そのためだったの?


森川圭監督は、実は後輩である。もう16〜7年来のお付き合いということになる(2000年現在)。
調布に住んでいた時、彼はよく僕のアパートに風呂に入りに来ていた。
その森川監督第1回監督作品を、照明技師として参加できた。「AV女優志願」というビデオシネマだった。
主演はB-21スペシャルとして活躍していた頃のミスター・チンさん。
ほぼすべてのシーンに必ずひとつはギャグがあるという、コメディ物だった。
オープニング・シーンで、ラブホテルのベッドの布団がモゴモゴ動いていて、突然チンさんが女の子に蹴られて
ベッドの外に吹っ飛ぶという撮影をしていた。
当然、吹っ飛ぶのは危険なので、吹き替えの代役ということになるのだが、監督自らやるという。
「危ないからだめですよ、監督は」「いや、やります、大丈夫ですから!」
森川監督の強い決意で、いよいよ本番。ものすごい吹っ飛びかたで、一発OKだった。
ラスト近くのシーンでは、チンさんが二階から庭に落ちるという撮影があった。
「あ、僕が吹き替えをしますから」
それはいかんと思った。非常に危険である。僕は監督を陰に連れて行った。
「ケンちゃんさあ、意気込みはわかるけどな、それはやっちゃいけないと思うよ。」
「いや、大丈夫!僕がやります!」
「これはなあ、やる気や熱意の問題じゃないんだよ。ケンちゃんは監督なんだぜ。監督になんかあったら
このあとは誰がこの作品を完成させるんだよ!みんなの問題なんだから」
どう言っても彼は、自分がやると言ってきかなかった。
もう無事に終わることを天に祈ってまかせるしかなかった。
「じゃあ、しのやん(助監督さん)!スタートの声よろしくね!」
森川監督がスタンバイした。「よーい、・・・スタート!」
大きなベランダの窓の外に、森川監督がドサッと音を立てて落ちた。
「・・・・・・カットォー!」
スタッフが走り寄っていくと、緊張したままの、しかし、実にすがすがしい顔で彼は起きあがった。
徹夜になった最終日、盛り上がった打ち上げパーティー、そして仕上げ。
ダビングスタジオで仕上がりの近い上がりのVTRを見て、大爆笑してしまった。
「いや〜、サクライさん、実は僕があれだけ意地を張ったのも、これがやりたかったからなんですよ」
ラストのタイトルテロップが画面にせり上がり、最後に監督の名前が出る。
そこにはこう書いてあった。
「脚本・監督・ミスター・チンの吹き替え    森川圭」
こ、これだけのためにあんなに頑張ったのかあ〜!?