、結構遅くまでかかって、コピーされた白黒の一万円を本物っぽくするため、
絵の具や色えんぴつで着色するのを手伝った。

「これから日活撮影所に行って、ベニヤ板とかかっぱらってこなきゃならないんです」
ラブホテルの受付のシーンがあって、ロケ先の地方のみんなが宿泊する旅館にそれっぽく
作りこむというのだ。
「もうホント、徹夜ですよ、明日までにつくらなきゃ・・・」
作業が一段落し、頑張れよと言って僕は自分のアパートへ帰った。
彼らの撮影が終わってからしばらくして、N君と会った。

「いや〜もう、大変でしたよ」「あ?どうだったの?」
「わざわざ撮影所でかっぱらった材料でカウンター作ったじゃないですか。朝、機材車のキャリアーに
縛り付けて高速走ってたんす。すんげースピード出して、作ったベニヤのカウンターが風受けてバタバタいってて。
そのまま走ってたらいつのまにか音がしないんですよ。静かなんす。あれ?と思って窓から顔出して上を見たら・・
ないんですよ、カウンター。もうキャリアーごとないんです。路肩に留めて見まわしたら、ずーーっと向こうに
バラバラのこなごなになったキャリアーが転がってるんです。現地に着いてからイチから作りなおしでしたよ」

その事件からしばらくして、すごい亡くし物をN君はする。
久し振りに会うと、なんと坊主頭になっているのだ。
「おお!どうしたの、その頭」
N君は悲しそうな顔でそのわけを語り出した。
「撮影が終わって、現像したフィルムを機材車で運んでたんです。新宿で機材車の後ろに積んで、後ろのドアを
ちゃんと閉めた・・・つもりだったんですよねえ・・。なんかねえ、走ってる間後ろがガタガタ音してたんですよ。
それがいつのまにか治まって・・。気になって後ろを見たら、ないんです、フィルム。全部ないんです。
そしたら、後ろのドアがあいてるんですよ少し。閉まりきってなかったんです。落としちゃったんですよ。」
「見つかったのか?」
「だめです。見つかりません。この頭はおわびのしるしです。でも、拾ってどうするんですかねえ・・・」
そのN君も今や立派な監督である。


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