恩人


照明部仲間で、僕が技師になってからも助手についてくれたり、応援でかけつけてくれる金子高士さんという人がいる。
ブルース・ギターを奏で、レゲエを聴き、競馬と酒が好き。
その彼のお宅に、しばらくお世話になったことがある。居候である。
僕がどうにもこうにもならない苦しい時期があった。住んでいる部屋も出ていかなければならなかった程だ。
どうしようかという時、金子君(以下、ネコやんと呼ぶ)が声をかけてくれた。
「部屋ひとつあるしよー、ウチにしばらくいたら。家賃なんか別にいらないし」
お言葉にあまえて、結局七ヶ月もお世話になってしまった。
僕はバイトの毎日だった。ネコやんは時々、これでメシ食っとけよ、と1000円札を置いて行くこともあった。
あるとき、仕事に行こうと玄関に立つネコやんの目が真っ赤になっていた。
「オヤジが死んじゃった」
つとめて明るく言おうと思ったみたいだったが、やっぱり笑顔にはなれないようだった。
ネコやんはいい酒を飲む。酒をのむときは非常に楽しく飲む。
こんな風に飲んでもらえると酒も幸せだろうという飲み方である。
彼は、照明部としては後輩だが年上で、照明を始めたのが遅かった分、苦労したらしいが、今や立派に技師として一本立ちしている。
後輩や仲間の面倒見もよく、早く上にあがれたのも努力以上に人間の器によるものも大きいと思う。
「あのよー、そろそろ立ち直ってきたことだし、自分のアパートとか見っけたら」
お世話になりました。ネコやんは本当に家賃のヤの字も口にしなかった。
ネコやんが助けてくれなかったら、僕はどうなっていたかわからない。
いや、たぶん今こうして照明技師です、なんて言ってられる自分にはなっていないだろう。
感謝しきれない。ネコやん、本当にありがとさん。