大師匠熊谷秀夫氏




大師匠というのは、師匠の遠藤さんも日活時代に教わったという意味である。
「おろしや国酔夢檀」でアカデミー賞をとった熊谷さんである。
僕は先輩のつてで熊谷さんの助手の仕事を何本かすることができた。
僕が生まれた頃にはすでに照明技師になっておられた程の大ベテランだが、
技術と感性は古くなるどころか、作品ごとの常に新しいライティングは斬新で、
そのクォリティ―の高さは今の僕は足元にもおよばない。
相米慎二監督の「東京上空いらっしゃいませ」の撮影で、僕はセットのホリゾントの
ライティング担当だった。「東京の夜の空をつくるんだぞ」
ライティングのイメージとして指示されたのはこれだけだった。
或る日、ビルの最上階のオフィスのロケで、先輩と汗ダラダラで仕事をしていると、
「サクラ―ィ、サクラ―ィ、ちょっと来んかい!」とベランダのほうで呼ぶ声がした。
「今、手が離せませーん」「そんなもん、誰かにまかせてこっちに来んかい!こっちにィ!」
二人がかりでやっていた仕事を先輩にむりやりまかせて、熊谷さんのいる
ベランダへ飛んでいった。「はい、なんですか?」「良く見てみィ、あれが東京の夜の空だぞォ」
空をまっすぐ指さす熊谷さんの横で、どれほど吉本新喜劇のようにズッコケたかったろうか・・・。
熊谷さんの助手を経験した人は殆どが技師として一本立ちしている。
熊谷さん自身、第一線でご活躍なさっている。その勢い、センスに衰えのみじんもない。
これほどの人は絶対にいなくなってはいけない。

                        
                          真中の子供を抱いているのが熊谷秀夫氏