水の妖精 2

先輩のおふくろさんが見た、水の妖精が話したという、ある王国の話である。
「ねえ、何か話してくれませんか?」「どんな話がいいの?」「う〜ん・・何でもいいから、知ってる事」
「そうねえ、じゃあ、私達が昔いた国のお話をしましょうか」

ある平和に繁栄していた王国があった。
王様とお妃さまは仲が良く、二人の王子もすくすくと育っていた。
兄は喧嘩も強いやんちゃ坊主で、弟は家の中で本を読んでいる事が多いおとなしい少年だった。
二人は大人になっても、その性格は変わらず、兄は戦うことを好むようになっていった。
「父上、隣の国が勢力を増しています。やがてこの国に攻め込んでくるでしょう」
「考え過ぎだよ。このまま平和な状態でうまくやっていけるさ」
しかし、兄は隣の国への警戒心を強く持っていた。
根拠はなにもなかった。ただ、戦争の理由が欲しかったのだ。
兄は王様の忠告に耳を貸さず、自分で勝手に兵を集めて隣の国に攻めていった。
戦争を考えてもいなかった隣の国は、もちろん、兄の軍隊に圧倒されるばかりだった。

意気揚揚と凱旋する兄。しかし、いわれの無い戦争をしかけられ、怒ったのは隣の国である。
「兄王子を引き渡せ。さもなくば、お妃を人質として引渡しを要求する」
さっそく会議が開かれ、話し合いが行われた。
王様とお妃さまは苦悩したが、愛する息子を引き渡すよりはと、お妃さまが最初に口を開いた。
「私が人質になりましょう」
「なにを言うんです、母上が人質になることなどありません!もちろん、私も行くつもりはない、
こちらが悪い事はない!」
「いいえ、このままではこの国が攻められてしまいます。誰かがいかなければ・・・」
じっと口をつぐんでいた弟王子が切り出した。
「僕が行きます。母上は行ってはなりません。大丈夫、僕は大丈夫です」
おとなしい弟は、このときばかりは強い意思を表に出し、兄にも親にも有無を言わせなかった。

弟は隣の国の人質として囚われの身になり、牢屋に入れられた。
敵国の王子として、二人の牢番にもいじめられる毎日が続いた。
目の前でわざと食事を床にこぼされたりしたが、弟は黙って耐えて過ごした。
怒りもせず、わめくことも泣くこともなく、ただ黙って仕打ちに耐える弟は本ばかり読んでいた。
牢番達はそんな弟に話をするようになり、弟はいろいろな話を聞かせた。
面白い話やためになる話を聞かされる牢番達は、お礼になにかあげようかと言うと、
本を読みたいとしか言わない弟。
いつしか牢番達は、そんな物静かで何でも知っている弟王子を少しづつ尊敬し始めていった。
「こんどはどんな話をしてくれるんだい?」「こんなことを教えてくれないか」
弟はすっかり牢番達に慕われるようになった。

しかし、敵国の王子に対して、隣の国はついに裁きを下すこととなった。
「処刑せよ」
その決定にも、弟王子は決してうろたえることはなかった。
「王子様、今日、あなたを処刑せよという命令が下りました」
「しかし、我々に王子様を処刑するなど、そんなことはできません、逃げてください」
牢番達は弟王子を黙って逃がしてしまおうという相談をしたという。
「何を言うんだ。僕を逃がしたら君達が殺されてしまうよ。きちんと仕事をしなさい」
「そんな・・・できません!処刑なんてできません!」
「いけないよ、僕は大丈夫だから。ひとつだけ頼みを聞いて欲しい。手紙を国に届けてくれないか」
弟王子は、自分の国の父、母、兄にあてた手紙を牢番にたくした。
しかし、牢番は泣いているだけで手をくだせないでいた。
「だめだよ、君達の仕事なんだから。命令を守りなさい」
弟王子は、牢番の持っている槍を掴むと、自らの身に突き刺した。
「王子様!・・・」
牢番は泣きはらした。なんでこんなに素晴らしい人を・・・。
最初は意地悪をしてしまったことなどを悔い、悲しみにくれる牢番達。
「約束は必ず守ろう。手紙を届けにいかなければ」
牢番達は殺されるのを覚悟で、国を抜け出して峠を超え、弟王子の国へ赴いた。

弟の処刑はすでに知ることとなっていた。
弟王子のお城にたどり着いた牢番達に、門番は物凄い形相で立ちはだかった。
「お願いします。お手紙を届けるように仰せつかったのです。王子様との約束なんです」
牢番達は奥に通され、手紙は王様の手に渡り、読まれることになった。
「父上、母上、どうか、悲しまないでください。私は先に天国へまいりますが、
苦しい思いはしておりません。こうなる運命になったことについては、私は誰も
恨みません。私は大丈夫です。いつまでもお元気で、長生きなさることを祈っています。
お兄様も、どうかこれからは、戦争など考えず、平和な国をつくって、父上、母上を
大事になさってください。お願いします」
手紙を読んだ王様、お妃さまは涙が止まらず、兄は自分のしたことを嘆き悲しんだ。
「自分はなんということをしたんだ・・・」

「王様、我々が王子様を手にかけた牢番でございます」
牢番達は、当然自分たちはこの場で殺されるものと思っていた。
「おまえ達、自分の国に帰っても抜け出した罪を問われて処刑されるだろう、
どうだ、このままここに残って、この城で働きはしないか」
王様の口から思いも寄らない言葉を聞かされた牢番達は、あまりの慈悲深さに
ただ頭をさげるばかりだった。
王様とお妃さまはいつまでも仲良く、長生きされ、兄王子は平和な国づくりに励み、
国の繁栄は永く及んだと言う。

妖精が話した、ある王国の話である。
寸分たがわぬというわけにはいかない。聞いた記憶を蘇らせて書いた。
しかし、余計に話を膨らまして脚色したつもりはない。ほぼこのとおりである。
このあとに続くのが、
「私達は人間が生まれるずっと前から地球に住んでいる。昔は地球は本当に綺麗だった」
という話だが、ふつうのおふくろさんがその場で考えたような話じゃないと思うなあ・・・。


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