前張りで初出演

『ブレイクタウン物語』という、新風営法施行以前の新宿歌舞伎町を舞台にした映画があった。
予算が少ない作品で、スタッフのみんなも殆どの人がエキストラに狩出された。
クラブのホステス、風俗の女のコ 達、ヤクザさんも実際に新宿で生きている本物の人達が多数出演している。
歌舞伎町のロケでも、ちゃんとヤクザさんがついてくれたので、コマ劇場の前に大クレーン撮影もできた。
歌舞伎町の路地は狭くて機材を乗せたトラックは入ってくることができない。
当時一番下っ端三下照明助手の僕がリヤカーに照明機材を積んで現場まで運んでいた。
機材を積んでいる時はああ、撮影なんだなあと思ってくれるだろうが、撮影が終わってかたづけ、
事務所まで空になったリヤカーを引っ張る僕を、どういう目で見ていたのだろう。
「おー、若いのに大変だねー」と声をかけてくれた人よ、僕はホームレスではない。

ヒロインが働くファッションマッサージの店内は日活撮影所にセットが組まれた。
ある日、そこを舞台に台本には無いシーンが急きょつくられた。
ある店でスカウトした本物のファッションマッサージ嬢が出演し、店の中の様子を再現するのである。
そして撮影の前日、アシスタントプロデュ―サーとチーフ助監督がなにやらヒソヒソ話をしている。
「さくらいちゃん、明日のセットで出演たのむよ」
「え?何のですか?」
「だからさ、ファッションマッサージの客の役。相手役はスカウトした本物だから」
「さくらいちゃんはね、風俗には初めて来た二浪の童貞少年という設定」
「だ、だめっすよ!それにセットは照明部忙しいし」
「Kさーん(照明技)、明日さくらいちゃん借りていいですよねー」
「おっ、さくらい、頑張れよ!」
なな・・なに!断ってくんなきゃだめっすよお!そこへカメラマンのSさんが、
「オレはさくらいじゃなきゃ撮らないよー」
そして、配られた予定表には "櫻井雅章17時OK" と書かれていた。
朝からいるんだから17時OKに決まってるじゃないかああ!

当時ペェペェだった僕は もう断り続けることはできないと腹を決めるしかなかった。
もー、どーにでもしてくれ。
「前張りするからさぁ、毛ェ剃ってきてね」とメークさん。「どひゃー!なんでだよー」
「テープ剥がす時毛があると痛いでしょう?助監督さんにでも剃ってもらう?」
メークさんはジワジワとプレッシャーをかける。
その夜、風呂場での僕の手には、シック・スーパー2が握られていた。
なんたって二枚刃なのだ。ざまーみろ。文句あっか。ああ・・・・なんてことだ。
小学生に戻ったみたいで、ひょっとして女湯に入れるかもと思ったくらい何も無くなった。
そして当日、「えー?!全部剃ったの?ガーゼあてるんだからまわりだけでよかったのに」
言ってくんなきゃよお、知らないから全部剃っちゃったじゃないかよお。

セリフはすべてアドリブで、一分半の芝居にまとめなければならなかった。
風俗営業の店に初めて来た二浪のドーテイ少年という設定だけ決められていた。
何度もテストを重ね、本番は一発OKであった。
それを、あろうことか映画館におふくろが親戚を連れて観に行った。
「はっはっは、お前ピッタリじゃない、面白かったー」
ピッタリとは何事だ!




出演シーン(左)とファッションマッサージ嬢役の女優陣


「撮影現場の出来事」目次へ       トップページへ